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輪廻転世ルクスフェロー  作者: 一丸一
第5章〖人間に堕とされた神〗
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第78話

 時は戻り、広場で襲撃が起きた頃。


「敵襲」


 巻き上がる粉塵を嫌ったアメリーがマントの中に頭を隠しながら呟いた。


「ちっ、随分と派手にやってくれるじゃないか!」


 ロザリアは逆に粉塵をものともしないと言った様子で、手にしていた棒から勢いよく布を剥ぎ取った。露わになった金属の棒の上部先端からは白銀の刃が展開し、次いで下部先端に描かれた紋章が薄緑色に発光。白銀の刃に沿う形で、薄緑色の刃が出現した。

 鎌は姿を見せるや否や横向きに三百六十度振るわれ、風の刃によって周囲の粉塵を一掃した。


「うわっ」


 視界を開けた本人であるロザリアが思わず顔をしかめ、左手の甲で口と鼻を押さえた。つい先ほどまでステージ上へ熱狂した声援を送っていた鳥人達の半数近くが、体の一部、または全体を押し潰されて地面に倒れていたのだ。運良く攻撃を逃れた者も、目の前の光景に失神したり腰を抜かしたりと精神へ大きな傷を負っていた。

 凄惨な状況に気を取られていると、脇の方からエフィムの声が聞こえてきた。マントの中から頭を出したアメリーと、無言で周囲を警戒していたカイムも仲間の声に反応し、視線を向けるとネイトが腕から血液を滴らせながら膝を着いていた。助けに向かおうと走り出すカイムだったが、横から出てきたアメリーの体に進行を止められた。


「何をする?」


「ロザリア」


「任せて大丈夫なのかい?」


「うん」


 カイムの質問に応じることなく女性二人は言葉少なく意思を交わし合う。当然、カイムには彼女達が何を考えているか分からないので、アメリーを避けてネイトのもとへ向かおうとするが、今度はロザリアに呼び止められてしまう。


「待ちな。ネイトとアイラはアタシが避難させるよ。あんたにはアメリーと一緒に敵を撃退するのを頼むよ」


「……何が狙いだ?」


 今はエフィムの意向を尊重して行動を共にしているが、彼女たちがレゲネラツィ、シュバルツの部下であることは変わりない。警戒心を隠そうともしないカイムにロザリアはわざと大袈裟に肩を竦めて見せた。


「単にアタシが適任だってだけさ。逃走、妨害、攪乱は得意分野なんでね」


 答えを受けてカイムは思案する。適任だと言うが、それだけで実力を目にしたことのない相手を信用するわけにはいかない。相手の戦力が分からない以上、組みなれた者同士で行動させた方が対応しやすい筈だ。


「時間の無駄」


「はいはい。じゃあ、仲良く戦うんだよ。アタシも二人を避難させたら直ぐに戻るから」


 アメリーの言葉は慣れない者が聞けば反感を抱きかねない物だったが、ロザリアは普段と変わらぬ様子で鎌を担いで走り去って行く。意見を交わすことは出来なかったが、カイムとて長い間を傭兵として過ごして来たのだ。如何なる場所、人員でも生き残る自信はある。


「今回は従おう」


 短く言い切ったカイムは振り向き様に腰から片手剣と散弾銃を抜いて構えて見せた。地面と水平に構えられた散弾銃の銃口は、広い通りの先に佇む教会を背に横並びで整列している白銀の鎧達へ向けられていた。

 同じ背格好の者が二十名程おり、その者達の中央では幅の広い大剣を地面に突き立てて仁王立ちしている巨躯の男。彼の兜の正面は十字を模っており、僅かに表情を窺い知ることができたが、瞳には生気が感じられず、どこまでも冷たい目でカイム達を見据えていた。

 後方にはドレスと鎧を合わせた様な装備をした女性が悠然とした態度で佇んでいた。この女性は兜を着けておらず、クローム・オレンジの髪をシニヨンにしており、切れ長の目や右目の下にある泣きボクロまで確認できた。


「リーダーからは期待して良いって聞いてる」


 抑揚の無い声で言われては本当に期待されているのか分からないが、そんな事はどうでもよかった。“あの”シュバルツのことだ、どうせ有る事無い事言いふらしたのだろう。

 カイムより一歩前に出て戦闘態勢に入ったアメリーはマントから小さな白い手を出し、指の間に投擲用ダガーの刃を挟んでいた。

 フルプレートアーマー相手ならばダガーを投擲するよりも、直に持って装甲の隙間を刺突した方が有用であるが、アメリーの持ち方を見るに投擲する気しかなさそうだ。まさか戦闘経験が無い訳ではあるまいし、レゲネラツィ所属であるならば当然紋章魔術を使える筈なので最初は様子を見るべきだろう。

 カイムがそうこう考えている内にアメリーが単身で突撃を開始する。


「おい、待て!」


 呼び止めに応える筈も無く、アメリーは早々に広場を抜けて樹木の壁に挟まれた通りへ足を踏み入れた。アメリーに策があるかもわからないまま単独で突出させるわけにもいかないので、カイムも急いで後を追う。


「天に召します神よ御身の寵愛を受けし地を汚す者を裁き賜え、スクリピング!」


 凛とした女性の声音が響き、続いて男性数名が同じ詠唱を口にすると、アメリーの進行を阻むべく地面から無数の光りの針が突き出た。針は通りを埋め尽くすには至らず、道の両脇に人が一人通れる分のスペースを残していた。この隙を見逃す必要は無い。アメリーは俊敏な動作で横っ跳びして針による攻撃を回避したが、今度は沿っていた樹木の壁から、地面と同様に無数の針が突き出して来た。しかし、アメリーはこれにも動じず、事前に知っていたかの様に低くスライディングして針と地面の間を潜り抜けた。まだ攻撃は止まない。再び地面から針が突き出して来たのだが、同時に側面の針が途切れた。間一髪のタイミングで跳躍し、串刺しを免れた。そう思ったのも束の間、アメリーが跳んだ先には獣の牙の様に並べられた針が既に出現していた。流石に空中で軌道を変える事は出来ず、アメリーの小さな体は無数の針の餌食となった。


「この世を構成せし岩圏の力、リプオスフィア」


 針に体を貫かれる間際で、三角形を幾重にも描いた紋章を取り出して詠唱。術名を口にするとアメリーの周囲に岩壁が出現し、迫り来る針を寄せ付けないどころか一本残らずへし折った。

 無傷で着地したアメリーは全開の瞬発力を以って敵軍に急接近、ダガーを鋭く投擲するがやはりフルプレートアーマー相手には効果が無い。虚しい金属音を残してダガーは弾かれてしまったが、アメリーは気にする様子もなくマントからダガーを取り出して再び投擲。結果は同じだ。


「威勢良く飛び出して来たのに、随分とお粗末な攻撃ね。貴方達!」


 無駄な攻撃を繰り返す少女に対し薄ら笑いを浮かべるドレス女だったが、直ぐに表情を引き締めて部下へ指示を出した。横並びの鎧達が一斉に詠唱を開始し、投げ付けられたダガーの数十倍もの数の光弾を放った。

 凝りもせずに三度目のダガー投擲をしていた所為で回避が一瞬遅れてしまうが、辛くも直撃を回避する。しかし、敵も光弾の着弾点をずらしてアメリーの回避行動を妨害してくる。


「つっ!」


 光弾で弾き飛ばされた小石が右目のすぐ下を掠めていった。怪我は大したことのないものであったが、反射的に顔を背けて体勢が崩れた。


「天に召します神よ御身の恩愛を以って彼の者の罪を浄化する聖なる槍を振るい、これまでの過ちから解放し賜え、ピュリフィケイション!」


 この時を待っていたと言わんばかりにドレス女が聖術を発動させる。高速で飛ばされた光球はアメリーを捕らえると、内部で二本の槍を生成。斜めに交差して対象を貫くと同時に大爆発を起こした。爆風は鎧達をも巻き込もうとしたが、先頭に立っていた巨躯の男が右腕を振るうと見えない障壁が展開され、内側には微風すら流れ込まなかった。


「アメリー!」


 カイムが針山の攻撃を迂回して来た頃には既に爆風の衝撃が治まり始めていた。光りの粒子が空気中の塵と混じり合ってどこかへ飛んでいくと、爆心地の地面は陥没しており、数秒前までそこに居たはずのアメリーの姿は無かった。それもその筈だ。アメリーは既に、列の端に立っていた鎧の首へジャマダハルを突き立てていたのだから。

 アメリーの格好はいつの間にかマントを脱ぎ捨て、丈の短い紺色のタンクトップに黒のホットパンツという軽装になっていて、両手には両刃のジャマダハルを持っていた。

 

「なっ!」


 突然の出来事にドレス女が目を見開き、鎧達は動揺する。


「フン!」


 敵の中でまともに反応出来たのは巨躯の男だけだったが、彼の行動は常軌を逸脱したものだった。地面に刺していた大剣を引き抜くと、まるで傘に着いた雨露を振り払うかの如き軽々しさで、仲間の鎧ごとアメリーを両断すべく振り下ろした。

 既に絶命していた鎧は叫び声の代わりに惨たらしい血飛沫を上げて縦に両断されたが、アメリーは何食わぬ顔で後退、カイムと合流した。


「……無事か?」


 鎧の皮に包まれた肉が地面に転がるのを見て眉を顰めるカイムであったが、戦闘中に敵の心配をする程お人好しではない。


「問題ない」


 いつも通りの抑揚の無い声音が、この時は何よりも安心感の得られるものだった。




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