第2話 ウーロン茶、宙を舞いました
カフェ「ゴローズコーヒー」。
その一席に座るの少女2人。片方は青筋をたてながら相手を睨みつけ、もう片方は頬を赤らめながら相手を見つめていた。
「ねぇねぇ、トーカちゃん。ここのコーヒーすっごく美味しいんだよ」
「ちょっと、アンタ・・・・・・」
「キャッ、アンタだって。なんか気軽な関係みたいでドキッてするね!」
うふふふふふ、と可愛らしく笑うココロ。そしてそれを親の仇のような目で威嚇するトーカ。異様な2人の空気が、禍々しいオーラとなって店内に漂う。中にいる客が、店長のゴローと店員の小塩が、2人の成り行きを見守っている。
ココロが両頬に手を当て、ぽうっとする。
「それにしてもトーカちゃんはいつ見ても可愛いよねぇ」
「そういうアン・・・・・・、いつ見てもボケッとしてて平凡じみてるわよね。何の面白味もないっていうか。どこにでもいそうなタイプ?」
またアンタと呼びそうになるのを、必死で堪えながらトーカが嫌みを込める。
すると手を頬に当てたまま、ココロは上体をひねった。
「やだあああ。トーカちゃんから空気扱いされちゃった。つまりトーカちゃんの側に居続けてもいいって存在にまで仲良くなれたってことだよね」
「何でそういう思考になんのよ!!」
ドン、とトーカは両手で机を叩いた。
『カオスや・・・・・・』
おいちゃんがその席を見ながらつぶやいた。
ちなみに現在おいちゃんはカケルの頭に乗っかっている。カケルはというと、
「すいませーん。注文お願いします」
2人の席に構うことなく、店員を呼ぶのだった。
やってきた小塩にウーロン茶と水のお代わりをお願いする。注文を受けた小塩はこっそりとカケルに尋ねる。カケルもココロも親子でここの常連なので、小塩とも話すことが多い。
「カケルくん。あれどういう状況なのかな」
「うーん。話し合いの場ってことでいいんじゃないですか?」
「話し合いって、どどめ色の空気が発生するものなの?」
「どどめ色というより、俺としては藍海松茶色っていうほうが正しいと思うんですけど」
「君はまた、マイナーな色のチョイスを」
「いえいえ、小塩さんのどどめ色も相当だと思いますよ」
複雑な表情の小塩だが、カケルはどうでもよさそうにそちらを見ている。
おいちゃんが「デート」だと言ったため焦ったが、相手がトーカだとわかると一気に関心がなくなっていた。持ってきたバッグからノートを取りだして勉強の体勢に入る気満々である。
「ちなみにココロちゃんと一緒にいる子は誰?」
「打出籐花。ココロが憧れてるモデルの子」
カケルが説明すれば、小塩はトーカの方を向きトーカの名をつぶやく。カケルが小塩に話しかけようとするが、それより先に小塩に笑顔を向けられた。
「じゃあ僕はここで」
そう言って厨房のほうへと向かっていった。
カケルは小塩が去っていった方をじっと見つめる。そして視線を上に変えた。
「おいちゃん、何かあったか?」
『なんで?』
「ずっと静かだから」
『なんもあらへーん』
口を割る様子のないおいちゃんにこれ以上追求するのは無意味と判断し、視線を2人へと移動する。
「えへへ。それにしてもトーカちゃんとこうやって休みの日に一緒にカフェにいるなんてすっごく嬉しい。安心してね、トーカちゃん。ここの代金は私が持つから」
「当然でしょ。アンタがアタシをここに呼びつけたんだから。むしろわざわざアタシが出向いてあげたことに感謝しなさい」
「あああああ。私の払ったお金で得た食べ物や飲み物がトーカちゃんの血となり肉となると思うと興奮、あ、間違った、テンション上がるよね」
「早急に黙れ。キモい」
カケルは黙ってそれを見つめ、そしてノートに視線を移す。
本気でどうでもよくなったらしい。ココロが楽しそうでなにより、というところだ。
バンッ!!!
カフェの扉が乱暴に開く。
「トーカアアアアア。店内か、店内乱闘か!? 物が宙を飛び交うバトルロワイヤルか!?」
「打出妹、落ち着けええええええ。命は粗末にすんなあああああ」
「何しに来たああああああ。これ以上アタシを怒らせんじゃないわよおおおおお」
トールと安倍川が血相変えながら現れた。
ぽかんと店内が2人を見つめる中、名を呼ばれたトーカが机を叩いて立ち上がった。
それを見ておいちゃんがまた口を開く。
『エビルおらんのに、バトル勃発やな』
カケルは何も返さずノートからも視線をそらさず、ひたすら勉強を続けた。
トールと打出がトーカの側に駆け寄ろうとすると、その間に1人割り込んだ。
「お客さん。店内ではお静かにお願いできますか」
店長のゴローが、そう言い放つ。その顔はまるでヤのつく危ない職業を思い出す。
店内の空気が一気に下がる。
ゴローはトールと安倍川に笑顔を向ける。その笑顔は裏切り者の舎弟が殺される様を喜ぶような、狂気的な恐ろしさを感じる笑顔だった。
「2名様でよろしいでしょうか?」
「お、押忍!!」
「よ、よろしくお頼み申し上げます!」
2人は直立になると、元気よく声をあげる。
その声にカケルがやっと2人の存在に気づく。それくらい周囲の状況に興味がなかった。
カケルが手を上げて声をかける。
「安倍川、こっち」
「あれ、何で大地が?」
カケルに呼ばれた安倍川がそちらの方へと向かう。そして呼ばれていないトールも着いてきた。
「何で大地がここにいるんだ?」
「むしろそれはこっちの台詞だって。で、打出は呼んだつもりはないけど何しに来た」
「うるっせぇな。トーカ追いかけたらたまたまここに来たんだよ」
3人が席に座る。
その席に向かってトーカが睨みつける。対してココロはにこにことトーカを見ていることから、カケルがいたことには気づいていたようだ。
すると小塩がウーロン茶と、水の入ったグラスとピッチャーを持ってくる。
「はい、カケルくんウーロン茶お待たせしました。それで2人はカケルくんのお友達?」
「1人は友達です。もう1人は違います」
即答するカケルに、トールがギリギリと歯を食いしばる。しかしカケルは気づかぬ振りを続けた。
ふと小塩はトーカがこの席を睨みつけているのに気づく。
「ねぇ、あのトーカって女の子が、こっち睨みつけてるんだけど」
「ああ、あれ俺の妹なんすよ」
トールの言葉に小塩がぎょっとする。そしてトールとトーカを交互に見る。小塩が驚くのも無理はないが、双子であるにも関わらずトールとトーカは似ていない。
「へぇ・・・・・・」
小塩は軽くつぶやいて、そしてにっこりと微笑んだ。
「ご注文が決まったらお呼びください」
そしてまた厨房へと去っていった。
その後ろ姿に、安倍川がコソリとカケルに話しかける。眉を寄せて怪訝そうに小塩の後を目で追っていく。
「なあ、今の人。ちょっと反応変じゃなかった? トーカの話題が出てから雰囲気変わったっていうか」
「確かにそれは俺も思った。さっき小塩さんに聞かれたから打出の妹のこと話したんだけど、なんかいつもと違う感じはあった。どう違うって聞かれたら困るけど」
安倍川の疑問にカケルも答えるが、それは曖昧なままの回答となる。小塩がここで働いてから数年の付き合いになるが、小塩に違和感を持ったのは初めてのことだった。といっても馴染みの店の客と店員という間柄であるため、深いところまで知っているというわけではないが。
しかしトールはハッと鼻で笑った。その顔は全てお見通しだと語っている。
「どうせトーカに惚れたんだろ。いつものことじゃねぇか。あいつ、外見だけはいいからな」
「打出透と違ってな」
「打出透とは大違いだな」
「うるっせぇな、てめぇらはよ!!」
「それとだ」
安倍川とカケルが重ねた言葉に、トールが大声で返す。
そしてカケルがトールの怒鳴りが長引く前に話し出した。
「小塩さんがトーカに惚れたっていうけど、おそらくそれはないと思うぞ。あっても数%程度の可能性だ」
「何でんなこと言い切れんだよ」
「店長が嘆いてるんだよ。小塩さんに女の影がなさすぎて。ここで働いてからも女性からの告白とか、ストーカーとか、無理心中未遂とかあったけど、結局誰1人として付き合ってないし」
「大地待って。なんかおかしい単語がいくつか聞こえた気が」
安倍川がカケルの発言に顔を青くする。
カケルはポン、と手を合わせて打出を見た。
「まあ、万が一にも小塩さんがトーカに惚れたのならそれはそれでアリだな。全力で応援するよ。俺としても小塩さんにはお世話になってるから、その手助けはしたいし」
「・・・・・・言っとくが、トーカは外見以外に良いところなんざねぇからな」
「誰でもいいから女の子とお付き合いしなさい、って店長にめちゃくちゃ心配されてるから。小塩さん」
「いやいや、それもどうかと思うんだけど」
カケルとトールの会話に安倍川が口を挟む。
そして顔を手で隠しながら「もうやだこの会話。俺が疲れる」と嘆いていた。
「さっきからアタシをおちょくってんの!?」
怒りを込めた発言をするのはトーカだ。
カケルたち3人はそっちの方に聞き耳をたてる。
「そんな・・・・・・。トーカちゃんの反応が可愛すぎるとかそんなこと思ってないよ」
「今の発言でおちょくってるの確定だってんの! 大体アンタのその腹ん中に溜まってるものを吐き出すために、アタシはアンタと連絡先交換したのよ! そうじゃなきゃ、何でアンタみたいなのと一緒にいないわよ!」
周囲の状況も考えずにわめくトーカに、カケルは気を悪くする。
聞き耳をたてずともトーカの声はよく聞こえる。そしてトーカの態度は傲岸不遜にも見える。例え顔が良くても、カケルはアウトだ。そもそもトーカが怒鳴る相手がココロだという時点で、カケルの評価は最悪である。
カケルは苦々しさを飲み込もうと、運ばれてきたウーロン茶を口に運ぶ。
「いいからヴァルゴレッドさんの情報、洗いざらい吐きなさいよ!!」
次いで発したトーカの言葉に、カケルはウーロン茶を吹き出した。




