第1話 本当に恐いのは幽霊ではなく人間なのです
カケルは頭を抱えてうなだれた。
どうしてだ。自分の頑張りなど無意味だったのか。そうひどく落胆した。
(俺が、バカだったのか。他人と関わろうって思ったことが、間違いだったのか)
乾いた笑みが思わずこぼれてしまう。ただただ自分が情けなかった。
涙は出なかった。悲しみを通り越した深い呆れが、目の熱さすら奪ってしまっていた。
(そうだ。俺は知っていたはずだ。どんなにがんばっても報われないことがあるんだって。膝を壊したとき、そうわかっていたはずだろ)
カケルは、頭から手を離し顔を上げる。
そして教室の扉にいるカケルの目にその光景が飛び込んできた。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください」
そこにはクラスの席で十円玉に触れる、トールとミギの姿があった。
悲しみの海に溺れまくっているカケルの隣で、安倍川もまた微妙な顔でそれを見ていた。先ほどまで2人は先生に頼まれ事があり、それを終わらせ勉強会のためにクラスへと戻ったところであった。
少し離れた場所でトールとミギを見ていたイサジが、カケルたちに気づき近づく。
「おかえり」
「おいおい、なんだよこれよ」
安倍川がイサジに尋ねる。カケルはもう声を出す気力すらなかった。
「見てわかるでしょ」
「・・・・・・こっくりさんにしか見えねぇんだけど」
「だーい正解」
「なんでまた急にんなのやってんだよ」
「苦しいときの神頼みだって。上手くいったら期末これで乗り切ろうって」
イサジと安倍川の会話を聞いていたカケルは再度頭を抱えてしまった。
「神頼みにしても、○○絶ちとかあるだろ。何でこっくりさんだよ。せめてコロコロ鉛筆にしろよ。ってか神頼みなら、学業成就のお守りとか買えよバカ」
「バカだからお守り買っても、交通安全とか買いそうだよね」
「くっそ、簡単にその未来が予想できる」
イサジの言葉に、カケルは心底疲れ切ってしまった。あまりにカケルが意気消沈しているため、安倍川がその背中をぽんぽんと叩いてやる。
カケルが諦めと呆れと疲れの入り交じった表情でイサジを見る。
「なあ、俺が勉強教える意味あるのか?」
「・・・・・・うん、まあ。最近、少しずつ良くなってるし。赤点0は難しいかもだけど、進級に響くまでは、ねえ」
「そこで俺を見るんじゃねぇよ」
カケルがイサジを見て、イサジがその視線に耐えられず安倍川を見ると、鋭い声で安倍川がイサジに言い放つ。
「こっくりさん、こっくりさん」
トールが口にする。
「イサジの女のタイプは巨乳ですか。それとも貧乳ですか」
「おいこらバカ、何聞いてんのさ」
「ってか、勉強のためにするんじゃねぇのかよ」
イサジが速攻で言葉を返し、安倍川が呆れながら言った。
しかしそんなツッコミを気にすることなく、トールたちのが触れる十円玉が動く。
ミギがゆっくりとそれを読み上げた。
「えっと何々・・・・・・。『胸の大きさは気にしない。むしろ唇フェチだから、プルプルしてた方が』、ってイタタタタタタタ、痛い! 痛いイサジ!!」
「イサジ、テメェ今俺たちが片手しか使えねぇのに、イテテテテテテ」
ミギの言葉の途中で、イサジが2人の傍に駆け寄るとその首根っこを思いっきり掴んだ。手加減一切なしのようで、トールもミギも本気で痛がってる。
2人の痛む声にカケルも少し落ち着いたようで、自分の席へと移動する。今日教えるための教科書と2人用に作ったノートを出すためだ。
その間も3人はやかましかった。
「オレは2人が勉強したくないから、こっくりさんするって聞いたんだけど。何でオレのフェチズムの質問に移ってんのかな」
「ああ? そんなん俺が気になったからに決まってんだろうが」
「ってか俺に至っては動いた十円玉のひらがな読んだだけじゃねぇかよう。俺はそんなに悪くなくね?」
「他人のフェチズムを堂々と口にするやつが悪くないと思ってんの?」
そんなやりとりをする傍へ安倍川が近づいた。
「そこまでぐちぐち言わなくていいだろ。男は大抵プルプル唇好きだろ。まあ、あえてそこを強調するやつはいないだろうけど」
にやにやする安倍川に、イサジが冷たい目を向ける。今までで1番と言っていいほどキレかけているイサジに、安倍川の背筋が寒くなる。
そんな安倍川の肩をカケルがぽんと叩いてやる。
「はいはい、そこまで。伊左次、安倍川に当たるのは筋違いだ。発端はそいつらだし」
カケルがそう言ってイサジを見る。イサジもわかってはいるのだろう。バツが悪そうにそっぽ向く。今度はトールとミギの方を見た。
「で、2人はさっさとこっくりさん鳥居に戻して勉強するぞ」
「えー、今始めたとこなんだぜ」
「つまんねぇやつだな。将来、ろくな大人にならねぇぜ」
「少なくとも進級できるかすら微妙なやつに、ろくな大人とか言われたくねぇよ」
ミギはつまんなそうにトールは不満たらたらに、カケルへと声をかける。カケルはまずトールに返答すると、持っている教材を2人の傍に置いた。
その教材を見た途端顔を歪めたトールとミギは、すぐに目の前の紙へと視線を移す。
「こっくりさん、こっくりさん。カケルのエロ本の好みはなんですか」
「おい、お前ら」
すぐさまカケルが声を出す。
しかし2人の指は勝手に動いていく。ミギがまた声に出した。
「・・・・・・清純系美少女」
「定番すぎておもしろくない」
その答えに安倍川が不満げなり、カケルが安倍川の肩を小突いた。
トールも気に入らないと言わんばかりに口を開く。
「清純系? ぜってえ嘘だろ。お前幼女趣味じゃねぇのかよ」
「誰がロリコンだ。誰が」
「お前の幼なじみに対する異常な執着心見たら、俺じゃなくてもそう思うわ」
トールの発言にカケルがにらみつける。バチバチと2人の間に火花が散った。
それを遮るかのように、安倍川が手をあげた。
「こっくりさんに答えられる前に言っちまうと、俺の好みは女教師とか女上司ものな。最初はツンツンしてるけど、最後の方になるとメロメロになっちゃうやつ。あと、動画派」
「まあ、ありがちっちゃありがちだよね」
イサジが安倍川の言葉にうなずいた。そしてイサジはトールとミギの間に置かれている紙を見る。こっくりさんをするに当たって、スマホで調べて2人で作成したものだ。こんなことするくらいなら少しでも公式覚えたら、とは心の中でのつぶやきである。
カケルが頭をかきながら、こっくりさんの紙を見つめる。
「いいからさっさと終わらせろよ。本気で夏休み潰れるぞ」
「えっと、どうやって終わらせるんだっけ」
ミギがスマホで検索をかけようとする。しかしその前にカケルが口を開く。
「『こっくりさん、こっくりさん、どうぞお戻りください』って言って、こっくりさんが『はい』って答えて鳥居まで戻った後、こっくりさんにお礼を言って終了だ」
その説明に4人の視線がカケルへと集まった。急に注目されたカケルが逆に驚いて4人の姿を見回した。
「もしかして間違ってたか?」
「いや、あまりに詳しいからビビった。大地って、こっくりさん経験者?」
カケルの疑問に答えたのは安倍川だ。そしてその安倍川の質問にカケルは首を横に振る。
「いや、知識として知ってただけ」
その答えにふーん、と安倍川は返した。
トールとミギは、カケルに言われた言葉をそのまま口にする。十円玉がゆっくりと動いた。
いいえ、に。
「え、えええ。カケル、これどういうことだ?」
「・・・・・・多分、もう少し質問続けろってことだと思う」
ミギが戸惑いながらカケルを見ると、カケルは眉間にしわを寄せて十円玉を見た。
イサジが呆れながらその紙を覗きこむ。
「ってか2人のどっちかが動かしてるんだから、さっさと終わらせればいいんじゃね?」
「はあ? 俺、力なんか入れてねぇぞ」
「俺も力入れてねぇよ! ほ、ホントだって」
言われた言葉にトールがいらつきながら、ミギが慌てて涙目になりながら言い返す。
安倍川が気味が悪そうに、その光景を見つめていた。
「おいおい、そういうのやめろよな。ってかそもそも高校生にもなってこっくりさんなんてやってんなよな」
「うっせぇな。とりあえずこっくりさんが満足するまで質問続けりゃいいんだろ」
トールがケッと顔を歪め、しかしすぐおもしろいことを思いついたように嫌な笑みに変わる。
「こっくりさん、こっくりさん」
トールが十円玉を見ながら声をかける。
「高瀬心に、付き合っている男はいますか」
その質問に、トール以外が固まった。
しかし十円玉は無情にも動き出す。
『はい』
十円玉の到達した場所に、トールは笑い声を抑えるのに必死だった。精一杯からかおうと、にやけ顔でカケルを見る。
そしてトールの笑みが硬直する。
カケルの表情は、無、だった。能面のごとき顔つきは、その場の空気を一瞬で凍らせる。
「だ、大地?」
安倍川が勇気を振り絞り、カケルに声をかける。
カケルはそれに返事をすることなく、右手をあげる。
その手にはファ○リーズが、握られていた。
「いつから持ってたのそれ!?」
安倍川の疑問にもカケルは答えず、勢いよくシュッとひと吹き噴射させる。
誰もその謎行動に口を挟めない。カケルはさらに数回噴射させた。
そしてカケルも十円玉に指を置く。
「こっくりさん、こっくりさん」
カケルの声は今まで聞いたどの声よりも低かった。
「その付き合っているやつの、名前フルネームで答えろ」
ひいっ、と悲鳴をあげたのは誰だったか。
十円玉が今までよりもゆっくりと動き出した。そのひらがなをカケルはゆっくりと口にする。
「ひびき、かなで」
知らない名前に、さらにカケルの声のトーンが落ちる。
「こっくりさん、こっくりさん、いい加減帰るよな」
十円玉が今までにない速度で「はい」へと移動して鳥居の上へと移動する。
カケルが十円玉から指を離した。
教室内に沈黙が続く。
カケルは能面顔のまま、口を開く。
「今日、勉強会中止な」
「あ、あの、大地」
安倍川がカタカタ震えながら声をかける。カケルが安倍川の方を向けば、安倍川が「ひいっ!!」と本気で恐怖の叫びをあげた。
「ちょっと、用事ができたから。そっちに行ってくる」
カケルは口端を上げて笑っていた。しかしその目は一切、笑ってなどいなかった。
目が笑っていない。
その手にはファ○リーズ。




