第19話
特急列車に揺られること五時間弱、俺たちは無事、首都テイングに到着した。列車内でも襲撃があるのではないかと少なからず危惧していたが、ただの杞憂で済んだので一安心だ。
駅構内は大勢の人で溢れており、立ち止まるのも憚られる。人の波に半ば流されるようにして駅校内を出ると、外にも人の波は広がっていた。ネイトと逸れないようにしてどうにか人気の少ない道へ逃れ、一息つく。
「はぁ、凄い人の数だな」
「はい。流石は首都ですね」
さて、これからどうしたものか。太陽は随分と西へ傾いており、一時間もすれば夕刻になるだろう。少しは散策をしたいと思ったが、どうも空腹が気になる。
————列車の中で昼時を迎えると、ネイトは今朝作ってきたであろうサンドイッチを差し出してくれた。それはもう機械で作ったように綺麗に形を整えられていて、思わず手を付けるのが躊躇われたぐらいだ。
てっきりネイトも一緒に食べるのかと思ったら別のパンを食べると言い出し、そのパンがあまりにも質素、というか何の味付けもされていなさそうだったので多少強引にサンドイッチを食べさせた。そこまでは良かったのだが、ルシルの奴が何の遠慮もなくバクバク食べるから俺とネイトはほとんど食べられなかった。ネイトはルシルが美味しいと言って食べているから遠慮して食べなかったのだろうが————
ちなみに、ルシルは実体化していると腹も減るし、眠たくもなるらしい。憑依や霊体化している状態ならそれらの欲求は俺の体で共有するらしい。つまり今の空腹状態の体の制御をルシルに譲ると、満腹状態であったはずのルシルが空腹を感じることとなる。尤も、ルシルは奥に引っ込んでいるから制御を渡すことが叶わない。しかし、最初の方で憑依中なのにルシルだけ寝ている時があったな、今度聞いてみよう。
思い出したら更に腹が減ってきた。何も言わないが、ネイトも腹を空かせているだろう。しかし時間が時間なので、あまりキチンとした物を食べる訳にもいかないから、どこか軽食屋を探すか。
「ネイト、どこかで軽く食べないか?」
「分かりました。お供します」
探すと言っても、どこに何があるか分からないな。俺は右手を顎に当てて考え込もうとするが、そこで右手に違和感を感じた。なにか柔らかい物を握っている。俺が自分の右手を見ると、なんとネイトの左手と繋いでいたではないか。人の波に流されて逸れないように、無意識の内に繋いでいたのだろう。そこまでは良いかもしれないけど、この小道に避難した後もずっと繋いでいたのか。俺は静かに手を離す。
「あ……」
「手繋いだままだったの忘れてた、ごめん」
「いえ……」
ネイトは俯いて右手で左手を擦っている。うーん、もしかして手を繋がれるのは嫌いだったか。でも俺が天子だから嫌とも言えなかったとか、ネイトならありえるな。
「ネイト、嫌なことがあったら言うんだぞ。俺が天子だからって遠慮することはないからな」
俺が注意するとネイトははっとした様子で顔を上げ、首を横に振る。
「い、いえ。嫌だなんて思っていません。ただ、その……」
随分と言い淀んでいるな。まぁ、一緒に旅をしてまだ一日も経っていないのだから、今まで信仰していた天子へ意見を言うのは憚られるか。
俺としては畏まった態度で接されると困るのだが、ネイトにもこれまでの人生の中で与えられた、シスターの教えというものがあるのだろう。長い旅になるのだからお互いにとって良い距離感で過ごしたいが、その線引きを焦っては元も子もない。俺の方が立場的にも年齢的にも上なのだから気を遣わなくては。
「列車の中で散々呼び方や口調について指示しておいて何だけど、なんでも俺の言った通りにする必要はないし、ネイトが過ごしやすいようにしてくれれば良いからさ」
「はい、心遣いありがとうございます」
「うん。じゃあ行こうか」
俺は駅とは逆の方向に向かって歩き出す。駅の近くならば軽食屋などいくらでもありそうだが、あの人の波を掻き分け、店を探すには俺はまだまだ未熟だ。
「温かかった……」
ネイトは一度、大事そうに左手を握った後、エフィムと共に歩いて行った。
暫くの間、当てもなく小道を歩いていると、大きな木に囲まれた森林公園の入り口が見えた。
「公園か。何か屋台でもありそうだな」
鉄筋コンクリートやレンガ等の人工物が立ち並ぶ中、まるで別の空間として切り離されたように存在する公園に惹かれた俺はネイトを連れて敷地内に入る。
木々に囲まれながら、強く固められた土の道を歩いていると心が落ち着く。何かに悩んだ時はこの公園に足を運ぶと良いかもしれない。
やがて道が二手に分かれている。右はこれまで通り土の道で、左はレンガが敷かれた道だ。木製の看板には右が『遊技場・広場』、左が『売店・露店』と書かれていた。
「お、売店で何か食べ物でも買いに行こうか」
「はい」
俺とネイトはレンガの道を歩いて行き、程なくして道が開ける。露店や屋台がいくつか並び、奥の方には小奇麗な建物の売店がある。客の数もそこそこ多く、思わず露店で売っている小物等も見て周ってしまう。
食べ物を扱っている屋台も一通り見て周り、量的に丁度好さそうだったので小さ目のホットドッグを購入する。
俺は早速その場で食べようとしたが、ネイトが立ち食いを渋ったので座れそうな場所を探す。どうやら売店の奥の道が広場の方に繋がっているようなので、一先ず広場を目指すことにした。
「我が儘を言って申し訳ありません」
「気にするなって。嫌なことは遠慮しないで言ってくれたほうが俺も助かるからさ」
「お心遣い、感謝致します」
言葉遣いが硬くなった。これは結構気にしていそうだな。こういう場合はあんまり気遣いの言葉を掛けない方がいいよな。俺は軽く笑い掛けるだけにして会話を終わらせる。
広場は一面が芝生に覆われ、奥の方には様々な遊具が置いてあり、小さな子供達が遊んでいるのが見える。俺とネイトは木製のベンチに座ってホットドッグを食べ始めた時、視界の端で一匹の犬が上の方に向かって吠えているのが見えた。何かあるのかと、そちらの方に視線を向ける。すると、木の幹にしがみついた少女が犬に吠えられていた。
「はぁ……」
「どうかしましたか?」
「ちょっと向こうに行ってくる。ネイトはここで待ってて」
「分かりました」
見て見ぬ振りをするわけにもいかないので、俺は少女と犬へ近付く。先に犬の方が俺の存在に気付き、ホットドッグの匂いが気になったのか、少女に向かって吠えるのを止めて舌を出して俺の方に歩いてくる。
「腹減ってるのか?」
食べかけのホットドッグを犬に近づけたり遠ざけたりすると、俺の動きに合わせて犬が動く。興味があるのを確認したので少し離れた所にホットドッグを投げると、犬は駆け出して行きホットドッグに食らいついた。
「おーい、降りて来て大丈夫だぞ」
少女は幹からそっと顔をだしてこちらの様子を窺っているようだったが、直ぐに顔を引っ込めてしまう。どうしたのかと思うが、その理由は俺の足元に居た。ホットドッグを食べ終えた犬が俺の足に擦り寄っている。
「もう食べ物は無いんだ。どこかに行ってくれ」
犬は俺の周りをうろうろしていたが、やがて構ってもらえないと悟ったのか、どこかへ歩いて行った。犬が戻って来ないのを確認して再び少女へ声をかける。
「今度こそ降りて来て大丈夫だぞ」
少女は先程と同じく顔を覗かせる。周囲に犬が居ないと分かると少女ははっきりと顔を出し、俺と視線を合わせた。
少女はあどけなさが残るものの、釣りがちの眼やすっきりとした鼻筋で綺麗な顔立ちをしており、プリムローズ・イエローの長髪を緩く巻いているので雰囲気が少し大人っぽい。木の幹に隠れてはっきりと服装は見えないが、白いブラウスの上に紺色の膝下丈のワンピースを着ている感じだ。
「……」
「え?」
顔を赤くして何か言っているようだが、声が小さくて聞こえないので少女の方に近寄りながら聞き返す。
「お、降りれないって言ったの!」
少女は涙ぐみながら声を張った。犬に追いかけられて木に登ったは良いが降りられなくなった。確かに情けない話しだが、泣くことはないだろう。しかし、どうしたものか。俺も木登りが得意な訳でもないし、飛び降りさせたところを抱き留めるのは危険すぎるな。
俺が解決策を考えていると、少女は遠くの方を見て声を上げる。
「や、やば!」
少女の視線を追うと、黒いスーツを着た男が一人、こちらに向かって歩いて来ていた。
少女の方に視線を戻すと、必死に降りようとしていて非常に危なっかしい。そう思った次の瞬間、少女は手を滑らせて落下する。
「きゃあ!」
大怪我に繋がるような高さではなかったが、見過ごす訳にもいかない。急いで落下地点に向かおうとすると突然、自分の意識が肉体から離れる。ルシルに体の制御を取られたのだ。
ルシルは体を白い光りで包むと、少女に向かって飛び上がり、空中で抱き留めた。右腕は肩を抱くようにし、左腕は膝下に回して脚を支える、所謂お姫様抱っこというやつだ。
こうして近くで見ると、少女は思っていたより小柄だった。マルカより小さい。中、いや小学生と言っても通じそうだ。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
空中で助けられるとは思っていなかったのだろう、少女は目を丸くしている。
着地すると同時に振り返り、スーツ男の方を見ると、今の出来事で少女の存在に気付いたのだろう。走ってこちらに近付いて来る。
「さてどうする、お嬢様?」
ルシルはキザったらしい笑みを浮かべる。おい、俺はそんな笑い方しないぞ。変な印象を持たれたらどうするんだ。
「と、とりあえず逃げて!できれば市街の方に!」
「了解」
少女の慌て様を見るに、事情は分からないが厄介事に巻き込まれているようだ。
ルシルは踵を返してネイトの方に走る。
「少し散歩に行ってくるから適当に時間を潰していてくれ」
ネイトの返答も待たずにルシルは高く跳躍し、公園を囲む木々を跳び越えた。




