第80話
背後から銃弾を受けて尚、巨漢はアメリーを追おうとしたが当然それを許すカイムではない。
「具現せし闇の魔力よ、彼の者の行く手を阻み、暗穴へと誘え。ガウラナーガ!」
黒い水晶を割って魔術を唱えると、巨漢は突然進行方向に広がった暗闇に対応できず飲み込まれた。
「ムッ!?」
何か攻撃を加えられるでもなく、巨漢は直ぐに暗闇から脱したが視界に映ったのは追っていた少女の背中ではなく、無機質な殺意が込められた銃口。
面攻撃の散弾であるが、今回は目標としている面を対象の頭部に絞って近距離からの発砲。鎧を貫通するどころか衝撃で頭が吹き飛んでも不思議ではない。しかし、銃弾が目標に着弾する瞬間、巨漢の左の掌が間に入る。手甲を着けているとはいえ所詮は人体。頭部への負傷は抑えられても、左手は貫通ないし骨が砕けて確実に使い物にならなくなるだろう。
「っつぅ!」
予測に反し、苦痛に息を飲んだのはカイムの方だった。左頬と右脇腹は掠り傷だったが、右肩は少しだけ深く抉られてしまっている。原因不明の負傷によって、反射的に肩を押さえて後退した。
巨漢を見ると、何事も無かったかのように両手で大剣を構えて佇んでいる。いくら肉体や鎧を鍛えようとも、近距離で銃弾を受けて無傷であることはありえない。その上、反撃までされていることを考えると……。
「弾き返されたのか?」
あの一瞬で何かしらの防御術を発動したとなると、今後の戦闘で正面から攻撃を当てるのは非常に厳しいだろう。
「おヌシはナニモノか?」
カイムがどう戦うべきか思案していると、巨漢は大剣を地面に突き立て、低く唸るような声で片言気味に尋ねてきた。無視しても良いが、相手は得体の知れない術を使用するので、策を練る時間を稼ぐためにも話に応じることにした。
「ただの傭兵だ」
「ミブンをトうたワケではない」
それでは何を聞いたのだろうか。まさか今更「あなた達の敵です」と言う必要もあるまい。
「おヌシにヤドるキは、このヨのナニモノともチガウ」
巨漢の言葉にカイムは沈黙を返した。相手が何のことを言っているのか理解できなかったからではなく、答えたところで何の意味も成さないと判断したからだ。
「……まあよい、ワレワレにアダなすモノはハイジョするのみ!」
物問いに応じぬカイムを一見すると、地面から大剣を抜き去った。
圧倒的質量を持つ大剣と堅牢な鎧に対し、カイムの装備は些か力不足であった。片手剣では攻撃も防御も儘ならないだろうし、散弾銃の弾は防がれるどころか跳弾してこちらが危険である。魔術を籠めた水晶も、強力な物は以前ウリエルと対峙した時に使ってしまった。
相手も様子を見ているのか、大剣を構えたまま動く気配がない。カイムは正面への警戒はそのままに、周囲の状況を確認した。
巨漢の後方には先程展開した暗闇の壁が存在しており、壁より向こうの状況は不明だ。左右には少し開けており、樹木が円を描く様に立っている。自身の後方には先程通って来た道が続いており、今はもう聖術の針は消えている。
後退し、木々の間から奇襲を仕掛ける手も考えたが、相手が追ってくるとは限らない。暗闇の壁はまだ持続してくれるだろうが、聖術で解除される可能性がある。そうなれば奥で戦っているアメリーが挟み撃ちにされるので、逃げの一手は無しだ。この場で、一人でどうにかしなくてはいけない。
取るべき行動が決まってからの判断は早かった。頭の中で作戦が組み立てられると同時に巨漢に向かって斜めに駆け出し、散弾銃を放つ。大剣で防がれる、というよりは打ち返された。身を翻して銃弾を躱し、接近すると足元へ向けて発砲。これも大剣で打ち返されるが、下から上へ振り上げる形となった為に胴体に隙が出来る。初めから予測していた行動なので、カイムは既に銃弾の軌道から逃れており、巨漢へ向けて全力でダッシュしていた。散弾銃を後方に投げ捨て、懐から緑色の水晶を取り出す。大剣が振り下ろされるよりに先に詠唱し、魔術を叩き込める。そう確信したカイムの眼前に鉄壁が迫っていた。
「ぐぅっ!」
鎧を纏った山に体当たりされたのだ。反射的に歯を食いしばって衝撃に耐えるが、それが更なる追撃を許してしまう。袈裟懸けに振り下ろされた大剣の腹は、カイムの体を小石の様に吹き飛ばして木々を薙ぎ倒していった。
「……スンゼンでケンをカマえたか」
大剣を通じて何かを砕いた感触はあったが、それは人骨よりも硬い物だった。鎧を纏っていないカイムからそんな感触が伝わるとしたら、手にしていた片手剣ぐらいなものだろう。足元に散らばった刃は巨漢の考えに同意すると同時に、直撃を避けたカイムがまだ生きていると知らせていた。そして、銀色の刃に混じっていた緑色の破片が、未だ戦意を失っていないと訴えるべく発光する。
「ウヌッ!」
突然吹き出した逆風は巨漢を押し退かすまでには至らなかったが、鎧の隙間に入り込んで肉を斬り裂いた。風は後方の暗闇の壁に飲み込まれたと思いきや、反転し巨漢の背中から吹き荒れる。
どれだけ重厚な大剣だろうと、堅牢な鎧であろうと、風の通り道は防ぐことはできない。しかし、攻撃には成功したが与えたダメージは巨漢を戦闘不能には程遠いものだった。鎧の下ではいくらか出血しているだろうが、気にしていないと言わんばかりに大剣を大振りして構え直す。
折れた木々に半ば埋もれながら、広場の巨漢を見据える。直ぐにでも移動したいが、どうにも体が言うことを聞いてくれない。それでも戦わねばと、必死に身動ぎして体に乗った木片を退かす。
「くっ……予想以上だな」
一度は立ち上がったカイムであったが、体が悲鳴を上げて膝を着いてしまう。
こちらの思惑は成功したが、払った代償が大き過ぎた。本来ならばもう一度同じことを繰り返すつもりだったが、次にあの大剣の攻撃を受けたら確実に戦闘不能になるだろう。死ぬのは怖くないが、何が起きているか分からない状況で呑気に眠る気は微塵もない。
カイムは深呼吸をすると身体の隅々まで神経を集中させて立ち上がると、木々の間を抜けて通りに出た。
「きたか……」
敵対者を視認し、大剣を握り直した男の眼は真剣そのものだった。たとえ相手が武器を持っていなくても、全身を負傷していようとも己の敵である以上は全力で叩き潰さねばならない。
巨漢に似合わぬ俊敏さで接近され、カイムは思わず渋面を露わにするが視覚は冷静に相手の動きを捉えていた。構えからして袈裟斬りが来るだろう。回避のタイミングが一瞬でもズレれば容易く両断されてしまうが、やるしかない。意を決したカイムは、自身を斬り裂かんとする大剣の剣先が僅かに動いた瞬間を狙って前進。巨漢の脇をスライディングして抜ける。
「まだだ!」
対象を見失った大剣の地面を破砕した音が鼓膜と心臓を揺さぶるが、カイムは己の鼓舞して下半身に力を籠める。突き出した右足を軸に体を跳ね上がらせ、前方へ頭から飛び込む。刹那の間を置いて大剣の横薙ぎが虚空を斬り裂いた。
受け身と同時に立ち上がって広場へ走り込むと、先ほど自分で投げ捨てた散弾銃を回収して後方へ威嚇射撃するや否や暗闇の壁に走り抜けた。銃弾の先で赤い破片が飛び散ったことに、巨漢は気付いていない。
暗闇の壁は例外なくカイムを反転させて吐き出すが、その一瞬の内にカイムは詠唱を終わらせる。視界が開けて広場を映し出すと、大剣の先をこちらに向けた巨漢が突進して来る。術名は既に唇を離れた。
先程カイムが吹き飛ばされ、折損させた木々から火炎が駆け抜け、巨漢に着火した。突然炎に包まれて動揺したのだろう、大剣を振って炎を掻き消そうとする姿は少しだけ滑稽に見えた。だが、これで終わりではない。カイムは緑色の水晶を取り出すと、惜し気も無く割った。
「青き息吹をその身に刻め!ベアルフツ!」
空気が震えると無数の鎌鼬が発生し、巨漢を包囲して切り刻む。やがて風の刃は炎を取り込み、火風となって巨漢を焦がしていく。本来ならばここに水の魔力も混ぜて爆発させるつもりだったが、仕込む体力が無かったので叶わなかった。今から術を発動しても良いが、下級の炎魔力ではもう直ぐ消えてしまうだろう。
そこで丁度、暗闇の壁が消滅したのでアメリーの様子を伺うと、どうやら様子がおかしい。ドレス女は倒れているが、アメリーは座ったままで人形の様に動かない。
不信に思ったカイムが駆け出すのと、大剣が振るわれたのは同時だった。




