第18話
特急列車の後方、一般車両のボックスシートの窓側に俺が座ると、ネイトは隣りに座った。てっきり向き合うように座るものだと思っていたので少し驚くが、まぁ好きに座らせよう。
平日の午前中なので列車内には空席が目立つ。これなら旅について話しをしても大丈夫そうだ。俺がそう思うや否や、腕輪が発光し目の前の席に体を開いて悠々と座るルシルが実態化した。
「ネイト、だっけ?俺が偉大なる天使ルシルだ。よろしくな」
自分で偉大とか言う天使ってどうなんだよと思うが、ネイトは真面目なことに椅子から降りて地面に跪いて頭を下げた。
「天使様、お初にお目にかかります。天使様の旅にお供させて頂きます、ネイト・ティエドゥールです。どうぞお見知り置きお願いします」
「ああ!やめろ、やめろ。これから一緒に旅するのにそんな硬い態度されたら息苦しい」
威張った態度の割りにこういう主従関係は嫌うんだよな。
「申し訳ありません、天使様」
「それだ。先ずはその天使様っていうのをやめろ。俺はルシルっていう名前があるんだ」
「承知致しました、ルシル様」
「分かったなら席に戻れ」
「はい」
なんだかなぁ。ネイトは生真面目すぎてルシルとは相性が悪そうだ。産まれてからずっと教会で育てられてきたから仕方ないのかもしれないが、この調子では俺も口調に気を遣わなくてはいけない気がして面倒だから、ルシルと協力して打ち解けさせてみるか。
ネイトが席に戻ると同時に、列車は警笛を鳴らして発車する。
「俺のこともエフィムでいいよ」
「はい。エフィム様」
「違う、エフィム。様なんて付けなくていいって」
呼び捨てを要求するが、ネイトは表情一つ変えず首を横に振った。
「そういう訳にはいきません。シスターが天子様を呼び捨てにするなど、天に唾するも同然です」
「あー、じゃあシスターなんてやめちまえよ」
ルシルがつまらなそうに窓を開け、首を出して外を眺めながら言い放つ。そんな、道端に転がっている小石を蹴飛ばすような簡単な話ではないだろうに。流石にこれにはルシルの言葉でもネイトは頷くまいと、反応を伺う。ネイトは無表情のまま考え込んでいたが、やがて何か思いついたのだろう、ルシルに向かって口を開く。
「では、シスターとして事務的な手続きが必要な場合以外は一般の女として立ち振る舞うよう努力致します」
ネイトの言葉にルシルは表情を明るくして振り返る。
「おっ!案外柔らかい頭してるんだな、見直したぜ。なんなら俺の事も呼び捨てで良いぞ」
「お褒めに預かり光栄でございます。ですが、ルシル様を呼び捨てにするのは畏れ多くて、とても出来ません」
「ああ、そう。まぁ俺は様付けられるの慣れてるからどっちでも良いけど」
「ルシル様の寛大さに感謝致します」
ルシルも言ったが、ネイトは案外対応力が高いようだ。てっきり頑なに自分の立場を守ろうとすると思っていたので、これは嬉しい誤算だ。後は……
「言葉遣いも少しづつ柔らかくしていこうな」
「努力します」
シスターであるネイトにとって、天使の言葉は絶対的な物だから単純に従っている可能性も無きにしも非ずだが、今はそこまで気にする必要はないだろう。
「あ、そうだ。ネイトにこれを渡しておくよ」
俺はパーカーのポケットから地徽章を取り出し、ネイトに差し出す。
「ありがとうございます。ですが、私はエフィムさ……エフィムから離れることは無いと思いますので、活用する機会は少ないと思います」
確かに二人で行動する機会がほとんどだろうが、持っているに越した事はないだろう。しかし、ネイトの言い方には何かひっかかるものがあるな。
「離れることは無いって言っても、街の散策なんかは別々にした方が良い時もあるだろ?お互いに色々と入り用な物もあると思うし」
「お供します」
即答。なんか嫌な予感がしてきた。
「えっと、もちろん宿の部屋は……」
「お供します」
「流石にお風呂は……」
「お供します」
「トイレぐらいはっ!」
「お供します!」
「はっはっは!」
お供しますじゃないよ、何を考えているんだこの娘は!そしてルシルは笑ってんじゃない。
「お風呂やトイレは勿論、部屋も別にするからな。異論は認めない」
ネイトが不服そうにしているが無視して話しを進める。
「ところでルシル、そろそろ天使を天界に戻す手段を教えてくれないか?」
最初にルシルから旅の目的を聞かされた時ははぐらかされてしまったからな。そういえばあの時も電車の中だったな。
「ああ、そうだな。お前ら、旧世界の奇跡って知ってるか?」
「旧世界の奇跡?」
俺が何のことだと首を傾げていると、ネイトが口を開く。
「再創世期以前の世界に存在していた人類が滅びを避けるために作りだした物ですね。遺跡から見つかった古文書に存在は記載されていましたが、実物はまだ発見されていません」
教会の人間にとっては常識なのだろうか。あれ、そういえば俺も前にニュースか何かで聞いた気がするし、一般常識なのかもしれない。機会があれば歴史について勉強しておいた方が良いかもしれないな。
「その旧世界の奇跡っていうのがなんでも地上と天界を繋げることができる代物らしいんだ」
「らしいって、ルシルも詳しくは知らないのか?」
ちゃんとした手段がある。とか言い切っていたのに随分と曖昧な、それも昔の人が作りだした物に頼るのか。などと突っ込みたいが、歴史に疎い自分を棚に上げるような真似はしたくない。
「そりゃあな、一度も使われずに旧世界は滅んでどこかに行っちまったんだ」
「仮にそのような、文字通り奇跡を起こせたとしても、実物を見つけ出すのは困難かと。数十年に亘って探索が続けられていますが、未だに手掛かりすら発見できていないと聞きます」
「その点は心配いらないぜ。俺の部下に探し物を見つけるのが得意な奴がいるんだ。そいつを見つければ楽勝だ」
ルシルが威張って踏ん反り返る。凄いのはルシルじゃなくて部下の方なんだが。
「あれ?見つければって、もしかしてその部下の居場所は分からないのか?」
「知らない。再創世の時に散り散りになったきりだ」
「はぁ……やっぱりそう簡単に行く旅にはならないんだな」
「そう溜め息を吐くなって、俺と一緒の旅なんだ。退屈なんかさせねぇって」
退屈しないどころか気の休まる暇もなさそうだ。俺が頭を垂れているとネイトが顔の前で両手を握った状態で覗き込んでくる。
「微力ながら私や教会も協力しますので、そう気を落とさないでください」
そうだよな。ルシルには大きな借りがあるんだ。何もしない内に落ち込んでなんかいられない。それに、ツァピン司祭からネイトに世界を見せてほしいと頼まれているのだ。回り道上等ぐらいの気概を持とうじゃないか。
気持ちを切り替えた俺は顔を上げ、励ましてくれたお礼を言いつつネイトに微笑んだ。




