番外編その4 脅し脅されコーヒー牛乳
カケルと、イサジ(トールの友人)の話。
それはトールが乙女戦士になって数日後のこと。
昼休みにカケルが1人で廊下を歩いていたときだった。階段のある通路に差し掛かる場所で腕を掴まれる。カケルが驚いてその方を向き、そこにいた者の姿に困惑する。
「大地駆くん。ちょーっと時間くんない?」
「打出のやつは一緒じゃないのか。えっと・・・・・・」
「ああ、そりゃ名前言ってなかったか。トールの友人のイサジです」
カケルの腕を掴んだのは、いつもトールと共に行動するイサジであった。
自販機でパックのコーヒー牛乳を取り出し、イサジはカケルに投げ渡す。難なくそれをキャッチしたカケルは警戒心を隠すこともせず、イサジを見つめる。そういう反応をとられることを予想していたため、イサジは気にせず自分の為の飲み物を購入した。
「そう警戒すんなって。自販機からすぐ出したんだし、変なもの入れられないって」
「もらう理由がないだろ」
「そっちにはトールが迷惑かけただろ。その詫びだって」
イサジがそう言うが、カケルはジッとイサジを見つめたままコーヒー牛乳に手をつけない。このままでは先に進まないと理解したイサジはさっさと話を始めることにした。
何せ、昼休みは永遠ではない。しかも走ることのできないカケルは、早めに教室に戻る必要があるのだ。
「トールの恥ずかしい写真のことだけど」
さっそく本題に入った。
イサジが言っているのはカケルが持っているとされる、トールへの脅し材料のことだった。以前、キレたカケルが作ったトールの恥ずかしい写真。トール曰く、あんなの流されたら人生が終わるらしい。
カケルもなんとなく話の内容を理解した。
「それが? データを渡せって言うのか」
「それは場合によってはだけどな」
イサジが飲み物に口をつける。ちなみにイサジが選んだのはぷるぷるゼリーの缶ジュースである。期間限定のキムチラムネ味だ。カケルはそれを選ぶ人間を初めて見た。
一口だけイサジがジュースを飲んで口を開く。
「その前に確認していっか?」
その問いにカケルがうなずく。
「データ、本当にまだ持ってんの?」
イサジの発言にカケルが固まる。カケルはジーッとイサジの目をにらんだ。
「誰にも見せてない」
「そんなん聞いてねぇよ。持ってるか、持ってないか。それだけ」
「そのデータがここにあったとして、お前はそれをどうするつもりだ」
カケルがズボンのポケットからスマホを取り出す。カケルは未だイサジをにらむ。それはにらむというより、イサジを注視していると言っていい。
イサジもその視線に立ち向かう。先ほどまで気楽そうな顔つきだったが、少しばかりそれを引き締めている。
「意地でも消すに決まってんだろ。ダチの弱みなんか握られてたまっかよ」
言い放たれた言葉に、カケルは意外だと言わんばかりに口を開けてしまう。
イサジも自分で言ってて少し恥ずかしくなったのか、咳払いして誤魔化した。
「とにかくだ。データ持ってるんならそれを壊す。バックアップがあるなら、パソコンも壊す」
「俺の家に忍び込むつもりか?」
「いーや、ハッキングで」
イサジの発言にカケルは瞠目し固まった。イサジの表情に嘘や虚勢を吐いている様子は見られない。
カケルは、パックのコーヒー牛乳にストローを刺した。
「もうとっくに消したよ。バックアップは元々してない。そう言っとけば迂闊に手を出さないだろ」
そう言って少しだけ中身を飲んだ。
イサジはカケルの言葉に安心したらしく、ほっと息をつく。
「そっか。それならいいや」
「そう簡単に信じていいのか?」
「まーね。おたく、嘘つくの下手だって聞いてるし」
誰にだ、とカケルは心中でつっこんだ。
「それにしても、脅しの道具をそんなあっさりと捨てるなんてねぇ。意外と甘い?」
「あいつは俺の幼なじみを馬鹿にした。その仕返しはあのときの脅しで、既に終わったつもりだよ。後は安倍川とか水原先生とかに迷惑かからなきゃそれでいい」
「やっぱり甘いねぇ。誰かを脅すんなら、逆に脅される可能性も考えなきゃ」
イサジはカケルの肩に腕を置き、耳元に顔を近づける。
「中3の頃、荒れて暴力沙汰を起こしたことを言いふらされるとかね。ああ、それともその大事な幼なじみを怪我させたことの方が辛いかな」
言われた言葉に、カケルののどが一気に乾く。先ほど飲んだコーヒー牛乳の甘ったるい味が口の奥にへばりついている。無理矢理集めた唾液を飲み込んだ。
5月の中頃。カケルが乙女戦士になる前だったならば、「勝手にしろよ」とカケルは返事をしていただろう。しかしそれをするには、今が楽しすぎた。自分から他人を遠ざけていたはずなのに、今では安倍川を筆頭に普通にクラスに馴染んでしまった。
「・・・・・・俺を脅すのか?」
「そうだねぇ。脅す奴は脅される可能性を考えろ。盗む奴は盗まれる可能性を考えろ。イジメをする奴はイジメをされる可能性を考えろ。人を殺す奴は殺される可能性を考えろ。それがオレの持論なもんで」
「俺に何をしろって?」
カケルの問いにイサジは嬉しそうに歯を見せる。
「オレさ、こんなんだけどダチは大切にするほうなんよ」
「意外だな。ハッキングとか普通に口にするやつの言葉じゃないだろ」
「トールもミギも単純なんでね。つるんでると気が楽なんだよ。だからさ、一緒にいられるために協力してほしいわけ」
イサジはカケルから離れ、壁に背を預ける。そして天井を見上げた。どこか遠い目をしている。
「2人にさあ、勉強教えてくんねえ? 期末テスト悪いと、進学できなくなる可能性あるらしくって」
その言葉にカケルは急に頭痛を感じた。
「いや、お前が教えろよ。その口振りだと、勉強できる方だろ」
「無理無理。人に教えられるほど頭良くねぇし」
「・・・・・・お前テスト用紙盗むくらいできるんじゃないか」
「ふっ。・・・・・・答えが覚えられるほど頭良くねぇし」
「もう普通に授業受けろよ。サボるなよ」
「えー、オレが面倒だし。つまんねぇ授業受けなくても普通は解けんじゃん」
カケルは頭を抱えうつむいた。
イサジはそれなりに頭は良いらしい。そして2人の後始末をカケルに頼んでいる。
これが脅しによる代償だとしたら、高いのか安いのかカケルにとっては難しいところである。しかし拒否するわけにもいかなかった。
「わかったよ」
折れたカケルにイサジは喜ぶが、ただし、とカケルは続ける。
「打出のやつが俺の幼なじみを貶すようなこと言ったら、今度こそ潰すぞ。俺がどうなろうが」
「はいはい、了解」
呆れた表情をするカケルだが、その瞳は笑っていない。本気だとわかってもイサジはおもしろそうにそれを見る。食えないやつだと、カケルは思った。
「そういえばさあ」
イサジが話を変えた。心底おもしろそうにカケルを見たまま。
「そういやおたくさ、たまに授業抜け出すじゃん。呪いを解く試練だって」
「・・・・・・それがどうした?」
「それと同じタイミングで、街に化け物が現れるって聞いてんだよね。そしてそれを倒す女の子がいるって」
イサジの探るような視線に、カケルはイサジから目をそらす。ダラダラと汗が流れる。カケルは何も言えなかった。
「どんな子なんだろうなあ。オレは一度も見たことないからさあ。おたくは見たことある?」
「・・・・・・さあな」
「そういえば、最近戦う女の子が増えたって噂もあるんだよね。あ、そういやトールが呪いにかかった日もその日に近いような」
カケルは汗を流しながら、目を閉じた。これは察せられていると。
バレてしまえば仕方ない。むしろ同じクラスの連中が、誰1人気づいていない今の状況がおかしいのだ。改めて、自分のクラスの平和さを実感したカケルだった。
イサジはピースサインをして、ご機嫌だ。
「2人とも、全教科赤点脱出。よろしくねー」
「俺だけに任せるなよ。俺だけじゃ絶対にマトモに教わろうとしないから」
不機嫌さを顔全面に出すカケルだが、イサジは気にする様子はない。
カケルはチッと舌打ちをした。そしてこれ以上話していたくないと、イサジに背を向ける。去ろうとするカケルの背中にイサジが声を投げかけた。
「んじゃあ、勉強の件よろしくー」
その声に一度だけカケルは後ろを振り返りイサジをにらみつける。しかしすぐに前を向き今度こそイサジの前から姿を消した。
「いつもなら、問答無用で叩き潰してんだけどねえ。ダチに危害与えるなら」
カケルが去った後、イサジがつぶやいた。
「ま、オレも申し訳ないって思ってるからさ」
イサジが言っているのはトールにカケルのことを話したことである。
それからトールはカケルにちょっかいをかけ始めた。つまりカケルがやったことは自己防衛で、それはイサジが蒔いた種だった。だからこそカケルに対して思うことはあるが、今のところ目を瞑ることにした。
イサジのスマホが音を鳴らす。
画面を見れば、トールからメッセージが入っていた。
『次の授業、サボんねえ?』
イサジはそれを見て、意地悪く笑う。
『いーぜー』
そう了承した。
「今更真面目に授業に出たところで、あいつらの成績変わるわけじゃねぇもんなあ」
馬鹿な友人2人と嫌な顔をするカケルを思いながら、イサジはニヤニヤと笑っていた。
ここで書かないと出すタイミングがなくなるので書いたトールの写真の件。
トールが乙女戦士になった時点で、カケルは写真をすぐ削除しました。一生童貞で脅せばブーメランだからね。
カケルは取引下手くそです。根が真っ直ぐなんで。
いったん、番外編はここまで。
次から話進めます。




