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番外編その3 おいちゃんの大冒険

番外編その2の日のおいちゃんの話。


 それはトールが乙女戦士になった次の日のこと。




 おいちゃんは飛んでいた。

 屋根まで飛んでいた。

 屋根まで飛んていて、



「に”ゃああああああああああああああああああ」


 猫に飛びかかられて落ちていった。


『あ”痛っあああああああああああああああああ』


 ガリッと引っかかれた顔を押さえながら、おいちゃんは地面を転がる。

 屋根からおいちゃんに飛びかかった猫は塀に華麗に着地すると、おいちゃんに目もくれず去っていった。ちなみに子猫だったので、おいちゃんの姿が見えたらしい。


『いったああ! マジでいったあああ! おいちゃんのプリチーなかおが、かおがああああああ』


 おいちゃんがゴロゴロと転がり回っていると、ふと影がかかる。

 上を見上げると、子犬が舌を出しながらヘッヘッヘッとおいちゃんを見下ろしていた。ちなみに悪い男たちが少女などを追いつめたときにあげる、ヘッヘッヘというのとはまったく違う。つまりここでおいちゃんを助けるヒーローは現れない。


 おいちゃんは子犬にデビシッと前足で踏まれた。ブヘッ、とおいちゃんが苦しげに声をあげる。子犬は満足げにワフッと声をあげた。



「万次郎! 万次郎、どこ行ったの!?」

「ワフッ、ワフィーンワフィーン!!」


 万次郎と名を呼ぶ女性に、子犬は独特な鳴き声をあげた。女性は子犬を見た途端、ほっと安心した顔を見せた。名を万次郎という子犬は捕獲した獲物、おいちゃんを見せつけながらドヤァと女性を見上げた。

 しかし女性からしたらおいちゃんの姿は見えていないので、片足を上げているようにしか見えなかった。


「万次郎どうしたの? 足痛くしたのかな?」


 女性は万次郎を持ち上げて、その顔を見る。誉めてくれなかったことが悲しく、万次郎はクユーンと泣いた。いや鳴いた。女性は万次郎の可愛さに思わず、万次郎の額に自身の額を軽く押しつけた。

 おいちゃんはノロノロと起き上がり、その1人と1匹の仲睦まじげな姿にぽろりと涙を落としダッシュで去った。


『さみしくなんかないやーーーーーい』



 しばらくダッシュしてから、自分が空を飛べテレポートできるのを思い出した。

 おいちゃんはゼェゼェと荒く呼吸するのだった。






 おいちゃんはテレポートをする。

 飛んだ先はカケルの家の近くにあるカフェだった。


 年老いた男が数人コーヒーを飲みに訪れているが、午前中の今はとても静かだ。

 おいちゃんは厨房の方を覗く。そこには店長がコーヒーを淹れており、定員の青年がモーニングのメニューであるトーストを焼きながらサラダを作っていた。


 おいちゃんがジーッと見ていると、青年が人差し指を口元に当てる。おいちゃんに微笑むと再度調理を続けた。おいちゃんはその隙にカフェの紙の手拭きをひとつ拝借した。人目につかないように誰も座っていない席に移動する。袋を破き、中の手拭きを出すと手を拭いた。ついでに顔も拭いた。さらについでに体や足も拭いた。一通り拭くと袋と手拭きを抱え、厨房に戻ってゴミ箱に捨てる。



「小塩くん」


 店長が青年の名を呼び、コーヒーを用意する。

 青年もトーストとサラダを作り終えており、全てトレーに乗せると席へと運んでいく。注文をした男の席に運び終え青年は厨房に戻った。


「これでしばらくは落ち着くだろうな」

「そうですね」


 店長の声に青年が返事をする。店長は首もとを押さえながら、首を横に倒す。


「小塩くん。俺は裏で電話してるから、何かあったら呼んでくれ」

「わかりました」


 店長は言葉通りケータイをポケットから出して、裏口から外に出る。

 その姿を確認すると、青年は冷蔵庫を開けると小さなお菓子を取り出した。それは小さなビスケットの上に生クリームやジャム、そして細かなフルーツが乗せられている。涎を口端から流れながらおいちゃんはじっと待機していた。お菓子を紙ナプキンの上に乗せると青年は厨房の隅にそれを置く。

 おいちゃんはゆっくりそれを手に取ると、口を開けた。


 サクゥッ


 おいちゃんはゆっくり噛みしめながら幸せそうな顔をする。

 サクッサクッとちょっとずつ、味わいながら食べていく。1つのビスケットを食し終えると嬉しさに息が漏れる。そんなおいちゃんの口元に食べカスが残っており、青年が指でそれをとった。クスクス笑う青年だが嫌みな感じはせず、おいちゃんは続けてビスケットを食した。

 精霊であるおいちゃんは、食事をとる必要性はない。しかし食べることはできるし、味覚もある。だから美味しいものは美味しいし、食べれば幸せなのだ。


「ゆっくりでいいよ。キミ用に作ったんだから」

『いわれんでも、めっちゃあじわっとるわい』


 サクサクと一心不乱に食べ続けるおいちゃんに、青年がふふっと微笑んだ。


「来る日を教えてくれたら、また用意するさ」






 またまたおいちゃんはテレポートした。

 とある家の中である。


「996、997、998」


 男が片腕で腕立て伏せをしている。汗が床に流れ落ちながらも、その動きに一切の乱れもない。美しい腕立てである。


『肉体派のひきこもりってなんやねん』


 おいちゃんは男を見下ろしながらそうつぶやいた。

 男は片腕立て伏せを終えると立ち上がる。そしておいちゃんの頭をガシッと掴んだ。

 そして自室の窓を開けると、


「ふんっ!!」


 男はおいちゃんを放り投げた。それはまるで大砲のように、ギュンと飛んでいく。

 筋トレの成果なのか、男の腕力は凄まじく何十mも遠くへ飛ばされ、近くの木に突撃する。木の幹におでこを強打し、おいちゃんのおでこにコブができた。

 おいちゃんはコブを押さえながらプリプリと怒り出す。


『なにすんねん、このゴリラ!! この筋肉バカ!! ひきこもりマッチョメン!!』


 飛ばされた家の方向へと叫んだ。しかしそれが相手に届くことはない。



「・・・・・・にゃぁぁぁ」


 しかし代わりに弱々しい声が響く。

 おいちゃんがその声の方を向けば、おいちゃんがぶつかった木に子猫がすがりついていた。登ったはいいが降りられなくなったようだ。

 おいちゃんはゲッと嫌な顔をする。それは先ほど屋根からおいちゃんの顔を引っかいた猫であったからだ。


「にぃぃぃぁ」


 子猫はおいちゃんを見つめながら、小さく鳴いた。

 おいちゃんはまた引っかかれてはたまらんと、子猫をにらみながら飛んで後退していく。


「んにぃ・・・・・・」


 遠ざかっていくおいちゃんの姿に、子猫は諦めたようだ。ぷるぷる震えながら下を見ていた。おいちゃんは止まってしまう。そしてうーん、と唸った。





 数分後、おいちゃんは子猫の首根っこを抱えて下へと降ろす。


『あ、いったあああああ。おま、とちゅうで落としたるぞ、こらああ。やめ、こら、あばれんな。あぶないっちゅうんじゃあああああ』


 降ろすまでに子猫が暴れまくったので、おいちゃんはボロボロである。

 それでも子猫を地面に降ろし、疲れたおいちゃんは地面にグターと横になる。

 子猫はというと、逃げるでもなくおいちゃんを見つめていた。そしておいちゃんの顔をペロペロと舐め始める。


『ちょ、やめ、ベロがザラザラして、いたったたたった。ちょ、どこなめとんねん。ランボウはやめい。あああ、らめえええ。セーレーはきよいソンザイらのおおおお』





 おいちゃんは慌ててテレポートをした。






 テレポート先はカケルの学校の廊下だった。


「うえっ!?」


 突然現れたおいちゃんの姿に、数人の生徒たちが驚きの声を出した。


「おいちゃん!?」


 生徒たちの中でそう叫んだのは安倍川だった。側にはカケルもいて、そのボロボロな姿に面食らう。

 カケルの姿を見て、おいちゃんは嬉しそうに飛びかかった。


『カケルゥゥゥゥウウウウ』


 そのおいちゃんをカケルは、持っていたノートと教科書で叩き落とした。

 2人は移動教室からの帰りだったようだ。


『なにすんのやあああ』

「なんか、おいちゃん猫臭い。水原先生重度の猫アレルギーだから、俺の教室に入るなら体洗ってから来いよ」

『おいちゃんのあつかい、ザツすぎひん!?』


 おいちゃんが涙を流して抗議する。その姿は一般的に庇護欲をそそらなくもないが、カケルにはそれは通用しない。疲れ切った顔でおいちゃんを見る。


「おいちゃんさあ、俺がどんだけ朝大変だったかわかってんのか?」

『んあ? しっとるわけないやろ』

「昨日のあの後、打出に何も説明しなかっただろ」

『だってあいつイライラしとってはなしかけても、どなるからイヤやねん』

「・・・・・・どっちにも非があったのか」


 カケルは片手で頭を押さえた。

 おいちゃんはカケルの心情が理解できず、首を傾げる。




「いたああああああああああああ」



 おいちゃんたちに向けて、大声が投げかけられた。

 そして声の主はおいちゃんに向かってダッシュする。主はトールである。

 トールはおいちゃんの体を掴むと、力一杯握りしめる。



『うげええええええええええええ』

「このバカ生物! 今すぐ俺を元に戻せ!」


 乙女戦士のことを聞いたトールは、血走った瞳でおいちゃんを見ていた。

 やはりEDになったことは辛いのである。当たり前だ。


「お前、ふざけんなよ! 一生童貞とか、俺どうやって生きていきゃあいいんだよ!」

「安心しろよ、付き合う女がいねぇんだから」

「安倍川は黙ってろ!」


 安倍川が口を挟むが、トールはそれに怒鳴りつけた。

 カケルも安倍川の肩に手を置くと、ゆっくり首を横に振る。


「安倍川、そういう問題じゃないんだ」

「あ、はい」


 カケルにも諭されて、安倍川はそう返事するしかなかった。




『ぐげえええええええええええええ、しぬうううううううううううううう』




 おいちゃんの大冒険は、散々な結果となったのである。

おいちゃんの予定はカフェで、おいちゃん特別のお菓子が用意されていたから。


忘れがちになりますが、

おいちゃんめっちゃ良い声です。

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