第3話 安心できる場所
駅に向かってカケルと安倍川が並んで歩く。カケルの頭には、水原のもとから帰ってきたおいちゃんが乗っている。
イサジとミギは勉強会を終えるとすぐに駅前へと走っていった。おそらくご機嫌ななめであろうトールのもとへと向かったのだろう。やっぱり仲いいんだなと、2人の背中を見てカケルは思った。
そして現在、カケルの隣にもご機嫌ななめの人物がいる。
「まだ不満なのか、安倍川」
カケルにとってたった1人である高校の友人。安倍川は苦虫を噛むような顔で歩いていた。カケルが話しかければ、だってよ、と安倍川も口を開く。
「おかしいだろ。この前までカケルを馬鹿にしたやつがカケルから勉強教わるとか。大体、何でそんな話になったんだよ。カケルには何の得にもなんねえだろ」
「いや、教えるのって俺自身復習にもなるし、そこまで損になるわけじゃないけど」
「そういうことじゃねぇよ。あいつらがどうなったってカケルには関係ないだろ。それをわざわざ時間使って教えてさ。お人好しすぎねぇ?」
その言葉に、自分の心配をしているのだとカケルはわかっている。つい最近まで他人と関わろうとしなかったカケルにとって、ここまで気にかけてくれる存在がいることに感謝しかない。
「俺は、嫌々なのに俺を心配してここまで残ってくれる安倍川の方がお人好しだと思うけどな」
カケルは安倍川に笑いかける。
しかし安倍川はそれに笑顔を返さない。不機嫌な顔でカケルを見る。そしてカケルのわき腹に拳で殴りつけた。鋭く抉ったわけではないが、不意打ちによる攻撃はカケルにそれなりのダメージを与えた。思わず腹を押さえるカケルに、安倍川は語気を強めながら言う。
「友達が心配で残るのは当然だろうが。お人好しでもなんでもねぇよ。前から言おう言おうと思ってたけどよ、大地は自分のこと気にしなさすぎるんだよ。自己犠牲による他人への気遣いなんて崇高かもしれないけど、俺からしたら馬鹿馬鹿しいからな」
「・・・・・・俺、それなりに自分本位な気がするけど」
「そうだろうな。だから他人の心配とか考えねぇんだよ。あのな、迷惑をかけないように他人を遠ざけることが、他人のためになるとか思うなよ。俺たち話すようになってまだ日は浅いけど、愚痴とか不満とか言っていいんだからな。ってか言えよ。カケルの吐き出す場所、俺によこせ」
安倍川は自分の胸を親指で叩く。
カケルは呆然と安倍川を見つめ、そしてぷっと吹き出した。くくくっ、と腹を抱えて笑い出すカケルに、安倍川は徐々に顔を赤くする。
「おまっ、笑ってんじゃねぇぞ! 俺は本気で言ってんだぞ!」
「あははははは。安倍川、お前今の発言イケメンすぎだし」
「カケルにそれ言われても空しいだけだわボケイ!!」
カケルは安倍川の肩に手を乗せ、その手に額を当てて笑いをこらえている。安倍川はカケルの反応に恥ずかしさと怒りで顔を真っ赤にしたままだ。
カケルは腹が痛くなるほど笑った。そして安心した。
こんなに楽になって笑ったことなんて、久しぶりのように感じたのだ。
安倍川の言ったとおり、カケルは吐き出した。笑いすぎによる腹の痛みと、それ以上の安心感にハアア、と深く息を吐いた。
「それなら遠慮なく言わせてもらうけど。俺が急に勉強教えることになったのって、伊左次のやつに脅されてさ」
「はああああ!? 何でそうなった! 大地が打出のこと脅してたんだろ!?」
「打出を脅すのに使ったデータなんて、とっくに消してるし」
「何で消してんだよ!」
カケルは安倍川に今回の勉強会を行うにあたっての始まりを説明した。
要約すれば、トールを脅したことがイサジの逆鱗に触れ、逆にイサジがカケルを脅したのである。トールが乙女戦士になったので一生童貞でからかわれることもないだろう、とカケルは安倍川の恥ずかしい写真を消してしまったため取引に関してはカケルが不利だった。
そこでイサジが提示したのは、トールとミギに勉強を教えることだという。
一通り、説明されたカケルは怒り心頭だ。
「何で馬鹿にされた大地が脅されないといけねぇんだよ。おかしいだろ普通」
「でも打出はともかく右田はなんとかなりそうだしな」
「そういうことじゃねぇよ! 大地、そこは理不尽だって怒れよ!」
カケルもイサジの怒りっぷりは予想していたため、なんでもないような顔だ。それがさらに安倍川を苛立たせる。自分のことで怒る安倍川に、嬉しいと感じてしまうカケルは自分の根性ねじ曲がってるなと自嘲する。
「ま、そこは今の安倍川みたいなもんだし」
カケルのその言葉の意味が、安倍川には理解できないでいた。カケルは笑った。
「安倍川が俺のことで怒ってくれてるみたいに、伊左次も打出のことで気に障ったんだろ」
その言葉で、安倍川も理解できた。だが納得はしていない顔だ。
「打出に対してとか、俺には理解できねぇ」
「安心しろよ。俺もだ」
安倍川の言葉にカケルは心底同意した。
駅が近くなった頃。
突然、ぱあんと何かが弾いたような音が乱暴に耳に入る。
カケルも安倍川も足を止めた。おいちゃんがしっぽを立たせて、反応する。
『カケル』
おいちゃんの真剣な声に、エビルの出現だと理解する。
駅から人々がカケルたちの向かう方向とは逆に逃げ出している。すれ違う人の中、1人の男性がカケルたちを見て慌て出した。
「君たち、今駅で爆発があったみたいだ。急いで逃げた方がいい」
男性はそれだけ伝えると、カケルたちが来た方へと逃げていった。駅から人が大勢こちらに向かって逃げているのが見える。
乙女戦士になるためには安倍川から離れる必要があった。だからいつものように「試練」だと言って、去ろうとした。
しかしその前にカケルの手首を安倍川が掴む。
「逃げるぞ大地!」
「いや、安倍か」
「お前走れないだろ! 早く逃げるぞ!」
必死な形相で安倍川が話す。その勢いにカケルは思わず口を閉ざしてしまった。おいちゃんが慌ててカケルの名を呼ぶ。おいちゃんのテレポートは単体移動のみ。安倍川に掴まれている状況では使えない。
安倍川が強くカケルの手を引く。思わずその勢いに引かれそうになったとき。
逃げてきた人々の集団が2人の体にぶつかった。その衝撃に安倍川は大地から手を離してしまった。2人の間にも人が走り逃げ、互いの姿が人の垣根に消えてしまう。
『カケル、いまのうちや』
おいちゃんの言葉にカケルは息をのむ。離れたところで安倍川がカケルの呼ぶ声が聞こえる。カケルは少し悩み、しかし首を横に振ると口元に手を当てて叫んだ。
「安倍川、先に行っといてくれ! 俺も後から追いかけるから!」
はあっ!? と叫ぶ安倍川の声を聞きながら、カケルは人々の流れとは逆方向へと移動する。そして逃げる集団から離れるや否や、おいちゃんがテレポートを唱えた。
安倍川は人混みからやっと抜け出したが、そのときにはカケルの姿はどこにもなかった。
駅内の人目に付きにくい影になる場所へとカケルは降りた。そしてすぐさま変身する。エビルのもとに急ごうとおいちゃんにエビルの気配を尋ねる。しかしおいちゃんは顔を曇らせた。
『エビルの、ケハイがせえへん』
カケルがぎょっとする。聞こえた弾く音。そして逃げる人たち。なにより先ほどはおいちゃんは反応を示していた。しかし今はその気配が感じないという。
「どういうことだよ。誤認か?」
『んなのあるわけないやろ。・・・・・・せやけどさっきかんじたケハイが今はまったくせえへん』
「とりあえずエビルが出現した場所を教えてくれ」
『おう。ちょうどそこにトールもおるようや』
おいちゃんの言葉にカケルは眉間にしわを作る。嫌な予感がした。
急いでおいちゃんの指示のもと移動する。
移動したのは駅前のゲーセンの前だった。
人々が数人ほど怪我を負って倒れている。よく見ると脚や腕に石の破片のようなものが刺さっている。痛みによる悲鳴が辺りに響く。
こんなにも人に被害が出たのは初めてだった。カケルは怒りで我を忘れぬよう深く呼吸する。とにかく怪我人をここから避難させることが先決だ。何故かわからないが、エビルの姿はどこにもない。
カケルが怪我人の1人に近づこうとしたときだった。
「イサジ!」
カケルの耳に聞き慣れた声と言葉が聞こえた。
そちらを向けば、見慣れた3人組の姿が見える。
トールはの焦った顔が見えた。ミギが青い顔で叫んでいる。
そしてトールを庇うようにもたれているイサジの背には、数カ所石の破片が刺さっていた。そこからじわじわと血の色で服が汚れていく。
つい十数分前まで共に過ごしていたやつら。
数日前まで、カケルをからかっていたやつら。
それがまるではるか昔のように感じられた。
安倍川ァ……。
ここまで登場させることになろうとは。
当初はただの男子高校生Aだったのに。
ギャルゲーの親友ポジにしか感じてなかったのにこんなに動くとは。




