第4話 黒き光線
喫茶店近くの運動場にて。シュンヤは再従兄弟であり、コタローの母親でもある女性に捕まっていた。
「確かに俺今日休みだけどさ。人使い荒くねぇ?」
「しょうがないでしょ。荷物が予定よりも早く届くって連絡があったんだから。本当にシュンヤくんがいてくれて助かったわ。もう少し遊ばせたらコタローもお腹空くだろうから、そしたら家まで送ってちょうだい」
女性はにこやかに、しかし慌ただしく去っていく。シュンヤは仕方ないと運動場の中へと進んでいく。運動場では大学生と思われる男性たちがスポーツをしている。そして遠く離れた端ではコタローがボールを蹴り飛ばして遊んでいた。
その小さな姿を見るなり、声をかけようとするがその口が止まる。
コタローの背後に黒い靄がかかっているのに気づいた。その靄はだんだんと広がり、次第に人型へと変わっていく。靄が消えた後、黒髪を肩まで伸ばした長身の男が立つ。一見、普通の男性のように見えるが、登場が登場であったのでシュンヤは背筋が凍る。
男はコタローへと歩み寄った。コタローは男に気づき、男を見上げて立ち止まる。男はコタローに右手を伸ばす。手から黒い靄が現れていく。
「コタロー、離れろ!!」
シュンヤはダッシュしながらそう叫ぶ。しかし短距離の入賞者のコタローであってもその距離は遠い。
コタローがシュンヤに気づく。そして男もシュンヤに気づく。
それを見た途端、吐き気を催すほどの気持ち悪さを感じた。同じ人だと思えなかった。
黒い靄は徐々に丸い形を帯びていった。
あ、ダメだ。
シュンヤはそう察してしまう。スピードがガクンと落ちる。
その瞬間、赤い何かがコタローを連れ去った。
コタローが消えたと同時に男の手にある靄が光線銃のように勢いよく地面を抉り、靄が周囲に広がった。男は無表情のまま靄が消えるのを待つ。
男や靄から離れた場所で、何かは地面を滑り止まる。
シュンヤは目を見開いた。それは今日シュンヤが魅了された女の子だったからだ。
(「乙女戦士っていう正義の味方なんだって。私も詳しくは知らないけど」)
先ほどココロから聞いた言葉をシュンヤは思い出した。
「あ、さっきのお姉ちゃん」
「またお前かよ」
カケルは脇に抱えたコタローを見て、呆れながら言う。何で前回といい今回といい、危機一髪のところに遭遇するのか。カケルには不思議で仕方ない。
嫌な予感とともに周囲を見て、シュンヤの姿にやっぱりと肩を落とした。しかし落胆し続けるわけにもいかず、カケルはシュンヤのもとへかけより、シュンヤにコタローを押しつける。
「邪魔だから早くこの子連れて行け」
「え、でも、君が・・・・・・」
「いいからさっさとここから離れろ馬鹿!」
シュンヤが戸惑った声をあげているが、カケルが外を指してそれに大声でかぶせる。カケルとしてはさっさとこの場から離れてほしかった。
カケルの背後で殺気がする。カケルはコタローを再度右脇に抱え、シュンヤを左肩に乗せる。そして右へとダッシュした。
カケルたちがいた場所に黒い光線銃が発射された。光線銃は何を巻き込むこともせず、数十mで靄に戻り霧散する。
カケルが人型のエビルを見れば、その場から一歩も動かずに右手だけを上げていた。
「本気でここから逃げろ。お前の脚ならこの子抱えても速いだろ」
エビルを見たままカケルがシュンヤに告げる。シュンヤはその声に惚けていたが、はっと我に返ると強く肯定する。
カケルが2人を下ろすやいなや、シュンヤがコタローを抱えて走り出す。
シュンヤは惚れた女の子と会えただけでなく、会話やあまつさえ体まで触れたことに嬉しさと照れで顔を赤くしにやけていた。しかしふと頭に疑問符を浮かべる。
(「お前の脚ならこの子抱えても速いだろ」)
先ほどシュンヤが言われた台詞に、違和感があった。
「何で、あの子俺が速いって知ってるんだ?」
カケルはエビルの周囲を走りながら、エビルの反応を伺う。
右手を自身やシュンヤに向けた瞬間を狙い、手足でそれを弾いていく。今のところ先ほど放たれた一発以外は、一度もあの光線を放ってはいない。
だがカケルは舌打ちをする。
「走る、暇がない」
ほぼ接近戦状態の現状では、処女充電のLvが上がりにくい。
カケルが測定器を見れば未だに長針が1週もしていない。カケルはエビルのお腹を蹴りつける。グニョリとした嫌な感覚が伝わり、エビルは一歩も動かさずその場に立ち続けた。エビルは顔色ひとつ変えなかった。そしてカケルの前に右手をかざす。靄が現れカケルはすぐさま右手を掴んで、エビルの手のひらを空と向けて固定する。
靄が丸い形を成し、それが光線銃となって上空に放たれると、たまたまそこを通りかかった鳥に当たる。鳥に当たると靄は霧散し、そしてポトリと鳥が落ちる。鳥は干からびて骨と皮だけになっていた。ぎょっとしたカケルはエビルの顔を殴り距離をとる。
エビルは体を前後に揺らし、そして体勢を整えるとカケルに右手を向けた。カケルは体勢を低くしたまま走り出す。ジグザグに動き回り少しでも距離を増やしていく。
どうやら靄が光線となるまでに時間がかかるらしい。そう当たりをつけたカケルは運動場を見回した。ここから距離はあるが、運動場の隅でこちらの様子を伺っている人が何人か見える。早くどっか行ってくれよ、とカケルは思わず顔をしかめる。しかも何人かの中にシュンヤらしき姿もあった。
靄が形を成す。カケルは動きを止めた。光線が放たれた瞬間を見計らい右に避ける。光線が体の真横をすり抜けたかのように感じ、思わず冷や汗が流れる。
「避けられないわけじゃないが、気抜いたら死ぬな」
測定器を見れば短針はもうすぐ3に達するというところだった。カケルは距離を稼ごうとエビルの背後に回る。
するとエビルもカケルの動きに合わせて180度回転する。ゴキゴキと骨を無理矢理動かす音まで聞こえ、あまりの気持ち悪さに背筋が寒くなる。右手も背後にいたはずのカケルへ向く。
「可動域は関係なしか」
その不気味さは鳥肌物である。
エビルの右手に靄がかかる。その靄が今までより小さくなった気がした。それに気づいた瞬間、形作り発射される。今までの光線よりも細く遅い。だが何よりも発射されるまでの時間が早かった。
カケルは慌てて伏せる。その頭上を光線が通った。
「発射の時間も威力も一定じゃないのかよ!」
カケルはエビルから距離をとる。エビルは細い光線を放っていく。ひとつひとつは問題ないが、いくつも連射されると今までとは逆に距離を詰めにくい。無数の光線をなんとか避けていくが、走りにくさを感じてしまう。
処女充電は上がっていくが、思ったように走れないことにフラストレーションがたまっていく。しかし気を緩める暇はない。
ピクリ、とカケルが反応する。
「おい、ちょっと待て」
焦りを込めながら、カケルは声を荒げる。エビルが右手をカケルへと向けたまま、左手を上げ始めた。その方向は運動場にいる人たちの方向だ。
左手から靄が現れ出す。
「ふざけるな、右手だけじゃないのか!?」
カケルが左手を止めようと動こうとするも、それは右手の細い光線で妨げられる。左手の靄は徐々に広がり、ゆっくりと形を成していく。それは先ほどよりもひと回りもふた回りも大きいものだった。
そのタイミングで処女充電がLv7を数える。
(左手の光線が発射する前に、俺がその進行方向に移動する。それで乙女による防壁を発動させる。攻撃じゃない。完全防御だ)
カケルは冷静を努めながら、頭の中で流れを練る。しかしエビルの右手から発射される光線が、思考を妨害する。
その間もどんどんエビルの左手の靄は大きな球体へと作られていく。
左腕を邪魔することも考えるが、右手からの光線がカケルを先へと進ませない。途中カケルの髪の毛先が光線に当たり、散り散りに消えていく。
とにかく走る距離を稼いでいく。こまめに、速く、緩急をつけて。
「おーい、こっちだよバケモンが!!」
その言葉にカケルは頭を金槌で殴られたような衝撃を感じた。
視線をその方に向ければ、シュンヤがエビルに向かって手を振っていた。運動場に集まっている人から距離をとるように走っている。
「ばか・・・・・・、あのっ、馬鹿が!!!」
カケルは必死でシュンヤに駆け寄ろうとする。しかし右手からの光線が、カケルの顔面へと放たれる。カケルは本能的に顔を後ろにそらすことでそれを避けた。
(しまっ・・・・・・た)
駆け寄るタイミングを失う。カケルは呼吸を止める。
「あ、ああ」
間に合わない。そうわかった。
無情にもエビルの左手から光線が放たれる。
(「くっそう、今度は俺が勝つからな絶対」)
(「全国常連になりかけてるカケルを、全国で負かす。これが俺の目標だ。もちろん予選でも勝つつもりだけどな」)
(「お前がケガしてから今まで、俺お前をずっと避けてた。ずっと謝りたかったんだ」)
シュンヤの台詞が、表情が脳内に過ぎていく。
まるで走馬燈のように。
「あ、あああ。ああああああああああああああ」
カケルの瞳が絶望で染まりながら、右手をシュンヤへと伸ばす。
《《乙女による防壁 発動します》》
女性の声が、聞こえた。




