第2話 屁と屠殺とカマキリエビル
案の定というべきか。校門の前には朝、問題になりかけた3人が立っていた。
『えええ、マジでまっとったん? いままでずっと? かあーっ、ヒマなやっちゃらなあ』
おいちゃんは呆れて、安倍川は予想通りの展開に3人に視線すら写さない。カケルは元々関わる気はないので彼らを無視し、校門を過ぎようとした。
しかし打出がカケルの右腕を掴み、それを阻止する。
「おい、無視してんじゃねぇよ」
「・・・・・・ああ。それは悪かった」
ここで無言を通すのは逆効果だと、カケルは打出に謝罪する。
若干気を良くした打出は、ニタリと笑うとカケルの右膝を蹴り飛ばす。
あまりの激痛にカケルは右膝から全身に痛みが波打った。思わず倒れそうになるのを堪える。チカチカとした視界に冷や汗が流れた。
安倍川は焦りながらカケルを打出から離す。カケルも痛みはまだ残っているが、激痛は一瞬だけだ。
「打出、お前他人に八つ当たりしてんじゃねぇぞ。テメェの肩が壊れたのは、テメェの問題だろうが。それを今も引きずってんじゃねぇぞボケ!!」
そう言われ怒りで顔を赤くする打出。すぐに安倍川の胸ぐらを掴みその頬を殴った。
登校途中の女の子がそれを見て真っ青になり、慌てて職員室へとかけこんだ。それを横目に見たカケルはマズいと感じ、安倍川と打出を離そうとする。
しかしそれより先に動いた者がいる。
『やめんかーい!!』
ボブブブブブブブブブ
おいちゃんが安倍川と打出の顔の間に、屁をこいた。その屁は牛の糞を濃縮してアンモニアを混ぜたようなフローラルな香りを漂わせた。ようは凄まじく臭かった。
直撃した安倍川と打出はあまりの異臭に鼻を押さえてうずくまる。直撃ではないが、カケルにもそれは飛び屁し、さらには打出と共にいた男2人も被害を浴びる。
声にならない声をあげて、その場の者たちは異臭を耐える。周りで様子見していた者らは慌てて離れていった。
『ふえーっ、ようでたようでた。快屁快屁』
おいちゃんはジジ臭く声をあげて腹をさする。
屁は風に流れて消えてしまったが、5人の状態異常は未だ治っていない。気持ち悪さと目の痛みと、鼻のねじまがるような感覚が続いている。一種の公害か化学兵器である。
校門の側に男子学生5人が、屁によって苦しんでいるという異様な光景がそこにあった。
そこに場違いなほど明るい声が響く。
「こんにちは。あ、カケルくん発見」
カケルとは別の高校であるはずのココロが校門から中を覗く。
その姿を見たカケルが、まだダメージが回復しきっていないのだが、ココロの側へ近づく。それはカケルにとっての一種の反射のようなもので、おいちゃんはそれを見て思った。お前は犬か、と。
「ココロ。何でこっちに?」
「担任の先生が風邪ひいて、HRがすぐ終わっちゃったの。新体操は今日体育館使えないからストレッチとかだし、腕も治ってないからって帰らされちゃった。であんまりにも早く帰れたからカケルくんと帰り道会えるかなって寄ってみたの。でカケルくんはどうしたの? 顔が赤いような青いような、ステータスの異常みたいな感じだけど」
「毒ガスが蔓延した」
「えぇ!? 避難警報は!?」
「大抵の大人の目に見えない病原体が原因だから、警報は出ないだろ」
胸をさすりながら苦しげにおいちゃんをにらむ。おいちゃんはカケルの方を見ず、下手くそな口笛を吹いていた。それを見てカケルの眉間の皺は深くなった。
そのときぐいっとカケルの腕が引かれる。驚いてそちらを見れば、安倍川がカケルとココロを交互に目線を配っている。
「え、大地の彼女?」
「違う違う」
「初めまして。カケルくんの幼なじみの高瀬心と言います」
「幼なじみ!? こんな可愛い子が彼女じゃなくて、幼なじみ!? 大地、お前はラノベの主人公か!!」
「訳のわからない例えするなよ」
屁という名の毒ガスが直撃し多少顔色の悪い安倍川だったが、カケルに叫ぶ元気はあるらしい。信じられないとわめきながら、カケルの腕を引っ張った。
「えー、こんな可愛いのに彼女止まり? あ、一生童貞って呪いと関係あんの?」
「・・・・・・呪い?」
聞き慣れない言葉に、ココロが安倍川とは逆の腕を掴む。ココロの表情には安倍川の発言に対する驚きと少しの混乱があった。
「カケルくん。一生童貞の意味はわかるんだけど、呪いって何? そもそも何でこの人、そんなこと知ってるの?」
「いや、えっと・・・・・・」
「もしかして乙女ファイ」
乙女戦士と言おうとしたココロだったが、カケルが必死に首を横に振ったのを見て途中で口を閉ざした。しかし納得できていないため、珍しく不満を顔全面に出していた。
「カケルくん。後でちゃんと話聞くからね。シュンヤくんのときといい、どうせ後々説明することになるんだからあんまり隠し立てしちゃダメだよ。カケルくん、ただでさえ嘘つけないタイプなんだから」
安倍川が側にいる以上あまり詳細な事情は聞けないと理解し、強めに言いつける。グウの音も出ないカケルは黙ってうなずくしかなかった。安倍川も空気を読んであまり深入りはしないよう口を挟まなかった。
ようやく打出たち3人も異臭から立ち直る。まだ臭いが残ってる気がするのか、顔の前を払ってしかめっ面をした。そしてカケルたちを見て、ココロを見ると打出は鼻で笑った。カケルは体をずらし相手からココロを見えにくくさせる。
「テメェ、意味もねぇのに女連れてるとかバッカじゃねぇのか」
「関係ないだろ」
「まっ、そんなちんちくりんの馬鹿そうな女なんて興味も湧かねぇがな」
「あ”あ”?」
ココロのことを貶した瞬間、カケルの低い怒号が飛んだ。それに打出たちだけでなく、ココロや安倍川も小さな悲鳴を上げた。おいちゃんにいたってはカケルの顔が見えないよう、安倍川の背中に隠れてしまった。カケルは冷え切った表情で打出たちをにらむ。殺気が体全体からにじみ出ていた。先ほどまで事を荒立てないよう努めた姿はどこにもない。
「屠殺してやろうか」
「は、はあ? トサツ?」
「ああ、テメェみたいな家畜以下の低脳には理解できなかったか。言葉を変える」
カケルは決して怒鳴ることはしなかった。だが雰囲気が、荒れに荒れきっている。ココロと安倍川はカケルの腕を強く握る。離したら、暴走しそうだとわかったからだ。
「テメェの脳味噌と内蔵と汚ねぇブツを引っこ抜いて、豚とカラスの餌にしてやろうかって言ってんだよ。俺のことはどうでもいいが、ココロに暴言吐くなら容赦はしない」
「カケルくん、カケルくん! 私全然気にしてないから! 落ち着こう、ね!?」
「大地、お前汚物にまみれたウジ虫を見下すような顔やめろ! 怖え! 怖えから!」
ココロと安倍川はカケルを引きずるようにして校門の外に出て行った。
打出たちもカケルの豹変に何も言えなかったようだ。黙って見送った。
「目を潰す。耳を引きちぎる。鼻をもぐ。口を裂く。首をかっさき、舌を抜く」
「呪詛かよ」
「カケルくん、もういないから! さっきの人もういないから!」
ココロの必死の叫びにカケルも徐々に冷静になっていく。深くため息をついた。落ち着いたのを確認して2人はカケルの両腕を離した。
「ココロは大丈夫か? あの愚物に変なこと言われただろ」
「凄ぇな。愚物って言ったぞ、大地のやつ」
『ココロのじょうちゃんアイテやと完全に忠犬になるからな、カケルは』
安倍川とおいちゃんは小声でボソボソと話し合う。
カケルもココロも2人のことに気づかず、互いの心配をし続けていた。ココロが安倍川の方を向いて申し訳なさそうな顔をする。
「ごめんね、私が来ちゃったから問題事起きちゃったみたいで。えっと、」
「あ、言ってなかった。カケルの友達の安倍川です」
安倍川がそう自己紹介すると、ココロは目を見開きそして両手を組むと嬉しそうに微笑んだ。その可愛らしさに安倍川は顔を赤くするが、すぐカケルの反応が怖くなり意識しないよう努めた。ココロは瞳を涙で潤ませる。
「カケルくんに、高校の友達ができるなんて」
「そこなのか」
「まあ、大地と仲良くなったの最近だけどな。おいちゃんが来てからか。それまで近づくなオーラ凄かったし」
安倍川が顎に手を当てて少し前のことを思い出す。安倍川とカケルが話すようになってまだ日は浅い。しかしおいちゃんが来てからは意外と話しやすいと知ってからは、今ではクラスで1番会話をするのはカケルだった。
「まあ、カケルとしゃべってると楽しいぜ。カケルは?」
気軽に問う安倍川に、カケルは目をそらしてしまう。しかし恥ずかしさを感じつつ、その問いに肯定した。安倍川は満足気に歯を見せた。
ふとおいちゃんの耳がぴくぴくと動く。
『カケル、「試練」タイムやで』
おいちゃんがそう言い放つ。「試練」は学校内にいるとき、エビルが出現したという合い言葉である。呪いを解くという体で姿を消しているので、教室内ではそう言うようカケルとおいちゃんは話し合っていた。ここに安倍川がいるので、おいちゃんもあえて試練という言葉を使った。
カケルは真剣な顔をしてうなずく。試練という言葉を知らないココロだったが、なんとなく状況を察知した。安倍川もいつものやつか、と脳天気に理解した。
「ココロ。悪いが安倍川を俺の家まで案内してくれないか」
「え、・・・・・・ああ、うん。わかった」
「安倍川、俺ん家でしばらく待っててくれ。あと念のため言っとくが、ココロに何かしたらただじゃおかないからな」
「しねぇよ。カケルの呪詛を受けてたまるか」
それぞれにそう告げるとカケルはおいちゃんのテレポートで、エビルのいる場所へと移動した。
カケルたちの住む町の駅前に、エビルは現れた。
それはカマキリが大きくなったような姿をしており、両手の先は大鎌になっている。しかし色は青く大きさは2mほどもあり、両手両足2本ずつという人のような形をとっていた。エビルは駅の壁から現れると、手当たり次第を両手の大鎌で切りつけていった。出現したばかりで狙いが定まらないらしく、切りつけるのは主に壁や自動販売機などといったもの動かない物であった。その間に人々は慌てて逃げていく。
エビルはふと獲物を見つける。視線の先には腰の抜けたおばあちゃんが動けずにいた。エビルは飛びかかり、両腕の大鎌を振り下ろす。しかしそれはただ地面をえぐったに過ぎなかった。狙いが外れたのではない。獲物を邪魔されたからである。
エビルから離れた地点に降り立ったのは乙女戦士に変わったカケルだった。その腕にはおばあちゃんが抱えられている。カケルは周囲を見回しタクシーを見つけると、そっちへと高速で移動する。タクシーの側でおばあちゃんを下ろすとポカンとする運転手と目が合った。身振り手振りでおばあちゃんをお願いすると、またエビルの元へと戻った。戻った途端にエビルに切りつけられるが、難なくそれを避けた。
さてとりあえず走ろうとカケルが足を進めようとしたときだった。
「げっ」
思わずカケルの口から苦々しい声が出る。
その視線の先には先ほどのおばあちゃんのように座り込んでしまった打出の姿があった。




