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第3話 打出藤花


 その日の放課後。カケルは6駅ほど離れた場所にある商店街を歩いていた。理由はただ1つ。ココロのご機嫌取りに他ならない。ココロはこの地域限定しかないプリンが大好物である。よってココロの機嫌を損ねたとき、カケルはわざわざここまで足を運んでいるのだ。


『おまえもナンギなやっちゃなぁ。そこまでせんでもジカンがカイケツするやろ』

「俺がそんなに待てない」


 キリッと即答するカケルにおいちゃんは呆れて次の発言が出てこなかった。

 カケルは大真面目である。幼なじみのご機嫌取りのためにわざわざ数駅かけて、プリンを買うことに何の疑問もない。ただの幼なじみ馬鹿である。

 おいちゃんは止めることなくカケルに着いていく。脚の悪いカケルはなかなか遠出をすることはない。なんだかんだおいちゃんも街探索を楽しんでいた。途中、小中学生の子たちがおいちゃんを見て驚き、さらに年少の子は「わんわん」やら「にゃーにゃー」などと言っておいちゃんを指していた。だが大人の方はおいちゃんの姿も声も認識しないのでそんな子供たちの姿を訝しんでいる。まるで幽霊のような扱いだが、こんな白昼堂々暢気に浮いているライオンのような形をしている幽霊などいないだろう。

 カケルが目的の店にたどり着くと、おいちゃんはぎょっとして目を見開いた。


『なんやねん、このギョウレツ!?』


 おいちゃんの言うとおり、限定プリンを取り扱うケーキ屋には長蛇の列を成していた。10人なんてものではない。もしかしたら30人いるかもしれないという人数だ。それにカケルは戸惑いなく並び始める。


『おいおい、マジかい。ならぶんかい』

「はああああ、昨日はココロを本気で怒らせたからなあ。プリンだけじゃ足りないかもな。期間限定のやつも買ってくか」

『おい、ムシかい。完全においちゃんのことムシかい』

「ココロのあのトーカへの崇拝っぷりなんとかならないかな。絶対ココロの方が可愛いだろうがよ」

『ムシのうえにノロケるんかい』


 もういやや、この男。おいちゃんは相手にするのも嫌になり、街の様子を見渡す。すると行列から少し離れた地点から男女の叫び声が響いた。



「だからアンタのことなんてなんとも思ってないって言ってるでしょ!?」

「じゃあ、今まで俺のこと騙したって事か!」

「騙したも何も、そっちが勘違いしただけでしょ。アタシは一度たりとも彼氏扱いなんてしてないし。ってかアンタ、何て名前だっけ?」


 一触即発。それどころか女の方が火にオイルタンクをぶつけていた。

 大柄な男が女を見下ろし怒鳴っていた。女の方は冷ややかな目で男を見ていた。最後の言葉に男の顔が真っ赤に染まる。

 おいちゃんが慌ててカケルの肩を叩く。テシテシテシと叩く。


『カケル、大変や。女の子のピンチや!』

「それにしても、ここにきてこの出費はイタいな・・・・・・。小遣いの日はまだ先だし」

『ココロのじょうちゃんが関わると、ほんまどうしようもないな』


 テッシーンと強めにカケルの肩を叩いた。しかしカケルは動じない。何も言わず男女のいる場所と逆方向の道を指さす。そこには警察官が走りながら、男女に向かって叫んでいる。男の方は慌てて逃げ去っていき、残った女は涙をポロポロと流しながら警察官を上目遣いで見つめていた。先ほどまで強気な発言で男をにらみつけていたのに、その変わり様は凄まじく速かった。

 一連の流れにカケルはなんでもないように口を開く。


「今、警備の見回り期間だから何かあっても、ああやって対処するんだよ」

『だったらそうセツメイせんかい!』


 おいちゃんの文句にカケルは黙って周囲を見る。そしてにらんだ。しゃべるなと。

 ただ今カケルは行列の中にいる。ケーキ屋ということもあり今は女性しか並んでいない。そしてカケルの周囲にはおいちゃんの存在に驚いている人がいない。つまりおいちゃんの存在は認知されていないことになる。

 だからカケルはおいちゃんに話しかけなかった。不審と思われ商品が買えなくなったら大問題だからである。

 おいちゃんもそのことに気づいた。そしてガックリと肩を落とす。


『そりゃ乙女戦士(ヴァルゴフィター)は一般的な正義の味方とちゃうけども。これってええんかい、ヒーローてきに』










「言わなかったらずっとつけ回されるって思って。怖かったけど、勇気振り絞ってあの人に断ったんです。そしたらあの人、アタシのこと殴ろうとして」


 そう涙ながらに語ったのはトーカである。片手でバッグを、もう片方の手で警察官の服をキュッと握りながら、プルプルと震えていた。可愛らしいその姿に警察官は顔を赤くさせて、トーカから視線をそらした。


「わ、わかった。私も先ほどの男を見つけ次第、補導しよう」


 そう言ってしまう。職権乱用である。

 慌てて遠ざかっていく警察官を見ながらトーカは舌打ちをした。腕を組んで顔を歪めるその姿に、先ほどまでのか弱く泣いていた様はみられない。当然だ、泣き真似なのだから。


「ったく、ちょっと可愛くおねだりしてあげたら勘違いしちゃって。アタシにとってただの足持ちだってだけなのに。ああ、やだやだ。トールも何やってんのよ。アタシが来てって言ってんだから来なさいよね」


 綺麗に整えられたストレートの黒髪。胸のところで自然な内巻きになっている。その髪を右手でかきあげながら、冷ややかな表情をする。その冷たい表情も端麗な顔立ちを際立たせている。チラチラと男性だけでなく、女性もトーカに視線を送っていた。その視線もトーカにとっては日常的なことであり、今更気にすることでもない。

 金蔓もいなければ荷物持ちも足持ちもいない。ただのウィンドウショッピングのつもりで商店街だったが、先ほどの男との騒動でその気もなくした。トールが来る様子もないため、トーカは帰ることを決めた。今から連絡すれば男の1人や2人、来てくれそうだがその気すら薄れてしまった。


「楽しくない」


 そうつぶやいた。

 オシャレするのも、モデルをするのも、複数の男と付き合うのも、おもしろそうだから始めたのだ。確かに可愛く着飾ってチヤホヤされるのは良い気分である。だがそれもすぐに冷めてしまう。ただただつまらない。

 モデルを始めたのはスカウトされたからだが、それもやりたいことがなかったからだ。双子の兄であるトールが野球に熱中したのを側で見て、熱中することがあることの

羨望と、自分にそれがないことの焦りと悔しさがあった。だからモデルを始めたのだ。

 だが楽しいとトーカは思えなかった。トールが野球ができなくなって自棄になっているのを知っているが、トーカは自分がモデルができなくなっても何も問題がなかった。


「もうモデルやめちゃおっかな・・・・・・」


 誰にも聞こえないようにポツリとつぶやいた。




 トーカの髪が風で揺れる。急な強風にトーカは髪を押さえた。

 違和感を感じ、上を見る。


「え?」


 少し離れた上空に浮かぶ物体。赤と黄で彩られた美しい鳥。大きな翼を広げくちばしはとても鋭い。体長は数mに及ぶ。広げた翼は商店街の道幅ギリギリの大きさだった。

 いつからいたのか、どこから来たのか。トーカにはわからなかった。


『ぎぃやぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ』


 鳥が鳴きわめく。甲高い声にトーカはバッグを落とし耳を塞いだ。声の威力に押され、体がよろめき尻餅をついてしまう。周囲では人々が悲鳴を上げて出口へと向かっていく。鳥は頭にはアーケードがあり、上空へは移動できない。鳥はその場へと着地し翼を仕舞う。体をトーカのいる方向へと向けて、天井を見上げ再度鳴いた。

 トーカは呆然としてしまい動けずにいる。逃げないとと警告音は常に鳴っているが、体がそれに対応できずにいた。そしてトーカの側にはトーカを守ってくれる者もいなかった。

 鳥が大きく翼を広げる。そして数回強く羽ばたかせた。それにより大きな風を作り出し、前方へと勢いよく送り出す。トーカはその風に耐えきれず、上体も地面に倒れ込んでしまう。

 風の威力はトーカの動きを封じただけではなかった。


 トーカの頭上にある看板。それが風力に耐えきれなかった。

 留め具が壊れ、落下する。


 トーカは悲鳴をあげることすらできなかった。

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