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輪廻転世ルクスフェロー  作者: 一丸一
第5章〖人間に堕とされた神〗
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第71話

 カサパジェスにはバアルを見つける目的で来たのだが、昨日と今日で色々と情報が集まったので簡単に整理しておこう。


 バアルはメイルティという町でルチア・シルブロという少女に宿っていて、堕天使でありながらカサパジェスの砂漠化を止めた救世主だ。ルシファーが言うには“元”神らしいが、どういうわけか口止めされている。

 ルシファーの目的は神を殺すことだったが、具体的には神を倒して輪廻の円環を破壊し、世界を人の手に委ねることのようだ。直接聞いたわけではないし、世界を人の手に渡してルシファーに何の得があるかは謎のままだ。

 

 世界とセルビティオについてはかなり多くの収穫があった。

 この世界は輪廻の円環に組み込まれておらず、この世界が終わりを迎えた時に始めて新しい世界が生まれる。輪廻の円環に組み込まれていないといってもこの世界は確かに存在しているし、俺も自分の意思を持って生きているので、正直なところ何のことだかいまいち納得できていない。

 セルビティオはこの世界を含め、輪転する世界で正しい在り様を示す役目を担っているものの、目指す世界というのは各々違っている。ネイトは現在の世界から天使や悪魔といった宗教的争いを取り除いた平穏な世界を、ヴィート大司教は神の干渉を受けない世界を望んでいる。問題はどうやって世界の在り様を示すかなのだが、これについては教えて貰えなかったので不明だ。今後の旅で見つかるとか、教皇の持つ大聖典に載っているとか言われたがどちらにせよ直ぐに分かる事ではない。

 ただ、ネイトが望む世界にするには条件が厳しいらしい。人がどんなに可能性を示そうとも、天使がこの世界を神の定めた在り様へ導いてしまうのだ。本人達も忘れている天使の使命を、どうしてヴィート大司教が知っていたのか気になるが、“ある人物”から教えてもらったとしか聞かされなかった。言い方から察するに教皇や他のセルビティオに教えてもらったわけではなさそうだ。しかし、情報源は置いておくとしても、何故天使に使命を思い出させないのか疑問である。天使は地上に存在しているだけで使命を果たしているから教える必要はない、というのは流石に背信的すぎるか。

 セルビティオが目指す世界は様々であるが、人々が生きる世界は一つ。つまりセルビティオ同士で対立が起きてしまうと危惧したが、一先ず今の所この世界でそれを心配する必要はないらしい。実際に言われたわけではないのだが、セルビティオよりも、ルシファーが与える影響の方がこの世界にとっては大きいらしい。


 アイラが宿している……今は封印されていると言った方が正しいか。絶対悪が世界に及ぼす影響についても教わった。

 絶対悪は神の創造物、つまりこの世界の全てを無に帰する存在であり、それは人の可能性も例外ではない。セルビティオであるネイトにとっては天敵とも言える存在であるが、当の本人は大して気にする様子もない。それに俺にはアイラとマユラ、両方との約束がある。今更離ればなれになるなんて考えられない。

 恐らくゴードヴィッドで俺が情けなく倒れたせいだろうが、アイラが絶対悪の力を使ってでも俺達を助けたいと言ったのには素直に驚いた。しかし絶対悪はアイラにとって、全てを奪った呪っても呪い切れないほど憎い力なのだ。そんな力を使ってほしくはないし、使われたくもない。執務室を出た後、落ち込んでいるアイラに俺の思いを告げると、渋々といった様子ではあるが納得してくれたし、翌日になればいつもの調子に戻ってくれていた。


 それからメイルティに出発するまでは実に平穏な時間が流れた。俺はネイトに注意を受けたから、という理由だけではないが、できるだけアイラと一緒に過ごした。ヴィート大司教との会談以降、アイラも何故だか俺に懐いてくれたので、お互いに気疲れすることはなかったと思う。ただ、ネイトがアイラを取られたと言って妬みの視線を浴びせてきた時は少し気まずかった。

 




————領樹ガーランドでの束の間にも感じた休息を思い返していると、空気をつんざく大喝采に鼓膜を殴打され、たちまちに意識を現実へと引き戻された。

 俺達は今、メイルティの広場に設営されたステージの前に立っている。最前列であるものの、横や後ろから轟く鳥人達の歓声に埋もれている気分だった。

 観客達の意識は一様に、ステージ上で華麗に舞い、大喝采の中でも明瞭に聞こえる鍾美な歌声を持つ少女二人へ注がれていた。バアルと鳥人達が楽しみにしていた催し物とは、所謂ミュージックライブだったのだ。


 パステル・グリーンの髪を後頭部の高い位置できつめに結んでいるのがバアルで、綺麗に切り揃えられたプラム・グレイのショートヘアーがルチアだ。どちらの衣装も、首と名の付く部位に余分そうな布を巻いている割りに露出が高く、金属製の装飾品の多い衣装を身に纏っている。衣装の色はバアルが緑でルチアが青だ。

 ルチアは鳥人ではあるのだが、両腕と腰に一対の青い翼が生えている以外は人間と変わりない容姿をしている。二人共、女性にしてはやや高めな身長……といっても人間の平均と比較した場合なので、鳥人や堕天使としてどうなのかは知らない。


「(あーあ……)」


 ステージ上で華やかに咲き乱れている二人の姿に見惚れていると、この世の終わりが訪れたと言わんばかりの溜め息が脳内に蔓延した。


「(どうした?凄い疲れているようだけど)」


 放っておいては脳が疫病か何かになりかねないと危惧し、病原体もとい溜め息の主であるルシファーへ尋ねた。


「(地上に出る前に散々目立つ行動はするなって言い聞かせて、偽名も考えてやったのに……)」


 両手で頭を抱えながら深く項垂れる姿が目に浮かび、同情心を煽られる。


「(ま、まぁ、特に危険は無さそうだし、鳥人達も楽しんでるから良いんじゃないかな)」


「(それなんだよ。何も問題が起きてないからバアルが調子に乗るんだよ。あーあ、俺の心労は何だったんだろうなぁ……)」


 愚痴を零しながら徐々にルシファーの存在が脳裏から薄れて行く。咄嗟に引き止める言葉も、慰める言葉も出なかった俺はただただ乾いた笑い声を上げることしか出来なかった。すると、ライブに集中していないことがバレたのか、バアルがこちらの視線に合わせてウインクをしてきた。明眸皓歯な顔で輝かんばかりの笑顔を向けられたことと、折角のライブを疎かにしてしまった罪悪感から、俺の心臓は素早く二度鳴った。

 ルシファーは自暴自棄気味になっているし、今更この状況にどうこう言っても仕方ない。周りの鳥人に合わせて片手を上げ、ライブを盛り上げようとした瞬間だった。振り上げた拳に生温かい液体が掛かり、ステージ上に球状と言うには些か不恰好の何かが投げ込まれたのは。


「これは……血!?」


 自分の拳へ視線を向けると、そこには赤黒くヌメりのある液体が付着しており、生理的嫌悪感を刺激する鉄臭さが漂っていた。どうして血なんかが降ってきたのだろう。


「きゃあぁぁぁぁっ!!」


 理解が追い付かぬまま、ステージ上から響く叫び声に意識を向けさせられると、そこには首から下を無くした鳥人の頭が転がっていた。鳥人の眼は開かれたまま、今にも自分の体を探さんと動きそうだ。

 ステージ上ではいつの間にかバアルが実体化を解いてルチアの体に憑依しており、いままでバアルが立っていた位置へ代わる様に一人の女性が現れていた。

 女性は病的に白い肌の長身と鋭い切れ長の目が印象的でスレンダーな体型をしている。尻が隠れる程に長いサルビア・ブルーの髪はうなじと毛先でまとめて一本にされている。装備は灰色のビキニアーマーに白いマントと氷を連想させるガントレットとグリーブ、右腰には波打った形状の鞘に納められた一本の片手剣。


「バアル様!ご無事ですか!?」


 女性はステージ上に転がる鳥人の頭部を見るなりバアルを背中に隠し、左手で腰の片手剣、フランベルジェを抜いた。

 砂漠化を止めた救世主とも謳われるバアルの催事に、悪質を通り越した妨害。全員が全員、犯行の主を探そうと辺りを見渡す。そんな騒然とする会場を物ともせず、まるで先程まで熱気に包まれていたこの場へ涼風が流れ込んだかの如く、静かで無為且つ確然たる殺意が観客もろともステージを真っ二つに破砕した。




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