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第5話 馬鹿な男

 カケルは急いで戻り、トールの姿を見つけその後ろにたどり着く。

 すると背後の気配に驚いてトールが飛び退いた。


「何やってんだ」

「お、おま、おま、驚かすんじゃねぇよ!!」

「いや、打出がビビりすぎなんだろ」

「ビビってねぇよ!」


 呆れ混じりにカケルが言えば、トールがくってかかる。カケルとしてはこの状況で口論する気はないのだが、トールはカケルをにらみつけてくる。乙女戦士(ヴァルゴファイター)となっている状態ではそのにらみにカケルは怒りすら沸いてこない。


「まあ、いいや。でエビルはまだ出てこないのか」


 カケルに話をそらされムッとするトール。無言でもって肯定とした。




 ピキッ


 何かが欠けるような音に、カケルもトールも反応する。

 慌てて周囲を見回すが変わったところはない。


『うえや!!』


 おいちゃんが聞こえ、そろって上空を見上げた。

 そこには空中に飛ばされた球体と、切れた空間に引っ込もうとする手が見えた。

 カケルはすぐさまトールを肩に抱え、ダッシュする。側にある大木の影へと着いたと同時に球体が爆発。周囲に石の破片が飛び散り、それは大木にも突き刺さる。大木の左右にも石が飛び散ったのがトールの目に入り、ヒッと小さな悲鳴をあげる。

 飛散が収まったのを確認し、カケルはトールを降ろして辺りを確認する。不気味なほどに静かだ。しかししばらくは攻撃がこないと考え、カケルは走りだそうとする。処女充電(メイデンチャージ)を貯めなければいけないからだ。

 走りだそうとした瞬間。ポニーテールが引っ張られ後ろに倒れかかる。この場でこのように乱暴に髪を引っ張るのは1人しかいない。おいちゃんがよくしがみついているが、あれはそんなに重さはない。

 頭の皮が引っ張られたことによる痛みに、カケルはトールに怒鳴りつける。


「何すんだ!」

「てめぇ、何1人で逃げようとしてんだコラァ!!」

「誰が逃げるか! 俺の力は距離走らないと発動しないんだよ!」

「じゃ、じゃ、じゃあ俺はどうすりゃいいんだよ!?」


 トールの顔は真っ青だ。カケルはその様子に違和感を覚える。



 トールはエビルに会うのは初めてではない。3度目だ。今回は別として過去の2度ほどは、自分からエビルに向かっていった。そうカケルは記憶している。

 それが今回はとても怯えている。それこそ嫌悪しているカケルに縋ってしまうほど。


「・・・・・・俺が知るかよ。お前の戦い方はお前自身がよく知ってるだろ」


 しかしカケルは冷めた言葉でもって、トールに言い返す。相手を心配し、優しく言い聞かすような関係ではない。カケルはトールの手を降り解き走り出した。

 走っている間もトールのことが思考の角にちらつく。そのせいかいつもより足が重い。思ったよりも処女充電が貯まらない。



 走りながらちらりとトールの様子を伺う。そしてそれを見た瞬間、カケルは足を止めそうになった。

 呆然と立ち尽くすトールの姿が、何かと被って見えた。




(いや、何かじゃない)


 カケルは、どうしていいかわからないトールに、自分を重ねたのだ。

 足を壊して自暴自棄になった後の自分。何をすればいいのかわからず、どうしたらいいのかわからないまま時間だけが過ぎていた自分に。


(・・・・・・打出見てイライラするのって、やっぱり同族だからだよな)


 だが、何故今になってあの頃の自分と被ったのか。不思議に思ったがすぐに答えが出た。


(友人の怪我、か)


 トールを庇い、怪我を負ったイサジ。それにトールの気持ちが揺さぶられている。それをどんな風に捉えているのかは、カケルには理解し得ないことだ。

 だけどカケルは心底思った。それこそトールが知ったら怒り狂うだろう。



 俺よりマシじゃないか。そうカケルは思ったのだ。







 ピキッ


 反応が早かったのはトールのほうだった。未だ大木から離れられずにいたトールだったが、その音に反応し顔をそちらへ向ける。

 石膏のような手が空間から外へ出ようとするところだった。

 トールは無意識に右手から白いボールを出す。


「どおりゃああああああああああああ」


 そして力いっぱい投げつけた。

 トールの投げたボールはエビルの手に命中する。



『ぎぃぃぃぃぃぃいいい』


 空間の切れ目から、エビルの声が聞こえる。しかし手は空間の中に引っ込んでしまう。爆破する球体を放って。

 トールは悲鳴をあげて先ほどの木の影に移動する。弾かれた音と同時に石片が散らばった。

 バクバクと気持ち悪くなるほど、恐怖で心臓が鼓動する。それは先ほどトールを庇ったイサジを見たときと似ていた。ふとイサジの血の気のなくなった顔と、背中の大怪我を思い出した。そしてミギが悲痛な叫びでイサジの名を呼んだことを思い出した。

 トールはうずくまり頭を抱える。


「どうすりゃいいんだよ」


 自分がどう動けばいいのか。トールはわからなくなっていた。








 一方、カケルはなんとか自身の走力のみで石片から逃げることに成功した。そして舌打ちをする。試みが失敗したからだ。


『まず試してほしいのは、カケルくんの乙女による防壁(バリアー・バイ・ザ・メイデン)が一部穴を開いた状態で使えるかどうか。例をあげるならフルフェイスのヘルメットみたいな感じかな。攻撃時にも使う覆い囲むような結界、壁みたいに一面のみの結界とあるけど、それは一部飛び出た状態でも機能するのかということ』


 それはココロからの作戦だった。もしこれが成功すれば、エビルの動きを一時的に封じることができるかもしれない。

 しかし飛び出したエビルの手に乙女による防壁(バリアー・バイ・ザ・メイデン)をかけようとしたが、それが発動することはなかった。不完全な結界は作れないらしい。


「次は、どこにくる」


 カケルは走りながらも周囲に気を配る。

 すると木の影でうずくまるトールを見つけた。何やってるんだと、そちらへと向かう。





「おい、打出」

「うおっ、なななんだよ」


 カケルが近づいたことにも気づかないほど、トールは精神的にまいっていた。

 なんとかカケルにくってかかるが、起きあがる様子もない。


「お前、何やってんだよ」

「何って・・・・・・」


 思わず口ごもってしまう。トール自身、どうすればいいのかわからないのだ。

 カケルは次第にイライラし始める。先ほどのトールの睨みには何も感じなかったはずなのに、今の不安定なトールを見ていると、鳩尾の奥の方からどす黒いモヤモヤが現れる、そんな感じがした。

 トールはそんなカケルの心情など知る由もなく口を尖らせた。





「俺に、何かできるわけねぇだろ」




 考えなしに突っ込んで。人の言葉をひたすら無視して突っかかって。挙げ句に友人に庇われて怪我を負わせてしまった。もう1人の友人に辛い思いをさせてしまった。

 自分がいなければ、何も起こらなかったのではないか。そう思ってしまうと、今までみたいに考えなしで動くことができなくなった。動くことが怖くなってしまった。


「どうせお前だって俺がいなけりゃとか思ってんだろ」


 ふてくされるトール。それにカケルは





「おい、甘えんのもいい加減にしろよ」


 無表情に、冷え切った声で、トールの前髪を掴んだ。

 強制的に顔を上げられたトールは、カケルの顔を見て口を閉ざした。青ざめて、体がブルブルと震え出す。

 見た目は女の子でも中身がトールとわかっているカケルは、恐怖で怯えきった顔をされてもなんとも思わなかった。むしろ「こんなんで怖がってんのに粋がるんじゃねぇよ」と口には出さないが、心の奥で吐き捨てた。


『カ、カケル。ちょいおちつけ。女のこでそのカオは』

「何か問題でも?」

『ア、イエ。ナンデモナイデス』


 エビルではなく、カケルからトールへの一方的バトルが始まりそうな雰囲気においちゃんが口を出す。しかしカケルがおいちゃんに顔を向けた瞬間、すぐに引っ込んでしまった。トールとしてはもっと粘れよ、と言いたくもなったが今の状態でそれを言える勇気はなかった。



「で、だ、打出。何だって? 何かできるわけない? じゃあ言ってやるよ。できるわけないじゃない。やるんだ。徹底的に敵を倒す。それだけだ」

「は、おいそんな簡単に」

「お前に拒否権なんてないんだよ。あの日あのときあの場で、お前が出てこなかったら乙女戦士(ヴァルゴファイター)なんぞにならなくてよかったんだ。つまりこうなったのもお前の自業自得。いいから業を修めろよ。このまま何もしないでいるつもりなら、俺はこう言ってやる」


 カケルは息を吸って、声に出す。


「今後も一生童貞で過ごしてろ」


 その言葉にトールが固まる。カケルはトールの前髪から手を離した。

 勢いに任せてトールと話し続けてしまったが、本来はそんな余裕などない。そろそろエビルが出てきてもおかしくない頃だ。




「おい」


 再び走り出そうとしたカケルだったが、その声にすぐさま反応する。

 トールが未だうずくまってカケルの顔を見つめている。まだ恐怖が残っているが、それでもその目は普段の強気なそれに戻りつつあった。


「俺が行動して、いいことなんてあったのかよ。前回はテメェが俺のせいで怪我をした。今回だって俺を庇ってイサジが怪我をした。ミギだって、俺がここにいなかったら巻き込まれずに済んだんだよ。全部俺がいなけりゃ良かった話じゃねぇか」


 トールは自責の念に駆られていた。おそらくトールの人生で初めてと言ってもいいだろう。トールは今まで自分主義で生きてきた。野球をしていた頃も、野球をやめることになった頃も、その後も、トールは自分本位で生きてきた。

 だからこそ後悔が襲ってきた。今までだって何度も後悔し続けてきたが、それをすべて他のせいにしていた。自分のせいだと、そう強く感じたのだ。



 カケルはそれを鼻で笑う。

 似ているようで、違う。違っているようで、似ている。

 トールの言動に、カケルは自分自身と照らし合わせてしまう。


「そうか。じゃあ、すべて打出のせいだって言いたいんだな。じゃあ伊左次も可愛そうなやつだよな」


 カケルがイサジの名を口にした瞬間。トールの目が強くにらみつける。しかしカケルはそれに対して、馬鹿にした態度を止めない。


「友達を庇った。伊左次にとって当たり前のことを、打出自身が理解せずに自分を責めてるんだもんな。右田だってそうだ。友達を心配することの何がおかしい。それをごちゃごちゃ自分のせいだと女々しく嘆く打出が、馬鹿な上に臆病者なんだよ」


 カケルは自分でそう言いながら自嘲する。はっきり言ってカケル自身にも返ってくるブーメランのような発言だ。でも、それでもカケルが言わなくてはいけなかった。


『俺からしたら馬鹿馬鹿しいからな』


 それはつい先ほど安倍川に言われた言葉だ。確かに、とカケルは思った。

 トールも、自分も、本当に馬鹿で臆病だった。




「自分に自信がないのはお前の勝手だ。ただな、お前と一緒にいたいから俺に勉強を頼むような友人は、信じてやれよ。大切にしろよ」



 カケルはトールから顔をそらした。



「それにお前自身が傷つけたわけじゃねぇだろ。イサジに怪我させたのは、さっきのエビルだ。それこそ倒すことが敵討ちだろうが」


 そしてそう言い残して走り出した。






「俺は、打出が羨ましいよ」


 走りながらカケルはつぶやいた。


「俺は、俺自身が、大切な人を傷つけたんだから」




 未だに、側で笑ってくれている幼なじみの顔が浮かぶ。

 カケルは歯を食いしばり、一生残る悔いを胸に納め続けた。

男しか書けなくてしんどい

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