第2話 鳩尾鉄拳
ポプルルルン。ポポププルンルンルン。
まだ幼稚園くらいだろうか。乙女戦士となったカケルの胸で男の子が楽しそうに遊んでいる。
男の子落下の瞬間に立ち会ったことと、それを救出したことで疲れ切ってしまったカケルは横になったまま男の子の好きにさせている。反応する気力すらなかった。
そんなカケルの耳に遠くから叫び声が聞こえる。その声には焦りが混じっているようだ。カケル同様に疲れたおいちゃんは、なんとなく姿を消した。
「コタロー!!」
そしてその声の持ち主が血相を変えながら現れる。
その姿にカケルは息を飲む。
「シュンヤ兄ちゃん!!」
陸上部の仲間でライバルだった、足立俊哉。カケルが脚を壊して距離をとった1人である。
言葉が出てこないカケルと同様、シュンヤもカケルを見て瞠目している。お互いに体を硬直させて、無言のままだった。
「ねーねー、シュンヤ兄ちゃん。何ボーっとしてるの?」
だからこそコタローと呼ばれた男の子の言葉は、空気を変えるのに有効だった。
シュンヤが思い出したかのようにコタローを見て目をつり上げる。
「コタローお前、勝手にベランダに出るんじゃねぇよ!! 部屋の中からお前が落ちたの見たとき、お前の母ちゃん凄ぇ悲鳴あげたんだぞ! 俺だって心臓飛び出たわ、馬鹿!!」
「ごめんなさあい」
シュンヤの剣幕にコタローも悪いことを自覚したのか、ションボリと謝罪する。次いでシュンヤはカケルに目を向ける。カケルは未だに何も言うことができなかった。
脚を壊して、周囲から人を遠ざけて、八つ当たりをしたカケルは、シュンヤとどう接すればいいのかわからなかった。
シュンヤはカケルに視線を合わせて、申し訳なさそうに頭を下げた。
「すんません、そいつ俺の親戚の子なんですよ。あっはっはっはっは、どうも失礼いたしました」
「は?」
「へ?」
初対面のように話しかけるシュンヤにカケルは疑問の声をあげ、それにシュンヤも首を傾げる。カケルは口を閉ざし、改めて自分の姿を思い出す。
肩むき出しの赤いドレスに身を包んだ女体化した自分のことを。
冷や汗がどっと流れる。
(しまったああああああ。この姿、よりによってシュンヤに見られたあああああ。そりゃ俺だってわからねぇよな。むしろ俺だってわかったら死ぬ。精神的に死ぬ)
カケルはとりあえずコタローを抱えながら起きあがる。下手にしゃべり出すこともできず、そしてシュンヤを直視できるわけもなくうつむいたままだ。とりあえずコタローをシュンヤに返そうとするが、コタローが全力ホールドをして離してくれない。
「お、おいコラ、コタロー。お姉さんに迷惑だろうが。離しなさい」
「やっ!」
「やっ! じゃねぇよ、羨ましい。あ、いや、申し訳ない」
シュンヤはコタローの体を引っ張りながら、焦った声を出すがその視線はカケルの胸の谷間を凝視している。カケルは殴りたくなる気持ちを必死に押さえ込んでいた。バレてたまるかという、強い思いを胸に秘めながら。
やっとコタローが観念し、名残惜しそうにその手を離す。ほっとしたのも束の間、今度はシュンヤに右手を掴まれる。気を抜いていたカケルはヒィッと悲鳴をあげた。視線をあげれば真剣にカケルを見つめている。カケルは冷や汗が止まらない。
(見てんなよ。離せよ。バレんだろうが。くっそ、こんなことならおいちゃんの言うこと聞いて帰ればよかった。あ、でもそうなったらこのコタローって子が死んでる。だあああああああ、めんどくせぇ)
どうにもならない状況に、思考は動くが体は動けない。カケルが何か言い出せば、この腐れ縁に正体が発覚する可能性がある。女体化して髪型も変わっているが、バレないと言い切れない。
シュンヤの顔をチラッと見て、カケルは固まる。
「あ、あの、お礼と言ってはなんなんですが、お茶とかどうです? 変な意味じゃなくて、その、アハハ」
(おい、おまっ、マジかよ)
カケルは真顔になり、心中で返答する。シュンヤの顔は赤く、掴んでいる手とは逆の手で頭をかいていた。照れているようにカケルを見てすぐ視線をそらす。しかし意を決したように、気合いを入れてカケルの目を見つめた。
めちゃくちゃ嫌な予感しか、カケルには感じなかった。
「すいません。一目惚れしました。名前を教えてください」
瞬間、カケルは右手を振り払い、その右手でシュンヤの鳩尾に拳を入れた。もちろん乙女戦士状態なので死なないようにできる限りの手加減はしている。あまりの痛みにシュンヤはお腹を抱えてその場に座り込む。若干、意識が飛んでいた。
「わー、おねえちゃん速いねー」
コタローがぽわわんとした声で言ったとおり、シュンヤが顔をあげたときにはすでに誰の姿もなかった。
マンションの影、シュンヤから逃げたカケルが壁に手をついてうなだれている。
「おい、おいちゃん」
『・・・・・・めんどくさそうになるおもって、かくれとったよ』
「それはめちゃくちゃ助かった。おいちゃん、今から俺ん家にテレポートしろ。それで俺の部屋の窓開けとけ」
カケルの額には青筋がくっきりと張っている。
「最速で飛び込む。そしたら変身解け」
『あいあいさー!!』
あまりの気迫においちゃんは姿勢正しく敬礼をとった。
「カケルくん。なんかお疲れだね。能力の限界を調べるって大変なんだね」
「まあ、うん」
自宅の近くのカフェで、カケルはココロと向かい合って座っていた。11時前ということで、まだ店にはそれほど人はいない。カケルはウーロン茶を頼み、ココロは遅めの朝食と早め昼食を兼ねてカレーを食べている。片手でも食べやすいようにと、店員の青年が滑り止めマットを用意してくれている。
カケルの疲れ切った表情にココロは食べる手を止めて心配する。主に心の疲労がたまっているカケルはおざなりに返事をした。ちなみにおいちゃんはココロのカレーを少しばかりいただき、頬袋に詰め込んで食べ物を噛んでいた(おいちゃん曰く、食事の必要性はないが食べられなくはないということだ)。
「それにしても処女充電はLv14突破かあ。時計の形してるから12で止まるのかな、とも思ったけど。もしかしたらLv24までの可能性もあるかもね、24時間ってことで」
「そうか、それなら少なくとも24までは走り続けたほうがよかったな。今度はそれぐらいになるまで走ってみるか」
「でも乙女による防壁が全チャージを使うわけじゃない、ってわかったのは大きいよね。減少するチャージが一定か、毎回違うかは戦わないとわからないけど。あとエビルへの攻撃だけじゃなく、バリアーとしても使えるってのも今後の強みになるよね」
ココロはぽやぽやしているが、頭が弱いわけではない。カケルはこんなところでもココロに助けられていた。何も考えていないというわけではないが、ココロのほうが頭が回る。処女充電の上限を調べようというのも、元々はココロの意見である。
「そうだ、ココロに言い忘れてた。変身した後、壁登りいけた」
「え、壁登ったの!?」
驚きの声をあげたココロにカケルはうなずいた。
午前中走り続けたマンションの屋上だが、それは壁伝いに走り抜けて登り切ったのだ。それをカケルに勧めたのはおいちゃんである。おいちゃんはカレーを飲み込むと、胸を張った。
『乙女戦士ならヒトよりも飛べるんやけど、カケルのスピードならカベもはしれるんちゃうかとおもったんや。これはバトルにおいてデカイで』
「そうだね。ジャンプだと空中にいるときエビルに狙われやすいもんね」
おいちゃんに感心するココロを見て、カケルはおもしろくなく感じウーロン茶を口にする。おいちゃんは拳を額に当て、深く考える。
『カケルのパワーはいままでの乙女戦士とちがって、カタチとなるブキちゃうからな。ハンデやリスクも多いけど、つかいようでものすごいモンになるかもしれん』
「そうだよね。バリアーだったらそれこそ使い道いっぱいあるもんね」
『せやねん。だからなあ・・・・・・』
やはり深く考え込むおいちゃんに、カケルが問う。
「何に悩んでんだよ、おいちゃん」
『乙女戦士のカズ、そろそろふやそかなって』
その答えに、カケルもココロも軽く驚く。
「いくつも増やせるのか、乙女戦士って」
『いくつもやない。1つのワールドに5人までや。条件さえあえば、乙女戦士ふやせるよ』
おいちゃんの言う「条件」という言葉にカケルは顔をしかめた。
乙女戦士になるには条件がある。童貞処女であることと、乙女座であるということだ。カケルはその条件に当てはまり、見事乙女戦士へと選ばれた。EDになるという代償はあるが。
『どうしてもカケルのパワーやと、処女充電ためるんにジカンがかかるからなあ。もう1人乙女戦士がおったほうがアンシンやろ』
「今のところは問題ないが」
『アホ。2どめのバトルはヒヤヒヤもんやったろうが。それと、モンダイあってからじゃおそいっちゅうに』
おいちゃんの正論にカケルは返す言葉もない。おいちゃんは宙に浮くと、カケルの肩に乗った。
『そもそもカケルのパワーがなんであっても、乙女戦士はできるかぎりおったほうがええ。いますぐ、ちゅうハナシでもないしな』
おいちゃんの声はどこか沈んでいるようにも聞こえる。カケルもココロもおいちゃんに話しかけることを躊躇した。
おいちゃんがコソリとカケルに耳打ちする。
『ところでカケル。ココロちゃんにはさっきのボウズのことはなさんでええんか?』
「それを思い出させるな」
カケルが苛立ちながらそっとココロに聞こえないようにつぶやいた。
ココロは2人の小さな会話に首をかしげる。
カラン、とカフェの扉が開いた。
ココロが目を丸くして出入り口を見つめていた。背後を振り返ったおいちゃんは慌てて小声でテレポートを叫ぶ。
おいちゃんが消え、カケルは嫌な予感を感じながら振り返った。
そこに立つのは、カケルが今1番会いたくない男。
「カケル、か?」
シュンヤとの本日2度目の再会である。




