第2部 第21話:『カズマ、ついに主役に!? 陽だまり町・映画祭の悲劇!』
「――ちょっと佐藤さん! 私、未来の『全自動映画製作ドローン』をテストしてたんだけど、被写体を佐藤さんに固定したまま、送信先を全銀河ストリーミング・チャンネルに繋げっぱなしにしちゃったみたいなの!」
凪原市陽だまり町のマッスルマート。品出し中のカズマの前に、白雪が血相を変えて飛び込んできた。彼女の声は焦っているのに、どこか誇らしげでもある。
「撮影? ああ、そういえば最近、蚊にしては大きい羽音がついてくるなと思ってましたけど」
カズマは棚にカップラーメンを並べながら、目の前でホバリングしている銀色の極小ドローンを「ま、いいか」と指で弾き飛ばした。
「弾いちゃダメ! 今の『無造作な指先のアクション』が、アンドロメダの批評家たちの間で『虚無と慈愛のハイブリッド・ムーブ』として、歴代最高評価を更新したんだから!」
白雪のガントレットに表示されたSNSの通知は、1秒間に数億件という天文学的な速度で更新されている。白雪はその数字を見ながら、胸の奥がじんわり熱くなるのを感じていた。 ――佐藤さんが褒められると、なんだか私まで嬉しい。
ただカズマが品出しをし、レジを打ち、宇宙人の無茶な注文を適当にいなすだけの映像。それが、絶え間ない争いと過剰な刺激に疲れた全宇宙の生命体にとって、究極の「癒やし(スルー・シネマ)」として爆発的なヒットを記録してしまったのだ。
「……おにぃさん。なんか、空に僕たちの店の名前が書いてある大きな船がいっぱい来てるよ」
レオンが震える指で空を指した。そこには、銀河中の映画関係者が乗った「パパラッチ艦隊」が、凪原市の成層圏を埋め尽くすほどに押し寄せていた。
カズマは空を見上げ、ため息をついた。
「……また面倒なことになってきましたね。ま、いいか」
その“ま、いいか”が、さらに全銀河へ拡散していくことを、カズマはまだ知らない。
「――次の方。サインを求める前に、こちらの『個人情報使用許諾書』および『時空改変不参加誓約書』にサインを。……あ、そこの宇宙記者。隠しカメラをスルーしようとしても無駄だ。私の視力は、お前のカメラの記録素子の型番まで把握している」
マッスルマートの駐車場には、白雪が10秒で設営した「時空連結レッドカーペット」が敷かれ、番頭――いや、今は“長官”が黒塗りの眼鏡を光らせて警備に当たっていた。彼の動きは無駄がなく、まるで銀河規模のSPのようだ。
「長官さん。番頭の次はSPですか。忙しいですね」
「佐藤、これはもはや業務だ。……お前が品出しを続けるだけで、宇宙の株価が変動している。……忘れてくれ、ただの『スターの誕生』だ」
長官は淡々と言うが、その声にはわずかな誇らしさが滲んでいた。 ――佐藤を守るのは、私の役目だ。
カズマは白雪に無理やり着せられた『ナノマシン製・最高級タキシード(洗濯不要)』に身を包み、戸惑いながらカーペットを歩く。胸元が少し苦しい。 ――僕が主役なんて、どうにも落ち着かない。
「……。……。……カズマ。……。……ボディーガード。……。……不審な、……ファン。……。……全員、……お裾分け(気絶)。」
セツナがドレスの裾に無数の手裏剣を隠し持ち、影のようにカズマの背後を護衛している。彼女の瞳はいつもより鋭く、しかしどこか誇らしげでもあった。 ――カズマ。今日は、少しだけ輝いてる。
そこへ、黄金のUFOが降り立った。 銀河皇帝ゼノビアである。
『サトー! 貴様の「おじやを作る横顔」を映した第57シーン……あれを見て私は、帝国の拡大を止め、家庭菜園を始める決意をしたぞ! 最高の演技だった!』
「……演技じゃないです。ただ火加減を気にしてただけですよ、皇帝さん」
ゼノビアは胸に手を当て、感極まったように震えていた。 ――この男は、宇宙を変える。だが、本人は気づいていない。
レッドカーペットの両脇では、銀河中の記者たちがフラッシュを焚き続けている。 カズマはその光を眩しそうに見上げ、ため息をついた。
「……ああ、早く帰りたい。ま、いいか」
その“ま、いいか”が、また宇宙へ拡散していくのだった。
映画祭のメイン会場となった凪原市公会堂――大家さんが一晩で金箔を貼ってリフォームした結果、もはや“公会堂”というより“筋肉神殿”と呼ぶべき光景が広がっていた。天井には謎のプロテイン模様、壁には筋繊維をイメージしたレリーフ。観客席には銀河中の生命体がぎっしりと詰めかけ、熱気で空気が震えている。
プレゼンターを務めるのは、なぜか筋肉で輝く大家・轟さんだった。
「ヌンッ!! 栄えある第1回・陽だまり銀河映画祭、最優秀スルー賞は……!! 我らが201号室の、佐藤カズマだぁぁぁッ!!」
地響きのような歓声が会場を揺らした。 カズマは思わず肩をすくめる。 ――僕なんかが、こんな大舞台に立っていいのか。
「佐藤さん、ステージへ! 宇宙中の生命体が、あなたの言葉を待っているわ!」
白雪に背中を押され、カズマはマイクの前に立つ。 数千億のレンズが、彼の「適当な瞳」をクローズアップした。 白雪は胸の奥でそっと思う。 ――佐藤さん。あなたの“普通”は、誰かの救いなんだよ。
『……聖者サトー。……あなたが、賞味期限切れ間近の納豆をスルーして品出しした時、何を考えていたのですか!? それは宇宙の終焉に対するメタファーですか!?』
興奮した宇宙記者が叫ぶ。 会場の空気が一気に張り詰めた。
カズマは耳栓の位置を少し直し、深いため息をついた。
「……いえ。ただ、捨てるのはもったいないし、『ま、いいか』と思っただけです。……あと、お腹が空いたので、もう帰っていいですか」
その瞬間、全宇宙が静まり返った。 呼吸すら止まったような沈黙。
次の瞬間――
「……神だ……!」 「……これが真のスルー……!」 「……虚無の悟り……!」
全次元から嗚咽と感動の嵐が巻き起こった。
長官は眼鏡を押し上げながら、震える声で言った。
「佐藤……お前のその『帰りたい』という欲望すらスルーした虚無感が、全宇宙のストレスを浄化したぞ。……忘れてくれ、ただの『世紀の名言』だ」
セツナは袖の影からカズマを見つめ、ほんの少しだけ口元を緩めた。 ――カズマ。あなたの言葉は、私の心も軽くする。
会場は拍手と歓声で揺れ続け、 カズマはただ、 「……早く帰りたいな」 と心の中でつぶやいた。
その“つぶやき”すら、銀河中に広がっていくのだった。
映画祭が終わり、パパラッチ艦隊も大家さんに「全員で撤収スクワット1万回だ!」と追い立てられて帰っていった。成層圏の空がようやく静かになり、陽だまり町にいつもの夕暮れが戻ってくる。
201号室。 カズマはタキシードを脱ぎ捨て、いつものジャージに着替えていた。肩の力が抜けると、ようやく自分に戻れた気がする。
「……ふぅ。疲れました。映画なんて、もう二度と御免ですよ」
よし江お母さんから届いた『祝・主役! 鯛のお頭付き・おじや』の湯気が、部屋いっぱいに広がる。カズマはその香りに、ようやく心が落ち着いていくのを感じた。 ――やっぱり、僕にはこれくらいがちょうどいい。
「でも佐藤さん、おかげでマッスルマートの売り上げが銀河一になったわよ! 店長も泣いて喜んでたわ」
白雪がガントレットで銀河中の賞賛コメントをスクロールしながら笑う。 その横顔には、ほんの少しだけ誇らしさが滲んでいた。 ――佐藤さんが褒められると、私まで嬉しくなるのよ。
「……。……。……カズマ。……。……サイン、……練習。……。……おにぎりに、……書く。……。……お裾分け。」
セツナが、カズマの名前が書かれた特大のおにぎりを持ってきた。 その表情はいつも通り無表情だが、どこか照れているようにも見える。 ――カズマ。今日は、少しだけ誇らしい。
カズマは苦笑しながらおにぎりを受け取った。
『……ニャア。(カズマ。……お前、気づいてねぇだろ。……お前がさっき言った「ま、いいか」が、宇宙の共通言語として登録されて、あらゆる紛争の和解条件に採用され始めたぞ。……お前、もう名実ともに銀河の救世主だな)』
猫――未来の俺が、カズマの膝の上で尻尾を揺らす。 その声には、どこか安心したような響きがあった。 ――この男なら、未来は大丈夫だ。
「救世主なんて。……僕はただ、明日も普通に品出しができればいいんですよ」
カズマは、未来の自分に鯛の身を少し分けてやりながら、いつもの耳栓を枕元に置いた。 その仕草は、銀河のスターではなく、ただの“佐藤カズマ”そのものだった。
凪原市陽だまり町。 銀河の頂点に立っても、カズマの日常は、一杯のおじやの温かさと共に、のんびりと過ぎていく。
そしてその“のんびり”こそが、全宇宙が求めていた救いなのだと、誰もが気づき始めていた。




