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番外編その5 要はただの幼なじみ馬鹿だと、そう思えばいいのだろうか

本編で出せそうにないイサジの話。

そして本編で書けなかったココロの話をちょびっと。

「もうダメだあああ」


 とうとう勉強が嫌になったミギが机に突っ伏してしまった。

 それを見たカケルが勉強を中断する。ちなみにトールはもうとっくにやる気をなくしてしまっていた。イスの背もたれに背を預け天井を向いている。


「じゃあもうここでやめとくか」

「ちょっ、待って。大地、ここの文って何活用?」


 安倍川が慌てて教科書をカケルに向ける。それをカケルが教えている間、イサジは疲労困憊な友人2人を眺める。2人して似たような疲れなのにも関わらず、向いている方向がまったく違うというのがおもしろい。


 ここまでこの2人を気にかけることになるとは、入学した当初イサジは思ってもみなかった。むしろ中学まで他人との壁を作るほうであった。友達付き合いというのが馬鹿馬鹿しく思えるタイプの人間であった。







 イサジの通っていた中学は県外にあり、そこでは当時イジメが当たり前という状況となっていた。次から次へとイジメの標的が変わっていく。イサジはそれを見て、馬鹿馬鹿しいと思いつつも何も行動に移すことはなかった。そして馬鹿馬鹿しい人間関係に関わろうとすら起きなかった。だが、自分がいつ標的になってもいいように準備だけは念入りに行っていた。

 そしてイサジはイジメの標的が自分へと向かったその日の内に、クラスの実体やクラスメイトたちのバレたくない秘密をネットにぶちまけた。さらに県内の中学や高校に匿名でイジメの証拠となるであろう動画と写真がバラまいた。それ以降イサジは中学に通うことはなかった。

 そんなことがあったためイサジの実家県内では通える高校などなく、県外にある高校に通うこととなった。よって今は一人暮らしである。

 そして高校へと通った最初の日もイサジは特に何の気持ちも持たなかった。中学と同じように誰とも交流することなく、3年が経ってしまうのだろうと思っていた。


 そんなイサジの転機は意外とあっさり訪れた。


「めんどくせぇなぁ」


 入学式が終わり教室へと向かう道のりで、イサジは背後から聞こえた声に振り返る。名前順で後ろにいたトールはダルそうに大口開けてあくびをしていた。いかにもつまらないという気持ちが表情に現れていた。

 イサジはいかにも不真面目そうな少年の台詞に思わず、まじまじとその顔を見てしまった。視線に気づいたトールが「あ”あ?」と睨みをきかす。ここで何も言わずに視線を外せば相手に不快な印象を与える。それは今後面倒なことになると思った。


「じゃあ、サボっちゃえば?」


 気づけばそう口にしていた。トールはそれを聞くなり目を丸くする。イサジはもういいだろうと、前を向いた。あまり関わり合いになりたくなかった。



「いいな、それ」


 イサジの背後でそう笑った声がした。すると背後から腕を引っ張られる。ぎょっとするイサジを気にせず、無理矢理トールはイサジを引っ張っていく。周りの生徒たちがぎょっとするが、トールが一睨みすると皆視線をそらして教室へと向かってしまった。


「ちょっ、何すんのさ」

「ああ? テメェから言い出したんだろ」

「だったら1人でサボれば?」

「1人でとかつまんねぇだろうが」


 だからってオレを巻き込むな。イサジはそう言いたかったが腕を掴む手が強く、黙って着いていくことにした。どうせ教室に戻っても担任の説明などで終わりだろう。ここで無理に断っても、後々の学校生活で絡まれるかもしれない。だったらこのままこの男の相手をすればいい。イサジはそう諦めた。


 トールがイサジを引っ張って向かったのは屋上。しかし屋上の扉は鍵で閉められて開けることはできない。トールは苛立って扉を一蹴りするが、音をたてただけで扉は無傷である。トールは舌打ちをした。


「何でここに来たわけ?」

「サボるって言ったら屋上だろ?」


 何言ってんだ、とイサジを見るトールに、逆にイサジが何言ってんだ、という顔を向けた。特に目的もなく引っ張ったトールに、イサジは知り合って間もないが馬鹿だと思った。

 しかし今更教室に戻っても、とイサジが悩み出したとき。





「あー、2人ともいたいた」


 元気良くミギが、階段を上りながら2人に笑いかけた。

 突如現れた乱入者に2人が何も言えずにいると、その乱入者は笑顔のまま口にする。


「2人とも何やってんだよ。教室行くんじゃねぇの?」

「いやいやいや、テメェが何なんだよ」

「2人が抜け出したの見て、教室間違えてんのかあ、と思って追いかけてたんだよ」


 底抜けに明るいミギの背後に、イサジは大型の犬を見た。とりあえずイサジも何か言うべきなのかと口を出した。


「いや、間違えるわけないって。それよりもう先生の話始まってるんじゃ?」

「えええ、マジで? 俺サボっちまったんか?」


 イサジの言葉にミギは驚愕する。それにイサジは本気で呆れた。考えなくてもわかるだろうし、そもそもほぼ初対面の者たちを気にして追いかけるこの少年に、イサジは本日の馬鹿2号だと確信した。

 ミギはしばらく驚いた顔をしていたが、すぐに諦めて2人と対峙する。


「なあなあ、俺たち同じクラスだろ? 名前教えてくれよ!」

「急に現れて何言ってんだ?」

「いいじゃんかよ。どうせ明日からも会うんだしよ。なあ、名前何?」

「え・・・・・・、伊左次蓮(いさじれん)だけど」


 ミギの発言にトールが顔をしかめるが、ミギはまったく気にしない。ミギはイサジの方を見て尋ねる。ミギの勢いにイサジは思わず答えた。その答えにミギはキョトンとするが、すぐに嬉しそうに笑った。


「マジで!? 俺もレンっていうんだよ。右田漣(ミギダレン)、よろしくイサジ」


 ニィと歯を見せるミギに、イサジは返答に困り適当に頷いた。

 するとミギは次にトールの顔を見る。トールは顔をしかめつつも名乗った。


打出透(うちでとおる)

「うちで、とーる。うん、トールのが言いやすいな」

「別にどっちでも気にしねぇよ。逆にテメェら2人は名前同じだから名字呼びだな。イサジと、ミギタな」


 トールの言葉にミギはブンブンと顔の前で手を振った。


「違ぇって。ミギタじゃなくて、ミギダだって。タ、じゃなくてダ、だっての」

「はあ? 知らねぇよそんなん。じゃあいいや、めんどくせぇからミギなお前」

「省略されたあああああ」


 ミギは叫ぶが、その表情に不満はなさそうだった。

 イサジはこの空間に違和感を覚える。ズカズカと自身の領域に入ってくるこの2人に、どう対応すべきかイサジは悩んでいた。しかし答えが出る前に、2人はイサジの顔をじっと見つめた。思わず一歩後ずさる。


「んじゃ、高校生活ではよろしく頼んだぜ」


 グッと親指を上げながらミギが笑い、トールもガラ悪そうににやにやとイサジを見ていた。

 イサジはこの時点で、平凡な高校生活は無理だと悟った。幸いどちらも馬鹿そうだから腹の探り合いは必要ないだろうと、むしろ単純で扱いやすそうだとプラスの方向で考えることにした。




 これがイサジとトールとミギの出会いである。

 イサジはまさかここまで2人と共にいるとは思っていなかった。一緒にいると楽だなと思っていたら、ズブズブと沼にはまっていた。今では2人に家庭教師役を付けるまでになった。今までここまで仲の良い人たちがいなかった反動かと思いつつ、イサジは友人へのの献身に自嘲してしまう。


(どっちかっていうと冷めてるほうだったのになあ)


 今でもイサジは様々な情報を集めている。特に他人の個人情報、それも意外性のあるものであればあるほどおもしろい。かつて他人の弱点探しであったそれは、今ではイサジの趣味だ。あまり誉められた趣味ではないことはわかっている。




 チラリ、とイサジはカケルを見た。

 カケルは懇切丁寧に安倍川に教えている。その姿は真面目な生徒にしか見えない。

 成績も上の中くらいに位置する。おそらく本人がもっと必死に勉強に打ち込めば、そこまで偏差値の高くないこの高校ならば、学年1位もあり得るだろう。しかし本人はそこまで本気になろうとはしない。だからこそトールやミギに教える余裕がある。


 イサジはカケルのこともある程度調査している。陸上部の短距離で全国常連だったこと。右脚を痛めて陸上をやめたこと。そしてその後荒れて傷害事件未遂を起こしたこと。側に大切にしている幼なじみがいること。

 調べれば調べるほど興味深い事実がわかる。ただそれを知ってどうしようということはなかった。ただポロッとトールの前で、カケルのことを話したことがトールの癇に障った。それから始まった縁で、実際に顔を合わせ話をする。

 そこでイサジがカケルに思ったのは、妙な男だということ。


 馬鹿でないから会話そのものは楽だ。意外と感情が顔に出るため、心情も探りやすい。ただどこか掴めない。というよりも躊躇いが生まれる。どこか狂気めいたものを感じてしまうことがある。過去を知っているから生まれる恐怖なのかはわからないが、イサジはカケルに対して身構えてしまうときがある。しなくてもいい腹の探り合いをしてしまう。

 おそらくカケル本人はわかっていない。気づいていない。だからこそなんともいえない奇妙な感覚に陥りそうになる。

 このまま関わって安全か否か。イサジは常に考えている。しかし今更関わりを完全に断つことは不可能だ。カケルとトールが関わりすぎた。そのきっかけはイサジ自身だから本当に笑えない。







「わかったか?」

「ああ、やっと理解したわ。サンキューな」


 安倍川は苦手な古典の疑問がやっと消化できたようで、一安心するとカケルにお礼を言った。そして思い出したかのように話を変える。


「そういやカケル前言ってたよな。高瀬の勉強の取り組み方が個性的すぎるって」

「ああ、言ったけど」


 安倍川が話したのはカケルの幼なじみのココロのことである。


「取り組み方が個性的ってどういう意味だよ? 良い勉強法とかあんの?」

「えぇええ、そんなんあるのかよ。教えてくれよ!」


 安倍川の問いにミギが机から勢いよく顔を上げた。

 しかし問われたカケルはなんとも言い難い表情をする。


「いやあ、あれはココロの勉強の考え方だから」

「だからそれが何か知りたいんだけど。そんなに言い辛い内容か?」


 安倍川がさらに問えば、カケルはうーんとうなった。


「なんというか。ココロらしいというか。返答に困る内容でさ」


 カケルは目を閉じて過去のことを思い出す。

 そこで幼なじみの言った内容が浮かび上がり、それを一言一句口にした。






「『カケルくん。勉強を問題だと思わないようにしたの。あのね、各教科はそれぞれ攻略すべきヒロインたち。問題はその彼女たちによる会話の選択肢なの。よりよいエンディングを目指すために、各教科の女の子たちの問題を解く。すなわち彼女たちの好感度を上げていくということ。私が解いているのは問題じゃない。可愛い女の子のルート選択なの。全ての教科で満点に近い点数をとる。それはすなわちハーレムエンドへの道筋!!!』・・・・・・って言ってたかな」



 カケルがココロの発言を思い出して口にすると、その場にいた者らは皆怪訝な表情をした。それらを気にせずカケルは過去のことを必死に思い出していた。


「えっと現代文が文学少女で、古典がヤンデレ。漢文は何て言ってたかな。数学が冷徹に思いきやツンデレ美女で、英語が金髪碧眼美少女。あと」

「カケルもういい。もうわかったから」


 必死に思い出そうとするカケルを安倍川が肩を掴んで止める。

 カケルは思い出している内に幼なじみの姿も思い出したのだろう。きっと可愛らしい顔でカケルにさっきの発言をしたのだろう。



「本当、ココロらしいよなあ」


 幸せそうに笑うカケルに、誰も何も言えなかった。

 そしてイサジはいっそうカケルのことがわからなくなった。

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