第6話 乙女入魂
トールの体が白く輝く。それを見たエビルは慌てて空を飛び後退した。
次第にその光は小さくなっていき、トールの姿が見えてくる。
トールはまぶしさに目を閉じて、両手を顔の前で交差させていた。おそるおそる目を開くと左手に見慣れない、しかし見覚えのある物がつけられていた。
「な、んでグローブが」
左手には水色と白色で彩られたグローブがはめられている。ただ普通の野球のグローブよりもファンシーで野球の試合では到底使えそうにない。そしてさらなる違和感にトールは気づく。下を向いて思わず叫んだ。
「なんじゃこりゃあああああああああああ」
スカートをはいていた。ブーティーとスカートの間の生足がスースーする。トールは慌てて側の建物のガラスに手を張り付けた。うっすら見えるその姿に開いた口が塞がらなかった。
スカートだけではない。ノースリーブの青い服の胸元にはささやかだが膨らみがある。髪色も青に変わり、ショートカットだが髪質も女の子のそれだ。後ろには白いリボンがついている。
完全なる女の子がそこにいた。
「うおぉい! なんだよこれはよ!!」
『こりゃまた、ずいぶんかわりよったなあ』
ガラスにおいちゃんが写り込む。顎に手を当ててガラスに映ったトールを見ていた。
すかさず右手で顔面を殴りつけた。
「どういうことだこれ説明しろボケェ!!!」
『マスコットキャラのかおをマジなぐりするやつがあるかああああああ』
鼻血を流しながらもんどりうつおいちゃん。しかしトールの怒りは収まらない。
「なんなんだよ、これはよ!!?」
『乙女戦士や』
「だからそれがなんだってんだ!?」
トールがそう叫んだとき。
『ぎぃあああぎぃあああぎぃあああああああああああ』
エビルがトールから距離を置き、翼をはためかせた。
おいちゃんが慌ててカケルのもとへと飛んでいく。
『おいちゃんはカケルをはこぶから。がんばってバトってな!!』
そう言って、おいちゃんは消えていった。
取り残されたトールは、冷や汗を流しながら「おいおいおいおい」とつぶやいた。
「俺、1人でどうしろってんだよ。馬鹿だろ、あいつ馬鹿だろ」
そしてトールの予想通り、エビルによる強風で吹き飛ばされた。
上手く体勢をとることができず、不格好に転がった。打った箇所を思わずさする。そしてエビルを見ると、慌てて逃げ出した。
「あんの変態マスコット! 変身させて放置とかふざけんなよ!!」
おいちゃんは言っていた。がんばってバトれと。
つまりエビルと戦わなくてはいけない。
「できるかあああああああああああああ」
逃げるトールの背中に再度風が吹き、また飛ばされる。前に倒れ込み地面に顔を打ち付けた。その際に左手にはめられたグローブが目に入る。見た目ファンシーなそれは野球に使うとしたら心許ない。だがグローブだ。変身してつけられたということは、これが武器なのか。
「これで攻撃しろってか!? できるかあああああ! 近づけるかああああああ!!」
思わずそう叫んだ。
トールの耳にエビルの声が聞こえる。嫌な予感に倒れたままそちらに顔を向ける。
エビルがトールの真上に飛んでいた。トールは真顔でそれを見る。
トールめがけてクチバシを突き刺した。
「どうわぁあああああああ!!?」
トールは慌てて転がり、ギリギリのところでクチバシを避けた。さらに転がりながら体を起こした。スピードも一般人よりもはるかに上昇しているが、反射神経はさらにずば抜けていた。
しかしエビルも負けていない。先ほどカケルを飛ばしたように、片方の翼で風を起こす。またトールは飛ばされた。ただカケルがトールを抱えていたのと違い、トールは身軽だった。壁に激突する前になんとか体勢を整えることができた。壁に足をつけて踏ん張る。そして地に降りた。
戦い方がわからず、左手のグローブを見ながら叫んだ。
「大体、グローブだけじゃどうしようもねぇだろうが。グローブってのはな、ボールがあってこそ成り立つわけなんだよ。ボールがなきゃだめだっつうの」
言葉の途中で、右手のひらを上に上げた。元ピッチャーとして無意識にボールを握る手を上げたのだ。しかしその右手に変化が起こる。
「は?」
トールの右手から白い球体が現れ始めた。球体を中心に弱い風が吹き、球体は徐々に大きくなり野球のボールほどの形になる。
「・・・・・・螺○丸?」
某忍者漫画の技がトールの脳内を横切った。
「え、何? これを叩きつけろってか。無理だろ、近寄りたくねぇよ」
チキン寄りの考えである。
エビルはトールから攻撃を仕掛けないとわかると、トールに向かって突っ込んでいく。そのスピードは速い。
トールはそれにギョッとして、思わず球体をエビルに向けて下投げで放った。球体がエビルに当たる。
瞬間、エビルの体が吹っ飛んだ。
「は?」
状況が理解できずに、戸惑いの声しかない。
球体は弧を描き、トールのもとに戻っていく。しかし若干見当外れの場所へ飛んだため、慌ててグローブでキャッチした。
「どうなってんだ?」
『おおう。うまくいったやん』
トールの疑問に、トールの頭に乗ったおいちゃんが反応する。
「お前、今更何普通に戻ってきてんだよ!」
『んなこというたって、しゃあないやん。トールまもってカケルけがしたんやぞ。ヒナンさせな危ないやろうが』
「カケル?」
聞き覚えのある名前に、トールは考える。そして浮かんだのは違うクラスのむかつく男の顔だった。今までなら赤い服来た女と、男のカケルがイコールにならなかった。しかし今トールは女へと変身させられている。よって先ほどの女とカケルが、トールの脳内で繋がった。
「ってことは、さっきの女は大地駆か!?」
『あ、いまきづいたんかい』
「騙された!」
『だれもだましとらんわボケイ』
おいちゃんは呆れながら続ける。
『ええからさっさとバトルのじゅんびせいや』
「だからどうやってあんな化け物と戦うんだっての!」
『アタマわるいやっちゃなあ。さっきやったやろ。トールの武器、なげつけたれい』
おいちゃんの「投げる」という言葉にトールが詰まる。
「できねぇよ」
『なんで』
「俺は投げられねぇんだよ。肩より上に腕が上がらねぇ」
トールは苦々しげに答える。好きだった野球ができなくなった絶望は今もなお引きずっている。ピッチャーというポジションに誇りを持っていたため、ピッチャー以外のポジションを選択する気にはなれなかった。
しかしおいちゃんは顔の前で手を振った。
『乙女戦士にそんなんカンケイあらへんて』
その言葉にトールは目を丸くする。
おいちゃんは続けて言った。
『やってカケルも、おもいっきり走ってるやんか』
トールは思い出した。
女の状態のカケルが、速く走っている姿を。
トールは高校でできた友人の言葉を思い出す。
(「別のクラスの大地ってやつ、膝壊して陸上やめたんだってよ」)
その言葉を聞いてから、カケルのことが気にかかっていた。
しかしいざ見て見れば、走れなくなっても気にせずクラスで友人と楽しげにしているカケルを見て苛立った。お前が部活やめたのはその程度だったのかと。しかし理由は違ったのかもしれない、とトールは思った。
「走れるように、なったからか」
そうつぶやいた瞬間、トールの頭に言葉が浮かぶ。
グローブに捕った球体を右手に移す。
「投球用意」
そう言いながら腕を頭の後ろまで振りかぶる。
左足を持ち上げ、タメに入る。
エビルが起きあがって、翼をはためかせた。
強風がトールを襲う。
「乙女入魂!!!」
トールの投げた球体がエビルに向かっていく。投げられた球体は少しずつ大きくなっていった。風が襲いかかり威力が落ちていき軌道が下がっていく。
「負けんじゃねぇ!」
トールの体が風で吹き飛ばされながらも叫ぶ。すると球体が徐々に下から上へと押し上がり始めた。そして風が途切れた瞬間、急激に角度を変えてエビルの顎の辺りを直撃する。
『ぎあぁあ・・・・・・』
鳴き声が弱まっていた。ダメージはかなり食らっている。
体勢を整え戻ってきた球体を捕る。トールはイケると思った。この戦闘スタイルならば、勝てると思った。
しかしエビルもまだ終わっていなかった。
『ぎぃあああああああああああああああああああああああああああああああ』
甲高い声がエビルから発せられる。
トールは思わず耳を塞いだ。
エビルが鳴きながら風を送りつける。トールにではない。
頭上に向けて。
アーケードの一部に穴が開いた。先ほどのクチバシによる攻撃でボロボロになっていたところを、先ほどの強風だ。新品でもないアーケードに穴が開いても不思議ではない。その大きさはエビルが通り抜けるには十分である。
『まずい、あいつそとにでるつもりやで!』
「させるかっての」
トールが再度球体を投げようとする。しかしエビルはトールの真上に風を当てた。トールの側には2階建てのお店。その2階の窓ガラスが粉々に砕け、トールの頭に降りかかる。
「うえええええええええっ!?」
トールは形振り構わずその場から逃げていく。しかしカケルと比べてスピードは激減しているため、スレスレで滑り込みやっと避けた。野球でいうヘッドスライディングである。
「死ぬかと思ったあー」
はあああ、と安堵のため息をつく。そしてエビルのことを思い出した。
トールがすぐ起き上がろうとするが、エビルは当然それを待つはずがない。
翼を広げ、アーケードに開いた穴へと飛んでいく。
「やっべ!」
『ソトにでたらおいかけられへん!』
トールだけでなくおいちゃんも焦り声だ。
エビルがアーケードを抜ける。
その瞬間。
アーケードの穴に結界が張られた。
エビルは勢いよくそれに激突し、その場に落ちた。
離れた場所から声が響く。
「今だ! ぶっ倒せ打出!!!」
カケルが大声で叫んだ。
ネーミングセンスなどなかった
元々ダサい技名にするつもりでいたが
ちなみにカケル(ヴァルゴレッド)の衣装、少し訂正致しました。ここで報告させていただきます。




