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輪廻転世ルクスフェロー  作者: 一丸一
第5章〖人間に堕とされた神〗
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第75話

 屋根伝いに逃げれば敵の攻撃は届かないと思われたが、そんな淡い期待は瞬く間に打ち砕かれた。教会お得意の聖術で四方八方から攻撃を受ける。唯一の救いと言えば、攻撃の頻度がさほど高くはないというところか。そのお陰で俺の動きでも何とか逃げ続けることができていた。

 どうしてルシファーではなく俺が動いているのかというと、フルーレティを回収したは良いものの、瀕死の状態であったが為に上手くルシファーの力が戻らないとか何とかで、治療する必要があったからだ。


「うわっ!」


 砂の固まりにも見える建物へ着地した瞬間に光りが爆発する。砂の粒子に視界を奪われながら地面に着地すると、脳裏に“今”とは違う映像が映し出された。

 

 右から戦斧の薙ぎ払い。

 

 予感にも似た映像だったが、俺は疑うことはせずに着地の衝撃を受け流す様に地面を転がった。そして、数瞬後に今しがた見た映像と寸分違わぬ一閃が砂煙を払った。攻撃を避けるや否や、一目散で近くの樹に跳び乗る。鳥人達の住処の多くは、こうして自然に育った樹を掘った物が多く、高所を確保するのには困らない。困るとすれば、跳び上がれる高さが敵にバレ始めているという事か。

 実は今、俺の体を強化しているのはルシファーではない。


「(身動きし辛くなってきましたね)」


 脳裏に響く優しい声音の主はアガリアレプトであり、力を貸してくれている張本人だ。先ほどの未来予知と言える映像も、彼の時を操る能力を瞬間的に使用して見た。


「(ルシファーはまだなのか!?)」


 地上から投擲された槍を避けながらだったので、つい声を荒げてしまう。

 時を操るなんて言うと反則的能力に聞こえるが、その能力を使うには相当な集中力が必要であり、走ったり、跳んだり、避けたりしながらではとても使えない。本格的に未来や過去へ行くには、体の機能を睡眠状態にまで落とす必要があるらしく、先ほどの様に数瞬後の未来を見るのでさえ、少なからず身体機能を落としているのだ。その上、アガリアレプトが戦闘向きでないこともあって、身体能力の上昇は初期のルシファーの半分程度しかない。数秒先の未来を見るだけで、身体能力はプラスマイナスゼロになってしまう。


「(ルシファー様も全力で治療されています。今暫しご辛抱ください)」


「(急いでるは知ってるけど、こっちももう持たないって!)」


 何度目か分からない足場の崩壊。状況的に跳び移る場所が予測されていただろうから、こちらも崩されるのは覚悟していた。空中に投げ出されている間に意識を未来に飛ばす。


 聖術で作り出された剣による空襲から伏兵の槍による刺突。


 着地し、降り注ぐ剣を避けながら伏兵から距離を取るように転がる。立ち上がる時間は稼いだが、その時になって漸く気付く。跳び移る場所がない。あるとしたら、今伏兵が出てきた建物なのだが、今の俺では槍を避けて跳び移るのは難しい。

 無様にも唖然としてしまった為に槍の攻撃を躱しきれなかった。突き出された刃が脇腹を掠めたが、この程度ならばアガリアレプトの力でも防ぎ切れる。そんな思考を置き去りにして、俺の体は勢いよく打ち上げられた。


「……っ!?がはっ!」


 何が起きたかさっぱり分からなかったが、胴体に鈍痛が走り、血を吐き出すと嫌でも分かった。打ち上げられた原因は角付きが持つ戦斧だと。あいつの攻撃が直撃したら体が二分されてしまうのではないかと危惧していたが、なんとかアガリアレプトが耐えてくれたらしい。

 五体満足で意識もあるのだが、このまま地面に落ちてしまえば間違いなく止めを刺される。体に激痛を走らせ、打ち上げられた先にある樹の上に在る建物へ手を伸ばすが、僅かに届かない。ルシファーが戻って来てくれる事を願うが、この状況ではルシファーの力があっても挽回できるか怪しい。

 俺の意識が諦めかけたその時、伸ばした手を掴む者がいた。落下が止まった衝撃で、肩から体がバラバラになりそうな激痛を感じるが、今気に掛けるべきは痛覚ではない。この手を掴んでくれた者が誰なのか、顔を上げて確認する。


「ルシファー様の悲願、ここで終わらせるわけにはいきません」


 屋上で膝を着き、俺の手を掴んでいるのは実体化したアガリアレプトだった。そうか、その手があった。屋根まで残り数十センチ程度ならば、誰かが手を伸ばせば届く。こんな簡単なことに何故気付けなかったのか、そして良く気付いてくれた。

 感嘆する俺を他所にアガリアレプトは落ち着いた表情で引き揚げてくれた。


「いっつつつ……。ありがとう、助かったよ」


 何とか命を繋いだものの、傷が癒えた訳でも敵が居なくなった訳でもない。しかし、それでも安堵せずにはいられなかった。

 礼を言って仰向けに寝転がりながらアガリアレプトへ視線を移すと、今まさに屋上から身を落とす瞬間だった。この世界は何が起きても休む暇を与えてはくれないらしい。アガリアレプトを助けなくては、と脳が動いても体は動かない、芋虫の様に体を身動ぎさせるのが精一杯だった。


「(危ないところでしたね)」


 悔恨の念が訪れるより一歩先に、アガリアレプトの声が脳裏に響いた。

 あぁ、そうだ。実体化を解けば良いだけの話しだったのに、どうして俺は無駄に足掻いたのか。


「(しかしボクも相当消耗してしまいまして……これ以上、力を貸すのは難しいです)」


「(だろうね。でも、十分過ぎるほど力は借りたし、後はどうにか粘ってみせるよ)」


 俺が言葉を言い切より先に、アガリアレプトの意識はどこかへ消えていた。既に限界だったのだろう。

 さて、どうにかと言ったが、どうしようか。体がボロボロな上に四面楚歌。聖術で攻撃されれば終わりの状況で出来る事と言ったら、ルシファーが戻って来てくれる事を祈るぐらいか。


「祈る……じゃ、ないか」


 思考の結果をすぐさま言葉で否定する。祈りは神に捧げるものであって、間違っても堕天使にするものじゃない。堕天使ルシファーを宿す俺がこの状況ですべき事は……。


「一分、一秒でも長く足掻いてみせる」


 軋む体をどうにか動かして上半身を起こすものの、無駄な悪足掻きだと言いたげに頭上で光りが集束していく。あからさまに輝きを増していく光りを見るに、どうやらこの建物が乗っている樹ごと俺を抹殺するようだ。


「くっ……!」


 右腕を伸ばして光りに翳す。ルシファーの力を少しでも使えないかと必死に気を練るが、その努力も虚しく全身は何の変哲もないただの人間のままだった。そして、無慈悲にも肥大した光球から無数の光弾が降り注いだ。


「ルシファー!!」


 懇願でもなければ祈望でもない。自棄になった訳でも、怒張した訳でもない。ただ純粋に、傍に居る者の名を叫んだ。現状を打開しうる力を体の内から呼び起こしただけだった。

 切迫してくる光弾へ突き出した右手から、自身を覆うように透明な障壁が展開される。光弾が障壁に弾かれる様は、正に雨粒が傘にぶつかって弾ける様と同一だった。無数の輝きが体の周囲を弾け飛んでいるのは幻想的とも言える光景だったが、光弾は威力を失っておらず、建物の壁や樹に接触すると小規模の爆発を生じさせた。

 光球が消えて攻撃が止む頃には既に建物は崩壊し、樹も最早立っていられる状態ではなかった。ゆっくりと揺れる様に後方へ倒れ込んだ。当然、俺はこの樹と運命を共にする気はないので、早々に別の樹へ跳び移らせてもらった。


「(間一髪ってところか?)」


 他人事の様に聞いて来るルシファーに若干の苛立ちを覚えるが、私情に囚われている場合ではない。地上では依然として角付きの部隊がこちらを睨んでいた。


「(どうにかね。で、どうするの?戦う?」


 フルーレティの治療が済み、ルシファーの力が増幅していることは直ぐに分かった。おまけに角付きに与えられた傷も癒えていたので少し強気な提案をしてみるが、意外にもルシファーの同意は得られなかった。


「(正直、今の状態でもあの角付きとは分が悪い。それに……)」


 言葉を濁しながらルシファーは勝手に体の制御を奪い、郊外の方へ視線を投げる。


「今はあいつの所に向かった方が良さそうだ」


 視線の先の空は、ある一帯だけが闇を纏ったかの様な暗雲が広がっており、ルシファーは角付きを一瞥だけすると、大きく跳躍して暗雲の下へと向かった。


「……」


 ルシファーが跳び去った後に残された光りの残滓を見つめながら、角付きは戦斧を構えていた両腕を下ろした。


「ギーデ様、追いますか?」


 角付き————ギーデは部下の問いに頭を振って答えた。


「予定通りだ。堕天使の相手はサムソンに任せて、我々は本隊の援護と輪廻の解脱者(セルビティオ)の捜索に分かれる」


「はっ!直ちに伝達して参ります」


 部下は右腕を胸の中心に当てて敬礼すると、足早に走り去って行った。




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