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輪廻転世ルクスフェロー  作者: 一丸一
第4章〖神の炎〗
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第51話

 ウリエルと呼ばれた天使とは約二十メートル離れていたが、ルシルはその距離を一瞬で詰め、神速の拳を顔面に叩き込む。およそ肉体同士が衝突したとは思えない鋭い炸裂音が響き渡り、衝撃で辺りに漂っていた砂煙が一掃される。

 拳は対象を捉える事はなく、直前でウリエルの右手に阻まれていた。至近距離で睨み合う二人だったが、先に均衡を崩したのはウリエルの方だった。


「貴様を再び地獄に叩き落すこの時を待っていたぞ!」


 低く、重い声に確かな怒りが籠っていた。出会い頭のルシルの反応を思い返しても、とても友好的な関係ではない。しかし“再び地獄に叩き落す”とはどういう事だろうか。比喩的な表現ではなさそうだが、そうなるとルシルは一度地獄に落ちていた事になる。天使が地獄に落ちるとは、即ち……。

 

 俺が仮定を立てていると、視界が急速で動き出し、思考の中断を余儀なくされた。

 

 掴まれた手を引っ張られて前のめりに体勢を崩された刹那、強烈な前蹴りが下腹に打ち込まれた。自分の体がサッカーボールの様に飛ぶ感覚に呆気に取られるが、ルシルは即座に空中で受け身を取って右腕を横に一閃。鞭状に伸びた光が迫り来る炎の槍を迎撃した。

 追撃を防いで着地したので、精神体の身でありながら一息吐けると安堵する俺を置き去りに、ルシルは間髪入れずに前へ跳ぶ。同時に、着地点だった場所から鋭利な岩の刃が突き出していた。もし一瞬でもルシルの行動が遅れれば、今頃俺の体は縦に引き裂かれていただろう。

 血の気が下がる思いをしつつも、視界に映るのは熱く燃え滾る火球が五つ。何れも俺の頭より一回り程大きい物で、これも当たったら軽傷では済まなそうだったが、ルシルは右手から細い光線を出して先頭の火球をビリヤードのボールよろしく弾き、後続の火球にぶつけた。同火力であっただろう火球は爆発し相殺され、残り三つの火球も誘爆して消滅した。爆炎を突き抜けてウリエルに肉薄すると思いきや、ルシルは切れよく右にターンし、遠心力を加えた右腕から光りの槍を投擲した。高速で放たれた槍は火球が残した煙を払い、ウリエルの胸に突き刺さるかと思いきや軽々と右手で払われ、四散した。

 

 一瞬の内に多くの事が起きすぎて思考停止しかける俺の目が捉えたのは、ルシルとウリエルの間に広がる溶岩溜まりだった。あのまま直進していたら、間違いなく溶岩に跡形も無く溶かされていたであろう。


「クソが!相変わらず面倒な術ばっか仕込みやがって!」


 地団駄を踏むルシルとは対照的に、余裕そうに見下すウリエルはゆっくりと右の拳をこちらに向けた。


「何だ今のは?速さだけはそれなりだが、威力はゴミ以下だ。地獄では屍に群がる羽虫の世話でもしていたのか?」


 嘲笑し、拳をゆっくりと開くと、二人の間にあった溶岩溜まりは霧散して消えた。


「今の貴様如きに我が術は不要。この身一つで完膚無きまでに叩きのめしてくれよう」


「っの、クソが!!」


 僅かに腰を落とし、両腕を上げて構えるウリエルに、激昂したルシルは全速力で突撃した。

 戦いの中で置き去りにされている俺は、戦闘の経過を見るのを一旦止めて思考を巡らせる。

 今の会話から、ルシルとウリエルは前にも一度戦い、結果はルシルの敗北だったと判断できる。どういう経緯で二人が争ったかは分からないが、敗北したルシルは神に仇なす者の烙印を押され、地獄に堕ちた。つまり俺や教会の連中が天使だと思っていたルシルは、堕天使ないし悪魔と呼ばれる存在だったという事だ。




————突然発生した爆風によって死屍累々と化した広場で、どうにか被害を免れたネイト達は生存者の救出をしながらルシルとウリエルの戦いに視線を向けていた。


「まずいな……」


 ルシルの投擲した光りの槍が払われたのを目にし、カイムは表情を曇らせながら散弾銃と片刃剣を構える。


「熾天使様の邪魔はさせませんよ」


 戦闘に介入しようと足を踏み出した瞬間、背後からの聞き慣れぬ声に呼び止められた。振り向いた先には、頭から足の先まで白いローブで身を隠した集団が整然と並んでいた。数はおよそ二十人弱。


「熾天使様?」


 アイラが聞き慣れぬ単語に首を傾げると、白ローブ集団の先頭に立っていた男が天を仰ぐ。


「人類……否、世界に害する悪魔を排除すべく、天界から舞い降りられたのだ!」


 声を張り上げられ、アイラは小さい体を更に委縮させる。フードの下から覗く目は一様に侮蔑の色を浮かべ、アイラに注がれている。

 治療を終えたネイトは、視線を泳がせながら泣き出しそうになるアイラを静かに抱き寄せ、半眼を僅かに細めて白ローブ達を睨んだ。


「アイラは私がお仕えしている天使様の保護下にあります。熾天使様が相手であろうと、主たる天使様が抗っている以上、従者である私も抵抗させて頂きます」


 ネイトの言葉を受け、一瞬の間を置いてから白ローブ達が微かに震えだす。


「ふっふふふふ……まさか地方の教会の人間がここまで無知だとはな。良いか、よく聞きたまえ。君が仕えている天使、ルシルなどは聖書にも天界にも存在しない!奴こそ神に背きし堕天使の長、ルシファーなのだ!」


 思い掛けない真実を明かされたものの、驚いたのは意外にもアイラだけだった。カイムは眉一つ動かさず臨戦態勢のままで、ネイトは微かに眉を顰めただけである。反応の薄さが気に入らなかったのか、先頭に立っていた男は足を一歩踏み込んで語気を荒げた。


「堕天使の言葉に従うなど、神への冒涜!教会に仕える者として、人として最も愚劣な所業!今すぐその悪魔をこちらに引き渡し、熾天使様と共に堕天使を討つのだ!」


 右手を突き出して圧してくる男をネイトは完全に無視し、いつもの半眼でアイラを見つめる。アイラの表情は不安一色で、ネイトの腕に弱々しく縋りながら何か言いたげだったが、上手く声に出せないでいる。そんなアイラの頬を優しく撫でると、ネイトは棍を持って立ち上がり、白ローブ達を冷たく見据えた。


「神を信じ、天使に従い、堕天使を討つというのは確かに私たち修道者として正しい在り方です。ですが、周りを見てください」


 美しかった広場は見る影も無いほど焦土と化し、負傷者の呻き声や死体の焼ける臭いが漂っている。


「今、私たちがやらねばならない事は堕天使や悪魔をどうするかではなく、人命の救助ではないのですか?救える者を救えずして人々に神の教えを説けるのですか?人としての思惟を捨て、天使に従うだけの人形にアイラを渡す訳にはいきません」


 アイラを庇うように立ち、棍の先を白ローブ達へと向ける。その行動に白ローブ達も言葉による説得を諦め、全員が一斉に首から下げたロザリオに手を当て、敵意を露わにした。


「残念だが、悪魔に心を乗っ取られてしまった様だ。神の御許に還り、その穢れた魂を浄化されよ!」


 張り上げられた声を皮切りに、ネイトと白ローブ、同じ教会に仕える者達の戦いが始まった。


「くっ、仕方ない……」


 エフィムの援護に向かおうとしていたカイムだったが、多勢に無勢の状況を放っておくわけにもいかない。ネイトに加勢しようと、剣を構え直した所に白ローブが一人転がって来る。カイムの足元で仰向けになって漸く回転を止めた白ローブの顔は白目を剥いており、暫くは気を失ったままだろう。


「教会内部の争いに部外者を巻き込む訳にはいきません。それに……」


 ネイトは降り注ぐ光線を顔色一つ変えず躱しながら、聖術によって強化された拳を棍で受ける。流石に力比べでは分が悪そうだったが、押し切られる直前に棍の下部を捻って関節を展開した。その展開した一節を相手の腹部に押し当てて支点とし、回転しながら背後に回り込んで膝裏を思い切り突いた。体勢を崩したのを確認し、分かれていた節を接合させ棍を長く持って相手の脳天に容赦なく叩き込む。白ローブの意識は一瞬の内に刈り取られ、力無くその場に伏した。


「数は多くとも、木偶の坊の相手ならば私一人で十分です」


 カイムに視線を向けるネイトの表情は普段と変わらない物だったが、双眸の奥には確かな苛立ちが見えていた。まだ二人倒しただけで、敵はまだ多数残っているのだが、今のネイトならば本当に一人で倒してしまいそうである。寧ろ、カイムが居ては邪魔になってしまう可能性すら垣間見えた。


「あ、ああ……では任せるが、無理はするなよ」


 思わず詰まり気味になってしまったカイムの言葉にネイトは無言で頷き、再び白ローブと対峙した。

 カイムは一度散弾銃を腰のホルダーに戻してアイラの手を引いて戦場から離脱する。

 

「戦闘が終わるまで、ここでじっとしていろ。何かあったら大声で叫ぶんだ」


 広場の端で半壊していた民家の影にアイラを連れ込み、両肩を掴んで早口に告げる。


「は、はい」


 怯えながらも確かに頷く様を見て、カイムは散弾銃を取り出しエフィムの援護に向かおうとしたが、アイラに呼び止められる。


「あ、あの……死なないでくださいね。エフィムさんとネイトさんをお願いします」


 胸の前で手を組み、祈りの様に告げられた言葉にカイムは不意を突かれて少しだけ目を見開くものの、直ぐに表情を和らげて右手の散弾銃を軽く上げて見せた。


「安心しろ。私に限ってそれはないし、二人も無事に連れ帰ってみせる」


 言い終わるや否や、カイムは戦場に向かって走り出す。

 カイムがたった今見せた和らげな表情にはどこか儚さを感じさせられたが、それが何故なのか、アイラには分かる由もなかった。



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