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輪廻転世ルクスフェロー  作者: 一丸一
第1章 〖天子になった少年〗
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第16話

 静まり返った教会の交差部で、セルトサム一家は椅子に座って儀式が始まるのを待っていた。父オレクと母アーラは晴れやかな表情だったが、妹のマルカは浮かない表情で俯きがちだ。エフィムが天子になる事に納得はしたが、やはり不安なのだろう。

 袖廊に並んでいたシスター達が音もなく両側の壁に沿うようにして別れたと思うとドアが開く。そこから儀式用に金色の装飾が施されたローブと司教冠を身に着けたツァピン司祭が現れ、祭壇に向かってゆっくりと歩いて行く。

 ツァピン司祭は祭壇の前に立つと、マルカ達へにこやかな笑みを浮かべて一礼する。

 いよいよ儀式が始まる。マルカは何時までも暗い表情はしていられないと思い、表情を引き締めしっかりと前を向いた。


「これより、エフィム・セルトサムの天賦の儀を執り行います」


 宣言と同時にツァピン司祭が出てきた袖廊とは逆の袖廊に並んでいたシスター達が両壁に別れ、ドアが開かれる。

 白を基調にし、赤のラインが入った礼服を纏ったエフィムが現れるとシスター達は一糸乱れぬ動作で首から下げたロザリオに手を当て、深く頭を下げた。ツァピンもエフィムの方へ向き直り、同じ動作をしている。

 緊張でこれから行う動作を忘れてしまいそうになるが、ここで慌ててしまっては恰好が付かない。俺は昂然たる態度で袖廊を歩き、光る絨毯が敷かれた祭壇の前へ行くとツァピン司祭は頭を上げる。


「エフィム・セルトサム、天使に選ばれし人の子よ、そなたは天より与えられし祝福を受け入れますか?」


「受け入れます」


「ならば授けましょう、天使と共にある者、天子の証を」


 ツァピン司祭は祭壇に置いてある小さな箱を開け、金色のバッジを取り出し、俺の左胸に付ける。バッチは天使の羽の奥で上半身の人間が向き合って手を合わせている様なデザインだった。


「天子となりし者、その身を以って天命を受け入れ、天使に付き従う事を誓いますか?」


「誓います」


「ならば授けましょう、天人を繋ぎし剣を」


 今度は祭壇に置いてあった短剣を両手で差し出してくるので俺は両手で受け取り、一度胸元に引き寄せた後、左手に持ち替えて腕を下ろして家族の方へ向く。


「私、エフィム・セルトサムは今この時を以って天子となり、この世に平穏と繁栄をもたらす天使に従属する事を誓います!」


 短剣を抜き天に掲げると、足元に敷かれていた光りと側廊に灯されていた光りが一斉に噴出し、教会に無数の光る柱が立ち上った。

 ―――儀式が終わると俺は家族から祝福の言葉を浴びせられた。


「まさか自分の子が天子になるなんて、母さん嬉しくて涙が止まらないわぁ」


 母さんはハンカチで溢れ出る涙を必死に拭っている。父さんのスーツ姿やマルカの制服姿は普段よく見るが、母さんのスーツ姿はあまり見ない上にサフラン・イエローの長髪をシニョンにしているのでまるで別人に見える。


「そういえばお兄ちゃん、もう怪我は治ったの?」


「ああ、ツァピン司祭に治してもらったよ」


 包帯とガーゼだらけの姿で儀式に出る訳にもいかないと、儀式の前にツァピン司祭が聖術で治してくれたのだ。最初から聖術で治してくれれば良いとも思ったが、治療よりも状況を話す事が優先だったし、多分おいそれと使える術でもなかったのだろう。実際、俺は今日までこの世に術があると知らなかったわけだし。


「へぇ、聖術って凄いんだね。私も習おうかな……」


 マルカは聖術があるのを知っていた。術の存在を知らなかったのは単に俺の勉強不足なだけだったようだ。


「駄目よ、マルカ。マルカは神様よりもエフィムに仕えるんでしょ?」


 母さんが眼を腫らしながら会話に混ざってくる。


「そ、そんなこと言ってないよ!」


 マルカが頬を赤くして異議を唱えると、母さんは不思議そうに小首を傾げてみせた。


「子供の頃に言ってたじゃない“兄妹だから結婚はできないけど、お兄ちゃんのメイドさんになればずっと一緒に暮らせるね”って」


「それって、小さい頃の話しでしょ!?」


「そういえば言ってたな。マルカが小学二年生の時だったか」


「お兄ちゃんまで!」


 マルカが顔全体を真っ赤にさせる。家族にしか聞かれていないんだからそんなに恥ずかしがるなよ。

 家族と楽しく談笑していると、ツァピン司祭と小さな箱を二つ持ったネイトがこちらに歩み寄って来る。


「団欒中、失礼します。儀式は終わりましたが、いくつかお話ししたいことがございます」


 その言葉に俺たちは一旦会話を止め、ツァピン司祭へ向き直る。


「先ず最初にお渡しするものがございます」


 ツァピン司祭はネイトの持つ箱を二つとも開けてバッジを取り出し、俺に差し出す。色は白だったがデザインは俺の左胸に付いてある物と同じだ。


「実はその徽章、天子様である事を証明する物であると同時に通信機としての機能も備わっております」


 俺はバッジ……徽章を受け取りながら自分の左胸を見る。この徽章にそんな化学的な機能があるとは、意外だった。


「徽章に天使様のお力を注いで頂ければ、後は祈るだけでこの徽章を持つ者の位置が分かったり、通話したりできます。ただし、通話を掛けるのは天徽章、金色の徽章からのみ可能です。地徽章、白色の徽章は受信専用となっております」


「へー、便利……なのか?」


 受信専用にする意味がよく分からないな。利便性ではなく、天子に顔も見せずに話しかけるのは無礼とかそういった宗教的な意味で送信するのは禁じられてそうだ。


「二つの地徽章をどなたに渡すかは天子様にお任せ致します。もし不要となれば教会の者にお渡しくだされば破棄致します」


 二つか、一つは家族に渡すとしてもう一つはどうしようか。地徽章を誰に渡すか考えていると、重要な事を思い出す。俺が天子になる事を急いだ理由の一つでもあるのに、儀式が終わると同時に頭から抜けてしまっていた。


「そういえば、護衛の件はどうなりますか?」


 俺の問いかけにツァピン司祭は笑みを浮かべて頷いた。


「今からお話ししようと思っていたところです。先ずは天子様が気にかけていらっしゃるご家族の護衛ですが、直ぐに手を打たさせて頂きます。方法としては聖術による加護とシスター達による身辺警護となります」


「身辺警護って、常に付き添う感じですか?」


 危険から守ってもらうには仕方ないと思うが、流石に鬱陶しそうだな。


「いえ、シスターを街中に配置し、聖術に何らかの異常が発生した際には迅速に駆け付けるようにしようと考えています」


 なるほど、街中にシスターがいれば個人だけでなく街全体を警備する事となり、襲撃を抑える事ができるだろう。しかし、シスターに警備される街か……異様かもしれないが、それだけ教会が力を持っているってことなんだよな。布教だ奉仕だと言って周れば怪しまれる事もないし、警官がうろつくより住民に与える不安はずっと小さいだろう。

 俺が納得して頷いていると、ツァピン司祭は後ろに立っていたネイトを前に出して俺と向き合わせる。


「そして天子様に付き添う者はネイトにしようと思います」


「へ?」


 予想外の展開に思わず間抜けな声が出てしまった。天子の護衛をするのだから、もっと年上のシスターかブラザーが付いて来ると思っていたのだが、ネイトは見た感じ俺やマルカと歳は同じくらいだし、体力もそんなにあるようには見えない。


「天子様、非才な身ですがお供させて頂きます。どうぞよろしくお願い致します」


「あ、ああ。よろしく」


 俺がそう応えると、ネイトは頭を上げて家族の方にも挨拶しに行ったので、ツァピン司祭に小声で尋ねる。


「大丈夫なんですか?俺はもう荒事に巻き込まれているんですよ。わざわざ危険な目に遭わせる必要はないでしょう」


「大丈夫です。ネイトはまだ十六歳ですが聖術はこの教会のシスターの中でも特に秀でています。勿論、武術のほうも申し分ありません」


 十六って、俺の一つ下か?もう誕生日を迎えたのなら二つ下でマルカと同い年だが。何れにせよ年下の女の子に守られてばかりって展開は俺としても避けたいし、ルシルが煩そうだ。やっぱり、戦うしかないんだろうな……怖いけど。


「それと、これは私情で誠に恐縮なのですが、ネイトは産まれた時から今までの殆どをこの教会で過ごしてきました。あの子にも外の世界を見せてあげたいのです」


「親心ってやつですか」


 俺がそう呟いてネイトの方を見ると、マルカや母さんと楽しそうに話している。自身の心を見抜かれたからか、ツァピン司祭がひどく申し訳なさそうに謝ってきたので気を遣う必要はないと返す。

 ネイトの姓が教会の名前と同じだったので予想はしていたが、彼女は産まれて直ぐ親に捨てられたのだろう。赤ん坊の頃から育てていれば親心の一つや二つ芽生えたって不思議ではない。マルカも世話になったし、天子探しついでに世界を見せて周るのはお安い御用だ。


「分かりました、ネイトの事は任せてください」


「ありがたきお言葉、感謝致します。しかし、天子様はご自身の事を第一にお考えください」


 ツァピン司祭は俺に向かって手を組んで頭を下げる。今まで何度も頭を下げられてきたが、今回のは一番感情が籠っていた気がする。言葉とは裏腹にネイトの事が心配なのだろう。やれやれ、どうやら自分の身を守るだけでは駄目らしい。これは思ったより本腰を入れて戦いに慣れていかないといけなさそうだな。

 その日、俺たち一家は家が半壊しているという話しを聞いたツァピン司祭が、保護という意味も込めて教会に泊まるよう勧めてくれたので世話になる事にした。

 明日から天子としての旅が始まる。数も居場所も分からない天使探し、謎の襲撃者、決して楽な旅にはならないだろうが絶対に使命をやり遂げて帰って来てみせる。マルカとの約束を守る決意をすることによって、押し寄せる不安を打ち消し、俺は眠りに就いた。



—————時は少し戻り、日没直後。エフィムがルシルに自分の過去を話し終えた時。とある森の奥地で、小さくだが確かに青白い球状の光りが灯されていた。


「うーん、流石に天使の攻撃は強力だなぁ……」


 ローブで全身を包み、フードを目深に被った少年は難色を示しつつ倒れている男の顔に青白く発光した手を翳した。男の顔は左半分、目から下に酷い火傷の様な傷痕を負っていたが、少年の手が翳されると徐々に傷が治っていき、肌が再生されていく。


「うっ……」


 傷の治療が進み、残すは目の周りのみとなった時、男が目を覚ます。


「あ、ヘルムート。気が付いたんだね、良かった」


 辺りが暗いのと、目深に被ったフードで表情は分からないが声色からして少年は喜んでいるようだった。

 ヘルムートと呼ばれた男は覚醒しきっていない脳で状況を整理する。

 天使に戦いを挑んだものの、強大な光りに吹き飛ばされ敗北した。あれだけの威力の攻撃を喰らった時は死を悟ったが、どうにか生きている。両手両足の指を軽く動かしてみたが問題はないようだ。流石の治療術といったところか。


「っ……ぷはぁっ!」


 少年は手の光りを強くしてヘルムートの治療に励んだが、やがて息を吐き出して尻もちをつく。治療が終わったのかと思い、ヘルムートはゆっくりと起き上がり、閉じていた左目を開ける。


「ごめん!ボクの治療術じゃ視力までは回復できなかった」


 少年は尻もちをついた状態で謝る。少し息が乱れているところを見るに、少年が治療術に相当な魔力を消費したのは確実だ。


「そうか、まぁお前で無理なら他の誰でも無理だろうよ。気にすんな」


「でも……」


「そんなことより天使の動きは?」


「あ、うん」


 少年は懐から長方形の形をした小さな紋章を取り出し、地面に置く。すると紋章は白く光り、二十インチ程度の立体モニターを出現させた。モニターにはルシルがエフィムをボコボコに殴り飛ばしている映像が映し出される。


「なんだこりゃ」


「喧嘩、かな?」


 予期せぬ状況にヘルムートは目を丸くし、少年は苦笑いする。


「ふん、このまま自滅してくれれば良いんだがな」


「ボクたちはどうする?」


「武器と紋章の補充をしたい、一旦本部に戻るぞ」


 これ以上見る必要はないと言うようにヘルムートは紋章を拾い上げ、立体モニターを消して立ち上がる。続いて少年も立ち上がり、懐からダーツの的のような形をした紋章を取り出す。


「ユバーガン」


 少年がそう口にすると紋章は緑色に輝き、一陣の風が過ぎると共に二人の姿は消え去った————



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