第2部25話:『相位逸脱者カズマ』
光をまとったカズマが、デストロイヤーの背後に立った瞬間―― 店内の空気が、まるで凍りついたように静まり返った。
誰も動けない。 誰も声を出せない。 ただ、白光だけが淡く脈打っている。
白雪は震える声で呟いた。
「……佐藤さん……それ……あなたの力なの……?」
返事はない。 カズマの瞳はまだ焦点を結ばず、 まるで夢の中を歩くように、ゆっくりとデストロイヤーを見つめている。
猫も同じく白光をまとい、 しかしその瞳だけは、どこか遠くを見ていた。
(……カズマ……お前……どこまで行く気だ……?)
デストロイヤーは、初めて“恐怖”に似た表情を浮かべた。
「……精神が壊れたはずの男が…… どうして……背後に立てる……?」
カズマは答えない。 ただ、静かに一歩前へ踏み出した。
その足音は、床に触れた瞬間に“消えた”。 音が存在しない。 まるでこの世界に“干渉していない”かのようだった。
長官が息を呑む。
「……これは…… “スルー”ではない…… 世界そのものを……透過している……?」
白雪が震える声で続ける。
「……スルー・パッシブの…… “上位相”……?」
デストロイヤーは苛立ちを隠せない。
「ふざけるな……! 壊れた精神が……どうして進化する……!」
彼は再び紫色の刃を形成し、 カズマの背中へ向けて振り下ろした。
「消えろォォォ!!」
刃がカズマに触れた瞬間―― カズマの身体は、また“消えた”。
今度は、音も光も残さず、 ただ“存在が抜け落ちた”ように消えた。
デストロイヤーの刃は空を切り、 床に突き刺さって衝撃波を撒き散らす。
棚が吹き飛び、 白雪たちが悲鳴を上げる。
しかし―― カズマはまた、デストロイヤーの正面に立っていた。
白光が揺れ、 猫の尻尾が静かに揺れる。
デストロイヤーは叫ぶ。
「何だその動きは!! 瞬間移動か!? 違う……違う……これは……!」
長官が低く呟く。
「……“攻撃の概念をスルーしている”…… そうとしか思えん……」
白雪は震える声で言う。
「……攻撃を避けてるんじゃない…… 攻撃そのものを“存在しないものとして扱ってる”……?」
デストロイヤーは歯を食いしばる。
「ならば……精神そのものを破壊する!!」
彼は両手を広げ、 店内全体を覆うほどの巨大な精神波動を放つ。
紫色の嵐がカズマを飲み込む―― その瞬間。
カズマの身体が、 “白い残像”を残して消えた。
嵐は空を裂き、 店内を破壊しながら通り抜ける。
しかし、カズマは無傷のまま、 デストロイヤーの横に立っていた。
猫が静かに目を細める。
(……カズマ…… お前……もう“壊れて”なんかいない…… これは……)
白光がさらに強まり、 カズマの瞳に、 ほんのわずかに“意志”の色が宿り始めた。
デストロイヤーは、背後に立つカズマを見て、初めて明確な“焦り”を見せた。 霧のような身体がわずかに揺れ、紫色の光が不規則に明滅する。
「……どういうことだ……? 精神が壊れたはずの男が……なぜ動く……?」
カズマは答えない。 白光をまとったまま、ただ静かに立っている。 その瞳には、まだ意識も感情も宿っていない。
猫も同じく白光を帯び、カズマの肩に乗ったまま、 しかしその瞳だけは鋭く光っていた。
(……カズマ…… お前の“心”はまだここにある…… でも“身体”はもう別の段階に入ってる……)
白雪が震える声で呟く。
「……佐藤さん…… あなた……何をしているの……?」
セツナは刃を拾い上げながら、かすれた声で言う。
「……。……。……違う。 佐藤……動き……変。」
店長は筋肉を震わせながら、ゆっくりと立ち上がろうとする。
「……あれは…… 佐藤君の動きじゃない…… もっと……静かで……冷たい……」
鉄子は唇を噛みしめる。
「……でも…… 佐藤さんは……佐藤さんだよね……?」
レオンは涙を拭いながら、震える声で叫ぶ。
「おにぃさん……戻ってきてよ……!」
しかし、カズマは反応しない。 ただ、白光がゆっくりと脈打つだけだった。
デストロイヤーは苛立ちを隠せず、 再び紫色の刃を形成する。
「ならば……もう一度試してやる!! 今度こそ消えろォォ!!」
刃がカズマに向かって振り下ろされる。 その瞬間――
カズマの身体が、また“消えた”。
音も、風も、残像すら残さず、 ただ“存在が抜け落ちた”ように消えた。
デストロイヤーの刃は空を切り、 床に突き刺さって衝撃波を撒き散らす。
白雪たちが悲鳴を上げる。
しかし―― カズマは無傷のまま、デストロイヤーの横に立っていた。
デストロイヤーの声が震える。
「……何だ……その動きは…… 瞬間移動じゃない…… 空間転移でもない…… これは……!」
長官が低く呟く。
「……“攻撃の概念をスルーしている”…… そうとしか思えん……」
白雪が息を呑む。
「……攻撃を避けてるんじゃない…… 攻撃そのものを“存在しないものとして扱ってる”……?」
デストロイヤーは後退しながら叫ぶ。
「そんな能力……聞いたことがない!! スルー能力は“受動”のはずだ!! どうして……どうして“能動”に変わる!!」
カズマは答えない。 ただ、白光をまとい、静かにデストロイヤーを見つめている。
その瞳は空っぽのまま。 しかし―― その奥に、微かな“揺らぎ”が生まれ始めていた。
猫が気づく。
(……カズマ…… お前……戻ってこようとしてる……?)
白光がさらに強まり、 カズマの身体の輪郭が揺れ始める。
デストロイヤーは歯を食いしばり、 全身から紫色の波動を放つ。
「ならば……精神そのものを破壊する!! お前の心を……完全に消し飛ばす!!」
紫色の嵐が店内を覆い、 空気が震え、床が軋む。
白雪が叫ぶ。
「佐藤さん!!」
セツナが手を伸ばす。
「……っ……!」
しかし―― カズマは動かない。 ただ、白光をまとったまま、静かに立っていた。
嵐がカズマを飲み込む―― その瞬間。
白光が爆ぜた。
白光が爆ぜた瞬間、店内の空気が一変した。 紫色の精神嵐は霧散し、デストロイヤーの身体がわずかに揺らぐ。
「……何だ……今のは……?」
デストロイヤーが振り返るより早く、 カズマの姿が“そこに”あった。
白光をまとい、意識のないまま、ただ静かに立っている。
猫も同じく白光を帯び、カズマの肩に乗ったまま、 しかしその瞳だけは鋭く光っていた。
白雪が息を呑む。
「……佐藤さん……動いてる……?」
セツナが刃を握りしめながら呟く。
「……。……。……違う。 動き……読めない……」
店長は震える声で言う。
「……あれは……戦いの動きじゃない…… もっと……無意識の……」
鉄子は唇を噛む。
「……まるで……寝て歩いてるみたい……」
レオンは涙を拭いながら叫ぶ。
「おにぃさん……戻ってきて……!」
しかし、カズマは反応しない。 ただ、白光が脈打つたびに、空気が震える。
デストロイヤーは苛立ちを隠せず、 再び紫色の刃を形成する。
「ならば……物理でどうだ!!」
霧状の腕が実体化し、 カズマの胸元へ向けて振り下ろされる。
その瞬間――
カズマの身体が、ふっと揺れた。
避けたのではない。 “そこにいなかった”。
刃は空を切り、 デストロイヤーの身体がわずかに前のめりになる。
そして。
カズマの拳が、 デストロイヤーの腹に“当たった”。
ドッ。
鈍い音が店内に響く。
デストロイヤーの身体が大きくのけぞり、 霧が乱れ、紫色の光が散った。
白雪が目を見開く。
「……当たった……!? 精神体に……物理攻撃が……?」
長官が低く呟く。
「……いや……違う…… “物理”ではない…… あれは……存在そのものを叩いている……」
デストロイヤーは腹を押さえ、信じられないという顔をした。
「……ありえない……! 僕は精神層にいる……! 物理攻撃は届かないはずだ!!」
カズマは答えない。 ただ、ゆっくりと拳を下ろし、 また一歩、前へ進む。
その動きは、 まるで“歩く”という概念だけが残ったような、 無意識の、静かなものだった。
デストロイヤーは後退しながら叫ぶ。
「やめろ……来るな……!! お前は壊れているはずだ!! どうして……どうして立つ!!」
カズマは歩みを止めない。
白光が揺れ、 猫の尻尾が静かに揺れる。
次の瞬間―― カズマの拳が再びデストロイヤーの頬を捉えた。
バキッ。
霧状の顔が歪み、 デストロイヤーが吹き飛ぶ。
棚に激突し、 紫色の霧が四散する。
白雪が震える声で呟く。
「……佐藤さん…… あなた……本当に……意識がないの……?」
セツナは刃を握りしめたまま、 ただその光景を見つめていた。
「……。……。……強い…… でも……怖い……」
店長は拳を握りしめる。
「……佐藤君…… お前……何者になってるんだ……?」
鉄子は涙をこぼしながら言う。
「……でも…… 佐藤さんは……佐藤さんだよね……?」
レオンは震える声で叫ぶ。
「おにぃさん……帰ってきて……!」
しかし、カズマは返事をしない。 ただ、白光をまとい、 静かにデストロイヤーへ歩み寄る。
デストロイヤーは震えながら後退する。
「……やめろ…… 来るな……!! お前は……壊れているはずだ……!!」
カズマの拳が、 またひとつ、静かに振り上げられた。
カズマの拳が、静かに、しかし確実にデストロイヤーの胸を貫いた。 霧状の身体が大きく揺れ、紫色の光が四散する。
「が……ッ……!? どうして……精神が壊れたはずの……!」
カズマは答えない。 ただ、白光をまとったまま、無表情で拳を引き抜く。
デストロイヤーの身体が崩れかける。 しかし、最後の抵抗のように紫色の触手が伸び、カズマの腕を掴んだ。
「まだ……終わらない……! お前の心を……引きずり出して……!」
その瞬間―― カズマの白光が爆発した。
眩い閃光が店内を満たし、 デストロイヤーの悲鳴が響く。
「やめろォォォォ!! そんな……光……!」
白光が触れた部分から、デストロイヤーの身体が音もなく消えていく。 霧が焼けるように蒸発し、紫色の光が弾ける。
「こんな……こんな終わり方……認め……!」
最後の叫びは光に飲まれ、 デストロイヤーは完全に消滅した。
店内に静寂が訪れる。
白雪が震える声で呟く。
「……勝った……の……?」
セツナは刃を下ろし、ゆっくりと頷く。
「……。……。……消えた。 敵……いない。」
店長は涙をこぼしながら叫ぶ。
「佐藤君!! よくやった!!」
鉄子は胸に手を当て、安堵の息を漏らす。
「……終わった……本当に……」
レオンは泣きながらカズマに駆け寄る。
「おにぃさん!! すごいよ!! ねぇ……聞こえてる……?」
しかし――
カズマは返事をしなかった。
白光がふっと消え、 その身体がゆっくりと崩れ落ちる。
「佐藤さん!!」
白雪が駆け寄り、カズマを抱きとめる。 その身体は温かいが、意識はどこにもなかった。
長官が静かに言う。
「……精神力を使い果たしたんだ。 これは……深い眠りだ。」
レオンが泣きながらカズマの手を握る。
「おにぃさん……起きてよ…… みんな……待ってるんだよ……」
カズマは眠ったまま、微動だにしなかった。
一週間後
陽だまり町の診療所。 白いカーテン越しに、柔らかな朝の光が差し込む。
ベッドの上で、カズマは静かに眠っていた。 その横には、白雪、レオン、セツナ、店長、鉄子、そして長官が交代で見守っていた。
レオンがカズマの手を握りながら呟く。
「……今日で一週間だよ…… おにぃさん……まだ起きないの……?」
白雪は優しくレオンの頭を撫でる。
「大丈夫。 佐藤さんは……必ず戻ってくる。」
その時――
カズマの指が、 ほんのわずかに ピクリ と動いた。
レオンが息を呑む。
「……今……動いた……?」
白雪が身を乗り出す。
「佐藤さん……?」
カズマの瞼が、ゆっくりと震え、 そして――
ゆっくりと、目が開いた。
「……ここ……は……?」
レオンが泣きながら叫ぶ。
「おにぃさん!! 起きた!!」
白雪も涙をこぼしながら笑う。
「おかえりなさい、佐藤さん。」
カズマはぼんやりと天井を見つめ、 そして小さく微笑んだ。
「……ただいま……」




