第2部 第26話:『究極のメニュー!? 凪原市・カレー戦争勃発!』
「佐藤さん! 大変よ、未来の食糧管理局から『味覚の独裁者』こと、カレー魔人・クミンがこの町に向かってるわ!」
凪原市陽だまり町、マッスルマートの休憩室。
白雪がガントレットに表示された不穏なスパイス濃度を確認しながら叫んだ。
「カレー魔人? また随分と美味しそうな敵ですね。品出し中のレトルトカレーでもお裾分けしましょうか」
カズマがのんびりと応じていると、空から黄色い霧が降りてきて、店内の香りが一瞬でスパイシーな重圧に包まれていく。
「……フハハハ! 21世紀の貧相な食文化に、未来の『絶対味覚』を教えてやろう! 私のカレーを一口食べれば、全人類は私の奴隷だッ!!」
現れたのは、ターバンを巻いたサイボーグ、クミン。彼が掲げる鍋の中では、宇宙の星々を煮込んだような七色のカレーが沸騰していた。
「……。……。……殺気。……。……カレーから、……毒の、……匂い。……。……私が、……仕留める。」
セツナが影の中から音もなく現れ、その瞳を「暗殺者」の鋭さへと変える。
彼女にとって、味覚を支配して人を操るカレー魔人は、抹殺すべきターゲット以外の何物でもない。
「……カズマ。……。……私も、……作る。……。……暗殺者の、……カレー。……。……誰も、……逃げられない。」
セツナは白雪から提供された未来の調理器具を手に取ると、凄まじい手つきで食材を刻み始める。
その包丁さばきは調理というより、もはや「解体」。玉ねぎは一瞬で分子レベルにまで切り刻まれ、肉は急所を正確に突かれたかのように、旨味が完全に開放されていく。
「セツナちゃん……それ、隠し味に何を入れようとしてるの? その小瓶、ドクロマークが書いてある気がするんだけど」
「……。……。……これは、……愛。……。……一度食べたら、……死ぬまで、……忘れられない。」
セツナが投入したのは、暗殺組織に伝わる「精神を弛緩させる秘薬」……を、白雪が「究極の旨味成分」に改造した特注スパイスでだった。
一方、大家さんは「ヌンッ!! カレーは筋肉の燃料だッ!!」と、巨大な鍋にプロテインと鶏むね肉30kgを投入し、高速度腕立て伏せの振動で具材を混ぜ合わせている。
「佐藤よ!! 筋肉の熱気で煮込まれたこの『バルク・カレー』こそが、未来の独裁者を打ち破る力となるのだッ!!」
「――あー、皆さん。そんなに気合入れなくてもいいじゃないですか。カレーなんて、普通が一番ですよ」
未来の魔人が作る『宇宙支配カレー』
暗殺者セツナの『一撃必殺カレー』
大家さんの『剛力筋肉カレー』
三つの強烈な香りがぶつかり合い、凪原市の空気がスパイスの爆発でねじれそうになった時。
カズマが差し出したのは、マッスルマートで売れ残っていた普通のルーと、よし江お母さんから届いたジャガイモで作った、なんの変哲もない「普通のお裾分けカレー」だった。
「佐藤……! そんな平凡な料理で、私の絶対味覚に勝てると思っているのか!?」
クミンが嘲笑しながらカズマのカレーを口にした瞬間。
「……っ!? ……こ、これは……何だ? ……何の変哲もない、安っぽいルーの味。……なのに、脳内の『支配欲』が……スルーされていく……。……ま、いいか。独裁なんて。……ただ、このジャガイモがホクホクで美味しい……」
カズマの『スルー・パッシブ』は、料理にすら宿っていました。魔人の過剰なプライドも、セツナの暗殺者の毒気も、大家さんの暑苦しい熱量も。カズマのカレーはそれら全てを「ただの美味しい食事」として中和してしまった。
「……ニャア。(カズマ。……お前、気づいてねぇだろ。……お前が隠し味に入れた『よし江の愛情』が、未来のサイボーグの論理回路を完全にバグらせて、カレー魔人をただの『カレー好きの親切なおじさん』に書き換えたぞ)」
未来の俺(猫)は、カズマの皿の端っこにある肉を肉球で引き寄せながら呟く。
魔人クミンは「……負けました。私は未来に帰り、子供食堂でも開くことにします」と、穏やかな顔で去っていった。
「佐藤さん、さすがだわ! どんなに高度な技術も、カズマさんの『普通』には勝てないのね!」
白雪が自分のカレー(激辛すぎて誰も食べられなかった)を横目に感心し、セツナは少し悔しそうに自分のクナイ型スプーンを片付けた。
「……。……。……次は、……カズマに、……勝つ。……。……味覚の、……暗殺……。」
夕暮れの凪原市。
皆で囲むカレーの鍋からは、もう殺気も独裁の匂いもしません。
ただ、少しだけ多めに作られた「お裾分け」の温かい香りが、陽だまり町を包み込んでいた。




