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輪廻転世ルクスフェロー  作者: 一丸一
第2章〖裁かれし者〗
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第20話

 ルシルは少女を抱き上げたまま、駅の南にある時計台の屋根の上に立っていた。

 時計台は全高五十メートル近くある巨大な物で、その屋根に立っている二人からは町並みを一望出来た。

 眼下には様々な商店が建ち並び、多くの人々が行き交っている。先程、少女と出会った公園は駅の北に位置し、公園の奥には横長や十字型の宮殿が建っており、その周囲には綺麗に整備された庭園が広がっていた。東の方へ眼を向けると、高級住宅街と高層ビルが十分過ぎる程に存在を主張してきた。南と西には一般的な住宅街が多く見受けられ、南には歴史研究所と教会があり、西の奥には森が広がっているのが分かった。


「まさか貴方が天子様でしたなんて……」


「人生、どんな巡り合わせがあるか分からないものだよ」


 俺の顔を見ながら茫然としていた少女だったが、何か思い出したような表情をして、足場を確認する。


「どうした?」


「まだ自己紹介をしていませんでしたわ。それに、いつまでも天子様の手を煩わせるわけにはいきませんわ」


 天子だと知った途端、急に口調が変わったな。俺も最初、ルシルに会った時はそうだったから偉そうなことは言えないんだけど、あんまり気持ちの良いものじゃないな。


「足場が悪い、このままで大丈夫だよ」


 俺もそう思うんだけど、何かルシルの口調がおかしい。一体どうしたのだろうか。


「し、しかし……」


「そんなに畏まる必要なんてないさ。俺はエフィム・セルトサム。ルシルという天使を宿している」


 おい、何を勝手に名乗っている。体は俺のだけど、今喋っているのはルシルだろ。

 天子に抱き上げられながら名乗ることを躊躇っている少女の事をルシルは強く抱き寄せる。


「お嬢様のお名前は?」


 なんなんだ!?そのお嬢様って言うのは!その少女の事が気に入ったなら実体化して他所で口説いてくれないか。


「わ、わたくしはアリナ・ヴィルヴェ・マルヤ・フルスティと申しますわ」


 アリナは名乗り終えると、赤くなった顔を隠すように町並みを眺め始めた。


「アリナか、良い名前だ。名前も分かったことだし、追われていた理由を聞いても良いかな?」


「……天子様に隠し事なんてできませんわね。追ってきた男は使用人ですわ」


 少しの間黙っていたアリナだったが、観念してこちらへ向き直り、理由を話し始める。


「お父様は心配性過ぎますわ。わたくし、もう十六歳ですのに使用人を二人以上連れないと外出を許可してくださらないの。ですから、時々こうして屋敷を抜け出して街を探索しているのですわ」


 自分はもう子供じゃないと言いたげだが、頬を膨らませて言うアリナの姿を見たら十人中十人が子供だと思うだろう。

 十六歳ってネイトと同い年じゃないか。全然そんな風には見えないな。それにしても使用人に屋敷って、どこのお嬢様だよ。勝手に連れ回して面倒事にならなければいいけど。


「アリナはどうして街を探索しているんだい?」


「それは勿論、民情を視察するためですわ」


 アリナは眼下の町並みへ顔を向け、目を輝かせる。


「お父様は伯爵としての地位に甘んじることなく、常に市民の生活水準向上の為に日々尽力なさっているのですわ!」


「それは自慢のお父様だな」


 伯爵の娘って、また随分なご身分の方と邂逅したものだ。たしか、公爵、侯爵、伯爵だから行政に関わる人間では三番目に権力を持っていることになる。あ、公爵の上に大公がいるから四番目か。

 貴族という身分は廃止されたものの、これまで貴族達が築き上げてきた権力による歴史は今も人の心に根強く残っている。そのため、爵位を持つ人間からしてみれば行政なんてものは社交界の延長線みたいなものらしい。それでも大きな紛争もなく人が生活できているのは、偏に教会や天使のお陰と言えよう。勿論、アリナの父親と同じく、真面目に国を動かそうとしている人間の功績でもあるが。


「少しでもお父様の力になりたいのですが、お父様はわたくしのことを子供扱いしてお仕事の話しをしてくださりませんわ」


「それはそうだろ。自国の人間とはいえ、見ず知らずの人間の生活について頭を悩ませるような男が、実の娘に自分の仕事を手伝わせるような真似をさせたいと思うかい?」


「それは……分かっておりますけど、わたくしも伯爵の娘として産まれた身ならば、もっと民情を知る義務があると思いますわ」


 アリナが自分の意思を表すように強い眼差しで真っ直ぐに見据えてくる。ルシルは一瞬だけ驚いたような、感心したような表情を浮かべたが、直ぐに笑みを浮かべた。


「それでは、今度この天子と一緒に街を歩いてはみませんか?」


「え!?」


「天子と一緒ならば、お父様も手放しでアリナの外出に納得してくれるでしょう」


「大変ありがたいお言葉ですが、どうして先ほど会ったばかりのわたくしに、そこまでしてくださいますの?」


「それは、アリナに惹かれるものを感じたからかな」


 は?自分の口から巨大なムカデが出て来たような気持ち悪さを感じ、もはや突っ込むことを忘れて引いた。ただ引いた。そんな俺とは対照的にアリナは嬉しそうに頬を紅潮させている。


「て、天子様からそのような言葉を頂けるとは、光栄ですわ」


「そういうことだから、今日のところはもう家に帰ろう。明日は時間空いてるかい?」


「はい。天子様とご一緒できるのでしたら、他の用事など徒事も同然ですわ!」


「そうか、ありがとう。じゃあ家まで送るから道案内お願いするよ」


 ルシルは屈託のない笑みを浮かべてお礼を言うと、アリナをしっかりと抱き直して時計台を跳び立った。


「(どういうつもりだ?)」


 アリナの家に向かう途中、俺はこれでもかというほど冷淡な態度でルシルに問う。先ほどから頭の中で散々意義を唱えていたのに無視しやがって。


「(まぁそう怒るな。貴族の娘と仲良くなっておいて悪い事はないだろ)」


「(もっと他に方法があったろ!それに、アリナが貴族だって分かる前から変な口調してただろ!)」


「(だってよ、犬に追いかけられて木の上に逃げたは良いが降りられなくなったなんて、それだけで面白いじゃないか。身分なんて関係なく、取り入っておいて損はないと思ったんだよ)」


 ルシルが不真面目にも笑いを堪えるようにして言うものだから、俺の苛立たちは増すばかりだ。


「(俺の体を使ってナンパをするな!俺は真面目に天使を探したいんだ!)」


「(分かった分かった、落ち着け。ちゃんと説明してやるから……後で)」


 今説明しろと言いかけた瞬間、ルシルは立派な屋敷の前に着地した。アリナの家に着いたのだろう。


「はい到着。お疲れ様」


 ルシルはそう言ってアリナを優しく下ろした。


「天子様、今日は貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございましたわ。もしよろしければ中でお茶でも如何でしょう?」


 時計台の屋根に上ったり、屋根と屋根を飛び移るなんて普通に生活していたら体験しないよな。結構大勢の人に見られていた気がするけど大丈夫なのだろうか。


「それじゃあ、折角だからお邪魔しようかな。あ、その前に」


 アリナの申し出を素直に受け入れようとしたルシルだったが、ポケットを漁って天徽章を取り出す。


「えーっと、よくわかんないけど、こうか?」


 ルシルは手の平に乗せた天徽章に意識を集中させる。すると天徽章から手の平サイズの立体モニターが現れ、いくつかの項目が表示されていたので、ルシルはその項目の中から通話を選択した。すると画面が切り替わり、連絡先だろう『地徽章一』と『地徽章二』が表示された。


「(おい、どっちがネイトに渡したやつだ?)」


「(分からん。渡したのはネイトの方が後だから二じゃないか?)」


 間違っても家族に繋がるだけだし、特に問題はないだろう。俺の言葉を受け、ルシルは『地徽章二』を選択する。程なくして画面が変わり、ネイトの顔が映る。背景を見るに市街の方に居るのだろうか、公園らしき緑が見当たらない。


「あー、ネイト聞こえるか?」


「はい。聞こえています。今、地徽章が受信している位置情報を頼りにそちらへ向かっています」


「そうか、行動が早いな。じゃあ、俺はこの屋敷でくつろがせてもらっているから、ネイトも来てくれ」


「かしこまりました」


 会話を終えるとルシルは天徽章を握ってモニターを消し、ポケットに仕舞った。


「お待たせ」


 ルシルの言葉に、アリナは我を取り戻したかのように笑顔を作る。天徽章の機能に気を取られていたのだろう。俺もアリヤの立場だったら同じ反応をしたと思う。

 アリナに招かれ屋敷に入ると、真っ先に使用人達、男女二人ずつがアリナへ駆け寄ってきた。「どこに行っていたのか」など「怪我はないか」だの各々がアリナの心配をしていた。


「皆さん、お客様の前ですわよ」


 アリナは少し煩わしそうに使用人達へ言い放つ。勝手に出歩くから心配を掛けているのだが、アリナにとってはこのように心配される事が子供扱いされていると感じて気に障るのだろう。

 アリナの言葉に使用人達は俺の方を一瞥し、直ぐに姿勢を正した。


「これはお見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありません」


 執事長だろうか、燕尾服をスマートに着こなした中年の男性が一歩前に出て深々と頭を下げる。それに合わせて後ろの使用人達も頭を下げる。


「天子様、わたくしからもお詫び致しますわ」


 天子という単語を聞き、使用人達は驚いたように顔を上げる。


「さあ、いつまでも天子様を玄関で立たせていないで応接室にご案内してくださいます?」


 アリナの言葉に、執事長は慣れた動作で俺を部屋へ案内した。アリナは着替えてから来るとか言って自室に向かったようだ。

 執事長は俺を案内し終えると、メイドと入れ替わりで応接室から出て行った。多分、アリナに事情を聞きに行ったのだろう。

 ルシルがソファーに座って一息吐いたところで俺は脳内でルシルに呼びかけた。


「(さて、じゃあ説明してもらおうか)」


「(ああ。その前にエフィムはどうやって天使を探す気だった?)」


「(どうって、教会に行ってテイングにいる天使を教えてもらう)」


 各地区にある教会では天使の所在をある程度把握しており、天子であると証明できれば情報を聞く事ができる。首都であるテイングの教会ならばどの天使がどこに居るか詳しく分かるはずだ。


「(まぁ、無難な方法だな。だけど俺は、いくら天子相手だからってご丁寧に天使の居所を教えてくれるとも、天使が素直に会ってくれるとも思えないんだ)」


「(そうか?詳細な場所は分からないかもしれないが、天使同士なら会ってくれるんじゃないのか?)」


 天子であることを証明する方法はいくらでもあるし、ルシルは部下の天使達と共に天界に戻ろうとしている。ルシルの姿を見せれば部下の天使達は大人しく付いて来てくれると思うのだが。


「(想像してみろ、突然天子がやってきて“お前の天使は俺の天使の部下だから寄越せ”なんて言われたらどすする?)」


「(言い方にもよるが、多少なりとも混乱するだろうな)」


「(だろう。しかも天子はこの世界じゃかなり上の権力を持っている。その権力を突然現れた奴に譲るなんて、アホのやることだ)」


 ああ、それもそうか。例えば天使の願いが天界に帰ることだったら、天子は天界に帰す方法を探す振りをしていれば遊んで暮らすことだってできる。実際には本当に天界へ戻す方法が見付かっていないから仕方ないのかもしれないが、物見遊山で世界を回っている天子も多いだろうな。まぁ、俺は天使とか権力とかいらないから平穏に暮らしたいな。マルカと仲直りしたし。


「(アホがここに居たか……)」


「(む、そんなことより、ルシルは他に考えがあるのかよ?)」


「(俺はな、こっちで目当ての天使を探しつつ、相手からの接触を待とうと思っている。俺の部下のことだ、俺の存在を知ったら直ぐに接触してくるだろうぜ)」


 部下のことを知らない俺が無闇に探すより、部下のことを知っているルシルに探すのを任せた方が良さそうだ。


「(それでアリナを口説いたっていうのか?)」


「(そうだ。口伝てに俺の存在を広めて貰おうと思ってな。変な口調なのも、印象に残りやすいと思ってのことだ。悪く思うなよ)」


 納得はいかないが理解はできた。今度からは事前に打ち合わせしておいてほしいものだ。


「(しかし、そう上手く広まるのか?)」


「(この屋敷に来るまで人目に付くように跳んで来たし、明日アリナと一緒に街に出れば否が応でも俺の存在は広まるだろ。なんなら教会にでも寄って行くか?)」


 うーん、天使がそんなに自己主張して良いのか?そんなに目立ってはまた襲撃される……あ!


「(教会で天使のことを聞くついでに、例の襲撃者について探る必要があると思う)」


 ルシルの奇行に気を取られていたが、教会本堂の司祭が各地方の教会に諜報用の聖術を掛けている可能性があるのだった。あまり教会を頼るわけにもいかないし、やはり天使探しはルシルの意見を尊重したほうが良さそうだ。


「(それについても考えがあるから任せておけって)」


「(任せておけじゃなくて、その考えを話してくれよ。こっちは心配してんだからさ)」


 俺の言葉にルシルが自分の腹の内を明かそうとするが、部屋をノックする音が聞こえてきたので中断することになった。



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