第29話
眼帯の男は屋根から飛び降りると、倒れているサムエルには目もくれずこちらに歩いて来る。右手には柄の長いハンマーを持っている様だ。
また争い事が始まると察したシスターは情けない悲鳴を上げて一人逃げ出そうとするが、ネイトに叱られ、倒れているサムエルと共に洋館の中に逃げ込んだ。
「お前らがやられなくて良かったぜ。この前の借りを返せるからなぁ!」
そう言って懐から複雑な模様が描かれた拳大程の金属の板を取り出す。
「大地に宿りし土の精よ、我が僕となりて敵を粉砕せよ!エッサポープ!」
直後、大地が揺れ、大小の石や土が男の両脇に集まっていき、次第に巨大な人型を形成していく。全長は五メートル近くあり、太い腕や脚は振り回すだけで相当な脅威となりえるだろう。それが二体完成しかけると、眼帯の男はまた別の金属の板を取り出す。
「させるか!」
相手の戦闘態勢が整うのをわざわざ待つ必要はない。カイムが眼帯の男に向けて散弾銃を放ったが、銃弾は完成した土の巨人、ゴーレムに阻まれてしまった。
「大地に宿りし土の精よ、我が身に宿り賜え、エッサ・フィンズグフィート!」
眼帯の男はカイムに嘲笑を向けた後、詠唱する。すると再び石や土が舞い上がり、今度は眼帯の男の体を覆っていく。
「俺の狙いはそこの天使だけだ。怪我したくなかったら人間は下がっていろ」
土の鎧を纏った眼帯の男がハンマーを構えながらカイムとネイトに言い放つが、二人共下がるどころか一歩前に出てそれぞれの武器を構える。
「自分の仕える天使様が危険な目に遭うのを見過ごす訳にはいきません」
「紋章魔術を使うということは貴様、レゲネラツィの人間だろう。貴様には聞きたい事がある」
カイムが聞き慣れない言葉を口にする。どうやら敵のことについて何か知っているらしいので、この戦いが終わったら詳しく聞いてみよう。
「ならば仕方ない。行くぞ、堕天使!」
眼帯の男がゴーレムを盾にする形で突進してくる。巨漢の割りにゴーレムの走る速度が速い。俺は少し焦りを見せながら、未だ戦闘態勢に入っていないルシルへ視線を向ける。
「堕天使、堕天使ってうるせぇ奴だな。エフィム、また体借りるぞ」
ルシルは苛立った様子でゴーレムとその向こうにいる眼帯の男を睨み付けると、俺の体に憑依した。
「二人とも退け!あんな土の塊、一撃で消し飛ばしてやる!」
右手に白い光りを集中させ、ネイトとカイムが射線上から退いたと同時に光線を放つ。しかし、それより一瞬早くゴーレムが粉砕され、無数の岩石が飛んで来る。これには全員が驚き、咄嗟に防御の構えを取った。
「くらえぇぇぇぇ!!」
岩石に紛れて眼帯の男がハンマーを力の限り横に振って来たが、ルシルは右腕から光剣を出してどうにか防ぎきる。光剣ごと俺の体が吹き飛ぶんじゃないかと肝を冷やしたが、どうやらその心配はないらしい。
「わざわざ用意したゴーレムを自分で壊したくせに、随分と単調な攻撃だな!」
「単調なのはお前の頭だ、堕天使!」
眼帯の男が後ろに跳び退くと、頭上から影が降ってくる。何事かと見上げると、いつの間にか再生していたゴーレムが両手を振りかぶっていた。粉砕したのは単純な目眩ましではなく、ゴーレムの再生能力を活かして背後を取るためだったのか。
「天に召します神よ御身の恩愛を以って彼の者の告解に耳を傾け賜え。コンフェーション」
ゴーレムの腕が振り下ろされるより一瞬早く、ネイトが聖術を唱えた。天空より細い光線が放たれ、ゴーレムを貫いたが破壊するには至らず、動きを一瞬止めただけだった。その一瞬でもルシルにとっては回避するのに十分な時間だった為、ゴーレムの拳は誰も居ない地面を破砕しただけで終わった。
「ネイトか、助かった」
ルシルが後方にいるネイトへ礼を言って振り返ると、もう一体のゴーレムがネイトを攻撃しようと拳を振るっていた。
「これならば!」
カイムがゴーレムの脇腹に銃口を当ててトリガーを引くと、爆音と共にゴーレムの上半身が吹き飛んだ。岩と岩の繋ぎ目を狙ったのだろう。しかし、吹き飛んだ岩石は空中で再び組み合わさり、下半身と合体して何事もなかったかの様に再生した。
「術者を倒さねば再生し続けるのか……」
カイムが表情を渋くする。ゴーレムは相手にするだけ無駄の様だ。ならば……
「さっさとお前をぶっ倒してやるぜ!」
ルシルが光剣を構えて眼帯の男目掛けて今までにない速度で突進する。カイムと戦っている時に消えかかっていた、全身を纏う白い光りも復活しているし、アーガを取り戻したことでルシルが強化されたのだろう。
「ふん!」
眼帯の男がハンマーを地面に叩き付けると、ルシル目掛けて岩が迫り出す。
「邪魔だ!」
走る速度は落とさず、光剣を振るい岩を斬り払って眼帯の男に迫り、突きを放つ。
「ぐぅ!流石に防ぎ切れねぇか」
眼帯の男は左腕を盾の様に構えて突きを受ける。腕に光剣が刺さりはしなかったが、纏っていた土の鎧は剥がれ、裂傷し出血する。
「おらおらぁ!」
ルシルは光剣を消し、攻撃を殴打に変える。小回りの利かないハンマーでは対処し切れない。土の鎧を軽々と粉砕し、鳩尾に強烈な一撃を叩き込む。
「ぐっ、があぁぁぁ!」
眼帯の男は後退し、立ちながら腹を押えて悶絶する。そんな隙だらけの敵をルシルが見逃す訳はない、光剣を手にして接近する。
「(おい、殺すなよ。そいつには聞きたい事があるんだ)」
万が一の事を考えて釘を刺す。
「(分かってるよ。動けなくするだけだ)」
ルシルは眼帯の男の両足を軽く斬り付けた後に蹴りを見舞って倒し、喉元に光剣を突き付けた。
「この、堕天使が!!」
憎悪の感情を隠しもせずに睨み付けてくる。これほどまでルシルを、天使を恨む理由はなんだろうか。ルシルが問い詰めようと口を開いた瞬間、目を開けていられない程の強風が辺り一面に吹き荒れる。
「ちっ!なんだ!?」
舌打ちしながらどうにか目を空けようとするが、まるで風が意思を持っているかのように強くなり、どうすることも出来ない。
幸いな事に風は直ぐに治まり、何か攻撃を受けた形跡もなかったが、眼帯の男の姿は消え去っていた。ネイトとカイムの方を見ると、二人とも何があったか確認するように辺りを見回していた。術者が消えたからか、今の強風に体を保っていられなくなったのか、ゴーレムは二体とも崩れて小さな砂山に変わっていた。
戦闘が終わったのを確認したので、ルシルは憑依を解いて実体化し、ネイトとカイムに合流する。
「ご無事ですか?」
「こっちは大丈夫。そっちは?」
「こちらも大した被害はありません」
怪我を隠している訳でもなさそうなので、一先ず安心する。
「君はレゲネラツィに狙われているのか?」
カイムが武器を仕舞いながら聞いてくる。レゲネラツィ、さっきも口にしていた名前だ。本音を言うと、天使の情報よりも襲撃者についての情報が欲しかった俺としては、カイムと出会えたのがこの上ない収穫になりそうだ。
「これで三度目になる、じゃなくてなります」
ついさっきまで戦っていた相手だからついタメ口になってしまうが、今は違う。ネイトを守ってくれたこともあるし、敬語を使わねば。
そんな俺の思考を呼んでか、カイムは微かに表情を緩ませる。
「気にするな。敵としても味方としても戦ったのだ、畏まる必要はない」
「そ、それじゃあ、お言葉に甘えるとするとして、そのレゲネラツィっていうのは何なんだ?」
組織の名前なのか、はたまたあの襲撃者の個人名なのか、カイムがどこまでの情報を持っているか分からないが、今はどんな情報でも欲しい。ルシルも襲撃者について興味があるのだろう、真剣な面持ちでカイムの言葉を待ったが、洋館の扉が勢いよく開かれ、話しは遮られた。
「カイムーー!今すぐ私の天使を取り返せぇぇぇ!」
サムエルがこちらを強く睨み付けながら怒号を轟かせると、カイムは鋭い眼光を俺達に向けた。




