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輪廻転世ルクスフェロー  作者: 一丸一
第3章〖絶対的な悪〗
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第44話

 翌日の朝、予定していた通りの時間に列車へ乗り込む事が出来た俺達は、無事にテイングに到着した。

 列車を降りて空を仰ぎ見ると、太陽が西に傾き始めつつも未だ地表に日差しを送り続け、初夏の兆しを感じさせた。今年の冬は例年より長かったので、夏が訪れるのはもう少し遅れるかと思ったが、どうやら春が短くなっただけのようだ。

 

 アイラは生まれ故郷に戻って来たというのに喜ぶどころか不安そうにしており、ネイトの修道服を掴んで落ち着きなく辺りを見回していた。港町と違って、アイラの顔や悪魔の事を知っている人物がいるかもしれないのだから当然と言えば当然か。しかし、ネイトもアイラが恐れているであろう教会の人間なのだが、よくもまぁここまで懐いているものだ。

 淡然としたネイトと周章としたアイラのコンビは見ていて面白いと思って頬を緩ませた瞬間、背後から女性に呼び掛けられた。


「あの~、天子エフィム様でいらっしゃいますよね?」


 随分と自信なさげな声だったが、俺が天子だと知っているという事は教会の人間なのだろう。やはりテイングの出入り口となる駅を見張っていたのだろうが、元よりこちらは逃げも隠れもするつもりは無い。アイラの平穏を取り戻してみせるんだ。俺は静かに息を吐き、意を決して声の主へ振り向くと、そこには意外な人物が立っていた。


「君は確か、サムエルの従者だった……」


「あ、私のような者の事を覚えておられでしたか。その節はお世話になりました」


 小柄で丸眼鏡を掛けた気弱そうなシスターは深々と頭を下げた。ある意味、教会と戦いに来た俺としては拍子抜けもいい所だ。


「それでですね、その、サムエル様との件についてお話を伺いたいので教会までご同行願えますでしょうか?」


「ああ、俺も教会に用があったから問題ないよ」


 俺が素直に応じると、シスターは安堵を隠す気もせずに深く溜め息を吐いた。


「あぁ~良かったぁ。断られたらどうしようかと思いましたよぉ」


 シスターに力ない笑みを向けられ、思わず苦笑いしそうになるが、自分の目的を果たすまで油断をする訳にはいかない。俺は気を引き締め直し、仲間達を連れて教会へ向かった。




「あ……」


 教会に向かう途中の商業区で、不意にアイラが小さく声を漏らして後ろを振り返った。道を埋め尽くす程の人が行き交うので、逸れないようにと手を繋いでいたネイトがいち早く反応し足を止める。


「どうかしましたか?」


 ネイトの声に、前を歩いていた俺達もアイラの様子に気付いて振り返った。


「……い、いえ。なんでもありません」


 暫しの間どこか一点を凝視していたアイラだったが、頭を振って正面に向き直ると、ネイトの手を握る力を微かに強くして歩き始めた。




 教会に着いた俺達は教会堂の奥の扉を抜け、さらにそこから通路を歩いて一番奥の部屋に案内された。


「し、司教!天子ルシル様とお仲間様をお連れしました!」


 シスターは緊張しているのか、上擦った声で室内に居るであろうブレーンス司教へ用件を伝えた。


「ご苦労様。中へお入れしなさい」


「は、はい!どうぞ!」


 扉を開けられて入った部屋は、正方形の間取りで両脇には大小様々な本がぎっしりと詰められた本棚が並んでいる。そして部屋の中央よりやや奥には執務用の大きな机があり、ブレーンス司教は机を挟んで俺達と向き合う様に座っていた。


「お忙しいところお越し頂いて申し訳ありません」


 俺達が全員中に入って扉が閉められると、ブレーンス司教は手にしていた書類を机の上に置いて立ち上がり、厳格そうな顔立ちに薄い愛想笑いを張り付かせて頭を下げた。


「いえ、俺達も教会に用があったので大丈夫です」


「そうでしたか、どういったご用件でしょう?」


「少し込み入った話しになるので、先ずはそちらの用件……サムエル元天子との件について答えます」


 一々相手に話しの流れを渡す必要はないと思い、質疑を促したところ、ブレーンス司教は僅かに眉間へ皺を寄せてドアの横に立っているシスターを睨んだ。


「失礼しました。こちらの不手際で、お呼びした理由が伝わっていなかったようですね」


 ブレーンス司教は直ぐに表情を戻して再び頭を下げた。口振りから察するに、俺を呼び出したのはサムエルとは別の理由があるようだ。


「どういうことですか?」


「はい、天子様が懸念されていたサムエル元天子との一件は、サムエル本人から事情を聞いて既に落ち着いています」


 頭を傾げて考えてみるも、どうも納得ができない。サムエルからは天子を奪った……奪い返したと言った方が正しいが、その時のサムエルは怒りを露わにしていた。単純に考えると、天使を取り戻す為に教会へ俺の悪行を告げ、捕獲なり何なりを要請した筈だ。ところが、ブレーンス司教は今「既に落ち着いています」と言った。早くアイラの今後について話したいのだが、自分の起こした問題が知らぬ間に片付けられているのは気分が悪い。


「サムエルは何と言っていましたか?」


「天使様の命に従い、在るべき天使様の下へお返しした直後、天使様を襲う者が現れて戦闘が発生するものの、天使様自らがこれを退けたと」


 一体どういう心変わりがあったのだろうか。これではサムエル自身の怪我や邸宅周辺への被害もすべて襲撃者に押し付けて、俺が無罪であると証明してくれているようなものだ。まぁ、実際無罪なんだけどさ。今思えば、港町でも麓の集落にも小さいが教会の施設はあったのに、俺を探している気配は微塵も感じられなかった。これはサムエルの言い分を教会が承諾した為に、俺への疑いが晴れていたからだったのか。


「従者からも証言は取れていますし、何よりアガリアレプト様が、ある天使様の出現を待ち、時が来ればその天使様へ付き従うという目的をお持ちだという事はしかと記録されております。襲撃者に関しては現在調査中ですので、この件に関してこちらからお聞きする事はございません」


 どうにも腑に落ちない結末になったが、この話しを広げても互いの時間を無駄にするだけなので次に進もう。


「では、俺に聞きたい事というのは?」


「サンヤスクが悪魔に滅ぼされた。と言えば、察しは付きますかな?」


 全身に緊張が走り、心臓が強く脈を打つ。背後から衣擦れの音がしたのは、アイラがネイトの修道服を強く握ったからだろう。

 サンヤスクが壊滅してから四日以上経っているのだ。首都の教会に仕える司教の耳に入らぬ訳がないし、そもそもサンヤスクの教会は跡形も無く黒い霧に呑まれたのだから、聖術でも通して異変を感じ取っていたに違いない。

 予想していなかった展開に思わず動揺したが、元より話す気でいた内容だ。俺は一度、長い瞬きをして心に平静を取り戻し、ブレーンス司教を真っ直ぐに見据えた。


「俺も、その事で話しがあります」


「そうでしたか。しかし、こちらは当事の状況が詳しく分かっておりません。お手数ですが、何があったのかお話しして頂けませんか?」


 何せ生き残っているのは俺達だけなのだから、状況を知り得ないのは当然だろう。俺は頷いて応えた後、サンヤスクで行われていた残虐な行為、悪魔による破壊、そして起こしてしまった悲劇をブレーンス司教に伝えた。

 私情は出来るだけ抑えて説明したかったのだが、恐らく半分も隠しきれていなかったであろう。それでもブレーンス司教は真剣な面持ちで聞く事に専念し、俺が全て話し終えると、ゆっくりと口を開いた。


「そのような事があったとは……司教という身でありながら事態の深刻さに気付けず、天子様の力にもなれなかった愚鈍な私を、どうかお許しください」


 許すも許さないも正直どうでも良いが、深々と頭を下げられたので適当に言葉を繕ってブレーンス司教の頭を上げさせた。


「それで、この子なのですが」


 ブレーンス司教にアイラの姿が見えやすいように、俺は少し横にずれる。


「その娘が悪魔を宿しているのですね。サンヤスクからテイングまで、さぞ心労が絶えなかったでしょう。お疲れ様です。後はこちらで差配しましょう」


 ブレーンス司教がアイラに向かって手を差し伸べる。当然アイラは怯え、助けを求める様にネイトの顔を見やる。しかし、ネイトは一切の身動きせず、真っ直ぐにブレーンス司教を正視していた。

 差配ね……保護や護持という言葉を使わなかったのは、やはり教会にとって悪魔が忌むべき存在だからだろう。それに、このブレーンス司教は話している感じ、どうも教本通りの人間のようだ。教会の教えや規則を順守する人間が、悪魔を宿すアイラをまともに扱ってくれるとは到底思えない。今伸ばしている手も、恐らく天子である俺が居る手前、粗雑な対応をする訳にはいかないから仕方なくといったところか。その証拠にアイラを見る目には優しさなど感じられず、何か不審な行動を取らないか見張っている感じだ。

 色々と理由付けをしてしまったが、始めからアイラを教会に渡す気はない。無反応のネイトに不安を募らせたアイラが泣きそうな眼で俺を見つめていたので、微笑みかけて安心させる。そして、アイラの事を頼むとネイトに目配せし、ブレーンス司教の方へ向き直った。


「俺はアイラを教会に預ける為に来た訳ではありません」


 言い放つと、ブレーンス司教は怪訝そうな表情を浮かべて伸ばしていた手を引いた。


「では、どのような用件でしょうか?」


「アイラの平穏を取り戻しに来ました。天使や悪魔とは関係ない、一人の子供として幸せに暮らせるように!」


 強い意志をブレーンス司教にぶつけると、煩いぐらいの静寂が俺の心に不安を生じさせかけるものの、意志には一切の揺るぎは無い。希望的観測なんてする必要はない、アイラを教会の束縛から解放する現実を絶対に掴むんだ。



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