第24話
情報料を支払い、テイングにいる天使の名前を聞き出すと、ルシルはアガリアレプトという名が出てきた瞬間、顔を引きつらせた。俺がどうしたのかと問うと、ルシルは俺達の顔を見渡してから溜め息を吐いた。
「そのアガリアレプト……長いから俺達にはアーガって呼ばれている奴が部下の一人だ」
部下が見付かったのに何故顔を引きつらせたのだろか。俺は思い当たりそうな可能性を提示してみる。
「もしかして問題児なのか?」
俺の予想にルシルは首を横に振って答えた。
「いや、部下の中では寧ろ優等生の方だ」
ただ……とルシルは言葉を繋ぎ、右手を額に当てる。
「少しばっかり頭が弱い奴だ」
それぐらいならば許容範囲だと思うのだが、ルシルのこの態度を見るに過去に何かあったのだろう。
この町に部下がいるなら、その内ルシルの存在に気付いて接触してくる筈だ。だが、ただ待つだけという訳にもいかない。
「そのアーガの天子はどんな人なんだ?」
「う~ん、本当は別料金の情報になるのだけど、今回だけはサービスしようではないか。天子の名前はサムエル・フォーシェルンド。歳は二十九歳で職業は最高裁判所長官だね。西の森の奥にある屋敷に住んでいる」
「長官って、随分偉い人に憑依したんだな」
これはお互いに会うのが難しいのではないか?いくら天子だからといって簡単に裁判所を空けられる立場でもないし、俺達が会いに行くとしても手続きとかで手間が掛かりそうだ。
「元々は下級裁判所の裁判員だったんだけど、偶然、裁判所前の庭園で神器のチョーカーを見付けて天子になったみたいだね。天使アガリアレプトの力も手伝って一気に長官に成り上がったって情報だよ」
「ふーん。運が良かったんだな」
「それがそうでもないのだよ」
おや、何か一波乱あるのか。
エルナはいかにも内緒話しをしますと言うように片手を口元に添え、俺との距離を詰める。
「最初は高潔に職務を全うしていたのだけど、最近じゃお上の方々と色々あるみたいですよ。特に自分も大好きな金銭絡みのやり取りがね。ひっひっひ……」
エルナの卑しい笑い声に俺は苦笑いを浮かべながら数歩後退った。
「わ、分かったよ。ありがとう」
「ところで、三人はもう朝食を済ませたかな?」
急に話題を転換され、若干戸惑いつつも俺は首を横に振って否定する。今まで気にしていなかったが、食について意識した途端、空腹感に襲われる。
「そっか、丁度良かった。もしまだお店を決めてないんだったら、良いお店があるんだけど、どう?っていうかまだ決めてないよね、決めてても今から紹介するお店に行ってね!」
「強制かよ。まぁ特に店は決めて無かったから良いけどさ」
「あ、別に紹介料とかを取るつもりはないから安心してね。はい、これ」
エルナは右腕を袖から服の中に引っ込め、何かを探し当てると袖から右腕を出した。手には一通の封筒が握られており、それを俺に差し出してくる。
「これは?」
「それを喫茶店のマスターに渡すと良い事があるよ。簡単にだけど裏に店までの地図も書いてある親切対応」
裏返してみると確かに地図が書いてあるのだが、土地勘が無いのでよく分からない。
そんな俺の思考を読み取ったのか、エルナが口頭で説明してくれた。
「この道を真っ直ぐ行くと駅前の商業区に着くんだけど、その商業区に入る一つ前の交差点を右に曲がれば分かると思うよ。そんなの入り組んだ所にあるわけじゃないし」
「そうか、ありがとう。助かるよ」
礼を言い、俺達はエルナに別れを告げて教えられた喫茶店を目指す。
エルナの説明と地図を頼りに歩いて行くと、さほど迷わずに目当ての喫茶店に辿り着けた。ちなみに、ルシルは俺に憑依して歩かずに楽をしている。
「喫茶アッハラーノ、ここだな」
木造二階建ての小奇麗な喫茶店だった。入口にはプランターに植えられた観葉植物が日の光りを浴びて、客を呼び込もうと緑を輝かせている。ここのマスターはさぞ落ち着いた紳士なのだろうな。
勝手にマスターの姿を想像しながらドアを開け、店内に入る。
「へい、らっしゃい」
え!?
俺は思わず固まった。カウンターには褐色肌で筋肉隆々で禿頭の男がTシャツ姿でコーヒー豆を挽きながら俺達を迎え入れたのだ。それはもう見事な営業スマイルで。そりゃ、勝手に紳士なマスターを想像した俺が悪いけど、ここまで想像と違うと抗議の一つも言いたくなる。
「お好きな席へどうぞ」
「あ、はい」
マスターに促され、俺が席を選んでいると、いつの間にか実体化したルシルが窓際のテーブル席を陣取った。
マスターの容姿に驚かされて気付くのが遅くなったが、店内はカウンター席、テーブル席共に余裕のある配置をしており、一人でも複数人でも落ち着ける空間となっていた。今のところ客は俺達だけのようなので、俺は早速エルナから貰った封筒をマスターに渡しに行く。
「これをエルナからマスターに渡すように言われたのですが」
マスターは封筒を受け取り、その場で封を切って中の書類に目を通すと同時に顔から営業スマイルが消える。
「やれやれ、お前さん方もエルナ嬢ちゃんに取り入れられたクチかい」
「え?それって、どういう……」
「説明するから席に戻んな」
状況が掴めないでいるが、これから説明があるらしいので大人しく席に戻る。
「先ずは天使様ご一行、来店して頂きありがとうございます」
「よせよ、そんな図体で敬語なんて似合わねぇ。前置きもいい、本題に入りな」
ルシルの言葉に頷くとマスターは咳払いを一つしてから話し始めた。
「俺の名前はアルト・フィンク。呼び方は名前でもマスターでも好きに呼んでくれ。薄々感付いているかもしれないが、この店は情報屋であるエルナとの仲介も担っている」
と言う事はあの封筒は紹介状的な物が入っていたのだろう。しかし、このフィンクさんが仲介役としてエルナに協力する理由はなんだろうか。質問したい気はあるが、今はフィンクさんが店の事を説明しているので後にしよう。
「今みたいに他に客が居なければそのままでもいいんだが、他の客が居る時に仲介を依頼するには、あるメニューに特定の言葉を付け足して注文してもらう」
フィンクさんはメニューを手に取り、ページを捲って俺達に見せた。
「男はこの“男の約束”に、女はこっちの“女の魂”を注文する時に“セット”と付けてくれ」
なんだその料理名は。俺はフィンクさんの手からメニューを受け取り、詳しく見る。
男の約束は白胡麻の上に厚切りの大きな肉が二枚、半分ぐらいが重なるように置いてあり、肉の上には頭の付いた海老が唐辛子ベースのソースに和えられて置かれている。肉の奥には赤をメインにした野菜が山を模って盛られている。これにロールパンとスープが付くようだ。他のメニューも軽く見てみたが、この料理だけ異様だ、主に量が。
女の魂は打って変わって可愛らしくコンパクトにまとめられたスイーツの盛り合わせのようだ。四角い皿の手前中央にはブルーベリーが円状に並べられ、その中央に生クリームが盛られており、右上にはイチゴタルト、左上にチョコレートプリンが置いてある。このプリンの上面にはアラザンがふんだんに乗せられている。こちらは好きな飲み物が付いてくる。
「セットと付けるだけで判断できるものなのですか?メニューを見た感じですと、元々セットとしてパンや飲み物が付いて来るようですし、一般客が誤ってセットと付けて注文してしまうのでは?」
俺の隣で一緒にメニューを見ていたネイトが質問する。
「確かにその可能性はある。だが、これでも元刑事でな人を見極めるのには自信がある。心配には及ばんさ」
「元刑事がどうしてエルナに協力しているんですか?」
最初からエルナとの関係が気になっていたところに、元刑事と来て俺の疑問は膨れ上がり、思わず質問してしまう。
「ああ、それか?それは昔、エルナ嬢ちゃんの父親とな……」
フィンクさんが腕を組んで話しを始めると、店のドアが開いて客が入ってくる。
「いらっしゃい!」
組んでいた腕を素早く解き、営業スマイルで客を案内する。
話しを聞きそびれてしまったが、喫茶店として通常の業務を疎かにする訳にもいくまい。俺達も当初の目的である朝食を摂る事にし、改めてメニューに目を通した。




