第2部 第31話: 『カズマの休日!? 陽だまり町、のんびり釣り大会!』
凪原市の中心部を流れる「のんびり川」。その名の通り、流れはゆるく、休日には市民が糸を垂らすのどかな場所だ。
カズマは久しぶりの完全休日を利用し、よし江お母さんから届いた「おじやの残りのご飯粒(エサ用)」を手に、川べりへ腰を下ろしていた。
「――ふぅ。休日は、こうやって何も考えずに糸を垂らすのが一番だな」
麦わら帽子を目深にかぶり、耳栓を装着して世界をスルーしようとしたその瞬間。
背後から「キュイィィィン!」という不穏な電子音が響いた。
「佐藤さん! 私の最新発明『深層心理集魚ライト』を試させて! これ、魚じゃなくて“昨日の悩み”を可視化して釣り上げる装置なの!」
白雪が、釣り竿というよりレーザー砲に近い装置を構えて現れた。
「白雪さん……俺は普通にフナとか釣ってのんびりしたいだけなんだけど」
「いいじゃない、エコよ! 悩みを釣れば川も綺麗になるし、カズマさんなら全部スルーして処理できるでしょ?」
白雪が装置を起動した瞬間、カズマの釣り糸が「ググッ!」と異常な重さで引き込まれた。
釣り上げたのは魚ではなく、ドロリとした紫色の塊。
近所の住人が昨日落とした「スマホの画面が割れた悲しみ」という概念だった。
「……。……釣り。……道具、不要。……暗殺者は、直接、狩る。」
セツナが影の中から音もなく川へ飛び込む。
彼女は水面に波紋一つ立てず潜行し、水中で“殺気”を完全に消し、通りかかる魚の急所を素手の貫手で正確に突いていく。
「……一撃。……魚も、痛み、感じない。……最高級の、お裾分け。」
数秒後、セツナは完璧に血抜きされた巨大な鯉を片手に川から上がってきた。
そこへ――
「ヌンッ!! 魚たちよ、私のポージングに共鳴せよッ!!」
大家・轟さんが海パン一丁で乱入。
川のど真ん中で「筋肉シンクロナイズド・スイミング」を開始した。
大家さんが足を上げるたび、筋圧で川の水が噴水のように吹き上がり、生態系が一時的にパニックに陥る。
「佐藤、あそこの魚たちが大家のバルクに驚いて逆流を始めているぞ。……忘れてくれ、ただの遡上だ」
長官は川べりに置かれた移動式番台に座り、双眼鏡を覗きながら淡々と状況を観察していた。
「――あーもう、みんな騒がしいなぁ。悩みとか筋肉とか、川に流せばいいのに」
カズマは白雪の装置が次々と釣り上げる「晩ご飯の献立への迷い」や「上司の愚痴」といった重たい悩みの塊を、素手でひょいひょい受け取っていく。
普通の人なら負のエネルギーに当てられて寝込むところだが、カズマの『究極スルー』は、それらを「湿った綿菓子」みたいな無害な物体へと変換してしまう。
「……あ、これ。誰かの“明日仕事に行きたくない気持ち”だな。重いけど……ま、いいか。川のせせらぎ聞いてると、どうでもよくなるし」
カズマが悩みの塊を手のひらで転がすと、キラキラした光の粒に変わり、魚たちのエサとなって水底へ消えていった。
カズマの「凪」の精神が川全体に広がり、大家さんの荒ぶる筋肉の波も、セツナの殺気も、すべてが穏やかな春の午後へ溶け込んでいく。
「佐藤さん……あなたのスルー能力、環境浄化の域に達してるわね」
白雪は計測不能を示すガントレットを見つめ、感嘆の息を漏らした。
夕暮れ。
のんびり川の河原では、セツナが捕った魚を、大家さんが筋肉の摩擦で起こした火で焼くという豪快な「お裾分けパーティー」が始まっていた。
「……ふぅ。結局、一匹も釣れなかったけど、いい休日だったな」
カズマは香ばしく焼けた魚を頬張りながら呟く。
「何言ってるの佐藤さん! あなた今日だけで凪原市民1万人分の悩みを浄化したのよ! 明日の欠勤率ゼロよ!」
「……いや、それはそれで皆さん大変そうだな」
「……カズマ。……魚、美味しい。……隠し味は、川の、せせらぎ。……お裾分け。」
セツナは満足げに魚の骨を綺麗に並べる。
長官は湯呑みを傾けながら、
「……佐藤。あそこのゴミ箱に、未来の私が忘れていった“悩み”も捨てておいた。……忘れてくれ、ただの不法投棄だ」
と、いつもの調子で言い放った。
『……ニャア。(カズマ。……お前、気づいてねぇだろ。……今日お前が川に流した“ま、いいか”の波動のせいで、下流の深海魚が全員ポジティブになって、地上に挨拶に来ようとしてるぞ。……明日から大騒ぎだな)』
「深海魚の挨拶かぁ。……ま、いいか。その時はまた、みんなでお裾分け考えよう」
カズマは猫――未来の俺を撫でながら、夕焼けに染まる川を眺め、ゆっくり耳栓を付け直した。




