第61話
自分の内側に意識を集中させると、ルシファーは早々と反応してきた。
「(なんの用だ?)」
「(天使と悪魔について教えてほしいことがあるんだ)」
俺の申し出にルシファーは無言であったが、語ることを嫌っている様子はないので、このまま問い掛けることにしよう。
「(ウリエルについて、知っていることを教えてほしい)」
聞きたくない名前を真っ先に出したからか、ルシファーは目を細めて軽く睨んできたが、小さく溜め息を吐くと静かに語り出した。
「(神に最も近い四大天使の一人、熾天使とも呼ばれてるな。生物の魂を天界に送るか地獄に送るかを決める審判者で、頭ん中も固ければ、体もガチガチに堅いカタブツ。火と地の聖術が得意だったんだが、俺が堕ちてからは光にも特化しやがったクソッタレ)」
話している内に段々と眉間に皺が寄って行くので、慌てて言葉を挟む。
「(地獄に堕ちてからも天界の様子は知れたのか?)」
「(ああ?違ぇよ、向こうから降りてくるんだ。地獄に送った異教徒を直々にいたぶりにな。そん時にこれ見よがしに光らせて行きやがる)」
天界を観れる能力を持つ悪魔でもいるのかと思い、あわよくばそのまま悪魔の話しに持っていこうとしたが、残念ながらルシファーの苛立ちに油を注いでしまったようだ。
「(それに、あいつは奈落の管理者でもあるからな。地獄には定期的に来る)」
「(奈落?)」
「(地獄よりも深い闇だ。入ったら最後、二度と出て来られねぇ)」
「(へぇ、良かったな、そんな所に入れられなくて)」
そこまで恐ろしい場所があるなら、神に対して反旗を翻したルシファーなどは、極刑として奈落に落とされそうなものだけど。
「(入れられたけどな)」
「(え!?)」
二度と出て来れないと言った本人が入ったと言う。矛盾しすぎだろう。
「(二度と出られないってぇのは単なる脅し文句だ。実際は創造神とウリエルの機嫌次第で出してもらえる)」
「(機嫌次第って、そんな曖昧なもので決めて良いことじゃないだろ……)」
「(曖昧なもんか、あのカタブツの機嫌を取るぐらいなら奈落の深さを調べる方がまだ簡単だっての)」
確かに、わざわざ異教徒をいたぶりに地獄に来るような奴にルシファーが何を言っても無駄だろう。ならば奈落から出る方法は一つ。
「(神様が助けてくれたのか?)」
「(ああ……俺を地獄の統治者とするためにな)」
「(自分に逆らった相手を統治者にするのって、結構危なくないか?また謀反を起こされる可能性だって十分に考えられるはずなのに)」
事実、今がそうだ。神を殺すために部下である悪魔を探している。
「(まぁ確かにその通りなんだが、逆に考えてみろ。地獄にいるのは神や天使、それに人になにかしらの不利益を生じさせる、言わば悪党の集団。そんな連中が規則正しい天使の言うことを大人しく聞くと思うか?)」
「(確かに、下手に天使を送り込むより、同族の中から統治者を選んだ方がわだかまりも出来難いか)」
加えて、恐らく天使は天界と地獄をある程度自由に行き来できるのだろうが、堕天使は不可能なのだろう。ならば天使がわざわざ危険を冒してまで地獄に行く必要はなく、統治者の手綱を握って高みの見物を決め込んでいれば良い。
「(つっても地獄は広くてな、俺一人じゃ流石に見切れなくて、勝手に統治者を二人任命した。そのうちの一人が、前に情報屋がこの国にいるって言っていたバアルだ)」
図らずとも俺が詳しく聞きたかった悪魔の名前が出てきた。バアルとは一体どんな悪魔なのか尋ねると、ルシファーはこめかみを指で抑え、一頻り頭を悩ませてから重そうに口を開いた。
「(とにかくめちゃくちゃな奴だ。明快闊達とか不羈自由とでも言えば良いのか?)」
ルシファーをここまで悩ませている時点で、既に一癖も二癖もある悪魔なのは間違いないだろう。例えで出された言葉の意味はよく分からないが、明快とか自由という言葉から察するに、自我がはっきりしていて束縛されないとかそんな感じだろう。
「(随分と苦労させられているみたいだな)」
「(まぁな……ただのじゃじゃ馬ならまだマシなんだが、実力が伴っているのが面倒臭さに輪を掛けていやがる)」
「(そんなに強いのか?)」
話しの流れに任せて何気なく聞いたことだったのだが、どうやらこの質問はルシファーにとって忌むべきものだったらしい。顔に寄せられるだけの皺を寄せている。
「(……下手したら全力を出した俺より強い)」
「(そんなに!?)」
よくそんな相手を部下……いや、バアルも統治者だから同格か。それでもルシファーの方が神から直々に任命されている分、少し上の立場の筈だから、従えていると言って良いのか?
「(伊達に“元”神じゃないってことだよ)」
「(元、神?)」
神って確か創造神ただ一人を差す言葉だよな。ということはバアルが以前は創造神だった?
俺が目を丸くしていると、ルシファーは少し慌てた様子で口元を押さえた。
「(今のは忘れろ)」
「(忘れろって言われても……)」
そんなあからさまに重要なことを言いましたと態度で示されては、逆に強く記憶されてしまう。
「(この話しはいずれネイトと一緒に聞かせてやる。だから忘れなくても良いから知らないフリしてくれ、頼む)」
ルシファーがここまで素直に頼むとは余程のことなのだろう。詳しい理由は分からないが、ネイトが絡んできたということは世界の在り方に関係することと予想して間違いない。深く追求するのも悪いし、言う通りにしよう。
「(分かったよ。バアルが昔どんな立場だったかは聞かなかった事にする。けど、どうして俺はセルビティオじゃないのに聞けたんだ?世界の在り方に関係することは聞こえない筈だろ?)」
「(それはお前、俺が憑依してるからだよ。船の中ではエフィムの体から離れて実体化していたから、聞こえなかったんだ)」
「(え、そんな単純な理由?じゃあ、あの時なんて言ったのか教えてくれよ)」
「(駄目だ)」
どうして?そう言おうとしたが、ルシファーの真剣な眼差しを前に、俺の疑問は抑え込まれてしまう。意地悪や誤魔化すためなどではなく、確固たる理由があって真実を告げることを拒んでいる。
「(ネイトの言葉を思い出せ。あいつはこの旅の中で、自分自身の目で世界の在り方を確かめると言ったんだ。エフィムが輪廻の解脱者の使命に介入する必要はない)」
「(でも、ネイトは俺に協力してくれている。仲間なら互いの立場がどうであれ、協力できるなら協力し合うべきだろう!)」
嘘や飾りは一切ない、本心をそのまま口にした。しかし、ルシファーには呆れた様子で溜め息を吐かれてしまう。
「(はぁ……エフィムは良い奴っていうよりお節介焼きか。少しはネイトの思いを考えて尊重してやれよ)」
「(ネイトの思い?)」
天子だと思い、従っていた相手が本当は堕天使を宿していた所為で教会から追放された上に、本人の知らないところでセルビティオとかいう、よく分からない役目を負わされたのだ。ネイトにとって教会は生まれ育った、大げさに言えば世界そのものだ。その世界を失い、たった一人で世界の在り方と向き合うと決めた。
もし、俺が同じ立場だったら……結果的に受け入れることはできたかもしれないが、きっと数日は悩んでいただろう。けれどネイトはどうだろうか。状況が急転する中、迷うことなく自分の意思で生き方を決めた。世界の在り方を見つけるというのが、どれほどの重さなのかは分からないけれど、決して軽いものではない。にも関わらずネイトは以前と変わらぬ様子でアイラの世話をしている。一体何がネイトを支えているのか。
いつも俺に黙って付き従ってくれたことには勿論感謝しているが、それが天子と従者というものだと思っていた所が無いわけではない。互いの立場が変わった今こそ、ネイトとゆっくり話してみた方が良いな。
そういえば物知り顔で言ってきたルシファーは、ネイトがどんな思いでこの旅に付いて来たのか理解しているのか?
疑問を解消させるべく、ルシファーに呼び掛けようとしたが、考え込んでいる内に意識が自分の内側から離れていた様だ。この際ルシファーが何を知っているかは気にしないでおこう。今話しを聞かねばならないのは、ルシファーではなくネイトの方なのだから。




