第21話
応接室に現れたアリナは白が基調で、フリルの付いたドレスを身に纏い、頭には白い花びらを模った髪飾りを着けていた。小柄で顔や髪も綺麗なものだから、まるで人形の様だと思った。
一緒に入って来た執事長はドアの横に待機しており、顔には出ていないが、なんだか疲れている雰囲気だった。そりゃあ勝手に外出したお嬢様が天子を連れて帰って来たら、使用人としては心労が重なることだろう。
「お待たせしましたわ」
「構わないよ」
ルシルは手でアリナに座るように促す。アリナが正面に座り、なんとなく自分の服装を見てみたが、あまりの平凡さに気恥ずかしくなった。明らかに俺は場違いだよな。そこで、いつの間にかテーブルに紅茶とお菓子が置いてあることに気付く。この部屋に入って直ぐルシルと話していたから気付かなかった。
「天子様はどこからいらしたのですか?」
「テイングの東にあるリュンリグネという街だよ」
「リュンリグネですか、毎年聖徳祭で建てられる帝柱が実に壮観だと聞いております。わたくしも一度実物を見てみたいですわ」
確か四年前、母さんの帝柱を口切りにリュンリグネの帝柱は年々大規模な物になっていった筈だ。俺は現実逃避していたから詳しく知らないけど。今年は久しぶりにマルカと聖徳祭に行きたいが、まず無理だろうな。
「テイングほどではないですが、良い街ですので是非」
「ええ。天使様と出会ったのもリュンリグネですの?」
「そうだね。街外れの遺跡で偶然出会ったんだ」
暫くの間、他愛のない会話を続けていたが突然アリナが口籠らせて目を泳がせる。
「どうしたんだい?」
ルシルの問いにアリナは少しの間モジモジとしていたが、意を決したのか上目遣いでルシルを見て小さく声を出した。
「あの……無礼を承知でお願いしたいのですが、天使様とお話しさせてはいただけませんか?」
「お嬢様!」
執事長が血相を変えてアリナに戒告し、メイドは顔を強張らせていた。アリナも自分の発言が過ぎたものだと理解していたのか、大声を出した執事長に何か言う訳でもなく、肩をすぼめている。
部屋の空気が一気に重くなったが、俺にはその理由が分からないし、ルシルも同じく疑問符を浮かべている。天使と話す事がそんなに大事なのだろうか。
「(よく分からないが、ご指名だぞ。出てやらないとアリナが気まずいままだから助けてやれよ。寛大で雄大で壮大な天使様)」
俺の体で好き勝手言った恨みを籠めて、嫌味ったらしく進言するとルシルは意外にも素直に応じ、俺の左隣りに座った状態で実体化した。
ルシルの姿を見るや否や、執事長とメイドは俊敏な動作で跪いて顔を伏せ、アリナも少し遅れて椅子から降りて同じように跪いた。
「天使様、この矮小なるわたくしの願いを聞き入れてくださり恐悦至極でございますわ」
教会の人間でもないのに、天使が姿を見せただけでこんな恭しい態度を取るのか。それともこれが貴族の礼儀というやつなのだろうか。
横目でルシルを見ると、どこか呆れたような表情でアリナを見下ろしていた。
「そんな挨拶は不要だ。さっさと椅子に戻れ。お前らもいつまでも頭下げているな」
ルシルの言葉にアリナは椅子に座り、執事長とメイドは立ち上がるとルシルへ出す紅茶の準備をし始めた。
「それで、俺と話したいことっていうのは?」
アリナが口を開いた瞬間だった。応接室のドアがノックされ、全員の意識がそちらへ向かれる。
「天子様のお供の方をお連れ致しました」
ドアの向こうで女性の声がするとドアが開かれ、ネイトが入ってくる。荷物は使用人に預けたのだろう、手ぶらだ。
「お待たせしました」
ネイトはそう言って俺とルシルに一礼した後、アリナに向き直り自己紹介を交わすと俺の右隣りに座った。俺はネイトに公園で別れてからの事を簡単に説明した。そうしているうちにルシルの前に紅茶が差し出された。カップが俺の物より豪華で、執事長がえらく遜った物言いで紅茶について説明していたが、俺もルシルも聞いてはいなかった。
「さて、じゃあ改めて話しを聞こうか」
そうルシルが仕切ると、アリナは再び口を開いた。
アリナの話しは人間国の社会体制についての疑問だった。貴族主義社会が解体されたとは言っても、今でも国の有力者の殆どは元貴族である。重税や身分階級はなくなったものの、今の政府が国民に行った大きな改正はそれだけで、未だに一般市民と上流市民の差は大きい。むしろ下流市民と一般市民の住み分けが無くなった為に、貧困に苦しむ人々の見分けが付き難くなり、救済処置が執り辛くなっているという。
勿論、アリナも人類皆平等などと言う夢物語をしたい訳ではなく、権力を有する者は人々を導く義務が存在し、その義務を全うする事ができない者は権力を持つ資格は無いと言いたいのだ。
「ふ~ん、ご立派な意思なことで。それで、アリナは俺にその話しを聞かせてどうしたいんだ?」
ルシルは組んだ足の上に両手を乗せて問う。態度的にあんまり興味は無さそうだ。
「今の社会体制について天使様の意見を聞かせては頂けませんか?」
真っ直ぐにルシルを見据えつつアリナが尋ねる。数秒間、視線を交わしていた二人だったが、ルシルの方がつまらなそうに目線を逸らす。
「知らん」
ただ一言、ルシルはそう言った。アリナは驚きつつ何か言いたそうにしているが、相手が天使だからか下手に食い下がってはこない。その様子を見兼ねたルシルはアリナに視線を戻し、説明を始めた。
「人間が自分達で決めた社会だろ。どんなに不満が出る社会でも、自分達で生きる可能性を模索して前に歩いて行くしかないんだ。天使に可能性の選択となり得ることを聞くな」
「分かりましたわ。わたくしの軽率な発言をどうかお許しくださいませ」
アリナが謝罪をすると、使用人達も深々と頭を下げる。ルシルが機嫌を損ねたように見えたのだろうか、ドレスの裾を握るアリナの手が微かに震えている気がした。
「おい、あんまり怖がらせるなよ」
肘で軽く突いて注意すると、最初はなんの事だか分からないといった顔をしていたルシルもアリナの様子に気付き、小さく溜め息を吐いた。
「あー、社会体制を変えて生きる可能性を広げようって考え、俺は評価するけどな」
この言葉にアリナは顔を上げ、明るく笑った。
「天使様の寛容な御心に感謝致しますわ」
アリナのお礼に応える事もなくルシルは紅茶を飲みほして立ち上がる。
「さーて、美味い紅茶もご馳走になったし、そろそろ行くか」
「ん?ああ、そうだな」
急だなと思いつつ、俺とネイトも立ち上がる。ソファーの座り心地が良かったので少し名残惜しいが、もう日が暮れているし、宿を探さなくてはいけない。
「もう行かれますの?」
アリナが立ち上がりつつ、少し残念そうに尋ねてくる。
「うん。あまり遅くまで居ても迷惑かけちゃうしね」
「迷惑だなんて、そんなことありませんわ」
そう言ってくれるものの、使用人達の心労を考えると長居するのは憚られる。
「エフィムが明日、アリナをエスコートするのに前もって街を回りたいって言うもんでな」
ルシルが俺の頭をポンポンと叩きつつ言う。身に覚えのない事を言われたが、ここで突っ込んでは面倒な展開にしかならないから黙っておこう。
天使が帰ると言っている手前、アリナもしつこく引き止める事はせず、素直に見送ってくれた。
「天使様、本日は本当にありがとうございました」
アリナと使用人が丁寧に礼をすると、ルシルは手を軽く振って実体化を解いた。
「じゃあ、また明日。昼過ぎくらいに迎えに来れば良いかな?」
「はい。何時でも天子様の都合がよろしい時に来てくださいませ」
挨拶を済ませ、俺とネイトはアリナの家を後にする。使用人総出で見送るものだから、通りかかった人々の視線を集める事は必至だった。




