第3話 打出透
「おい、トール何不機嫌になってんだよ」
「何でもねぇよ」
「そういや肩壊したって言われてたけど、野球か?」
「うるっせぇな!!」
打出透は連れている友人に荒い声をあげる。2人とも口を閉ざすが、未だトールは怒りが収まらない。どうにも頭の奥が熱くなるような、ヂリヂリとした熱があるようで苛々は募っていく。
「くそ、あの野郎殴っとけばよかった」
思い出すのは最後に修羅の顔でトールにガン飛ばしたカケルの姿だった。何も言い返せずに帰してしまい、ビビっているように思われたと、トールの悔しさが残る。一発でも殴ってしまえばよかった、とどうにもならない後悔が残る。
トールは少年野球の頃から、エースピッチャーだった。打たせて捕るタイプで、守備が難なく捕れるゴロやフライを打たせるのが快感だった。しかしそれも中2まで。右肩を壊してから、ピッチャーができなりトールの人生は坂道を転がっていった。
今では周囲から問題児のレッテルが貼られている。問題児といっても喧嘩事を起こすのではなく、周囲をからかったり授業をサボったりする程度だが。
「もういいじゃねぇか。駅前のゲーセン行こうぜ」
トールはそう言われ、黙ったままうなずいた。
駅前には学校帰りの生徒が幾人かがおり、ホームへ行こうとする者、駅前で語り合っている者など様々だった。楽しそうな顔をする彼ら彼女らを見ているとトールの苛々は増す一方だった。
もういい。さっさとゲーセン行って忘れちまおう。そう思ったとき、駅から悲鳴が聞こえた。ギョッとしてそちらを見れば青い人間サイズのカマキリのような奴が駅から現れ辺りを切りつけている。何が起きているのかわからない打出だったが、とにかく逃げようと走り出した。ふと視界の端でお年寄りが座り込んでしまったが、逃げることが先決だった。後ろ髪を引かれる気持ちはあるが、やはり自分の身が可愛かった。
「んだよ、あれ!」
「知るわけねぇっての!」
トール以外の友人たちは逃げていることに必死で、周りを見ていなかった。打出しかあの年寄りが座り込んだことに気づいていない。胸の奥の苛々がずっと続いて止まらない。
「・・・・・・悪ぃ。ちょっと忘れもんした」
トールはそう言って友人たちの制止を振り切って来た道を戻っていく。駅前には人気はほとんどなかったが、あの座り込んだお年寄りが見えた。しかし打出の足が止まる。その前に大鎌を両手に、化け物が飛びかかったのが見えたからだ。
後悔が押し寄せる。あいつらと一緒に逃げればよかったと。
(胸くそ悪ぃ。胸くそ悪ぃ、胸くそ悪ぃ!)
しかしお年寄りは一切怪我を負うことはなかった。突然現れた赤い髪と服の少女が助けたからだ。彼女はおばあさんを抱えて逃げていった。トール自分ができなかったことを難なくやってしまったその姿に、驚きよりも怒りが勝る。
大鎌の化け物の獲物が逃げ、次の標的を定めた。トールだ。
化け物はトールに飛びかかと、鎌を振り下ろす。しかしコントロールはめちゃくちゃでそれは地面を突き刺すだけに終わる。トールは慌ててこの場から逃げた。
(あのババアが座ってたせいだ。俺が戻るのをあいつらが止めないせいだ。そもそも駅前のゲーセンに行こうなんて言ったからだ。校門で安倍川が生意気な口聞くからだ。なによりあいつが・・・・・・)
トールはカケルの姿を思い出した。トールが馬鹿にした少女を守ろうと牙をむいたこと。トールたちの暴言にまったく気にもとめなかったこと。そして高校の教室で普通に友人と話をしていたこと。膝を壊して部活できないはずなのに、それをなんでもないように振る舞ってること。
(全部全部、大地駆が悪いんだ)
トールは強く毒づいた。苛立ちは治まらず、頭はズキズキと痛みが響く。
化け物は動かず逃げていくトールを眺めていた。トールはしめたとばかりに走り続ける。化け物は片方の大鎌を振りかぶり、腕を振り下ろす。鎌は腕からブチッと千切れてトールに向かって飛んでいく。ヒィッとトールは背後を見て悲鳴をあげる。背後に意識したせいで、トールは地面につまずき倒れ込んだ。それが幸いし鎌はトールを超えて飛んでいくと、地面を転がった。鎌はドロリと溶けて地面に吸い込まれていく。鎌が溶けたと同時に千切れた腕の先から鎌が生えていく。倒れたトールは化け物を見たまま、立ち上がることができなかった。
ふと化け物が周囲を気にし始める。すると赤い少女がその場に降り立った。化け物はすぐさま少女に切りかかるが、怖がる素振りもなく難なく避ける。トールはそれを見てさっきまで自分が恐怖を感じていたのが馬鹿のように思った。
赤い少女がトールに気づいた。
「げっ」
そして心底嫌そうな顔でトールを見た。
初対面のはずなのに、トールは少女に対して嫌悪感しか感じなかった。
(えええ、ふざけるなよ。何で今朝からこいつと顔合わせてばっかなんだよ)
口にしないまでもカケルは打出の姿を見た途端、文句しかなかった。
しかしここで不満を言ってはいけないと、カケルは怒りを抑えて打出の方を向く。先ほど口から漏れた苦々しい声はほとんど無意識だった。
「あのさ、ここは危険だから。お・・・・・・いや、私に任せて逃げてくんない?」
シュンヤのときの二の舞にならないよう、口調を変えて対応する。
「はあ!? なんでテメェに指図されなけりゃいけねぇんだよ!!」
しかしその返事に、カケルの脳内でブチリと何かが千切れた。
「指図じゃねぇよ! 邪魔だからどっか行けと言ってんだ!」
「はああああああ!!? いきなり現れて舐めたこと言ってんじゃねぇってのバーカ!!」
「腰抜け野郎が何言ってんだ」
「うるせぇよ。コスプレ女」
カケルと打出の間に火花が散った。しかしエビルの動きに気づくと、カケルは走ってそれを避ける。そして打出の側に駆け寄り、その胸ぐらを掴んで無理矢理移動する。
「苦しいだろうが! 離せよ、ボケ!!」
「周りに当たるにしても、もう少し言葉考えろよ。小学生かよ」
「はあ!? テメェに言われる筋合いねぇんだよバーカバーーーーカ!!」
打出の言葉に低レベルさを感じ、徐々に怒りより呆れのほうにカケルの感情はシフトしていく。そしてはっきりと思った。こいつ頭が悪いと。カケルはため息をつく。
「わかった。何言っても無駄なんだな」
「へっ、やっとわかったかよ」
打出は心底カケルを馬鹿にして笑う。カケルもそれに深くうなずいた。
そして胸ぐらを掴んだ手をそのままに、逆の手で鳩尾に拳をいれる。シュンヤのときよりも遙かに強めに。
カケルはゴフッとせき込み、ガックリと力を抜いた。気絶である。
「おいちゃん。この下等生物、どっかに運べ」
『ワールドをまもる乙女戦士が、一般ピープルにテぇダスってどうなん?』
「安心しろ。峰打ちだ」
『めっちゃコブシやん。なにがミネにあたんねん』
おいちゃんが打出の後ろの襟を引っ張り、引きずって運んでいく。カケルはそれにすべて任せ、エビルに向き直った。
エビルは両腕を真上に上げて、左右に振り下ろす。両腕の先の鎌が千切れて左右に飛んでいった。ギョッと驚いたカケルの横を鎌は通りすぎる。向かう先は
『おいおいおいおい、こっちにくるんかい!!』
おいちゃんの方向だった。カケルはすぐに右腕をおいちゃんたちに向ける。
《《乙女による防壁 発動します》》
その声とともに、おいちゃんと打出の周りを結界が包んだ。鎌は結界に弾かれ、地に落ち溶けた。そしてエビルの両腕の鎌が復活する。
『カケル、たすかったわ』
「いや、大丈夫だ。それとちょっと宣言する」
カケルは気づいたのだ。打出が目覚めたらめんどくさいと。
「速攻で倒す」




