第1話 ただの屍のようだ
「なあ、大地」
安倍川が優しくささやき、カケルの肩に手を置いた。しかし反応を示さないカケルに安倍川は諦めたように首を横に振った。
「だめだ。ただの屍のようだ」
その言葉のようにカケルは机に顔を突っ伏したまま起きあがることがない。おいちゃんが飛んできて、テシテシテシテシテシと頭を叩くがカケルが起きあがることはなかった。
カケルがこうなる原因は、1つしかない。
「高瀬だろ・・・・・・」
『せやで。ココロのじょうちゃんやで』
幼なじみの高瀬心のことである。
カケルは登校した時点でこの世の終わりのように暗い影を背負い、ずっと机に突っ伏している。背中が語っていた。何も言わないでくれと。
「ってか何したんだよ。この幼なじみ馬鹿は。よっぽどのことが起きない限り、喧嘩とかもしないだろ。片方が折れて」
『うーん。これにかんしてはカケルもそうワルイとはいえへんしなあ』
おいちゃんは上を向きながら、昨夜のことを思い出していた。
それは夕食後、ココロが顔をほころばせてカケルの部屋に訪れたときに起こった。ココロは嬉々として雑誌の表紙をカケルに見せていた。
「ねぇカケルくん見て見て。またトーカちゃんが表紙になったんだよ」
ココロは興奮しながらカケルに向けて雑誌の表紙を見せつけていた。表紙には可愛いと綺麗が混じった、大人びているがまだ子供らしさの抜けない少女が写っている。彼女はトーカと言って、ココロを含む多くの女子高生の憧れであり、その雑誌の看板とも言っていい存在である。カケルやココロと同い年でありながら、中学から人気モデルとして名を馳せている。ココロは中学時代からトーカのファンである。それこそ彼女がモデルデビューした頃からのファンであった。トーカのようになりたい、と何度も夢を見ている。しかし悲しいかな。身長や雰囲気がまったく違うので、トーカの服をココロが着こなせたことはない。
カケルは何も言えずに苦笑する。カケルははっきり言って昔からこの話題が好きではないのだ。この話題に関してはカケルは口を出すことができない。
トーカについて何も知らないおいちゃんがココロの側に寄り、一緒に雑誌を覗いていた。
『ほー。またココロのじょうちゃんとはちがうタイプのべっぴんさんやな』
「トーカちゃんは私の憧れなんだあ。大人っぽいし可愛いのに美人で。はあー、一度こんな顔とスタイルで生まれたかったなあ」
ココロがトーカを見惚れながらため息をつく。高校1年にしては大人びた顔つきのトーカは、いつまでも子供っぽさが抜けないココロにしては羨ましいことこの上ないのだ。さらにはあまり体の発達がないココロに比べ、トーカは出るとこは出て引っ込んでいるところは引っ込んでいる、いわゆる女性らしさが見られるスタイルであった。カケルが乙女戦士になったときの胸に大興奮していることから、おそらく大きな胸に強い憧れがあるのだろう。
だがココロはこの話題出る度に思っていることがあった。
「ココロの方が可愛いと思うけどな」
今回はその思ったことを言ってしまった。元々嘘がつけないタイプであり、思ったことをそのままポロッと言ってしまう癖がある。少し前まではあまり人と接することを避けていたが、中学時代はそれこそ無意識に言ってしまうことが多々あった。
カケルにとっては雑誌で化粧気が強く感じるモデルよりも、目の前の幼なじみの方が数倍も魅力的だった。だからそれが口に出てしまった。
おいちゃんはヘッと鼻で笑う。よくも彼女でもないのにこう歯の浮いたような台詞が出てくるのかと。そもそもこうやって夜に女が男の部屋に入ってくるとかいいんかい互いの両親、と2人の親に文句もあった。
しかしおいちゃんは気づいた。カケルがポロッと言葉を紡いだ後、顔を青ざめたのを。どうしたんだと尋ねる前にココロが勢いよく立ち上がった。
「カケルくん、最っ低!!」
おいちゃんはこんなにココロが怒鳴ったのを初めて見た。いつもほわほわとどこか抜けた感じがあるココロだが、このときは両目をつり上げてカケルを怒鳴りつけていた。あまりの普段との豹変っぷりにおいちゃんは声が出せなかった。逆にカケルは慌てて声を出す。
「違う、ココロ。俺は別にトーカを貶したわけじゃなく」
「言い訳しないでよ! 私なんかよりトーカちゃんの方が何百倍も可愛いに決まってるでしょ!」
「いや、何百倍は言い過ぎじゃ・・・・・・」
「カケルくんのバカアアアア! どこをどう見たらそういう風に考えちゃうわけ!? 信じらんない!!」
『なんやねん、このかいわ』
思わずおいちゃんがツッコミを入れた。しかし2人の口論(一方的にココロが怒鳴っているだけであるが)は止まらない。ココロはカケルの部屋を出て、扉を閉める前にカケルに向かって叫んだ。
「カケルくんなんか大っ嫌い! もう顔も見たくない!」
そして扉が乱暴に閉められた。
『えぇー・・・・・・』
閉じられた扉に思わずおいちゃんの声が漏れる。どういう展開か意味わからん。
そして部屋に残ったカケルは、この世の終わりと言わんばかりに、暗い影を背負い立ち上がることもできずうなだれていた。
「なるほど。全然わからん」
おいちゃんの説明に安倍川は顎に手を当て考える。しかしよくわからん。
「まあ、憧れの人をカケルがけなしちゃったってことで、オウケイ?」
『それからこんなんやから、ようわからんけどなあ』
カケルの側で会話をしているのだが、カケルはうなだれたまま起きあがりそうにない。安倍川もおいちゃんも顔を見合わせ、残念そうに首を振る。
さらに安倍川はおいちゃんの説明の中に出てきたモデルの名前に苦笑しかでない。
「トーカねぇ・・・・・・」
あまりその話題を引きずりたくないだろうと、安倍川はモデルの名前をつぶやいて黙ってしまう。おいちゃんは問題ないだろうが、今のカケルにはあまりそのモデルについて説明をしたくなかった。
安倍川はトーカを知っている。
「そういや、打出のやつはあれから一切近づかねぇな。平穏でいいけどよ」
今日は大地としゃべるのは無理だと判断し、安倍川はおいちゃんに話しかける。つい先日にカケルがスマフォの中身を相手に見せたあのときから。そういえばあのときは幼なじみを馬鹿にされたカケルがキレたのだった。2人は恋人ではないようだが、じゃあ恋人との境目ってこいつらにとってはなんなのか。安倍川は疑問でしかなかった。
げっ、とおいちゃんが耳と鼻を反応させて顔を歪める。安倍川もそれに気づく。
『試練のじかんやん』
「ああ、一生童貞を治すための試練ね」
乙女戦士を知らない安倍川たちクラスメイトには、カケルが一生童貞の呪いを解く試練に行っていることになっている。乙女戦士になると強制的にEDになるので、あながち間違ってはいない。
おいちゃんは心中で不安になる。カケルが落ち込んでいるこの状況で、普段通り戦うことができるのかと。冷静さを欠いてもしものことが起きてしまうのではないのかと。しかしカケルが戦わなければ今のところ、エビルを倒せる者がいなかった。おいちゃんは申し訳なさそうに、カケルに頼もうとする。
しかしカケルが勢いよく立ち上がった。
「行くぞ、おいちゃん」
『え、ええんか?』
「ああ、むしろ」
「八つ当たりでぶん殴らせろ」
『あいあいさー』
もうどうにでもなれや、と半ば投げやりにおいちゃんはカケルとテレポートした。
姿の消えたカケルとおいちゃん。残った安倍川は困ったように頭をかいた。
カケルに説明するべきか否かを。
「打出藤花。打出透の双子の妹なんだよな」
まあ、言う必要もないか。そう安倍川は1人で完結してしまった。
ちなみにこのとき現れたエビルは、カケルの理不尽な八つ当たりによって必要以上に攻撃をされ倒されたのだった。
案の定、昨日は投稿できませんでした。
今後も連日投稿は難しいと思われます。
できる限りは頑張りたいです。




