第23話
教会を出た俺たちは近くの木陰でブレーンス司教から得た情報を元に今後の行動方針を話し合っていた。
「とりあえず、テイングにいる天使の数と場所は聞けたけど、ルシルの部下かどうかまでは分からないんだよな」
「名前だけでも無理矢理聞き出そうと思ったが、あの堅苦しい感じだと無理そうだったからな」
やはりルシルも俺と似た事を思っていたか。場所は分かるが名前が分からないとなると、やはり直接行くか、住民に話しを聞くしかないのか。ルシルは相手からの接触を待つって言ってたけど、テイングにルシルの部下が居なかったら時間の無駄だ。
「やっぱり、手当たり次第でも俺たちから天使に接触してみないか?」
「前にも言っただろ、突然現れた奴に天使という権力を簡単に渡す奴はアホしかいないって」
「だけど、この町にルシルの部下が居るとは限らないだろ。せめて天使の名前だけでも聞いておくべきだと思う」
「まぁ、それはそうなんだがな……」
珍しく歯切れが悪いな。なにか別の理由があって天使との接触を避けたいのだろうか。
俺が問い詰めようとすると、ルシルが背にしている木の陰から女性の笑い声が聞こえてくる。
「ふっふっふ……お困りの様子ですね」
「誰だ?」
ルシルが振り返って声の主へ問うと、木の陰から修道服を着た女性がこちらに背を向けた状態で現れ、ゆっくりとこちらへ向き直る。
女性の身長は平均よりやや高めといった感じで、ブライト・ゴールドの髪を綺麗に切り揃えたショートにしている。顔立ちははっきりとした感じで綺麗な印象を受け、少し厚めのレンズの眼鏡を掛けており、知的にも見える。あと、修道服には不釣り合いと言えるほど主張が強い胸が印象的だ。
「自分はエルナ・ヤルティナ。気軽にエルナとお呼びください!見ての通りのシスターです」
エルナは元気に名乗ると同時に胸を張る。揺れる。
「俺は、ルシルでこっちの二人が」
「エフィム君とネイト君ですな。先ほど司教と話しをしていた所に自分も居たので知っております」
凄い、天使の言葉を遮ったぞ。本当にシスターか?というよりさっき教会の中にいたのにどうやってこの木の後ろに回ったのだろう。
「それで、俺たちに何か用か?」
「天使様達がお困りの様でしたので、神に仕える身として何かお手伝い出来ないかと声を掛けた所存です」
形式張った言葉とは裏腹に人懐っこそうな笑みを浮かべている。
「そいつは助かる。じゃあこの町に居る天使の名前を教えてくれ」
「随分と直球だな」
思わず突っ込みを入れてしまう。司教が教えてくれなかった情報を、シスターが教えてくれる筈がないだろう。
「分かりました!それでは一万ガランになります」
「金で天使の情報を売るのか……」
笑みを崩さぬままのエルナが重ねた両手を差し出してくるので、俺は困惑しつつ呟いた。
「天使様の情報だけではありませんよ。このテイング内の事は勿論、国内の事に関してありとあらゆる情報を取り扱っておりますので是非ご贔屓にお願いします」
エルナが眼鏡を軽く持ち上げると、レンズが逆光で輝く。これじゃシスターじゃなくて情報屋と言った方が正しいじゃないか。
俺が驚き半分、呆れ半分といった表情でエルナに視線を向けていると、ネイトが前に出てきた。
「あなたは何てふざけた事をしているのですか」
表情に変化は見られないが、口調からして怒っているだろう。教会に仕える身としては当然の反応だろうが、エルナはおかしそうに首を傾げる。
「ふざけてないよー?真面目にお金を稼ごうとして思いついた手段が情報を売るってことなんだけど」
「金銭が目的で情報を売りたいのならば、シスターである必要はないでしょう」
「いやいや、それが重要なんだよね。天使が現存するこの世界はどこも強い信仰が根付いている。教会の関係者と名乗れるだけで大きなアドバンテージになるのだよ」
「それは私達が信仰する神と天使に対する冒涜と捉えて良いのですね」
静かな物言いであったが、ネイトの堪忍袋の緒は今にも切れそうだ。手にしていた長い杖を強く握り、腰だめに構える。杖じゃなくて根と言い現わした方が良さそうだ。
「待って、ちょっと待って!暴力は勘弁して!今のは情報屋としての言葉だから、シスターとしての言い分もあるから!」
エルナは後退りながら両手を突き出して必死にネイトを落ち着かせようとしている。俺としても教会の前で暴力沙汰はよろしくないと思うので、ネイトの肩を掴んで戦闘態勢を解かせる。
「これでもシスターの端くれだから、ちゃんと信仰心も持ち合わせているって。あの厳格な司教の下で奉仕しているんだから、これは信じてよ」
確かに、あの厳しそうなブレーンス司教が居る教会でシスターをやっているのだ、上辺だけの信仰心では直ぐに見抜かれて追い出されそうだ。
「まぁ、私が信仰しているのはお金の神様だけどね」
エルナが口元に手を当てて呟いたのを、ネイトは聞き逃さなかった。今度は問答無用で根をエルナに向かって振り下ろすが、ギリギリの所で避けられる。
「ひゃあ!暴力反対!」
エルナはそそくさと木の裏に隠れ、顔だけ出して抗議する。
「私達が崇めるのは唯一絶対の創造神だけです。あなたの欲望で勝手に神を創造しないでください」
「ネイト、落ち着け」
「ですが、彼女の不敬さは見逃せません!」
やばい、俺の言葉で止めるのもそろそろ限界のようだ。ルシルは傍観を決め込んでいるし、エルナがこれ以上ネイトを刺激しない内に話しを進めよう。
そう思って俺が金を払おうと財布を取り出すと同時に、真面目な表情をしたエルナが木の陰から出て来る。
「この世界を創り出した創造神が唯一絶対の神様なのは分かるよ。現に天使様達がそう言ってるわけだし。でも人が信じ、崇められるものなら、それらは全て神になり得るとも思っている。そもそも創造神はどこまでを創造しているのかが曖昧で、言ってしまえば現実味が無いのだよ。この惑星までを創造したのか、生物全てを創造したのか、それとも……自分のこの言葉さえ創造されたものなのか」
エルナは一息吐いて静かに空を仰ぎ、俺達は黙してエルナの言葉の続きを待つ。
「その点、金銭というのは非常に分かりやすい。欲しい物は形が有る無いに関わらず手に入れる事ができ、時に人の定めた法すらも歪め、人の物欲を満たす事ができる。ネイト君はさっき“欲望で勝手に神を創造しないでください”と言ったね?」
エルナが確認を取るために視線をネイトへ向けると、ネイトは頷いて肯定する。
「ネイト君もシスターなら教えられた事があると思うけど、人は元より欲深く身勝手な生き物なんだ。そんな人の欲望を満たし、勝手を許してくれる金銭は、もはや人が生み出した神と言って差支えないと、自分は思うのだよ。そして自分は見る事も触れる事もできない創造神より、この手で確かに掴める金銭という神を信じる事にした」
言い終えると同時に一陣の風が吹き抜ける。
ネイトは未だ不服そうだが、これだけ本心を打ち明けられては無闇に武力を行使するわけにもいかないのだろう。顔を俯かせながら後ろに下がった。
えっと、妙な空気になって天使の情報が聞きづらくなったぞ。
俺が財布片手に挙動不審になっていると、ルシルの肩が震えていることに気付く。
「くくく……はっはっはっは!人の生み出した神とは、エルナ、面白い事を言うな。俺は気に入ったぜ」
ルシルの笑いに含みは無く、心の底からエルナを評価していると感じられた。まさか今の話しで天使に気に入られるとは思ってもみなかったのだろう。エルナは目を丸くしている。
「一つ聞かせてくれ。どうして俺達にそんな話しをした?ネイトを言い包めるなら他にも方法があったろ」
「えっと……それは、自分は情報を提供する側ですから、何よりも信用が大事ですので、下手にお茶を濁すよりも先ずはこちらの本心を打ち明けようと思った次第です。はい」
「なるほどな、良い心がけだ。それなら信用の証に、俺を名前で呼ぶ事を許そう。それと敬語も不要だ、好きに話すと良い」
「オッケー、じゃあ普段通りでいかせてもらうよ、ルシル君」
順応早いなぁ。まぁ悪い人って訳でもないし、何より情報を売ってくれるならこちらとしても友好的な関係を築いておきたい。ルシルがエルナの態度に満足しているので、ネイトは不満を口にする事はないが明らかな機嫌の悪さが伝わってくる。ネイトのことは後で宥めるとして、今は情報を優先させよう。
俺は財布から一万ガラン札を取り出し、エルナに渡した。




