第2話 あ、あああああの
『なー、おーいー』
不満げな声をあげるおいちゃん。
放課後、迎えにきたカケルによって無理矢理テレポートさせられたため、ご機嫌ななめである。さらにカケルがずっと無表情のまま無言を貫いているため、おもしろくなさは倍増だ。
『なんやねん。おいちゃん、カケルに言われたとおり、ココロのじょうちゃんの高校にテレポートしたったのに』
おいちゃんの言葉の通り、今カケルたちはココロの通う高校の校門にいる。
放課後ということで校門からは生徒たちが下校している。違う高校の制服を身にまとうカケルはやはり目立つのか、生徒たちがカケルを見てこそこそと話ながら去っていく。その視線に気づいているのか気づいていないのか、カケルはひたすら校門に背を預けながら立ち尽くしていた。カケルの意図が掴めず、おいちゃんは首をひねる。
「あ、あのどなたか、待ってるんですか?」
そこへ女生徒の1人がカケルに声をかける。
カケルはその生徒の方を見て、にっこりと微笑んだ。
その表情を見て、おいちゃんはぎょっとする。今までその顔どこにあった、と思わずつっこんでしまうほどの爽やかさがそこにあった。安倍川がよくカケルのことをイケメンと称するが、おいちゃんは初めてその言葉に同意した。まごうことなき、爽やか系イケメンがそこにいた。だが、おいちゃんにはそれは気味の悪いものでしかなかった。
女生徒はカケルの笑みに頬を赤らめた。カケルは小さく礼をすると自身の名前と高校名と学年を口にする。その口調も優しげで、相手に嫌悪も威圧も与えることもない。
「人を待っているんですが、連絡がとれなくて困ってて」
「お知り合いの方ですか?」
カケルの言葉に女生徒が小首をかしげる。
おいちゃんもカケルの言葉に首をかしげた。この高校でカケルの知り合いといえばココロである。しかしココロだとしたら今は部活動だということはカケルも知っていることであるし、そもそも家が向かいだからよほど緊急でない限り直接会って話せばいい。だからこそこんな校門で、しかも見知らぬ生徒に気味の悪い笑顔を見せてまで呼ぶことではない。
カケルは優しげな笑みをそのままに、困ったように眉を下げる。
「『ひびき かなで』という方なんですが。ご存じですか?」
おいちゃんは聞いたことのない名前に疑問しか抱かなかった。
もしここに安倍川やトールら友人3人衆がいたら、冷や汗ものであっただろう。
聞かれた女生徒はおいちゃんと同様、聞き覚えのない名前に困惑する。
「すいません、ちょっとわからないです」
「そっか・・・・・・。ありがとうございます。もう少し待ってみることにします」
「え、あっ、あの」
にっこりと笑って礼をするカケルに、女生徒が会話を続けようと口を開きかける。
「ちょっと、邪魔なのですが。そこをどいていただけます?」
しかし第三者の言葉で、それは遮られてしまった。
カケルがそちらを向くと、別の女生徒がカケルたちをにらみつけている。
「余所の高校の生徒が、我が校に何の御用ですの。女性を口説くのでしたら、場所を考えていただけます?」
つり目で顔立ちから気の強い雰囲気を醸し出す女性は、普段あまり聞くことのない口調で話し出す。
それに呆気にとられたカケル。ちなみに先ほどまでカケルと話していた女生徒は、にらみに恐れをなして去ってしまった。それを視線で追う女性は、カケルへと視線を向けた。
「口説いた女性は去ってしまいましたね。もう別の場所で声をかけたほうがよろしくて?」
完全にナンパだと勘違いされていることに気づき、カケルは頬をかきながらその女性に話しかける。
「何か誤解しているようですが。僕、人を待ってまして。『ひびき かなで』という男なんですが」
カケルの言った男性名に、女性の表情が変わる。
先ほどまで敵意満々の顔が、その名前を告げた途端、きょとんとする。
カケルは心中でニヤリと笑った。
「もしかして彼のことご存じですか?」
「確かに存じてはおりますわ。でも失礼ですが、どういった関係で?」
「先日、僕の身内が彼にお世話になりまして。今その者が忙しく代わりに僕がお礼をと思いまして」
滑らかに告げるその言葉は、一切の戸惑いもなく自然なものだった。ここに安倍川かトールがいたならば「よくいけしゃあしゃあと嘘つけるな」と青ざめつつ口にしていただろう。ちなみにカケル自身、嘘を言ったつもりはない。身内とはココロのことであり、忙しいというのも今は部活中だからだ。間違ってはいない。
愛想を作りこんだ今のカケルは、一見では真面目で優しげな爽やか青年である。普段あまり女子たちに騒がれないのは、最近は大分マシになったとはいえ他人に対して距離をとり他人行儀でも笑うということが少ないからだ。カケルとしてもココロが第一であり、その他の女性は基本どうでもよいのでなおさらだ。
「申し訳ないのですが、彼とコンタクトをとっていただけないでしょうか」
にっこりと優しくカケルが微笑めば、女生徒は息を止め視線をカケルからそらす。
「そ、そうですか。ではこちらから連絡してみますわ。幸い彼とは同じクラスで、とある縁でつい先日友人になったので」
女生徒は慌ててバッグからスマホを取り出して操作を行う。ふとその指がピタリと止まり、おそるおそるカケルの顔を見る。
その態度にカケルが首をかしげると、女生徒は躊躇いながらカケルに尋ねた。
「あのしつこいようで申し訳ないのですが。本当に、『ひびき かなで』なのですね」
その言葉は、カケルの微笑みを少しばかり崩すのだった。
『おい。ええかげん、どういうこっちゃおしえんかい』
おいちゃんがカケルの顔すれすれのところで、怒りを込めてにらみつける。しかしその顔はカケルに一切の畏怖も与えられなかった。
カケルはぼそりと周囲に悟られない程度の声量で話しかける。
「どういうことも何も、『ひびき かなで』に用があるだけだ」
『だからダレやねん、それ』
おいちゃんの疑問にカケルは苛立ちのままおいちゃんをにらみつける。先ほどのおいちゃんのにらみとは違い、見た者をゾッとさせる力が会った。おいちゃんがヒイイと悲鳴をあげて、テレポートで姿を消した。カケルはふんと鼻をならすと、そのまま校門で待ち続ける。
あの後無事連絡をとることができ、すぐこちらへと来てくれると女生徒は説明した。女生徒はこれから予定があるということで、済まなそうな顔で去っていった。去り際にカケルがお礼を言うと、顔を赤らめ足早に逃げるように駆けだしてしまった。
腕を組みながらカケルは怒りをオーラを吐き出し続ける。
ココロと付き合っている男。それが、ひびき かなで。
物心つく前からの幼なじみとして、1度会って話をしないとカケルの気が済まなかった。ココロが誰と付き合おうとそれはココロの自由だとわかっていても、幼なじみ馬鹿であるカケルにはその相手をこの目で確認しなければならない。
ここで初めてカケルはココロと違う高校に通ったことを後悔した。半年前の何もかもが投げやりになっていた自分を殴りたくなった。高校が同じであれば、こんな状況にならなかったのに。
「あ、の」
カケルの耳に男の声が聞こえ、苛立った視線を向けながら声のした方を向いた。そして現れた男の姿にぎょっとする。
カケルがまず驚いたのは男の身長だった。カケルよりも遙かに高く、下手したら2mいっているのではないかというほどの高身長だった。そして次に驚いたのは男の表情だ。顔の半分が前髪に隠れていてパッと見ではわかりにくいが、その表情は心配になるほど青ざめていた。痩せこけた頬がさらに男を病的に見せる。
「あ、あああああ、あの、あ、あああののののの」
男はブルブルと震えながらカケルを見下ろす。呼吸が上手くいかないのか、どもりながらヒィヒィと荒い息をあげる。その姿にカケルは怒りを収めるしかなかった。
「えっと、『ひびき かなで』さん?」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」
男はデカい体をビクリと大きく跳ねさせ、ガチガチガチと歯を鳴らす。そして震えて止まらない両手をなんとか頭の横まで上げた。降参のポーズである。
ここまで怯えられると、カケルもどうしていいか判断に困り周囲を見回す。下校途中のため何人もの生徒がいたが、皆カケルたちを見てコソコソと話している。その顔はあまりいいものではなかった。
カケルがこれはマズイと思い、男の顔を覗く。しかしそれは男の恐怖心を倍増させる。
「ご、ごごご、ごめ、ごめん、ごめ、ごめなさ、ささ」
「えっと、ひびきさん。とりあえず落ち着いてください。し、深呼吸」
男はカケルに促されるがまま呼吸しようとするが、意識すればするほど呼吸ができなくなる。男はその場にうずくまってしまい、ガチガチと震えだした。
カケルも中腰になり、男の肩を優しく叩く。
「あの、えっと、大丈夫ですから。落ち着いて」
「ひ、ひぃいい、ひゃっ、ひゃっ」
「えー・・・・・・、あのう」
先ほどまでの怒りはどこへやら、カケルも男と向かいあうように座り込んだ。
「えっと、落ち着いたらどこかでお話できませんか?」
相手の反応を伺いながらカケルが尋ねる。男は震えながらもコクコクうなずいた。
カケルはそれにホッとしつつ、周囲を見回してお騒がせして申し訳ないと頭を下げるのだった。
安倍川が何度も言っていますが、カケルはイケメン寄りです。
といっても美少年というより、クラスで1人はいそうな「カッコいい……かな」ぐらいの顔立ちです。でも愛想良くすれば、普通に優男っぽいイケメンになります。
中学時代は陸上一本だったことと、幼なじみ最優先のため、例え女子に好意を持たれても告白にまで至らない。告白されても速攻で相手を振ります。
高校では他人に愛想がないのでモテそうでモテません。大分丸くなった今も、安倍川ぐらいしか信頼していないため、あまり変わらない。




