第1話 今日はいい天気ですね
「だああーっ、くそ。また負けたああああ」
「まだまだだったな。シュンヤ」
カケルが蛇口を閉めながら、隣を見て得意げな顔をする。
カケルの隣で蛇口の水を頭からかぶっているのは、中学陸上部の仲間である足立俊哉である。シュンヤはもう一度悪態をつきながら、塗れた頭を振る。飛んでくる水滴にカケルが慌てて距離をとった。
「冷てえな。お前このやろう」
「くっそう、今度は俺が勝つからな絶対」
「はいはい、言ってろ言ってろ」
カケルはシッシッと追い払う仕草をするが、その表情は楽しげだ。シュンヤはぐぬぬと、悔しさが声に漏れる。水を止め、タオルを首にかけるとまっすぐカケルを見る。
「次は絶対勝つ! 女にモテるやつは敵だ敵!」
「どういう理屈だよ。というよりモテてねえよ」
「隣のクラスのメグミちゃんから告白されたじゃねえか!」
「何でシュンヤがそれ知ってんだ。それにそれモテる云々じゃなくて、夏の大会が近いからそういう空気になってんじゃねえの?」
「じゃあ何で俺は告白されない!?」
「知らねえよ」
興味なさげなカケルの顔に、シュンヤはさらに悔しさが増す。ケッ、と唾を吐くフリをした。
「お前はいいよな。ココロちゃんがいるからよ」
「・・・・・・何でココロがそこで出てくるんだよ」
「だってお前ら仲いいじゃん。そういやココロちゃんもよく告白されるよな」
「どこの誰にだおい、詳しく話せ」
「うるせえな、落ち着けよ過保護」
目つきを変えるカケルに呆れながら、シュンヤは乱暴に頭を拭く。
「まあ、それはおいといて。カケル、全国大会ではお前に勝つからな」
「何で全国でだよ。予選大会はどこ行った」
「全国常連になりかけてるカケルを、全国で負かす。これが俺の目標だ。もちろん予選でも勝つつもりだけどな」
「はいはい、精々精進するんだな」
呆れた顔でカケルは告げるが、その瞳はギラギラと輝いている。負けてたまるかと。自分を追いかけ、追い抜こうとするこの男に負けてたまるかと。
シュンヤは良いことを思い出したという顔で、カケルを指さす。
「なあ、全国で勝った方が負けた方に景品出すとかどうよ。俺たち誕生日近いんだしよ。プレゼントも兼ねて」
「シュンヤの誕生日は、8月31日だったか。宿題終わってるといいな」
「やなこというなよ! とにかく決まり。景品は、シューズな。カケルも欲しがってたアレ」
「はあ!? あれめちゃくちゃ金かかるやつだろ」
「だからいいんじゃねぇかよ。んじゃ、それで」
「・・・・・・ま、いいか。どうせ俺が勝つし」
カケルの言葉にシュンヤが不満たっぷりに睨みつける。しかし同時にぷっと吹き出した。
2人は笑いながら、グラウンドへと戻っていく。
予選大会が1ヶ月を切ったある日のこと。そしてカケルは大会の2日前に、右脚を壊すこととなる。
《処女充電Lv14 突破いたしました》
高層とまでは言えないがマンション住宅の屋上。そこにカケルは乙女戦士の姿で走り続けていた。おいちゃんが屋上の端でつまらなそうにそれを見ている。
『飽きもせずなんべんもようダッシュかませるなあ。乙女戦士やからそんなツカレかんじないにしても、ようそんなえんえんに』
おいちゃんの言葉にカケルは足を止める。
「別に前はそんなの毎日だったしな。走ることは好きだし苦ではない」
カケルは右手の測定器を見る。2時を指すような位置に針は動いている。すでに短針は1週を回り、2週目となっている。カケルが思うに、この測定器は走行距離を示すものだと推測している。
今マンションの屋上にいる理由。それはカケルの能力の上限を調べるためである。走れば走るほど処女充電はたまっていくが、それがどこまで貯まるのか予め調べておこうと思ったのだ。よって土曜の休みを使い、走り続けているのである。
「に、しても昨日でエビル何体目だ?」
『カケルが乙女戦士になってからは4、いや5やな』
「大体1、2日に1回ってところか。深夜に現れるのは勘弁してほしいが」
カケルはあれから何度かエビルとの戦いを終わらせている。その戦いの中で2度ほど、処女充電Lv1では仕留めきれないものもいた。そのときは2度乙女による防壁を発動して事なきを得た。
だが今後そう上手くいくとは思えないので、時間があるうちに能力について調べておこうと思ったのである。
「にしても上限あるのか、これは。短針1週越えたぞ」
『わからーん。おいちゃんつまらーん。いやーや、もうかえろーやー。ってか、おいちゃんだけ、かえったらあかんのかーい』
「ダメに決まってるだろ。お前しか変身解けないだろうが」
ジト目で睨みつけるおいちゃん。カケルはそれを気にせず、また走り出す。その隙においちゃんがそろーっと小声で「テレポート」を唱えようとする。
が、それよりも先にカケルがおいちゃんに近づき、その口を塞ぐ。
「俺は帰るなと言ったぞ」
『くそう、やっかいなパワーやな』
おいちゃんはがっくりとうなだれた。
『それにしてもカケルのパワーはいろいろ制約あるなあ。めたもるふぉーぜ☆してすぐバトルできひんのはイタイわあ。めたもるふぉーぜ☆といたらチャージリセットなってまうし』
おいちゃんの言葉にカケルも同意する。
乙女戦士への変身を解くと処女充電も0になる。それさえなければ獣型のエビルとの戦闘も大分楽に終わっただろう。初めての戦闘後カケルは学校まで走りぬけているのだから。
『いまのところエビルのケハイ、かんじひんし。このままチャージのレベルあげてももったいないだけなきいせん?』
「うーん・・・・・・。そう言われると、わからなくはないが」
『せやろー。こんなええ天気なんやし。あさがニガテなココロのじょうちゃんももうおきとるやろうし、いっしょにでかけたらええやん。ココロちゃんうでケガしてしばらくブカツないんやろ』
獣型エビルとの戦闘により、左腕をケガしたココロはしばらく部活を休むこととなった。そのことを人一倍気にしているカケルは、おいちゃんの言葉に納得した。屋上の端からは心地よい風を感じるし、遠くに鳥や子供たちの笑い声が聞こえる。カケルたちがいるマンションの向かいにも同じマンションが建っている。ベランダは洗濯物が風に揺れていた。気持ちのよい日である。
「そうだな。朝から走ってるし、ここらへんでキリ上げるか」
『せやでせやで。さいきんは家にひきこもっとるやつおおいけど、どっかいくんが1番や。ほら、あのマンションのベランダみてみい。ボウズが今にもテスリこえて外にでそうやん』
「そうだなあ。あれは8階くらいかな。景色もよく見えるし外に出、たがる・・・・・・」
カケルの言葉が途中で止まる。おいちゃんも口を閉じて真顔になる。
その視線の先には向かいに建つマンション。そこには小さな男の子が、ベランダのテスリを越えようとしていた。
そして、落ちた。
「うわあああああああああああああああああ」
『にょえええええええええええええええええ』
カケルとおいちゃんが同時に悲鳴をあげる。同時にカケルはその場を蹴り飛んだ。勢いがあったのでなんとか男の子を抱えることはできた。が、そのまま落下する。
「ちょっ、まっ。死ぬ!!!」
カケルは右の拳を強く握る。
《《乙女による防壁 発動します》》
その言葉とともにカケルと少年が結界に包まれる。そして落下と同時に大きな音が響き、木から鳥が飛び立っていく。
カケルは荒く短い呼吸をして、目を見開いたまま空を見つめていた。マンションに植えられた木々や植物は結界によって一部吹き飛ばされ、カケルの視線には真っ青な空が広がっている。
男の子は状況がよくわかっておらず、乙女戦士になったカケルの胸を触って遊んでいた。
カケルは測定器を見る。先ほどまで2時を指していたかのような短針の位置が、今は11時を指すように移動している。技を使っても、処女充電が0になるわけではないようだ。
おいちゃんが大慌てでカケルのもとへと飛んできた。
『だ、だいじょうぶかカケル?』
「お・・・・・・おう。なんとか生きてる」
『・・・・・・エビルあいてやなくとも、乙女による防壁がつかえることがわかってよかったな』
「それと、チャージたまれば連打もいける・・・・・・みたいだ」
『そか。それはよかったな』
カケルもおいちゃんもどっと疲れがたまった。




