第84話
走り去る仲間を見届けもせず、戦斧を構えて敵意を向ける角付きの心情は分からないが、こちらは仲間を返してもらいたいだけなのでわざわざ相手をする必要はない。俺は仲間三人に目配せし、一拍置いてから走り出す。角付きに向かって左が俺とカイムで右がロザリアとアメリーだ。
まだ力の制御が上手く出来ないので突出してしまったところを角付きに止められるが、これなら三人が仲間の救出に向かえる。
「俺はこいつの相手をする!ネイトとアイラを頼む!」
俺の声にロザリアだけが鎌を振って答えてくれたが、他の二人にも俺の気持ちは伝わっている筈だ。本当ならば俺が飛んで行きたいが、角付きにも用はある。救出は皆に任せて俺はこいつと決着をつける。
「……行ったか」
光剣と戦斧が競り合っていたが、やがて角付きの方から距離を開けた。
「そう言えばまだ名乗っていなかったな」
「別に困らないよ。角付きって呼んでるから」
「……ギーデ・メイナードだ。貴様の名も聞いておこう」
名乗る気はなかったので無視して攻撃しても良かったのだが、良心が咎める。
「エフィム・セルトサム」
「覚えておこう」
短いやりとりの後、示し合わせたように互いに接近して得物を振るった。光剣が戦斧に触れた瞬間、鮮やかに切っ先を受け流し返す刀でギーデの脇腹を斬り付ける。と思われたが、先に俺の腹へ拳が突き出されていた。直撃した筈だが、痛みも衝撃も感じない。拳がそれらを伝えるより早く、俺の左手が払い除けていたからだ。受け流した戦斧が高速で振り上げられ脇を穿つも、与えられた衝撃は自分がギーデの後方に回り込む為に動かした筋肉の動きに感じられた。背中に光剣を突き立てようとするが、やはりギーデの攻撃の方が速い。振り上げた勢いそのままに回転斬りを見舞ってきたが、この攻撃も今までと同じく俺の行動を加速させる結果に終わった。
その後も互いに何手か攻防を繰り返したが、このままでは埒が明かないと思い距離を取ると、ギーデも同じ事を思ったのだろう、攻撃の手を止めて戦斧を構え直していた。
時間にして五秒にも満たない攻防だったが、互いの能力に予測をつけるには十分な時間だった。
「攻撃を当てると加速……いや、速くなったのは二撃目だけでそれ以降は同じだったから、初撃以降の攻撃を加速させる?」
「攻撃されると反射的に行動する……カウンターとでも呼ぶべきか。しかし、でたらめな方向に攻撃を受け流すものだ」
この予測が合っているのだとすれば、重要になってくるのはギーデの初撃だ。攻撃をくらったところでいくらでも受け流せはするのだが、こちらの攻撃が当たるよりも奴の連撃の方が早いので先ほどのように激しい膠着になってしまう。
「これなら!」
光剣を消して代わりに両手から光線を放つ。ギーデの能力は厄介だが、間合いにさえ入らなければ恐れることはないので、距離を開けて飛び道具で攻撃をすれば有利な展開に持ち込める。少し短絡的な発想かもしれないと思ったが、意外にも正解だった。ギーデは光線を避けるのが精一杯で、距離を詰めることが出来ずにいる。
「エフィム、貴様は何故堕天使に肩入れする?」
紙一重で光線を躱しながら、落ち着いた声音を届けて来る。一方的な状況になっているのに焦りが見えないということは、まだ何か隠している能力があるのかもしれない。
「答えろ」
「守りたい人がいるからだ。それに、堕天使や悪魔を宿しているからと言って、人間を一方的に淘汰する教会のやり方は納得できない」
「ならば貴様が、ルシファーが描いている世界はどうだ?そこに万人への救いはあるのか!?」
描いている世界?救い?
言われて気付いたが、俺はそこまで広い範囲で物事を考えていなかった。自分と周りの人間を守る事で頭が一杯だった。もしこのままルシファーやレゲネラツィの言いなりになったとして、この世界の未来はどうなる?
「(エフィム!)」
頭の中で炸裂した言葉は、たちまちに不安を掻き消して正気を取り戻させてくれた。
「(敵の言葉に惑わされんな!今は奴を倒して、ネイトとアイラを救出するのに専念しろ)」
「(ああ、分かってるよ。ごめん)」
ルシファーの言う通り、今は目の前の状況を解決することだけ考えよう。思慮不足を反省するのは後でいくらでもできるのだから。
気を取り直してギーデに向き直るが奴の予想外の行動に、戦意は一瞬にして消え去った。
「どういうつもりだ」
ギーデは戦斧を投げ捨て、無防備な状態で立ち待っていた。投降する気になったとは思えないので、いつでも攻撃に移れるように右手に光りを集中させておく。
「話しがしたい」
「今更何を……」
「そうして他者との理解を拒み続けた結果が今の教会だ」
先ほど教会について不満を言ってしまったが為に、この言葉は無視できない。俺が反論しないと確認すると、ギーデは言葉を放った。
「貴様の思う救いとはなんだ?」
また“救い”か。ギーデは一体何を考え、求めているのだろう。
「苦しさとか辛さ……不安に思っていることが無くなることかな」
「平凡な答えだが、まぁいいだろう」
なんなんだよ、わざわざ戦闘を中断してまで聞いてきたから真面目に答えたのに。お返しにこっちからも質問してみるか。
「お前達はネイトとアイラ、それにバアルも連れ去ろうとしたけど、一体何が目的なんだ?」
輪廻の解脱者であるネイトは分かるが、悪魔と堕天使まで連れ去るとはどういう風の吹き回しなのだろう。そもそも、ヴィート大司教が統治している国で教会の人間がこれほど派手に行動を起こしたこと事態が謎だ。もしかしたらヴィート大司教が堕天使に加担していると発覚し、邪教徒として取り押さえられてしまったのか。
「善悪を明確にし、かつ善が義であることを証明するためだ」
「えっと……?」
「貴様らに寝返るつもりは毛頭ないのでな。詳しい事を教える気はない」
なんだか一々癇に障る言い方をするな、と思いながら蟠りを募らせるが、ギーデは気にせず独り言つ。
「何れにせよ、手前が求めた信仰は既に夢想となってしまったがな……」
「(おい、無視してネイト達を追った方が良いんじゃねぇか?)」
「(俺も今そう思った)」
妙な展開になってしまったので、ギーデに対する怒りも小さな燻ぶりを残すだけになった。詳しい事は聞き出せそうにないし、これ以上関わっても時間の無駄なのでネイトとアイラを救出に向かおう。
「行く必要はない」
手に溜めていた光りを消し、脚に力を入れたところで制止の声が掛かる。「行かせはしない」なら分かるが、「行く必要がない」とはどういうことだろうかと思い、つい動きを止めてしまう。
「手前共の敗北だ。直に貴様の仲間達が戻って来る」
「何で分かるんだ?」
「……迎えが来たからな」
そう言ってギーデが戦斧を拾うと、足元が光り出して繭が全身を包んでいく。聖術による転移だ。
「貴様らが堕天使に加担する限り、この世界を救済するに足る力を得らん限り、再び見える事になるだろう」
「お、おい。言いたいことだけ言って、勝手に逃げるな!」
繭から引きずり出そうと手を伸ばすが、一瞬早く転移が完了してしまい、俺の手は虚空を掴むだけだった。
今回の戦闘で町一つと大勢の住民の命が失われた。襲撃して来たのは教会……士師団だが、被害を拡大させたのは俺達だ。
「救い……か」
今まで俺は身の回りの小さな世界の事だけを考えていた。それだけで精一杯だったからだ。けど、実際はもっと視野を広げなくてはいけなかった。神を倒すということは、世界を根本から変えることに他ならない。この世界に住む全ての人に影響が出るのだと、今回のメイルティ消滅で忘れることのできない教訓となった。ギーデの言っている事はいまいち分からなかったが、もう少し世界のことを考えてみようと思う。
身に纏っていた光りを霧散させ、僅かに漂う青白い光りを掴んでみるが手の平には何も残らなかった。
数分後、意識を取り戻したネイトとアイラを連れた仲間達と、何故かヴィート大司教と合流した。
「クルックル、いやはや大変な目に遭われましたね」
自国の町が滅んだというのに相変わらずの柔和な笑顔で話しかけてこられ、逆に狂気を感じさせられたが間違っても言葉には出さない。
「おい、あの変な連中はアンタの差し金か?」
波風を立てたくないという願いは、実体化したルシファーによって儚く散り去った。
「いえいえ、滅相もありません。士師団は言わば教皇の親衛隊ですから、ワタシが動かすことなど出来ませんよ」
眉間に皺を寄せて睨み付けるルシファーと笑顔を絶やさないヴィート大司教は、少しの間だけ冷戦を繰り広げていたが、やがてルシファーの表情から力が抜ける。
「そういうことにしといてやるよ。それより、アンタは何でここに居るんだ?」
「用件は三つあります。一つはメイルティが消滅したことの確認で、あとの二つはあなた方に言わねばならない事があります」
スッとヴィート大司教の顔から笑みが消え、場の空気が一瞬にして緊張状態になった。
「大変申し訳ありませんでした。身の安全を保障すると言ったにも関わらずこのような騒動が起きてしまったこと、深くお詫び申し上げます」
真摯に頭を下げる、というより体に埋もれさせている姿に、一先ず緊張は解かれた。
「い、いえ。こちらこそ、大変な被害を出してしまい、弁明の余地もありません」
咄嗟に口から出た言葉だったが、使い方合ってたっけ?
「そんな形式張った挨拶を用件に入れんなよ」
「ルシファー!」
こいつは余計な口を挟まないといけない呪いにでも掛かっているのか。
「で?最後の一つは?」
俺の言葉など耳に入っていないのだろう。澄まし顔で話しを進めると、ヴィート大司教は顔を持ち上げてロザリアとアメリーへ視線を向ける。
「はい。そちらの代表から託けを預かっております」
「リーダー?」
「何でわざわざ託けなのか気になるけど」
顔を見合わせて首を傾げる二人の疑問は尤もだ。紋章魔術で通信が可能な筈なのに人伝とは、ヴィート大司教に別の話しでもあったのだろうか。
疑問を抱きながら視線を泳がせていると、ヴィート大司教の細められた眼と視線が重なった。微笑んではいるものの、これは深入りしない方が身のためだろう。俺は咄嗟に眼を逸らして大人しく言葉を待つことにした。
「あなた方にはここより南西の港町へ向かって頂き、そこで仲間の船に乗船、急ぎル・ジへ向かってほしいとのことです」
「急ぎ?何かあったのかい?」
「“我が友のため”だそうです」
この言葉に反応したのはレゲネラツィの二人ではなくカイムだった。眉を顰め、明らかに不快であることを訴えていた。
「こ、ここから南西ですね。どれくらいで着けるでしょうか?」
幸いにも話題には困らない状況だったので、空気が重くなるより先に話しを逸らすことに成功する。
「ここからですと空翔籠で六時間といったところでしょうか」
ヴィート大司教が片翼を広げると頭上から影が落ちて来たので、何事かと思って空を見上げるとそこにはいつの間にか立派な空翔籠が滞空していた。
「皆様の疲れを少しでも癒せればと、最高級の物を用意致しました。どうぞお乗りください」
着陸した空翔籠の入り口が開くと、得意気なヴィート大司教の案内の下、俺達は空翔籠へ乗り込んだ。
そういえば、荷物消し飛んだんだよな……。
第5章終了です。
今後の更新について連絡がありますので、活動報告の方をご一読願います。




