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輪廻転世ルクスフェロー  作者: 一丸一
第1章 〖天子になった少年〗
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第15話

 マルカは泣き止むと気を失うように眠りに付いた。俺がここに来る前にも泣いていたようだったし、随分と疲れているようだった。四年という長い時間が空いてしまったが、再びこうしてマルカと寄り添うことが出来た。寄りかかる重さに心地良さを感じていると、教会の方からシスターが歩いて来る。


「お初にお目にかかります。私はこの教会に仕えるシスターのネイト・ティエドゥールと申します」


 ネイトと名乗ったシスターは右手を胸元に当てて丁寧に一礼する。ルシルがマルカを見つけたとき、マルカはシスターと話していると言っていたな。多分このネイトさんの事だろうし、お礼を言わねば。


「ネイトさん、妹がお世話になりました。俺はエフィム・セルトサムと言います」


 俺が挨拶をすると、ネイトさんは顔を上げて半眼でこちらを見つめて来る。俺、何か疑わしいことしたっけ?


「天子様、私共の名に敬称を付ける必要はありません。どうぞ楽にしてくださいませ」


 ああ、そうか。立場的にはこちらの方が上というか、教会側からしたら天使を宿す天子は信仰の対象みたいなものか。敬語が苦手という訳ではないが、使わなくて良いなら無理に使う必要もない。お言葉に甘えて自然体で話す事にしよう。


「じゃあ、ネイトって呼ばせてもらうよ」


 俺がそう言うとネイトは満足したのか、少しだけ表情を緩めて頷いた。しかし、ずっと半眼で見られていると何だか値踏みされている気分だ。


「あー、その……そんな風に見られるとなんだか話し辛い、かな」


「あ、申し訳ありません。マルカ様が大切に想われていた方がどのような方なのか気になってしまいました。それと、この眼は生まれ持った物ですので、不快かもしれませんがどうかご容赦ください」


「いや、こちらこそごめん。っていうか今のは完全に俺の失言だったから、そんなに頭を下げないで」


 深々と頭を下げるネイトを見て慌てて謝る。生まれつきの物に不満を言うとか最低じゃないか、マルカを抱き寄せていなかったら土下座も厭わないところだったぞ。

 何度も謝罪の言葉を口にして漸くネイトが頭を上げてくれた。


「そういえば、儀式の準備って終わっているのかな?昼に来た時には夕方ぐらいに準備出来るって聞いたけど」


「準備でしたら問題なく終わっております。しかし、マルカ様は天子様が儀式を受ける事を拒んでおられました。差し出がましい事を言うようですが、一度マルカ様と話し合われた方がよろしいのではないでしょうか?」


 ネイトの気遣いは嬉しいが俺はルシルを、天子になる事を受け入れると決意したのだ。それにルシルには今回の件で大きな借りが出来てしまったし、協力しなければ罰が当たるというものだ。


「マルカが面倒かけたね、ごめん。でも俺は儀式を受けないといけなくてね、今は司祭と話しは出来るかな?」


「面倒など、滅相もございません。司祭でしたら教会の中に居ります、どうぞ」


「ありがとう。あと、お願いなんだけど俺が司祭と話している間、マルカのことを見ていてもらえると助かる」


「分かりました。マルカ様のことはお任せください」


 ネイトにマルカのことを託し、俺は教会の扉を開いて中へ歩を進めた。

 教会の内部は全体的に薄暗かったが側廊や天井に球状の光りが無数に灯され、飾られている聖画がまるで浮き上っているように見えた。確か神様が世界を創り直した時の事を描いたものだったな。内陣は光りの絨毯でも敷かれているかの如く輝いており、その光りの上でツァピン司祭は鞘に納められた短剣を持って立っていた。俺は足早にツァピン司祭へ近寄ると、あちらも俺の存在に気付き微笑みかけてくる。


「これは天子様、どうされました?」


 ツァピン司祭は剣を丁寧に祭壇へ置きながら尋ねる。俺は一瞬躊躇ってから光り輝く内陣へ足を踏み入れる。近付いて分かったが、足元の光りは不思議なことに眩しさを感じなかった。確かに光って見えるのに眩しく感じないとは一体どういった仕組みなのか気になるが、今は他に大切なことがある。


「ツァピン司祭、突然で申し訳ありませんが今から儀式を執り行ってはいただけませんか?」


 急な申し出なのは重々承知しているが、俺の為にも家族のためにも早急に正式な天子になる必要があるのだ。多少渋られてもどうにか言い包めてやる。俺の申し出にツァピン司祭は一瞬驚いて目を見開くが、俺の目を一瞥すると直ぐに柔和な顔つきに戻る。


「昼間お会いした時とは随分と顔つきが変わりましたね。こちらで怪我の手当ても含めて、詳しくお話しを聞かせてもらえますか?」


 ツァピン司祭に連れられて袖廊奥の扉を開けて廊下に出て、一番手前の部屋へ入る。部屋の中に入ると真っ先に目に入ってきたのはマネキンに着せられた服だった。服は上下共に白を基調としており、上は立襟のスーツで、襟と上前立と袖周りに赤色のラインが入っている。下はスラックスで、両サイドと裾口に赤色のラインが入っている。


「これは儀式の時に天子様が着る礼装ですが、今は怪我の手当てが優先です」


 部屋の隅に置かれた長椅子へ座るよう促されたので座ると、ツァピン司祭は別室から傷薬や包帯などを持って来て手当てを始めつつ俺に何があったのか尋ねてくる。俺は今日で既に二度の襲撃を受けた事と、今手当てしてもらっている怪我はルシルと喧嘩した時の物だという事を伝えた。


「なんということでしょう、天子様の……それも儀式すら終えていない状態で命を狙う者がいるとは」


 俺の手当てを終えたツァピン司祭は頭を抱えた。ちなみに今の俺は額に包帯を巻かれ、左頬には大きなガーゼが貼られ、両腕両足には何枚もの絆創膏が貼られている。四年間の後悔が晴れて気分が良くなっていたのであまり気にしていなかったが、結構な怪我をしていたんだな。ルシルめ、少しやり過ぎだ。


「心当たりぐらいあるんじゃないか?いくらこの世界が天使のことを信奉していようが、今の今まで天使や教会に仇なす連中が居なかったとは思えないな」


「うわっ!突然実態化するなよ、驚くだろ」


 ルシルは俺の批難に耳を貸さず、じっとツァピン司祭を見つめる。ツァピン司祭は首元のロザリオに手を当て、ルシルに向かって深く頭を下げて答える。


「はい。天使様の仰る通り、これまでも教会や天使様に危害を加えようとする動きは何度か見受けられました。ですが、そういった輩はどれも天子という立場に不満や不平を唱える者達ばかりでした。天子様の話しを聞く限り、此度の襲撃は今までのものとは違った思惑があるように感じられます」


「ああ。とにかく俺たち天使に強い憎しみを抱いているようだった」


「しかし、如何なる理由があろうと天使様に背く事は許されません。それに私としては儀式も済ませていない天子様の存在をどのようにして知ったのかが気掛かりです。教会の内部や周囲は盗聴や盗撮といった類いの機材は勿論、聖術以外の術の使用も不可能なのですが……」


「ということは内通者の可能性を疑わざるを得ないな」


 ルシルとツァピン司祭は真剣な表情で話し合っている。会話の中に自然と聖術とかいう聞き慣れない単語が出てきたし、なにやら思っていたより面倒な奴に狙われたみたいだな。襲撃者の目的や正体は確かに気になるが、今の俺には他に聞きたいことがある。


「あの、それで儀式の方は出来ますか?」


 俺の言葉で二人の間で張り詰めていた空気が緩んだようだ。ルシルはなにやら苦笑して、ツァピン司祭は普段の微笑みを浮かべて俺を見た。俺は本来の目的を果たそうと話しを戻しただけなのだが、タイミングが悪かったか。


「すみません、話しが逸れていましたね。儀式でしたら何時でも可能ですが、天子様にもいくつか執行して頂く事がありますので、そちらの動作を覚えてからになります」


「そうですか。じゃあ妹に両親を呼びに行かせますので、その間に動作を教えてください」


「妹さんに?近くに居るのですか?」


「はい、少し用があって教会に来たのですが、儀式の準備中だったので外でネイトというシスターに話しを聞いてもらっていました」


 そろそろマルカも起きているだろうか。よくよく考えてみればネイトには随分と迷惑をかけてしまっているし、後で何かお詫びをしておこう。


「そうでしたか、では天子様の言う通りに致しましょう。私は妹さんに付き添う者を呼んで参りますので、教会の前でお待ちください」


 俺とツァピン司祭は部屋を出ると左右に分かれて廊下を歩いた。意外と簡単に話しが進んで安心しているが、これから儀式での動作を覚えなくてはならないので少し憂鬱だ。マルカが両親を連れて教会に戻って来るまで約一時間といったところか。さっきは簡単に「教えてください」などと言ったが、記憶力に自身がある訳ではないし、少し早いかもしれないけど天子になる実感が湧いてきて緊張し出してきた。


「(なんか、お前性格変わったな)」


「(ルシルに殴られたお陰でな。変わったと言うより、昔に戻ったと言った方が正しいな)」


「(そうかそうか、感謝しろよ)」


「(ああ、荒療治だったけど感謝している。だから俺はルシルの目的に力を貸すよ)」


「(あ、ああ。頼んだぜ)」


 そんなに俺の変化が意外だったのか、ルシルは珍しく歯切れ悪く応えた。

 教会の扉を開けると直ぐマルカの心配そうな顔が出迎えた。


「エフィム、本当に天子になる気なの?」


「ああ、心配をかけるかもしれないけど俺が決めた事なんだ」


 マルカは眼を伏せて考え込む様子だったが、数秒後には不承不承といった感じで小さく頷いてくれた。


「分かったよ……けど、二つだけ条件を出させて」


「条件、なんだ?」


 マルカは右手を俺の方に突き出して人差し指を立てて条件を話し始めた。


「一つ目は絶対に無事に帰ってくること」


「ああ、約束するよ」


 今更条件を出される事ではない、元よりそのつもりだ。俺が即答するとマルカは続いて中指を立てたものの、何だか恥ずかしそうに口籠っている。まさか「私も連れて行って」などと言う気なのではないかと不安が過ぎったが、それならば恥ずかしがる必要はない。

 俺が小首を傾げてマルカが条件を言うのを待っていると、マルカは突き出していた右手を胸元に引っ込めて左手で上から擦るようにしながら小さく口を開いた。


「あ、あのね……エフィムのことをまた、お兄ちゃんって呼んでも良いかな?」


 断る理由がない。寧ろ和解した今、変に壁を作る必要はないのだ。昔の中の良かった兄妹に戻る為にも、この申し出は受け入れなけばならない。


「ああ、もちろん良いぞ」


 マルカに歩み寄り笑顔を見せて頭を撫でてやると、不安そうにしていたマルカの顔は途端に眩しいぐらいの笑みを浮かべた。


「ありがとう、お兄ちゃん」


 頭を撫でながらふと目線を上げると、ネイトがこちらを見ながら穏やかに微笑んでいた。視線が合った途端なんだか恥ずかしくなってきたので、マルカの頭から手を離すとネイトは残念そうに眉尻を下げた。なんなんだ。


「あー、それで今から天子になる儀式をやるから、マルカには家に戻って父さんと母さんを呼んで来てもらいたいんだ」


「今から?随分と急だね。でも分かった、二人を呼んでくるね」


 マルカが走り出そうとしたので腕を掴んで止め、付き添いのシスターが来る事を伝えようとした瞬間、教会の扉がひらいて司祭とシスターが現れた。


「お待たせしました。こちらの者が妹さんに付き添います」


 シスターは会釈し、マルカと挨拶を交わすと俺の家に向かって歩き出して行った。

 二人を見送った後、俺とネイトは司祭と共に教会の中へ戻った。


 

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