第32話
カイムを仲間に加えた後、昼食を摂り、今は教会の前に来ている。カイムは他で用事があると言って別行動中なのでいない。
教会に来た理由は勿論、天使の情報を聞く為だ。昨日の今日で新しい情報があるとはあまり思えないが、確認を怠って天使とすれ違っていたら面倒だからな。アルトさんを通じてエルナから情報を買う程の内容でもないので、直接ブレーンス司教に聞くことにしたのだが、教会の扉を開けるとばったりエルナと会った。教会にはエルナが情報屋だということを隠しているので、軽く会釈だけして中に入ろうとした。
「おお!エフィム君にネイト君じゃないか、何か教会に用事?」
エルナが通り過ぎようとした俺達に明るく笑いかけて来たので、少し驚きながらも対応する。
「あ、うん。ブレーンス司教に、天使の事を聞きに来たんだ」
「あら、そのなら残念。司教なら今、行政区域の方に出掛けているよ」
「え、そうなのか」
行政区域か、何か嫌な予感がするな。もしかして昨日、俺とサムエルが争ったのが問題になっているのか。
「なんでも昨日、天子が襲われてね。神器は破壊されて天使は奪われたって話しなんだ。詳しく聞きたい?聞きたいよね?じゃあこっちおいで」
嫌らしい笑みを浮かべたエルナは強引に俺とネイトの手を取って教会の外に連れ出される。昨日の事を詳しく聞きたいのはエルナの方なんじゃないか?
教会の裏に連れられると、エルナは手を離して詰め寄って来た。
「エフィム君って、優しそうな顔してるのに意外と大胆な事をしますなぁ」
エルナの眼が輝いており、この上なく楽しそうな笑顔だ。俺は思わず数歩後退るものの、エルナが同時に前進してくるので距離は離れない。
「俺っていうよりは、ルシルの目的を達成するのに必要な事だったから仕方なく戦っただけだ」
エルナは俺と密着してくるだけで何も言って来ないのだが、なんだか激しく問い詰められている気がしたので、咄嗟に口から出たのは言い訳に近い物だった。しかし、それでもエルナは俺との距離を離そうとしないので、背中が教会の壁に着くまで追い詰められる。
「あなたは少し落ち着きなさい」
ネイトがエルナの肩を掴んで俺から引き剥がしてくれる。助かった。
「天使同士の戦い、自分も見たかったな~。でも流石に天使を奪うのはやり過ぎたかもね」
何事も無かったかのように話しを進めるが、なにやら不穏な感じだな。
「近々、教会から事情の説明を要求されると思うけど安心して、教会が天子に罰を与えるとか絶対に有り得ないから」
「悪いが、一々事情を説明する暇はないな。それより天使の情報を売ってくれ」
ルシルが実体化していつの間にか俺の財布を手にしていた。
「まぁ、どう行動するかは君達に任せるとして、どんな天使の情報が欲しいんだい?」
エルナに尋ねられたルシルは数名の天使の名前を点呼する。覚えようと思ったけど、一度聞いただけじゃまったく頭に入って来ないな。しかし、エルナは素早くメモを取って、修道服の下から集めの本を取り出して何やら調べている。
「ネイトが聞いたことある名前の天使はいた?」
エルナが調べ終わるまでの間、暇になったのでネイトに聞くと首を横に振って答えた。
「申し訳ありません。教会の本に記載されていた天使様の名前は全て覚えている筈なのですが、私の勉強不足です」
教会に一体何冊の本があるのか知らないが、十や二十ではないのは明らかだ。それらの本に出てくる天使の名前を全部覚えているなんて、俺だったら何年掛かるか分からない。
「本の内容とかも覚えてるの?」
「はい。流石に一言一句とまではいきませんが、気になる天使様がいましたら出来る限りお答えします」
いやいや、一言一句覚えていたら怖いよ。それに俺はあんまり天使に興味ないからなぁ、残念だけどネイトの知識に頼ることは少なそうだ。
そんな会話をしているとエルナの調べ事が終わったようで、メモを本に挟んで閉じた。
「いやぁ、ルシル君の探している天使ってのは随分秘密主義なのかな?ほとんど情報がないよ」
エルナが頭を掻きながら少し困った様に苦笑いする。
「まぁな。俺の部下だからな、人がそう簡単に拝めるような連中じゃねぇよ」
有力な情報が得られないと分かっていたのか、ルシルは落ち着いた表情で言い放った。
「そもそもルシル君の名前を聞いた事がないんだよね。これだけの部下を連れている天使なのだから、結構有名な筈なのだけれど」
ルシルって名前が本当なのかも分からないけどな。そう思ったが、ここで口にしたら話しが逸れて行く気がしたので黙っていよう。
「で?些細なことでも良いから情報を教えてくれ」
「ああ、うん。ルシル君の探している天使はもうこの国にはいないね。でも、サーガという天使は教会国家ゴードヴィッドの助祭、ディーン・エイムスが持つ指輪に宿っているみたい」
「指輪か……」
サムエルのチョーカーよりも小さい指輪を破壊するのは些か骨が折れそうだ。いや待て、何も必ず戦う必要はないのだ。どうにか説得して天使を渡してもらえば良いのだ。幸いにも天子は教会の人間らしいし、話しが通じる可能性は比較的高い筈だ。
俺が一人でうんうん頷いているのを不思議そうに見ていたエルナだったが、何か聞いて来るようなことはせずに話しを再開した。
「ルシル君の部下とは関係ないけれど、一応言っておくね。鳥人国家カサパジェズの南部で、バアルという強い力を持った天使が祀られているみたいだから、何か聞いてみるのも良いかもしれないよ」
バアルという名を聞いた瞬間、ルシルは目を見開いて盛大に顔を引きつらせる。
「どうした?苦手な天使なのか?」
「いや、苦手って訳ではないんだが……はぁ」
ルシルが顔を伏せながら頭を掻き毟って溜め息を吐く。ルシルにこんな態度を取らせるバアルとは一体どんな天使なのか、怖い物見たさとは少し違うが、一度会ってみたいものだ。
「私からの情報はこれだけだね。料金は一万ガランになるよ」
俺は項垂れているルシルの手から財布を取り返し、料金を払う。
「毎度!ところでルシル君?」
エルナってお金を受け取る時、本当に嬉しそうに笑うよな。と思った瞬間、エルナは艶っぽい笑みを張り付かせてルシルの顔を覗き込む。
「なんだよ」
「情報屋としても、個人的にも、ルシル君の事を詳しく知りたいなぁ。勿論、タダとは言わないよ。お金は勿論、それ以外だって払うから少しだけでも教えてくれない?」
これ見よがしに胸を寄せてルシルに密着しようとするものの、ネイトが即座にエルナの頭を叩いて阻止する。
「ちょっと、痛いよ!本気で叩いたでしょ!」
「なんですか、その不埒な態度は。恥を知りなさい」
涙目になったエルナが両手で頭を抑えながらネイトに抗議するも、ネイトは冷たく跳ね除ける。
「俺の事を知るには、この地上にいる生物全てを生贄にしたって足りねぇよ。諦めるんだな」
そう言うとルシルは実体化を解いた。もう用事は済んだという事だろう。
「それじゃあ、俺達は失礼するよ。情報ありがとう」
「いえいえ~、今後ともご贔屓にお願いしますよ」
俺はエルナに別れを告げ、教会を後にした。去り際にネイトとエルナが睨み合った気がしたけど、きっと気のせいだ。
取り敢えず目的地は二つ、教会国家ゴードヴィッドと鳥人国家カサパジェズだ。どちらの国に行くとしてもテイングから西に行く必要がある。このままテイングに留まっていると、昨日の件で事情聴取をされて足止めを喰らいそうなのでカイムと合流し次第、列車に乗って西に向かおう。
色々と世話になったアリナにも別れを言うつもりだったが、上流居住区と行政区域は同じく街の北に位置しているので下手に近付くことは出来ない。申し訳ないが、手紙で挨拶を済まさせてもらおう。
俺はアリナへ宛てる手紙の内容を考えながら、宿に戻る事にした。




