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番外編その7 事実は同人誌より奇なり


 安倍川梓(アベカワアズサ)。高校1年の安倍川の本名である。

 女みたいな名前のそれが、安倍川は大嫌いである。





「ちょっとアズサ。手伝ってよ」


 姉が、安倍川の部屋の扉を開けて手招きした。

 安倍川は嫌そうに顔を歪めることでそれに返事をする。

 しかし姉は一切気にすることなく、手招きしながら何度も安倍川を呼ぶ。仕方ないとため息をつきながら立ち上がった。


「あ、パソコン持ってきてよ」


 その一言に安倍川はげんなりしながらも、言われたとおりに自分のパソコンを抱えて姉の部屋へと移動する。

 姉の部屋の中央には卓袱台を置き、床には大小様々な本が山積みになっている。安倍川は何の戸惑いもなく開いている空間に座りパソコンを起動した。


「データはもう送ってるから、ベタ塗りお願い」


 それだけ言うと姉はがりがりペンタブで描き殴っていく。

 安倍川はため息をつきながら、ソフトを起動した。

 姉から送られてきたであろうファイルを開き、中を覗く。そこには美少年たちが裸でまぐわっている画面が現れた。思わず頭を抱える。


「おい、おい、姉貴。BLのベッドシーンは自分でやれ」

「いいじゃない。こっちはまだ線入れ終わってないのよ。あ、ベタ入れる場所はこれ見て適当にやって」


 そうやってポイッと投げて床に落ちたのは薄い本。その表紙には安倍川のパソコンにも映っている少年2人の顔が近い距離で描かれている。絵柄は同じ。つまりこの本の絵と今パソコンに映っている絵は同一人物によるものだとわかる。

 安倍川は呆れながら手にとった。表紙にある「Rー18」の文字に安倍川のテンションが下がっていく。ためらいなく開くと、やはりベッドシーンが目に入る。


「いつも思うけど、BLのR-18シーンを高校生の弟に手伝ってもらうのはいかがなもんかと」

「アズサが手伝うと効率いいのよねえ。手伝い料、一冊で1500円」

「どうせベタの後のトーンもやるんだろ。ちょっと安くない?」

「わかった。2000円」


 姉の提示金額に、安倍川は渋々ながらも行動を開始する。マウスを使いベタを入れていく。今までの経験から姉の求めている場所は予想つく。安倍川は無心を心がけながら少年たちのアハンウフン部分のベタを入れていった。




 しばらくして姉の部屋の扉がノックされる。


「アズキ。もしかしてそこにアズサいる?」


 そして扉の向こうから声がかかる。安倍川の兄であり、安倍川家兄弟姉妹の1番上である。ちなみにアズキとは安倍川姉の名前であり、本名は安倍川小豆(アベカワアズキ)である。そして安倍川兄は安倍川東(アベカワアズマ)という。

 兄の問いに安倍川は返事をした。すると扉を開けて入り口に顔を覗かせた。


「アズサ。そっちより俺の消しゴムかけ先に終わらせてくんねえ? 『まゆたま』ファーストの百合本、ペン入れ終わったから」

「ちょっと。先に私が頼んだのよ。終わってからにしてよ」

「そっちはベタ入れなんだろ。じゃあ俺から先にしてくれよ。こっちは急いでんだよ」


 突然始まる兄姉喧嘩を安倍川は完全に無視する。

 兄も姉も同人活動をしており、21歳の兄は百合本を、19歳の姉はBL本を手がけている。そして安倍川は昔からその手伝いをさせられていた。そして2人の影響でアニメや漫画やゲームなどのサブカルチャーにも詳しくなっていった。2人と違うのはそういうものを抵抗なく受け入れているだけで、安倍川自身はその方向へと突き進まなかった。よって一般人よりかはオタクという程度に止まっている。ちなみに「まゆたま」とは、ここ数年同人界隈人気ジャンルの1つである。


 無言でベタを入れていく安倍川。そのマウススピードはとても素早く、手慣れていることが伺える。


(誰にも自慢できねぇけどな)


 手を一切止めることなく、安倍川は自嘲した。

 何が楽しくて男同士のラブシーンを手伝わなくてはならないのか。何が嬉しくて男同士の裸体を見つめなくてはならないのか。ネコ役の男がタチ役の男に優しくされて涙流しているのを見て「男が泣いてんじゃねぇよ。男が人前で泣くのは勝ったときと親が死んだときだけだ」と心中で毒づいた。

 ちなみに安倍川はBL同人誌を否定していない。ただR-18BLを高校生に手伝わせるという姉の所行に対して少し怒りがあるだけだ。なんのための年齢指定だ。ひたすら口には出せない毒を心の中で吐露する。


(ってかいつも思うけど、こいつら性病とか大丈夫なんだろうか)


 心中での疑問に答える者は誰もいない。

 姉に聞いたところで「BLはファンタジーなのよ」と答えることを安倍川はわかっている。小説家になろうも読んでいる安倍川からしたら、それはハイファンタジーなのか、ローファンタジーなのか尋ねたくなる。本気で聞いたらめんどくさいと姉に殴られるのは確実なので、これもまた心中での疑問となる。


 未だに兄姉の喧嘩は続く。安倍川は気にすることなくマウスを動かし続けた。全ては手伝い料のためだけに。





「じゅまにー、じゅきねー、じゅさにー」


 舌っ足らずの声が3人の耳に入る。

 その瞬間、勢いよく安倍川がパソコンを閉じる。兄は急いで部屋を飛び出していき、姉は机に戻って山積みになっている本を放るようにベッドの中へとしまっていく。

 そんなことをし終えた頃、兄が姉の部屋に入ってきた。腕の中に小さな妹を抱えて。


「じゅさにー」


 つい最近4歳になったばかりの妹は安倍川の顔を見るなり、笑顔で兄にしがみついていた手を安倍川の方へと伸ばした。兄の腕から落ちそうになり、安倍川は慌てて兄から妹を預かった。


「あずみー。どうしたー?」

「だれもいないかったの」


 妹のあずみは安倍川の首に抱きついた。年の離れた兄妹であるが、兄や姉よりも年の近い次兄に妹はよく懐いている。


「じゅさにー、あそぼお」

「いいけど、何すっか。ままごと?」

「ううん。ばるごふあいたーごっこ」

「・・・・・・もしかして乙女戦士(ヴァルゴファイター)か?」

「何それ。新しい子供向けアニメ?」


 安倍川の言葉に、姉が首をかしげる。

 逆に安倍川は聞き覚えのある言葉だ。むしろつい最近、それ関連で地味に関わっている。


「最近、出没するようになった正義の味方だってよ。近くで二次元に出てくるキャラみたいな化け物が出るようになったろ。それ倒す女の子のヒーロー」

「それどこのプリキ○ア」


 兄が姉の疑問に答えると、姉は怪訝な顔でつっこんだ。

 安倍川はつい最近遭遇した日のことを思い出しながら口に出す。


「そういや、兄貴。俺この前乙女戦士見たわ」

「マジかよ!? どんなんだった?」

「じゅさにー、いいなー」


 兄が少し気持ちを高ぶらせて、妹が目を輝かせて安倍川を見る。尋ねられた安倍川は先日のことを思い出そうとする。しかし肝心の乙女戦士よりも、チ○コもどきで攻撃するエビルと、変な道に進もうとする打出妹と、その打出妹を崇拝する高瀬心(タカセココロ)の姿が脳内を占めた。その姿をかき消して、乙女戦士を思い出そうとする。


「あ」


 安倍川は兄の目をまっすぐ見つめる。


「ずっと前に兄貴が作った百合のイチャラブ本の1コマみたいなのがあった」

「ちょっと待て。どういうことか聞かせてもらおう」

「あんたら、あずみがいるの忘れてんじゃないわよ」


 安倍川が思い出したのは、乙女戦士と打出妹のおっぱいくっつきシーンである。あまりにも印象的ではっきりと思い出せた。逆におっぱいの印象が強すぎて、乙女戦士の顔が思い出せなかった。

 この内容を妹に聞かせるわけにはいかないため、安倍川は姉に妹を託した。安倍川と兄はコソコソと話をする。



「兄貴。互いの胸が潰れるくらいくっついてイチャイチャしてるアレ。めちゃくちゃよかった。実物凄かった。やっぱり俺、2次元より3次元派だわ」

「ちょ、おま、それ写メしたんだろうな」

「できるわけねえだろ。したら変人決定だろうが」

「ったく、ダメな弟だな。そこは俺の資料のためにも身を削れ」

「何で兄貴の同人活動のために俺の身を削らないといけないんだよ」

「それはな、俺が兄でお前が弟だからだ」


 兄の発言に、安倍川はそのわき腹に手刀を入れた。痛みにわき腹を押さえる兄の姿に安倍川の溜飲が少し下がった。

 同人活動をする兄の手伝いをするようになって3年。つまり中学時代の3年間、安倍川は同人誌作成の手伝いをし続けた。兄の言うことは絶対と、ムリヤリ手伝わされた安倍川にとって、兄の存在は余計な知識を与えた人物としてインプットされている。現に青春時代で同人誌に見慣れてしまったせいか、エロ本も普通に読み物として読めてしまうという弊害が起きている。よって安倍川のオカズは3次元の映像オンリーである。


「次、何かあったらちゃんと残しとけよ。後々使えるから」


 兄の発言渋々と安倍川はうなずいた。

 兄弟の会話が終わったとわかると、妹はとてとてと安倍川に向かって突進する。それを受け止めて安倍川は妹を抱っこした。

 姉はスマホを操作しながら、「へぇー」と声をあげた。

 そして突然メモ用紙を出すと、鉛筆で何やら描きだしていく。他の3人はそれを覗く。姉はスマホを見ながら、メモ用紙に少年を描いていった。


「こんな感じかしら。はい。乙女戦士、レッドの男体化」


 そう言って姉が書き終えたメモ用紙には、ポニーテールの少年のイラストが描かれていた。調べたのだろう、姉のスマホには画像検索による乙女戦士の写真が載っている。兄姉のアシスタントをするも絵はまったく描けない安倍川は、素直にそれに感心してしまう。




「ん?」




 だが同時に違和感もあった。漫画チックに描かれたその少年。どこかで似たような人物を見た気がする。その人を姉が描くイラスト風にしたらこんな感じになるのではないか。最近見た漫画かアニメを思い出すがどれも違う。


(まあ。こういうキャラ、どっかしらには似たようなのが1人くらいいるよな)


 結局、そういった感じで収まった。

 だから安倍川は気づかなかった。



 そのイラストの顔が、友人の顔つきに似ていることに。

こんなタイトルの同人誌、実際にありそうだな。


安倍川兄弟姉妹

長男 安倍川東

長女 安倍川小豆

次男 安倍川梓

末子 安倍川あずみ

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