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輪廻転世ルクスフェロー  作者: 一丸一
第3章〖絶対的な悪〗
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第38話

 繭から放出された霧は再び地面を覆い、浸食を開始したがエフィムは呑まれる事なく、霧の上を走っていた。繭や霧から伸びて来る触手を躱したり迎撃したりしながら、繭の中に囚われているであろう姉妹の元へ急いだ。

 体は軽く、まるで自分の物ではないかのようだったが、不思議と意のままに動かす事ができた。足元から伸びてきた触手に、普段なら簡単に足を取られてしまうだろうが寸での所で跳躍し躱す。この跳躍も軽く足を踏み込んだだけなのに、翼が生えたと錯覚するぐらい高く跳べた。勿論、実際に翼が生えたわけではないので上空にいる間は身動きが取れない。下から俺を飲み込もうと巨大な触手が霧を撒き散らせながら迫って来るが、右腕を突き出して自身の腕よりも二回り程太い光線を放って消滅させる。辺りに散った霧から細めの触手が無数に伸びて来たので、今度はそれらを足場にして跳躍。二、三度手足に絡まり付いたが力任せに引き千切って繭の上空に辿り着く。


「待ってろ!今、助けに行く!」


 左手に光りを纏わせ、繭に突っ込む。異物が入ってきたと必死に吐き出そうとする繭の中を両手で強引に掻き分け、姉妹の姿を探す。



 時は少し戻り、エフィムがルシルの協力を得て霧を吹き飛ばすのに呼応して、繭の中で二つの意識が目覚めた。


「マユラ……マユラ、どこ?」


 アイラは双子の妹の姿を探すが、見渡す限りの黒に不安が募るだけだった。


「マユラ……どうして、こんな……」


 直ぐにでもマユラを見付けたかったのだが、沈黙のまま広がる黒の空間に耐えかねたアイラは自分を抱いて存在を維持するので精一杯だった。


「なんで、わたしはいつもこうなの?マユラはいつもわたしを気遣ってくれて、守ってくれているのに……」


 身動きの取れなくなった自分を悔い、目に涙を浮かばせると微かに鼓動の様な音が聞こえた。涙を拭くことさえせず、音の発信源を探して黒の中を彷徨う。徐々に鼓動の音は近付き、そして俯せになって倒れているマユラを見付けた。アイラは歓喜とも心配とも取れる声でマユラを呼びながら急いで抱き起し、絶句した。

 マユラの胸は惨たらしく開かれ、中からは今、自分達を覆っている黒と同じ色をした霧が止めどなく溢れ出ていた。


「マユラ!マユラ!」


 悲痛な叫び声を上げマユラの体を揺らすと、マユラは力なく目を開けた。顔色が悪く、危険な状態に変わりはないのだが、それでも生きている。アイラは歓喜の涙を浮かべてマユラを抱きしめようとしたが、拒まれてしまう。


「だめ、だよ。近付いちゃ、だめ」


「どうして!?早くここからでて治療しなきゃ!」


 アイラの腕から逃れようとするマユラだったが、体に力が入らず僅かに身動きするのが精一杯だった。


「この黒いのが噴き出した時に、色々と分かったんだ……どうして司祭たちがあたしたちに酷いことをしてきたのか、どうしてあたしが産まれてきたのか、このブローチの意味も……」


 既にぼろ切れとなっている服に付いていたポケットは破れているが、辛うじて中に入れてあった暗い紫色のブローチを落とさないでいた。サンヤスクの地下に監禁される際、身に着けていた物は全て没収されたが、このブローチだけは残しておいてくれた。当時は産まれ持った大切な物だから残してくれたのだと思ったが、実際には違った理由があったのだ。恐らくマユラの体から黒い霧が噴出した時に、悪魔の記憶も呼び覚まされたのだろう。残り少ない体力でどれから説明しようかとマユラが迷っていると、黒の世界に眩い白が注ぎ込まれた。


 俺が繭の中をとにかく中心に向かって進んでいると、目的の姉妹を発見する事ができた。姉妹の周囲は霧の流れが無い様で、異物となる俺を吐き出そうともせずに立ち入る事を許してくれた。


「二人共、助けにきたぞ!」


 俺の声に二人は顔をこちらに向けた。必死に我慢しているのだろうが、既に瞳からは大粒の涙がいくつも零れ落ちている顔と、生気のない土気色をした顔だ。


「助けて、マユラを助けて!」


 元よりそのつもりだ。と言いたかったが、マユラの様子を見て思わず言い淀んでしまう。だが、何もしないまま諦める気もないので、アイラの正面へマユラを挟むような形で腰を下ろし、胸の傷口へ両手をあてがう。


「ぐぁっ!」


 焼けるとも斬り裂かれるともちがった痛みが両腕を襲うが、俺は歯を食いしばって耐えながら自分が纏っている光りを傷口に流し込もうとする。俺の努力も虚しく、黒い霧は光りを拒んで噴出し続けた。弾かれた両腕には激痛が走り、動かすことさえままならなかった。


「あたしはもう無理だから、アイラだけでも逃げて」


「やだよ!二人で辛い思いをしてきたんだから、助かる時も一緒だよ!」


 アイラは大きく首を振ると、本格的に泣き出してしまう。アイラにはもう話しが通じないと思ったのか、マユラはゆっくりと首を動かして俺を見た。


「誰だか分からないけど、お兄ちゃん、アイラを連れて早く逃げて」


「俺は、二人を助けに来たんだ。片方だけを助けるなんてできない」


 そうは言ったものの、どうすればマユラを助けられるというのだ。悪魔とはいえ、何か本体となる物がある、若しくは居る筈だと思っていたが、現状を見るにこの霧を生み出しているのはマユラだ。つまり、この霧を止めるにはマユラを……違う!何か方法がある筈だ。二人が助かる可能性を考えろ。

 切迫した表情を浮かべる俺を見てマユラは静かに笑った。


「元々二人じゃないんだよ。このアンラ・マンユを宿して産まれるのはアイラ一人だった。ただ、この悪魔は力を持ち過ぎていて、自分が産まれ出る前に自分、アイラすらも殺してしまうところだった。そこで自分の力の一つ、厄災を切り離してあたしという人間を生み出したんだ。はっきり言っちゃえば、あたしは厄災そのもの。いるだけで周りに厄災を引き起こす存在」


 マユラから告げられる真実に、俺はただ茫然とするしかできなかったが、アイラは駄々をこねる様に首を横に振って否定した。


「そんなことない!マユラがいてくれてわたしは嬉しかった。お父さんも、お母さんもそう思ってる!マユラはわたしの双子の妹だよ!」


 アイラの叫びにマユラは僅かに眉尻を下げ、話しを続けた。


「このブローチは悪魔を封じた時に神様が掛けた鍵みたいな物で、悪魔が分かれた時に一緒に分かれたんだけど、その所為で力が不安定になったみたい。それで、少しずつあたしたちの中から悪魔の力が滲み出て、町をめちゃくちゃにしちゃった。そして、悪魔の力に長い時間触れていた司祭やこの町の人は悪魔のいうことを聞くようになって、早く悪魔が復活するようにってあたしたちに酷い事ばかりしてきた。あたしたちが人や世界を恨んだり憎んだりすれば、悪魔は力を強めるから」


 おかしいとは思っていたが、ハンフィ司祭やこの町の住人は既に悪魔の傀儡となっていたのか。しかし、神様とやらもこんな危険な悪魔はもっと厳重に封印しておけよ。


「でも結局、こんな状況になっているのはあたしが弱かったから……元々が悪魔だからしかたないのかもしれないけど、アイラ以外の全てを恨まずにはいられなかった。今も、お兄ちゃんたちがあたしとアイラを合わせなければ、こんなことにはならなかったかもしれない、なんて恨んでいる」


 自嘲気味に笑うマユラを見て、俺は悔しさを押し殺すように下唇を噛んだ。マユラに恨まれているのが悔しいのではない、俺はマユラを明るく笑っていさせる為にここに来たと言うのに、全く逆の笑みを浮かべさせてしまっている自分が悔しくて堪らないのだ。


「マユラ、そんなこと言わないで!絶対に生きてここから脱出して、また昔みたいに生活できるはずだから!しっかりしてよぉ……」


 再び泣き出すアイラに何か言おうとしたマユラだったが、それを口にすることはなく、目を閉じて静かに息を吐いた。


「もう話し疲れちゃった。お兄ちゃん、アイラをお願い」


 独り言のように呟かれた言葉に、俺は迷う。いや、俺が取れる選択肢はもう一つだけなのだが、俺の心が受け入れるのを拒んでいる。血が出るほど下唇を噛み、専ら二人を見る事しか出来ないでいると、マユラはアイラに向かって口の動きだけで何かを告げる。ご……ん……?四文字の内、一文字目と三文字目しか読み取れず、首を傾げた途端、目の前で有り得ないことが起きた。

 マユラの両手がアイラの首を絞めていたのだ。アイラは驚愕し、目を見開いている。止めなくてはと思うが、俺も突然の出来事に体が固まって動けない。


「マ、ユ……ラ?」


「いつまでもここにいるから!あたしは恨まずにはいられないって言ったよね?あたしはアイラが憎い、悪魔を宿しているのはアイラなのに、勝手にあたしを生んだ挙げ句、あたしだけ消えなくちゃいけないなんて酷すぎる!アイラだけ生き残るなんて許せない!」


 今まで力無く倒れ、抱えられていたとは思えない程の力でアイラの首を絞め、呪いの言葉を浴びせる。悪魔の分身ではなく自分の人間としての妹だと信じ、共に助かる事を強く願っていたアイラは一瞬だけ悲しそうにしたが、最愛の者に首を絞められているとは思えないほど穏やかな笑みを浮かべた。その表情に、マユラは驚いて僅かに手の力を緩めた。


「マユラを、残して、どこ、にも、行かないよ……生き、るのも、死ぬのも、一緒。姉妹、だもの」


 途切れ途切れながらも妹に優しく言い聞かせ、穏やかな表情のまま、妹の手を優しく包むように自身の両手を重ねて首を絞めた。


「……っ!!」


 姉の予想外の行動に息を飲んだマユラは下を向き、脇の下から顔を覗かせ、今度は俺に向かって言葉のない言葉を告げた。

 こ……ろ……し……て!

 こ、ろ、し、て!

 ころして!

 と徐々に早口になりながら必死に訴えかけてくる。マユラの顔は既に涙と鼻水でくしゃくしゃだ。マユラはアイラを恨んでなどいない。少ない体力で必死にアイラを恨む演技をし、俺にアイラを助け出してもらいたかったのだろうが、アイラはマユラと共に死ぬ事を選んでしまった。しかもアイラに手を押さえつけられてしまっているので、今更首を絞める手を離す事はできない。抵抗しないアイラは程なくして窒息してしまうだろう。一刻も早く助け出さねばならない。

 演技に騙されたまま焦った俺がマユラを殺せれば、たとえアイラに一生恨まれても自分自身の中で言い訳をする事が出来ただろう。だが、この時の俺にそこまで考える余裕は当然ない。殺したくない、何か別の方法がないかとぐだぐだ考えていると、遂に痺れを切らしたマユラが大声で叫んだ。


「早くあたしを殺してよ!!あたしはアイラを、お姉ちゃんを殺したくない!!」


 マユラの叫びに、俺の中の迷いが断ち切られた。いや、迷いは常に頭の中を駆け巡っていた。どうして、こんな十歳程度の少女達が生き死にを決めなければならないのか。どうして、悪魔はこの姉妹に宿ってしまったのか。どうして、神はこの姉妹に救いを与えなかったのか。そうして、俺はただ状況に流される事しかできなかったのか。


「うああぁぁぁぁ!」


 自らの迷いから逃れるように声を張り上げ、右手に光りの剣を出現させる。アイラは自分の手を離し、マユラを横に突き飛ばそうとしたが、先にマユラがアイラを突き飛ばした。そして体ごと振り返り、俺の光剣に胸を貫かれた。その表情は俺が見たかった、マユラに一番似合っている、この黒い霧を掻き消すほどの明るい笑顔だった。


「アイラ、幸せに生きてね」


 笑顔のまま振り向き、最期の言葉をアイラに伝えると、マユラの体はゆっくりと後ろに倒れる。

 黒の霧は晴れ、俺の纏っていた白い服もいつもの服に戻っていた。俺の足元にはマユラのブローチを握り締めて泣き叫ぶアイラの姿があった。

 実剣ではなかったからか、少女を刺殺したというのに手には何の感触も残っておらず、俺にはそれが堪らなく情けないように思えて嗚咽を漏らした。



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