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輪廻転世ルクスフェロー  作者: 一丸一
第3章〖絶対的な悪〗
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第36話

 ネイトがハンフィ司祭と戦闘を繰り広げている傍ら、俺は少女が張り付けられている十字架の下まで来た。ハンフィ司祭と住民達をネイトが引き付けてくれている内に早く助け出さなくては、と思うも地味に少女が張り付けられている位置が高い。背伸びして腕を伸ばすと何とか足の拘束具を外せたが、胴と両腕に付けられている拘束具も外さなければならない。

 台になりそうな物を探したが見当たらなかったので、十字架をよじ登る事にした。先ず目隠しと猿ぐつわを取り安否を尋ねるも、返答はない。口元に耳を近付けると弱々しく呼吸をしているのが分かり、取り敢えず安心するが急いで治療をせねば危険だ。惨たらしく全身に負わせられた裂傷や打撲の跡を、できるだけ触らないように拘束具を外していく。そこまでは良かったのだが、支えを失った少女は当然落ちる訳で、俺は慌てて抱き留めるが体勢を維持できずに背中から落下してしまう。


「痛ってぇ」


 背中に鈍い衝撃を受けるが、さほど高い所から落ちた訳でもないので大事には至らない。地面に落ちていたガラスの破片が少し食い込んだ気がするが、きっと大丈夫だろう。少女の小さな体は俺の腕の中にしっかりと納まっているが、今の衝撃で出血とかしてないよな。確認したところで、ここでは治療することはできないので少女を抱いたまま立ち上がり、丁度ハンフィ司祭へ鉄槌を下し終えたネイトに撤退を指示する。


「ネイト、こっちは女の子を確保した。退こう!」


 ネイトの武器が三つに分かれ、鎖で繋がれている事を不思議に思うも今は聞いている場合ではない。急いで広間を抜け、出口に向けて洞窟を駆ける。住民達が後を追いかけて来るが、先頭をネイトが転ばすとドミノ倒しのように倒れていき、狭い洞窟はあっという間に通行止めになった。

 正面から住民が襲ってきたらどうしようかと思ったが、幸いな事に挟撃や待ち伏せに遭う事なく地上に出られた。地上にも住民の姿はなく、それどころか心強い仲間の姿が見えたので深く安堵した。


「カイム!」


「二人共、無事か?」


 カイムも俺と同じように傷だらけの少女を抱きかかえている。俺が入った地下ではない、もう一方の地下から救出してきてくれたのだろう。


「ああ、ごめん。心配かけたよね」


「その話しは後だ。今はここから離れるぞ」


 俺は自分の無茶な行動を反省し、二人に頭を下げるがカイムの言う通り、そんな事をしている暇があったらどこかに身を隠すべきだ。当てはないが、とりあえず教会から距離を置くように走りだそうとした瞬間、カイムの抱きかかえていた少女がもぞもぞと動き出す。


「ん……あれ?あたし……あ!」


 傷だらけにも関わらず、少女は勢いよくカイムの腕を振り払い、血相を変えて俺に詰め寄った。


「今度はあたし達に何する気!?アイラを放してよ!」


 細く痩せ細った腕に血を滲ませながら必死に俺の腕を掴み、アイラと呼んだ少女の解放を訴えてくる。その目ははっきりした憎悪の色が浮かんでおり、自分よりずっと小さい少女を相手にしているにも関わらず思わずたじろいて、アイラを抱き留める腕を緩めてしまう。その瞬間を少女は見逃さず、素早い動きでアイラを奪還する。


「アイラ、アイラ!目を覚まして!」


 少女はアイラの体を揺すりながら必死に意識が戻るように呼びかける。


「そんなに揺らしたら傷に障るぞ」


「うるさい!あんた達が付けた傷でしょ!今更なに言ってんの、どっかいってよ!」


 完全に敵と見なされているな。一刻も早くこの場を離れたいのだが、どうやって説得しようかと頭を悩ませていると、ネイトが祈りの言葉を紡いだ。


「天に召します神よ御身の慈愛を以って彼の者達の傷を癒し賜え、ヒール・レンジ」


 ネイトが祈り終えると、少女を中心として円形に光りが広がっていき傷を癒した様だが、傷の程度が悪いのかあまり効果的ではなかった。さり気なく効果が及んだ俺には十分な効果があったようで、背中の痛みが消え去った。


「やめてよ!もうあたし達に痛いことしないでよ!塞がりかけた傷を無理矢理開かれる痛みが、あんた達に分かるの!?」


 少女は涙ぐみながら俺達に訴えかける。ネイトはただ、傷の手当てをしたいと思っただけなのだろうが、少女の中のトラウマに触れてしまう。傷を無理矢理開かれる、聞いただけで気分が悪くなるが、この小さい少女達にとって残酷な目に遭うのは日常的なことだったのだろう。そう思うと別の意味で気分が悪くなってくる。俺もハンフィ司祭を一発殴ればよかった。

 とにかくこのままでは埒が明かないので、どうにか俺達が敵ではないと分かってもらわねばならない。こちらを強く睨みながらアイラを守るように抱く少女へ歩み寄り、しゃがんで目線を合わせると、少女の腕の中でから小さな声が聞こえてくる。


「だめだよマユラ、助けてくれた人に迷惑かけちゃ」


「アイラ!良かった、気が付いたんだね」


 今までの暗い表情はどこへやら、マユラは表情を太陽のように輝かせ、アイラを強く抱き締めた。恐らく、今見せた表情がマユラが本来持っている顔なのだろう。


「痛い、痛いよマユラ」


 そう言いもアイラは嬉しそうに笑いながらマユラを抱き返す。ここで口を出してはあまりにも無粋なので、俺は黙って二人の気が済むまで待つことにした。追手が来ても全力で守ろう、決意を固めるように拳を握ると、その時を待っていたと言わんばかりに背後から声が響いた。


「あ・く・ま・にぃぃぃぃぃいぃ加担する背徳者めぇぇぇ!許さん、許さんぞぉぉぉぉぉぉ!」


 もはや人間の声とは思えない奇声に鳥肌が立つのを感じ、反射的に振り返る。するとそこには全身を血で塗らし、両手には手の平大の少し歪な球状をした何かを持つハンフィ司祭が笑っているような、怒っているような表情で、正面を見ているような上を見ているような視線をこちらに向けていた。


「こいつは危険すぎる、エフィム、ネイト!少女を連れて逃げろ!」


 カイムが散弾銃と片刃剣を構えると、ハンフィ司祭は両手に持った球状の物を投げた。一つはネイトの足元に、一つはマユラの脇に落ち、街灯に照らされる。


「うっ……!」


「ひっ、いやぁぁぁぁぁぁ!」


 球状の何かを見ると、ネイトは嫌悪により言葉を詰まらせて口元を手で覆い、マユラは恐怖し泣き叫ぶ。遅れて球状の物の正体を知った俺もネイトと同じように口元を押さえる。ハンフィ司祭が放った物の正体は人間の首だった。直ぐに目を逸らしたはずなのに、脳裏には嫌にはっきりと首の状態が保存されていた。恐怖に脅えた表情のまま固まった首の断面図は刃物で斬られた様に綺麗なものではなく、なにかで潰され引き千切られた様だった。考えたくもない事を脳が勝手に考えるので、耐えきれなくなった俺は嘔吐した。胃に何も入っていなかったので胃液が流れ出ただけなのだが、気分は人生の中で最悪だ。


「悪魔の所為で私はこの様な地方の司祭に左遷され、背徳者共の所為で多くの血が流れてしまった。見たまえ、この者達の表情を!辛く、苦しい恐怖に脅えながら死んでいったのだ!貴様らの罪の重さを知るがいい!」


「黙れ、外道が!」


 カイムが袈裟斬りを放つとハンフィ司祭は嬉々とした表情で攻撃を受けた。


「ヒィィィィッ、ヒヒヒヒ……痛い、痛いぞ!悪魔ぁ!だがこの痛みこそ悪魔が生んだもの、この心に巣食う憎しみこそ悪魔そのもの!今の私はこの町全ての悪を一身に宿している!それを今……」


 右肩から左わき腹に掛けて大量の血を流しながら狂気の笑い声を上げたかと思うと、眼球が落ちるのではないかと思うほど目を見開いてアイラとマユラへ視線を向けた。するとハンフィ司祭は闇に溶けるように消え去り、いつの間にかマユラの前に立っていた。

 何をする気か知らないが、二人をハンフィ司祭に近付けてはいけないのは確かだ。不快感を訴える胃を押さえながら立ち上がり、二人を守ろうとしたが、あまりにも遅すぎた。時間にして一瞬の出来事なのだが、俺の体感時間では十倍近い時が流れたような気がする。ハンフィ司祭が左手を振り上げたので、俺はハンフィ司祭を突き飛ばそうと右腕を伸ばすが、まだ数歩分の距離がある。急げ、間に合え。そんな言葉が何度脳裏を駆け巡ったか分からないが、現実は無情にも過ぎ、ハンフィ司祭の左手はマユラの左胸に突き刺さった。


「かはっ!」


「マユラ!」


 マユラが乾いた咳をすると、口から血を吐き出しアイラの頬を汚す。


「悪の根源に返しますよ」


 今までの狂気はどこへいったのか、ハンフィ司祭は極めて穏やかな口調で告げると空いた右手で自分の首を握り潰した。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 アイラの悲痛な叫び声が響くと、マユラの胸の傷口から黒と表現するには黒すぎる霧状の物が吹き出し、二人を包み込んだ。


「アイラ!?」


 何が起きたかは分からないが、好ましい状況とは言えない。アイラを助けようと霧に触れた瞬間、体ごと弾かれ吹き飛ばされてしまう。


「くそっ、何が起きているんだ?」


 地面を三回転ほどした辺りで俺は起き上がる。丁度カイムとネイトが立っていた所に吹き飛ばされたようで、俺は誰にともなく疑問を口にした。


「分からん。だが、あの少女に宿っていた悪魔が出現した可能性が高い」


 霧は尚も噴出し、球状を維持しながら見る見る体積を増していき、二階建ての家と同じくらいの大きな繭となって漸く落ち着きを見せたかと思うと、四方八方に黒い触手を伸ばし始め、地面には川の様に黒い霧が流れ出た。


「天に召します神よ御身の情愛を以って生み出せし聖域に足を踏み入れる事を許し賜え、サンクチュアリ!」


 触手は当然ながら俺達にも伸びて来たが、ネイトの発生させた不可視の障壁が防いだ。周囲を見渡すと、触手が触れた箇所は空間ごと削り取られたかの如く黒に染まっていた。


「この障壁で暫くは持つと思いますが、どうしましょう?周りの地面はあの触手に浸食されてしまいましたし、逃げる事も困難かと」


 ネイトに言われて地面を見ると、俺達の周囲半径三メートルを残して周りを黒い闇が広がっていた。触手は尚も俺達に向けて伸ばされているが、尽く障壁に阻まれている。どうするかはもう決まっているが、問題はどうやってやるかだ。ルシルの力を使えれば打開策があったかもしれないが、残念ながら今それに期待することは出来ない。


「ネイト、この障壁の内側から攻撃を放った場合はどうなる?」


「こちらからの攻撃は問題なく通ります」


 カイムは散弾銃を撃ったり魔術を放ってみるが、どちらも触手に呑まれて効果は無い様だ。どうする、この障壁だっていつまでも保てる訳ではない。焦った脳で考えても名案は浮かばないと理解しつつも、この状況では焦らずにはいられない。だが、何か手があるのか?全てを飲み込む悪魔を相手に、ルシルの力が無ければただの一般人である俺がどう抗えると言うのだ。自然と俺の思考はカイムとネイトを頼り始めていたが、物理や魔術による攻撃が無効化されるのはたった今証明されている。


「聖術の攻撃は効かないかな?」


「申し訳ありませんが、聖術は同時に二つ以上を発動することは出来ません」


 つまり聖術で攻撃するにはこの障壁を消さねばならない。八方塞がりになり、俺の心に薄っすらと諦めの気持ちが生まれると、それを打ち払うように男の声が聞こえる。


「おい、そこの堕天使!これは一体どういうことだ!怪しげな術で町を滅ぼそうたぁ随分派手な事をしやがるじゃねぇか!」


 声の主はまだ触手の浸食が薄い教会の屋根に立っていた。リュンリグネとテイングで俺を襲って来たあの眼帯の男だ。今日は両腕にガントレットを着けているようだが、こんな状況で戦いになるのは御免だ。


「違う!俺達はあの霧に囚われた姉妹を助けたいんだ!」


「うるさい!堕天使の言葉に貸す耳はない!覚悟しろ!」


 眼帯の男はこちらへ向かって勢いよく跳び上がるが、同時に教会の裏から伸びてきた極太の触手に呑まれる。


「あ……」


 死んだか?襲撃者といえど、目の前で人が死ぬのは気分が悪いな。

 襲撃者を飲み込んだ触手は俺達にも襲い掛かり、障壁を僅かだが浸食して弾かれて霧の川に沈んでいった。


「畜生!堕天使、次こそは必ずお前を殺してやるからなー!」


 姿は見えないが、遠くの方で襲撃者の声が聞こえて来た。あの全てを浸食する触手に呑まれて生きているのは意外だったが、この情報は大きな収穫だ。今回ばかりは眼帯の男に感謝しよう。

 元々、今の状況を生み出したのは俺の勝手な行動が原因だし、この旅は俺とルシルの物だ。仲間に頼ってばかりもいられない。俺は目を瞑り深呼吸を一つして気持ちを落ち着けると、アイラとマユラを助ける決意を固め、霧の川の向こうに浮かぶ黒い眉を睨んだ。


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