第4話 避難せよ
「おい、イサジ!」
トールは尻餅をついたまま、もたれかかるイサジの肩を掴む。
イサジは痛みに顔を歪めながら、その顔は血の気がなくなっている。
爆ぜた石片が飛び散る瞬間、イサジがトールを庇うように抱きついた。そしてイサジの背中に石片が突き刺さったのだ。
イサジとトールの側にミギも近づき、イサジの名を叫ぶ。イサジはまだ意識があるようだが、あまりの痛みに唸り声しかあげられない。
トールはドクドクと心臓が激しく鼓動するのを感じた。イサジの背中にそっと手を回すと、手にじんわりと血の感触がした。先ほどまで普通に話をしていた友人。それが傷ついたことに、トールはショックを感じずにいられない。しかもそれが自分を庇ったことによるからなおさらだ。
「おい」
3人のもとに、乙女戦士状態のカケルが近づいた。トールが口を開こうとした瞬間、カケルが目でそれを止める。
「何があった?」
カケルにそう問われたが、トールも何がなんだかわからなかった。ミギの叫び声が聞こえ、イサジがトールを庇ったのと破裂音が同時に起こった。そして衝撃にイサジと共に倒れ込んだ。すぐにミギが悲痛な声でイサジの名を呼び、トールはイサジが怪我したことに気づいた。何が起きたのか何ひとつとして理解できていなかった。
「空中に、切れ目が現れたんだ。そしたら白い手が出てきて、石みたいなのを空に上げたんだ。すぐに手は引っ込んで、それで石が爆発して」
カケルの問いに答えたのはミギだった。彼は一部始終を見ていた。
見たことをそのまま伝え、怒りと悲しみを感じながらイサジを痛々しそうに見る。
イサジの背中に広がる血の量は、誰が見てもまずいと思える。カケルはミギを見る。
「こいつ背負って病院まで走れ」
カケルの言葉にミギがぎょっとする。
「早く。いつまた同じことが起きてもおかしくないんだ。救急車なんか呼べるか」
「ト、トールは」
「他の怪我人運ばせる。いいからさっさと走れ。手遅れになってもしらないぞ」
カケルの「手遅れ」という発言に、ミギだけでなくトールも肩を跳ねた。ミギはカケルに言われるまま、イサジの体に気をつけながら背負った。走り出す前にトールを見る。
「ト、トールも一緒に」
「いいからさっさと行け!」
カケルの叱咤に、ミギは急いで走り出す。
残ったトールを見下ろしながら、カケルはトールにだけ聞こえるように言う。
「打出、お前は物陰にでも行って変身してこい。ほとんどが避難しても、まだ怪我人たちもいる。バレたら嫌だろ」
その言葉にトールが慌てる。
「はあ!? 俺が戦うのかよ!」
「他に誰がいるんだよ。今は消えているみたいだけど、いつエビルが出てきてもおかしくないんだぞ」
「お前はどうすんだよ!」
「俺は怪我人たちを避難させる」
「お前だって逃げてんじゃねぇか!」
トールの言い分に、カケルは次第に苛立ちが増してくる。
「逃げるんじゃなくて、避難だよ。俺は走りに特化してるんだ。打出が避難させるよりも、俺が抱えて避難したほうが早い。全員、避難させればまた戻る」
「ふっざけんな。その間、俺にだけ戦わせろってか」
「そんなこと誰も言ってないだろ」
『おい、ケンカしとるばあいやないやろ』
おいちゃんが現れて、2人の仲裁に入る。先ほどまでイサジとミギを見つけて、慌てて姿を消していたのだ。そうでないとおいちゃんの存在からヴァルゴレッドとカケルを連想させてしまうからだ。
『カケル。トールはおいちゃんにまかせい』
そう言っておいちゃんとトールは姿を消した。
おそらくテレポートさせて、その後強制的に変身させるのだろう。トールのことはおいちゃんに一任することにした。
カケルは慌てて怪我人たちのもとへ移動する。腕や肩の怪我などで歩くことが可能な人は自力で逃げてもらうことにする。そして老人や、怪我して動けない者たちをカケルが運んで避難することにした。
奇妙なことにエビルはまだ出てこない。動けない人たちをいったん壁まで運ぶ。カケルの腕だって2本しかない。一度に全員を運ぶことは不可能だ。だからこそ避難させるまで、壁の側で体を小さくなってもらうしかない。
カケルは全速力で人を抱えて走る。直線で一定時間しか走れないので、どうしてもジグザグ走行になってしまうがそのスピードは一般人のそれとは比較にならない。駅前から大分離れた場所に、人を運んでいく。途中で多くの人に見られるが、そんなことを気にする余裕などない。
残り3人。自力で逃げてくれた人も多かったので、カケルが運ぶ数も少なくて済んだ。腕と背中に怪我人を抱える。乙女戦士状態になっているので、力も一般人よりもついている。
そのときだった。
「ひいっ」
まだ避難せずに壁にもたれている女子中学生が悲鳴をあげる。カケルの背後で、空間に切れ目ができた。人を背負っているので、はっきりと見ることはできなかったが、空間に石膏のような手がゴツゴツした球体を持っているのは確認できた。それが放たれる前に、カケルは右手に力を込める。
《《乙女による防壁 発動します》》
女性の声が聞こえると同時に、避難していない女子中学生と共に結界で囲む。
手から球体が放たれた。そして手は空間の切れ目に隠れ消え、放たれた球体が弾かれ石の破片が辺りに散らばった。それはカケルの結界にもだ。
結界に破片が当たるがびくともしない。落ち着いたことを確認すると結界を解いた。そのとき女子中学生と目が合うが、彼女は震える体を縮こめて無言でカケルを送り出そうとする。この子を1人置いていくことに、カケルは悔しさに下唇を噛む。そしてすぐに走り出した。
避難させた先でのお礼の言葉も聞かず、カケルはすぐに戻る。
おそらくエビルの攻撃には、大きな破壊力と長い時間がかかるようだ。
駅前に戻れば、女子中学生ともう1人の姿があった。
青色に包まれた乙女戦士、トールである。
トールはカケルの姿を見るなり、大慌てで詰め寄った。
「おい、今までどこに行ってたんだよ!」
「だから避難させてるって言っただろ」
呆れながらカケルは返事をする。そして避難はまだ終わっていない。
カケルは女子中学生のもとへと駆け寄る。女子中学生はカケルの姿をみるなり安心した顔になり、瞳が涙で潤む。女子中学生の怪我は腕とわき腹を少し。しかし怪我をしたショックで動けなくなっていた。だから彼女は他の怪我人の避難を優先させた。脚を怪我して歩けないわけではないので、彼女の方から最後にしてほしいとカケルに告げたのだ。
カケルは彼女の顔を覗く。すると頬に切り傷がついていた。ふとカケルの脳内に幼なじみのココロが浮かぶ。
『あのねカケルくん。女の子はみんな可愛いでできているの。だからね私だけじゃなくて女の子みんな大切にしなくちゃいけないの。今回は私だからよかったけど、女の子に暴力振るうなんてあっちゃいけないことなんだからね。女の子の体に、顔に、傷がつくなんてことは許されざることなの。そこんとこわかってるのカケルくん? ねぇ聞いてるの!?』
それはカケルが脚を壊した後。ココロを殴った日の夜に叱られた言葉である。
ココロを殴ったその日にカケルは改心したが、ココロを殴ったことは今でもカケルのトラウマとなっている。しかしココロは、自分はいいけど女の子に怪我させちゃいけないと強くカケルに言い聞かせた。カケルとしてはココロを殴ったことを気に病んでいるのだが、ココロとしてはそんなこと知ったこっちゃなかったのだ。
とりあえず、カケルはふとココロのその発言を思い出した。自分のせいではないにしろ、怪我をした女子中学生の姿に心が痛む。体が震えているのも、心痛が増してくる。
カケルは自分の肩に女子中学生の顔を乗せてやる。
「怖かったのによく我慢したな。偉かったぞ」
そしてその子の頭を軽く撫でてやった。耐えきれなくなった彼女は泣き声をあげながら、カケルの肩を濡らしていく。腕の傷もひどくないのだろう。カケルの体をぎゅっと抱きしめる。女の子が落ち着くように、頭と背中を撫でてやる。
「おい、何チンタラやってんだよ!」
そう声をかけたのはトールだった。苛ついた顔をしているが、その奥に恐怖が滲んでいる。カケルは呆れた視線を向けた。
「お前、こんな子が泣くまで怖がってんのにそれはないだろ」
「怖いならさっさと避難させろよ! ここでちんたら口説いてんな!」
「これのどこが口説いてんだ」
トールの怒鳴りにカケルはため息をつく。しかしトールの言い分ももっともだと、カケルは女子中学生を持ち上げた。そして走りだそうとしたとき、カケルの髪が引っ張られる。引っ張ったのはトールだ。
「おい、痛ぇよ」
「お前ぜってぇ帰ってこいよ! 逃げんじゃねぇぞ!」
「むしろそれは俺がお前に言いたいよ。いいからさっさと離せ」
カケルの言葉にトールは未練たらたらに手を離す。
すぐさまカケルは走り出した。
女子中学生を避難し終えて、トールのもとへ向かう途中。カケルは先ほどのエビルのことを考えていた。
威力のある攻撃。そして攻撃にかかるまでの時間。そしてなにより厄介なのは。
「姿が消えると、おいちゃんすら気配を感じられない」
空間が切れて、そこから現れる手。球体を投げたらすぐに消えてしまうそれは、エビルがどんな姿なのかも予想できない。切れた空間がなくなってしまえば、おいちゃんすらエビルの気配を感じ取れなくなる。
どこから現れるかもわからないエビルに、乙女による防壁による突進攻撃は可能なのか。カケルは不安だった。
ふとカケルの脳内に再度ココロが浮かんだ。
『カケルくん。もし戦闘中に可能かどうか試してほしいことがあるんだけど』
先ほどとは違い、ごくごく最近の話であった。
私も女子中学生を抱きしめたい……。




