表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
輪廻転世ルクスフェロー  作者: 一丸一
第2章〖裁かれし者〗
30/85

第30話

 折角、襲撃者の情報を聞き出せそうだったのに、またカイムと戦う事になるのか。俺達とカイムの間に緊張が走り、臨戦態勢に入るが、それも長くは続かなかった。カイムの方から構えを解いたからだ。


「安心しろ、今更サムエルの命令で君達と戦う気はない」


 それなら最初から構えないでほしいものだ。俺が肩の力を抜いて安堵すると、サムエルがこちらに近付いて来ながら怒鳴り上げる。


「何をしている!早く天使を取り返さないか!」


「サムエル、天子でなくなった君はもう私の雇い主ではない。命令は聞けない」


「なんだと!?お前がちゃんと天使の相手をしないから、私の天使が奪われたんだぞ!」


 サムエルに胸倉を掴まれるが、カイムは全く動じない。


「確かにそうだが、天子としての権限を無くしたのも事実だ。前金は返すし、必要ならば違約金も払って契約を破棄させてもらう」


「そんな勝手が!」


 サムエルが拳を振り上げてもカイムは眉一つ動かさないでいたが、殴られる瞬間、ルシルがサムエルの拳を掴んだ。


「そんなに俺と戦いたいなら相手してやるよ。だがな、俺の部下を酷使するような奴にアーガは絶対に渡さねぇ!」


 拳を握る力を強めると、サムエルはカイムを掴む手を離して悶え、どうにか逃れようと必死に腕を引くがビクともしない。このままでは拳が潰れると思い、ルシルを止めようと動いた瞬間にサムエルは解放された。


「ぐ、くぅ……」


 サムエルは尻もちをついて倒れ、拳を抑えながらルシルを睨み上げる。


「聞かせてもらおうか、アーガを使って何を企んでいやがった?」


 ルシルに冷たく見下されて恐怖を感じたのか、サムエルは一瞬目を見開いた後に顔を伏せて黙り込んだ。このままだとルシルが拷問しかねないと思ったので俺が割って入る。


「あなたは最初、革新派のフルスティさんと共に国の在り方を変えようとしていた筈です。それなのに、他の政治家から賄賂を受け取って何をしようとしていたんですか?」


「……エフィム、君は今の国をどう思っている?」


 痛みと共に頭に上っていた血が引いたのか、サムエルの口調は落ち着いたものだった。しかし、今の国か。政治なんて興味ないし、生活するのに不自由だと思った事も特にない。どうと聞かれても返答に困るな。

 俺が悩んでいる事を察したサムエルは話しを進める。


「その様子だと特に不満はないのだろう。恐らくこの国にいる人間の過半数は君と同じだ。不満を持つと明言できるとしたら一部の貧民と、政治家の実態を直接見ているフルスティ氏のような人間ぐらいだ。完成された社会ではないが、多くの人間が今の生活を受け入れ、平和に暮らしている」


 天使の存在が大きいかもしれないが、再歴になってからは大きな紛争も無く国全体が穏やかな日々を過ごしている。アリナの話しでは政治家があまり職務を全うしていないような感じだったが、日常生活に支障が出ているような気配はない。実際、俺もアリナの話しを聞くまでは政治家が堕落しているなんて知らなかったわけだ。


「元より完成された社会など実現できないのだ。個人、または小さな集団の範囲で貧困に苦しむ者や犯罪に手を染める者が必ず出てくる。今の社会体制を変えてもそれは変わりないし、改革には必ず痛みが伴う。フルスティ氏の改革が成立すれば今、国の実権を握っている連中の殆どが職を奪われ、痛みに苦しむだろう。家族は勿論、親類にもその痛みは広がり、新たな不満が生まれる」


 仕事をしないのなら職を奪われても仕方ないと思うけどな。けどそういう、産まれ持った地位で生きてきた人間を一般社会の中に蹴落としたら何をしでかすか分からない。俺はアリナの父親が具体的にどういう改革をするのか知らないので、もしもの未来を考えるだけ無駄か。


「今の世界で十分な平穏を保てているのなら、無理に変える必要は無いという事ですか?」


 サムエルの口振りから予想した答えを俺が口にすると、サムエルは首を縦に振って肯定した。


「勿論、細かな改善は必要だがな」


「では何故、金銭や天使の力が必要なのですか?」


 サムエルが革新派から離れた理由は分かったが、この二つの理由が未だに見えない。改革の為ならば資金も天使も必要になりそうだが、その可能性はたった今消失した。


「金など、天子である事を抜きにしても私にとっては大した価値を持たぬ物だ。しかし、金とは不思議な物でね、物を買う以外にも人に対する誠意の証にすらなり得るのだよ。不要だと言うのは簡単だが、それでは誠意を見せた者に対し無礼というものだ。見えている物よりも、その物に乗っている誠意を受け取る事に意味があるのだよ。君も大人になった時に必要になる心構えだろうから、覚えておきたまえ」


 そう言うなら一応覚えておこうと思うけど、大人ってそういうものなのかね。


「ああ、どうして金を渡されていたか理由を言っていなかったね。裁判の結果を調整していたんだ。刑罰の重さは勿論、有罪か無罪かもね。政治家は裁判所を賭博場か何かと勘違いしているらしい。始めは私も怒りを覚え、腐った政治家共を裁こうと思ったが、いかに天子であろうと国を相手にするのは些か大変でね。そこで私は気づいてしまったんだ……」


 サムエルは言葉を切り、右の掌にゆっくりと視線を落とした。その表情には後悔の様な、諦めの様な色が浮かんでいる。


「私も今の社会体制に苦しめられる側の人間なのだと。しかし私は天子という権力を持っていたから、自分の意志さえ変えてしまえば簡単に社会に適合できた。私が協力的な態度を見せた途端、政治家共の態度は面白いぐらい簡単に一変したよ。天子である私が現社会体制を支持すれば、革新派も安易には動けない。私は思ったよ、人の社会とはなんて簡単に出来ているのか、と。理想の社会を求めるより、今の社会の秩序を守る事に決めたよ」


 肩を竦めて自嘲するサムエルを見たルシルは俺の制止を振り切って近付き、胸倉を掴んで無理矢理立たせた。


「てめぇの情けねぇ性根は後で叩き直すとして、さっさとアーガの力を何に使ったか教えろ」


「時を操るとは便利な力でね、今の平穏を保つ為に色々と未来を弄らせてもらったよ。尤も、その所為でアガリアレプトは暫くお休みになられた訳だが」


 サムエルは言い終わると同時にルシルに頬を思い切り殴られ、数メートル吹っ飛ぶ。ルシルが追撃を加えようとしたので、俺は慌てて間に入る。


「どけ、エフィム!そんなクソ野郎を庇う必要はねぇ!」


「アーガは取り返したんだ。これ以上、荒事を起こす必要はないだろ」


 正直、俺もサムエルの卑屈な考えは少し前までの自分を見ているようで嫌いだ。だからと言って、目の前でサムエルがボコボコに殴られるのを黙って見ている理由にはならない。寧ろ、サムエルの気持ちが理解できる俺がルシルを止めなくてはいけない。もしかしたらサムエルを庇う事で過去の自分に言い訳をしたいだけかもしれないが、今は気にしている余裕はない。


「未来なんて誰にも分からない。良い方向に行く可能性だって、悪い方向に行く可能性だってある。それは分かっているのに、未来と言う不確かな物を考えた時、人はどうしても悪い方向に行った時の事を考えてしまう。だからどうしても楽な方に、現実に逃げて、今ある現実を未来に伸ばそうとしてしまう。その方が安定した未来を描けるから」


 俺がマルカから逃げたのも似た様なものだ。マルカの気持ちが分からくなって、勝手に悪い方へ、悪い方へ考えてしまい、ついにはマルカの気持ちを理解する事を諦めた。マルカの気持ちという不確かな物から目を背けると、随分と楽に生きる事ができた。まぁ、楽した分をルシルの拳で精算させられる羽目になったんだけど。

 自分でもどうしてか分からないが、この後ルシルが口にする言葉が予想できた。だから俺はルシルの反応を待たずに言葉を紡ぐ。


「自らで可能性を消している脆弱な行為だと思うかもしれない。けれど、これも無数にある可能性から自分の生きる未来を選ぶ一つの選択の仕方なんだ」


 ルシルに睨まれ、たじろぎそうになるが必死に気を張って耐える。


「仮にそのクソ野郎がエフィムの言う通りの考えをしていたとしても、そいつのやってきた事は何一つ許される事じゃねぇのは分かるよな?」


 ルシルがゆっくりと歩いて来る。確かに、例え今の平和を維持する為でもサムエルのやった八百長裁判や、天使の力とはいえ未来を弄るなんて事は人道に反する。よく考えてみれば今の俺って、自白した犯罪者を無駄に庇っているだけだな。いっそルシルの鉄拳制裁に任せた方が事態は丸く収まるかもしれない。

 弁明を諦めた俺の横をルシルが通り過ぎた瞬間、一つの考えが脳裏を過ぎる。


「ルシル」


「なんだよ、まだ何か言いたいのか?」


 俺の呼び掛けにルシルは足を止め、顔だけこちらを向けた。俺も同じように顔だけをルシルの方に向け、言葉を放つ。


「サムエルの罪は自分自身で裁かせるべきじゃないか?」


 天子としての権力が無くなり、一人の人間として生きていく為にも、裁判官として自分自身にケジメを付けさせるべきだろう。今ここでルシルが制裁を与える必要はない。


「元からそのつもりだ。俺がこいつを殴るのは、単純に気に食わないからだ!」


 あぁ、それならもう俺に止める術はないな。

 ルシルの強烈なボディブローによりサムエルは吹っ飛んで行き、洋館の壁に叩き付けられる。そういえばさっき、ルシルに殴られてからサムエルがずっと黙っていたが、もしかしたら気を失っていたのでは?そうだとしたら今ので死んでしまったかもしれない。

 俺が恐る恐るサムエルの様子を見ると、何事かと飛び出して来たシスターが情けない悲鳴を上げながらサムエルに聖術を施していた。生きて、自分の罪を償って新たな人生を歩んでくれ。

 それにしても、天子としての権力を抑圧し、天使の力すらも酷使する人間の身勝手さは恐ろしいな。いつか天使に愛想を尽かされてしまうのではないか。天使……か、一体何のために地上に降りて来たのだろう。どの人種を生かすか選定する為とかだったら怖いけどな。

 一人で考え込んでいるとルシルに肩を小突かれ、思考を中断させられる。


「エフィムも結構言うじゃねぇか」


 そう言うルシルの表情は嬉しそうだった。さっきは興奮していたのか、自分でも何を言っていたか思い出せないので曖昧な返事を返しておいた。


「エフィム、レゲネラツィの話しだが、今日はもう遅い。明日改めて話そう」


「うん、そうしてくれるとありがたいよ。正直もう疲れて休みたいよ」


 連戦からサムエルへの尋問と、最近まで一般人だった俺には負担が大きすぎる。ネイトも眠いのだろう、目を擦りながら船を漕ぎ始めている。普通、シスターがこんな夜中まで起きている事はないだろうし、見た目以上に辛いのかもしれないな。


「ルシル、宿まで跳んで行けるか?」


「ん?俺は余裕だぜ。なんならエフィムが跳んで行くか?」


「勘弁してくれよ」


 力無い笑いにルシルも俺の疲労具合を察したのか、特に文句を言わずに憑依して体の制御を引き受けてくれた。

 待ち合わせ場所を決めても良かったのだが、カイムが出向いてくれると申し出てくれたので、俺達の宿の名前と大まかな場所を伝えた後、ネイトをおぶってその場を跳び去った。



————洋館の周りにある森の中から、エフィム達の様子を覗き見る二つの影があった。一つはエフィム達を襲った眼帯の男、ヘルムート。もう一つはローブに全身を包んだ少年だ。


「良かった。こっちには気付かないで行ってくれたね」


 フードではっきりと表情は見えないが、少年はヘルムートに笑いかけた。


「ふん。俺はまだ戦っても良かったんだぜ」


 仏頂面で鼻を鳴らすヘルムートを見て、少年は呆れた声を出す。


「まだ戦ってもって、あんな無茶な戦いしてたら死んじゃうよ。どうして躱せる攻撃をわざわざ正面から受けるかな?」


「堕天使の攻撃がどの程度の物か測っただけだ。次はもっと上手くやる」


 強がりで言っている訳ではない。そう思わせる程、ヘルムートの口調は堂々としたものだったが、少年の態度は変わらずに溜め息を吐く。


「はぁ……。お願いだから心配するボクの事も少しは考えてよ」


「心配するぐらいならお前も戦えば良いだろ。お前の魔術と俺の力を合わせればあの程度の堕天使、直ぐに殺せる」


「殺し合いなんてボクは嫌だよ」


「知ってる。けど俺は堕天使を皆殺しにする事を止める気は無いからな。これからも付き合ってもらうぜ」


 酷くぶっきらぼうにヘルムートは少年の頭に手を置いた。それが嬉しかったのか、少年は今までの呆れた態度から一変して元気に頷いた。


「うん、サポートなら任せてよ!それで、これからどうするの?」


「あの銃を持った男、俺達の事を知っている様子だった。一応、報告しに本部に戻るぞ」


 ヘルムートの指示に従い、少年は転移用の紋章を取り出し、術名を唱える。


「ユバーガン」


 紋章が光ると同時に風が二人を包み込み、やがて二人の姿は消え去った。————


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ