第53話
広場の中央から発せられる火炎の余波に汗を垂らしながらも、ネイトは正面から迫り来る白ローブ達をしっかりと見据えていた。
数は三。徒手の二人が先行し、一歩下がった位置に巨漢のメイス持ちが控えている。ネイトは左へ回り込む様に移動し、徒手の一人と対峙すると相手は大胆にも跳び蹴りを放ってきた。これを受け流しつつ背後に強打を入れようと構えたネイトだったが、寸での所で止めた。跳んだ拍子に舞い上がったローブが、視界を妨害したからだ。背後に回った瞬間、波状攻撃を受ける光景がネイトを大きく横に飛ばせた。結果は正解。跳び蹴りの直ぐ後ろからメイスを大きく振りかぶった巨漢が現れた。初撃から距離を取っていた為、ネイトには迎撃の体勢を整える時間が十分にあった。棍を捻って三節に展開させ足払いを仕掛けると、巨漢は跳んで回避し、落下の加速を追加してメイスを叩き付けてくる。
「ふっ!」
短く息を吐いたネイトは体を回転させながら回避し、巨漢の背後に回り込む。そして遠心力の付いた三節根を、徒手のこめかみに叩き込んだ。よろけた徒手へ接近し、把手にしていた節で鳩尾を突いて低い呻き声を上げる白ローブの胸倉を掴み、早口に祈りの言葉を紡ぐ。
「天に召します神よ御身の恵愛を以って彼の者に守勢の加護を与え賜え、アンジリアリィ・ディフェンス」
白ローブを包む様に青い光りの防壁が展開される。何故敵に防御の聖術を掛けたのか、答えは頭上から降り注ぐ光線にあった。ネイトは白ローブの下に潜り込んで光線の雨を凌ぐと、慌てた様子で白ローブを横に蹴り飛ばし、三節根を連結させる暇もなく横に薙ぎ払われたメイスに殴り飛ばされた。
「ぐっ、げほっ!」
地面を四回転した所で手を付いて起き上がる。寸での所で三節根を盾にして直撃は免れたが、衝撃はほとんど防げていない。軋む肋骨に手を当てて、ふらつきながらもどうにか立ち上がる。
「なんという事をするのだ。敵対しているとはいえ、元は同胞である者を盾に使うなど、悪魔の所業に他ならない!僅かでも人の心が残っていれば改心の機会を与えようと思っていたが、もう手遅れのようだ……地獄に堕ちろ!!」
ネイトが白ローブを蹴り飛ばさねば、今頃あの者はメイスで重傷を負っていただろう。それに、本気で人を盾にするなら、わざわざ聖術による防壁を展開する必要があっただろうか。
ちらりと地面に伏す白ローブへ視線を投げると、気を失っている様だが目立った外傷は見当たらない。それさえ確認できればネイトは十分だった。弁明する気はないし、したところで聞いてもらえるとも思えない。這うように脇腹を襲う痛みに耐えながら静かに息を整え、連結した棍を構えた。
カイムとウリエル、ネイトと教会の白ローブ達。広場で繰り広げられる二つの戦場の両方を目にしながらアイラは胸を押さえた。
「やっぱり私がいると、皆を不幸にする……」
陥没した地面に伏しているので姿は見えないが、エフィムは戦闘不能。カイムも善戦しているが、ウリエルに攻撃が通っている気配はない。立っている白ローブの数は半数程度に減っているものの、先のメイスの一撃でネイトが倒れるのは時間の問題だろう。悪魔と共にいたというだけで理不尽な戦いを強いられる仲間達に、アイラの胸は謝罪の言葉で張り裂けそうだった。
自分が大人しく投降すれば、仲間は助けてくれるだろうか。そんな考えが何度も浮かぶものの、実際に行動する勇気はなかった。
暗い地下から助け出し、人としてこの世界で生きれるように涙を流して叫び、悪魔を宿すこの身を背負い、抱き締め、手を繋いで歩いてくれた仲間とまだ一緒に居たいと、別れたくないと願う自分が何よりも卑しかった。願うばかりで何の力も無い自分が恨めしかった。悔しくて疚しくて悲しくて許せなかった。
負の感情と共に、アイラは自分の中に何か別の物が浮かび上がってくる気がした。それは自分の中にあるのに、自分を覆い尽くしてしまいそうで、地面に立っているのにどこまでも落ちてしまいそうな錯覚に陥らせる。言うなれば心の闇だった。
息を切らせ、闇に呑まれる寸前、アイラの肩を何者かの手が優しく叩いた。背後を振り返ると、スプリング・グリーンの髪と、明るい笑顔が印象的な少年、クオリアが立っていた。
「その力はあまり使わない方が良いよ」
笑顔でそう告げると、何か言いたげなアイラに申し訳なさそうな表情を向け、転移させる。
「はぁ、シュバルツの気まぐれも度が過ぎるよ。ルシファー一行を助け、状況によっては熾天使と戦え、なんてさ」
鬱屈した表情で戦場を見やり、溜め息を吐いた後、クオリアはゆったりとした足取りで歩き出した。
ウリエルの背後を取り、その顔面に至近距離で散弾を叩き込もうと引き金に掛けた指に力を籠めたカイム。だが、銃口が火を噴くよりも先に背後から伸びた岩の槍に胸を貫かれる。
「がぁっ!」
驚愕し、目を見開くと同時に吐血する。明らかな致命傷を受けても武器を落とさなかったのは、戦場に身を置く者としての意地だったのだろうが、当然反撃する力など残されていない。岩の槍が引き抜かれ、胸から大量の血を吹き出しながら倒れるカイムの頭部に、ウリエルは鉄槌を叩き込んだ。
「人間風情が!弱者は弱者らしく地に這い蹲っていろ!」
怒りで呼吸を荒立たせながら、地面に倒れるカイムに吐き捨てる。出血量からして、放っておいても勝手に死ぬと分かっていたが、自らの手で完全に息の根を止めなければ気が済まなかった。右の拳に炎を纏わせ、熾天使に逆らった愚かな人間を灰燼に帰さんと振りかぶった瞬間、対象の姿が忽然と消えた。
「どうか怒りを静めてください、熾天使ウリエル様」
眉間に深い皺を刻み、粛清の対象を探すウリエルの耳に入ってきたのは、耳障りなぐらい穏やかな少年の声だった。
「なんだ貴様は?悪魔の仲間か?」
「初めまして、ボクはクオリアと言います。悪魔の味方ではありませんが、教会の信者でもありません」
敵意剥き出しで睨まれながらもクオリアは相変わらず屈託ない笑顔で話す。
「神を崇めぬ者は等しく粛清する。が、今は悪魔達を始末するのが先だ。答えろ、奴らをどこにやった?」
炎の拳を構え、威嚇しながら問い質すと、流石のクオリアも笑顔を曇らせた。
「あ~、その件なんですけど……今回だけ彼らを見逃しては……!」
歯切れ悪く告げられた要望を最後まで聞く事なく、ウリエルは拳を突き出して渦巻く火炎を放った。火炎は小柄なクオリアの体を容易く飲み込み、一瞬にして跡形も無く消し去った。
「少々手間は掛かるが、魔力の残滓を辿って奴らを見つけ出すか」
たった今殺した少年の事などまるで気にせず、目を瞑って魔力の流れに集中する。するとどうだろう、激しい吐き気に見舞われた様に口元を手で覆い、目が飛び出るのではないかと思うぐらいに見開く。ウリエルは自分をそこまで動揺させた魔力の根源へ、ゆっくりと向き直った。
「はぁぁ……やっぱり足止めしないとだよね」
ローブを失い、黒を基調とした半袖半ズボンという軽装になったクオリアは鬱屈した溜め息を盛大に吐いて肩を落としている。ウリエルはその姿を見て、見開いていた目を再び鋭くし、口元に当てていた手を静かに離してきつく握り締めた。
「弱体化した悪魔は後回しだ……今は貴様の粛清を優先する」
拳を構え、静かだが猛々しい炎の闘気を巻き上がらせる。ウリエルが全力を出してクオリアと対峙しようと思ったのは、先ほどの火炎を受けて平然としているからではない。ローブを纏っていた時は特別気にもならなかったクオリアの魔力が、今は周囲の空間を捻じ曲げる程に圧縮されていたからだった。




