第25話
喫茶アッハラーノで朝食を摂り終え、フィンクさんとエルナの関係について聞けないかと機会を伺っていたが、客足の途切れる気配が感じられなかったので会計を済ませ退店した。
アリナとの約束の時間までは駅前の商業区をぶらついたり、森林公園でゆっくりしたりして過ごし、時計が一時を指す頃になって俺はアリナの屋敷に向かう事にした。
「よし、そろそろ行くか」
「(待てよ。せっかくお嬢様を迎えに行くのに呑気に歩いて行くのか?)」
憑依中のルシルが頭の中で話しかけてくる。
「(呑気も何も、普通で良いだろ。それと、俺はあんな変な態度取らないからな)」
「(そう言うなって。お前もそろそろ俺の力を少しは使えるようになっているだろ。試しに跳んで行こうぜ)」
「(ルシルの力を使うって、どういう風に?)」
ルシルの力は体に白い光りを纏わせて身体能力を上げる事だと思うのだが、それを俺も使えると言うのだろうか。ルシルが発動した力を引き継ぐ様にして使った事はあるが、いまいち実感は無い。
今思ったのだが、ルシルの力ってどういうものかよく知らないな。あまり詳しくはないが、天使にも色々と得意分野というか役割というものが存在するって、昔に本で読んだ気がする。
「(それはもうイメージだ。自分の体を光りで包んで、そのまま身を任せる感じ)」
「(分からん)」
「(想像力の無い奴め。けど俺もなぁ、元から使える力だから意識してどう使っているかなんて感がえた事もないんだよな)」
「(説明できない力を人に使わせようとするんじゃない)」
下手に使おうとして暴走なんてしてみろ、大惨事になりかねないぞ。特に手から光線なんか出したらどうなるか分かったもんじゃない。
少しの間ルシルは唸っていたが、結局上手く説明できないと諦めた。
「(分かったよ、じゃあ今回も俺が跳んで行ってやるから、どんな感じかよく覚えておけよ)」
「(跳んで行くのは確定なのか……ネイトはどうするんだ?)」
脳内で会話ををしながら体の制御をルシルに渡す。今思えばこの現象も十分不思議なんだよな。最初は慣れなかったけどいつの間にか平然と交代出来るようになっていたし、ルシルの力を俺が使うのもそう難しいことではないのかもしれない。
「ネイトは……背中に乗れ」
「はい?」
当たり前だが、ネイトに俺達の会話は聞こえていない。ネイトからしてみれば俺が突然しゃがんで「背中に乗れ」と言ったのだ。素直に聞き入られる筈もない。
「跳んでアリナの所に行く」
「そういうことですか。それでは失礼します」
簡潔な説明だったが、ネイトは事情を察して俺の背中に体を預けてくれた。理解が早くて助かる。
ネイトをおんぶしてルシルは白い光りを全身に纏わせると、跳躍して建物の上を駆けて行くのだが、無駄に高低差のある建物に跳び移る。もしかして高い所、若しくは飛び跳ねるのが好きなのか?
「(お前がこの体の感覚を覚えやすいようにわざと飛び跳ねているんだ!)」
「(ああ、そういうことか)」
そんなこんなで少し遠回りをしてアリナの屋敷に到着する。
「ネイト、着いたぞ」
「あ……は、はい」
腰を下ろしてネイトを降ろそうとするが、ネイトはどういう訳か背中から降りるのを渋っている。
「どうした、気分でも悪くなったか?」
「いえ、大丈夫です」
名残惜しそうに、と言って良いのか分からないが、ネイトはゆっくりと俺の背中から降りた。それと同時にルシルは体の制御を俺に返してきた。
「(無駄に力を使ったから疲れたぜ。俺はゆっくり休んでいるから、お前はお嬢様とデートを楽しみな)」
「(デートってお前なぁ……)」
表現の訂正を求めようとしたが既に俺の言葉は届いていないようだったので、諦めて屋敷の呼び鈴を鳴らす。
「やっぱり、温かい……」
「え?」
ネイトが後ろで何か呟いた気がしたので、振り返って聞き返そうと思ったが、ドアが開いたので叶わなかった。
なんだかネイトが熱っぽい顔をしていた気がしたのだけど、大丈夫だろうか。
ドアから出てきたメイドは俺の姿を見るなり深々と頭を下げ、アリナが来るまで中で待つよう進言してきたが、直ぐに来るだろうと思って断った。
俺の予想は当たり、数分としない内にアリナは姿を見せた。
今日は暗い青のロングドレスを着て、化粧もしているのだろう。昨日見た時より少し大人っぽい印象を受けた。ただ、元々の背が低いからか、ロングドレスを着こなせていない感は否めなかった。年頃の女の子が少し背伸びをしていると思えば可愛げも感じられるか。
「天子様、本日はわたくしのような者の為にお時間を頂き、感謝の言葉が尽きませんわ」
落ち着いた動作でアリナが一礼する。ルシルほどではないが、俺も畏まった空気はあまり好きではないから、どう対応して良いか戸惑うな。
「それは構わないけど、お父さんの許可は貰えたの?」
「はい。天子様とご一緒であれば心配は無いと言っておりましたわ」
アリナとは昨日会ったばかりで、父親と俺は未だ面識がない。にも関わらず信用して娘を預けるなんて、本当に天子という肩書きは凄いな。
「それでは皆さん、行って参りますわ」
「お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
アリナが使用人達と挨拶を交わし終えたのを見計らって歩き出す。しかし、街を歩くとは言ってもどこに連れていけばいいのだろうか。取り敢えず商業区を回ってみようかな。でもドレス姿で人混みを歩くのはきついかもしれないし、うーん。
どう案内しようか頭を悩ませていると、貴婦人達が俺達を見ながら小声で話し合っていることに気付く。
「あの方が天子様?」
「随分とお若いのねぇ」
「一緒にいるのはフルスティ伯爵の娘さんよね」
「あの革新派の?どうやって天子様と知り合ったのかしら?」
「そういえば伯爵は裏で怪しい人たちと会っているって噂を聞いたわ。なんでも、革命を起こすらしいわ」
「まぁ、それは大変。もしかしたら天子様も何か騙されているのかもしれませんわ」
内緒話しなら本人達に聞こえないようにやってほしいものだ。
父親の良くない噂を聞かされて、落ち込んではいないかとアリナの方を見ると、俺の心情を悟ったのか、アリナは微笑みを浮かべて対応してくれた。
「心配には及びませんわ。お父様は確かに革新派ですが、噂されるような過激な考えや、疚しい行動は一切しておりませんわ」
「信頼しているんだな」
「親子ですもの、当然ですわ」
どうやら無理をして気丈に振る舞っているわけではないようだ。ならば貴婦人達の話しなど気にせず、この区域を立ち去るとしよう。
「それにしてもあの娘さんは小さいわねぇ。天子様はあのくらいが好みなのかしら?」
何か誤解をされている気がするが、どうせこの場限りの話しだろう。気にしてはいけない。
「小さいと言っても確か十五、六歳よ。女性としての嗜みは心得ている筈ですわ」
「あらあら、もうそんな年頃でしたの?私はてっきり十二歳くらいかと思っておりましたわ」
無視しようとしたが、逆に意識して聞いてしまう。というかわざと聞こえるように言ってないか?少し急ぎ足で歩こうとアリナに提案しようと思い、顔を向けると、アリナは立ち止まって肩を小刻みに震えさせていた。
「アリナ?」
俺の声が引き金となったのか、アリナは貴婦人達の方に勢いよく振り向き、肩を怒らせて怒鳴った。
「小さいって言うなー!!」
貴婦人達は突然の怒鳴り声に体をビクつかせると、そそくさとその場を離れて行った。勿論、ひそひそと何かを話しながら。俺達に聞こえない様に話せるなら最初からそうしろよ。
しかし、いつも上品に立ち振る舞っていたアリナがあんな怒鳴り方をするとは……いや、確か木から降りられなくなった時も似たような感じだったな。人は余裕が無くなった時に本性を見せるというが、果たしてどうなのやら。




