第2部 第30話:『陽だまり町、浮遊中!? 大家さんの「無重力スクワット」!』
「ヌンッ!! 佐藤よ、ついに私は到達したぞ! 筋肉の密度が地球の重力を上回り、反重力エネルギーを発生させる新境地にッ!!」
朝、201号室の窓の外。大家・轟さんが、地上10メートルほどの高さで空気椅子をしながら浮遊していました。
「大家さん、おはようございます。……って、何してるんですか。それ、白雪さんの発明か何かですか?」
カズマが眠い目をこすりながらベランダに出ると、自分の体もふわふわと浮き上がっていることに気づきました。
「佐藤さん、気をつけて! 大家さんの広背筋が放つ『マッスル・グラビティ』が、アパート周辺の物理法則を書き換えちゃったのよ!」
白雪がガントレットで重力値を測定しながら、天井に張り付いた状態で叫んでいます。
アパート『マッスル・コート』は、大家さんの筋肉が発する謎の斥力によって、根こそぎ空へと浮かび上がり、凪原市の上空をゆっくりと漂い始めていました。
「――お客様。……空の上ですので、足元……というか、頭上にご注意ください。あ、そこのポテトチップスは浮いているので、掴むだけでお裾分けになります」
アパートの1階にあるマッスルマートも、当然ながら空中に浮いています。カズマは重力がなくなった店内を、泳ぐように移動しながら品出しをしていました。
「……。……。……暗殺者。……。……無重力、……得意。……。……三次元、……殺法。……。……カズマに、……追いつけない。」
セツナが壁や天井を縦横無尽に駆け巡りながら、浮遊するジャガイモを「一撃必殺」の包丁さばきで空中で皮むきしています。
「佐藤、これはいい訓練だ。……重力をスルーし、純粋な意志のみで位置を固定する。……忘れてくれ、ただの『空中店舗』だ」
長官も番台(浮遊中)に座り、逆さまになったまま新聞を読んでいます。
しかし、事態は深刻でした。アパートが上昇を続け、このままでは成層圏を突破して宇宙へ「スルー」されてしまうのです。
「――あーもう、高いところは苦手だって言ってるのに。……白雪さん、何とかなりませんか?」
「ダメよ! 大家さんの筋肉が放つエネルギーが強すぎて、私の重力制御装置がオーバーヒートしちゃった!」
アパートが雲を突き抜け、宇宙の入り口が見え始めたその時。カズマはふと、よし江お母さんから届いた『春の特大・泥付きレンコン』の入った段ボールを思い出しました。
「大家さん! このレンコン、食べて落ち着いてください! 泥の重みと、お母さんの愛情がたっぷり詰まってますから!」
カズマが空中へ放り投げたレンコンを、大家さんが空中でキャッチし、そのまま丸かじりしました。
「ヌンッ!! ……こ、これは……。土の香り、そして故郷の重み……。……私の筋肉が、地に足をつけたいと欲しているッ!!」
大家さんの筋肉が発していた反重力エネルギーが、レンコンの「大地の力」によって中和され、強烈な下向きのベクトルへと変化しました。
ドォォォォン!!
凄まじい衝撃と共に、アパート『マッスル・コート』は元の場所に正確に着地しました。
大家さんの「着地スクワット」によって、周囲の道路に少しヒビが入りましたが、そこは白雪が瞬間補修スプレーでスルーしました。
「……ふぅ。やっぱり地面の上は落ち着きますね」
カズマが、ようやく元に戻った重力を噛みしめながら、冷えたおじやを啜っていました。
「佐藤さん、ナイスお裾分け! 泥付きレンコンの比重が、筋肉の浮力を上回るなんて計算外だったわ!」
白雪がデータを書き換え、セツナは「……。……。……着地。……。……おにぎり、……置ける。」と安心したようにしゃもじを置きました。
『……ニャア。(カズマ。……お前、気づいてねぇだろ。……お前が今日アパートを地上に戻した衝撃で、凪原市の地下に眠っていた古い邪神が「うるせぇな」って言って、別の銀河へ引っ越していったぞ。……お前、知らずに町を守っちまったな)』
「邪神なんて。……僕はただ、空の上だとおじやが食べにくいなと思っただけですよ」
カズマは、猫――未来の俺にレンコンのきんぴらを少し分けてやりながら、いつもの耳栓を装着しました。
凪原市陽だまり町。
たとえ空に浮かんだとしても、カズマがいれば、そこはいつだって平和な「お裾分け」の場所に戻ってくるのでした。




