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第2部 第19話:『白雪監察官、査察を受ける!? 未来への「禁断お裾分け」疑惑!』

――その朝、201号室はいつもより静かだった。


その沈黙をぶち破ったのは、白雪の絶叫だった。


「――佐藤さん、大変よ!! 本当に、本当にヤバいことになったの!!」


玄関のドアが揺れるほどの声量。 寝起きのカズマは、耳栓をつけたまま顔を上げた。


「……え、地震?」


「違うわよ!! 私の人生が揺れてるの!!」


白雪はガントレットを抱え、部屋の中をぐるぐる回っていた。 その画面には、未来管理局の紋章と真っ赤な警告文が点滅している。


《未来管理局より通達。 白雪麗奈監察官、未来法88条“歴史的資産の不当移動”の疑いにより査察対象とする。 即時出頭せよ》


「……は?」


カズマは寝ぼけたまま画面を覗き込み、 「なんか、未来の税務署みたいなやつ?」と呟いた。


白雪は頭を抱えた。


「違う! もっと重いの! 未来法88条は、監察官でも震え上がる重罪よ! 最悪、記憶初期化まであるの!」


「記憶初期化って……あれか。 ゲームでセーブデータ消えるみたいなやつ?」


「そうよ!! 私の人生のセーブデータが全部消えるのよ!!」


白雪は半泣きで叫んだ。


「どうしてこうなったの……? 私、そんな大それたことした覚えないのに……」


「いや、したんじゃないの?」


「してない! ……してないはず……いや、ちょっとだけ……した……かも……」


白雪は視線をそらした。


「……何したの?」


「よし江さんの梅干しを……未来の実家に……送ったの……」


「梅干し?」


「そう、梅干し。 でもね、最初は“ちょっとだけ”だったのよ! そしたらお父様が気に入りすぎて、追加要求が止まらなくて…… 気づいたら……未来の倉庫に……段ボールが……」


「段ボール?」


「三十箱!!」


「三十!?」


白雪は床に崩れ落ちた。



「未来の法律では、過去の有機物を許可なく持ち込むのは“歴史汚染”扱いなのよ…… でも、お父様が『あの酸っぱさが癖になる』って…… 親孝行したかっただけなのに……!」


その瞬間、空気が凍りついた。


部屋の中央に、空間の裂け目が走る。 青白い光が広がり、ホログラムが姿を現した。


『白雪麗奈監察官』


その声は、氷のように冷たかった。


『君の“親孝行”は未来法88条に抵触している。 即刻出頭せよ』


現れたのは、未来管理局の査察官・プロトコル。 無機質な瞳が白雪を射抜く。


白雪は慌てて立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待って! 梅干しよ!? ただの梅干し!!」


『過去の有機物は歴史的資産だ。 君の行為は、未来の文化体系を揺るがす可能性がある』


「揺るがないわよ!! 梅干しよ!? ただの酸っぱいやつよ!?」


『酸味の問題ではない』


セツナがホログラムの胸元をナイフでつついた(もちろん切れない)。


「……白雪は、悪くない」


『その武器は無意味だ。やめろ』


セツナは無言でさらに突いた。


『やめろと言っている』


「……やめない」


カズマは耳栓を外しながら言った。


「プロトコルさん、朝から物騒だなぁ」


『佐藤カズマ。 君の存在も、白雪の判断力を狂わせる要因として記録されている』


「え、俺?」


『全員、未来へ強制召喚する』


プロトコルが指を鳴らした瞬間、 部屋が光に包まれた。


白雪が叫ぶ。


「いやああああああああああああああああ!! 私のセーブデータ消したくないいいいいいい!!」


光が弾け、201号室は未来へと引きずり込まれた。


――白雪の“親孝行”が、未来を揺るがす大事件になるとは、 この時のカズマはまだ知らなかった。


光が収束し、視界が開けた瞬間、 カズマたちは未来都市ネオ・エデンの空中回廊に立っていた。


足元は透明な強化ガラス。 遥か下には、空中道路を走る無人車両の光の帯。 空には巨大ホログラム広告が浮かび、 「未来の健康は酸味から!」という謎のキャッチコピーが踊っていた。


白雪が青ざめた顔で呟く。


「……ここ、管理局の査察棟よ。 監察官でも滅多に入らない、超・超・厳重な場所……」


セツナが鼻をひくつかせた。


「……鉄と、……冷却剤と、……緊張の匂い」


轟さんは背筋を鳴らしながら言った。


「ヌンッ!! 未来は筋肉に厳しい環境だな!!」


「筋肉に厳しいって何よ……」


白雪がツッコむ間もなく、 空中回廊の先に巨大な扉が現れた。


《査察室・第零区画 許可なき者の立ち入りを禁ず》


扉が自動で開き、 冷気が吹きつける。


中は、銀色の壁が延々と続く無機質な空間。 温度はやや低く、空気は乾燥している。 まるで“感情を凍らせるための部屋”のようだった。


その中央に、プロトコルの実体が立っていた。


ホログラムではない。 実体のプロトコルは、より冷たく、より正確で、 “機械が人間を見下ろす”という構図そのものだった。


白雪が小さく息を呑む。


「……プロトコル査察官。 本日は……その……お手柔らかに……」


「手加減という概念は存在しない」


プロトコルの声は、 氷の粒が床に落ちるような硬質な響きだった。


「白雪。 君は監察官として現代の凪原市を監視する立場にありながら、 逆にその文化に“汚染”されている」


「汚染って言い方やめてよ! 私はただ――」


「特に問題なのは、 この佐藤カズマというイレギュラーとの接触だ」


カズマは耳栓を外しながら言った。


「俺? なんかしたっけ?」


「君の存在が白雪の判断力を狂わせている。 “ま、いいか精神”という非効率な思考パターンが、 白雪の行動ログに多数記録されている」


白雪が叫ぶ。


「それは悪いことじゃないでしょ!? 効率ばかりじゃ心が死ぬのよ!」


プロトコルは一切動じない。


「心は業務に不要だ」


轟さんが壁を背筋で押しながら吠えた。


「ヌンッ!! 心なき筋肉はただのタンパク質ッ!! お前の論理回路はバルクが足りん!!」


「……筋肉生命体。 なぜ査察室の壁を破壊しようとしている」


「背筋が伸びただけだ!!」


プロトコルは一瞬だけ沈黙した。 その沈黙が逆に怖い。


「白雪。 君の行為は未来法88条に抵触している。 監察官としての職務を停止し、記憶を初期化する」


白雪の顔から血の気が引いた。

「や、やめて……! 私の記憶を消したら……カズマさんとの思い出も…… よし江さんの梅干しの味も……全部……!」


プロトコルは指をかざした。


「処理を開始する」


査察室の照明が赤く点滅し、 白雪のガントレットが強制ロックされる。


セツナがナイフを構えた。


「……白雪に、……触るな」


「その武器は無意味だ。 君の攻撃は、私の装甲を傷つけることはできない」


「……傷つける……気はない。 ……ただ、ムカつく……から刺す……」


セツナは本気で突き刺そうとした。


プロトコルが指を鳴らす。


「警備システム、起動」


レーザー網が床から立ち上がり、 セツナの動きを封じる。


白雪が叫ぶ。


「やめて!! セツナは悪くない!! 悪いのは全部私よ!!」


プロトコルは冷たく言い放った。


「白雪。 君の“親孝行”は、未来の秩序を揺るがす行為だ。 個人的感情は排除しろ」


白雪の目に涙が浮かぶ。


「……親孝行が罪だなんて……そんな未来、嫌いよ……」


その瞬間、 査察室の空気がわずかに揺れた。


カズマが歩き出したのだ。


レーザー網の中へ、 何の抵抗もなく。


プロトコルが目を見開く。


「……なぜ通れる? システムが反応しない……?」


カズマはのんびり言った。


「いや、なんかキラキラして綺麗だなって思って」


「思って、ではない。 なぜ通れるかを聞いている」


「え? いや……スルーしただけだけど」


プロトコルの回路が一瞬だけノイズを走らせた。


「……スルー……?」


カズマは笑った。


「プロトコルさん。 そんなにカリカリしてると、回路が焦げるぞ」


白雪が叫ぶ。


「カズマ、危ないから戻って!!」


カズマは首を振った。


「大丈夫。 白雪さんのセーブデータ、消させないから」


白雪の目が大きく見開かれた。


プロトコルは冷たく言い放つ。


「無駄だ。 君の行動は、白雪の罪状を軽くすることには――」


カズマはプロトコルのデスクに手を置いた。


「――なるよ」


査察室の空気が変わった。


査察室の空気が変わったのは、 カズマがプロトコルのデスクに手を置いた瞬間だった。


白雪は息を呑んだ。 セツナはナイフを握り直し、轟さんは背筋を鳴らす。 プロトコルだけが、微動だにしない。


「……佐藤カズマ。 その行動の意図を説明しろ」


「いや、説明ってほどのもんじゃないけどさ」


カズマはデスクの上に置かれた“危険物扱い”のカゴを指差した。 中には、白雪が未来に送ろうとしていたリンゴがぎっしり詰まっている。


「査察ってさ、まず実物を見ないとフェアじゃないだろ。 書類だけで判断するのって、なんか違う気がして」


「フェア……?」


プロトコルの回路が一瞬だけノイズを走らせた。 “フェア”という単語が、彼の辞書には存在しないらしい。


カズマはリンゴを一つ取り出し、 まるで近所の子どもに飴を渡すみたいな気軽さで差し出した。


「ほら。 未来の査察官なら、まず味見してみろよ」


「味見……? 私は味覚センサーを搭載していない」


「じゃあ触るだけでもいい。 触ったら分かるだろ。 “これは危険物じゃない”って」


プロトコルはしばらく沈黙した。 その沈黙は、査察室の温度をさらに下げる。


白雪が震える声で言った。


「カズマさん……やめて…… プロトコルは、そういう“情緒”で動く存在じゃないの……」


「情緒じゃないよ。 ただの確認作業だって」


カズマは笑った。 その笑顔は、未来の冷徹な空気をまったく気にしていない。


プロトコルは、ゆっくりとリンゴに手を伸ばした。


――その瞬間。


査察室の照明が一斉に明滅した。 壁面のホログラムがノイズを走らせ、 未来都市ネオ・エデンの巨大モニターが次々と乱れ始める。


『……警告。 理論値を超えた“季節の香り”を検知』


プロトコルの声が震えた。 機械の声なのに、震えている。


『……管理局サーバーが…… “ま、いいかモード”に移行中……』


白雪が叫ぶ。


「ま、いいかモードって何よ!? そんなモード、未来法に存在しないわよ!!」


『……整合性? ……あ、どうでもいい。スルーする』


「どうでもよくない!!」


白雪の悲鳴が査察室に響く。


プロトコルの瞳が、 初めて“揺れた”。


「……これは……不具合……? いや……これは……」


カズマは首をかしげた。


「なんか、空気軽くなってきたな。 未来ってもっとピリピリしてるのかと思ってた」


「軽くなってる場合じゃないのよ!! 未来のシステムが崩壊してるの!!」


セツナがナイフを構えたまま呟く。


「……カズマ。 ……お前、未来のセキュリティを…… ……“スルー”したな……?」


「え、そうなの?」


轟さんが背筋を鳴らしながら叫ぶ。


「ヌンッ!! カズマの脱力波動が未来の回路を侵食している!! 筋肉で言えば、フォームが崩壊している状態だ!!」


「例えが筋肉すぎて分からん!」


白雪は頭を抱えた。


「カズマの“スルー・パッシブ”は、 未来のセンサーやAIに“無関心”を伝染させるのよ…… だから、触れた瞬間に……」


プロトコルがリンゴを見つめたまま呟く。


「……これは……危険物ではない…… ……むしろ……冷却効率が……上がる……?」


白雪が絶叫した。


「プロトコルまで“ま、いいか”になってるうううう!!」


未来都市の巨大モニターが次々と書き換わる。


《重要度:低 理由:ま、いいか》


《査察ログ:スルー》


《未来法第88条:一時的に保留どうでもいい


白雪は膝から崩れ落ちた。


「終わった……未来が終わった……」


カズマは肩をすくめた。


「いや、終わってないだろ。 むしろ、ちょっと平和になったんじゃない?」


「平和じゃない!! 未来法が“適当”になってるのよ!!」


プロトコルがリンゴを持ったまま、 ゆっくりとカズマの方を向いた。


「……佐藤カズマ。 君の存在は……危険だ。 しかし……悪くない」


「褒められてるのか?」


「……判断不能。 ……だが……この酸味……悪くない」


白雪は頭を抱えたまま叫んだ。


「プロトコルまで味覚に目覚めてるううう!! 未来が!! 未来が壊れる!!」


カズマはのんびり言った。


「まあ、いいか」


その瞬間、 未来の管理局全体が“スルー”の波に飲み込まれた。


未来管理局の中枢サーバーが“ま、いいか”に染まっていく中、 査察室の照明は赤から青へ、青から虹色へと意味不明な点滅を繰り返していた。


白雪は頭を抱えたまま叫ぶ。


「カズマさんのせいで未来が適当になってるううう!! どうするのよこれ!!」


「いや、どうするって言われても…… なんか、みんなピリピリしてたし、ちょっとくらい緩くてもいいんじゃない?」


「よくない!! 未来法が“気分”で書き換わってるのよ!!」


その時、査察室の扉が勢いよく開いた。


未来管理局の職員たちが駆け込んでくる。 全員が端末を抱え、顔面蒼白。


「プロトコル査察官!! サーバーが……サーバーが“適当化”しています!!」


「ログが全部“ま、いいか”で上書きされてます!!」


「未来法第88条が……“どうでもいい”に書き換わりました!!」


白雪が絶叫した。


「どうでもよくないわよおおおお!!」


職員の一人が震える声で言う。


「査察官……どうかご指示を……!」


プロトコルはリンゴを持ったまま、 ゆっくりと職員たちを見渡した。


その瞳は、 先ほどまでの冷徹さとは違う“何か”を宿していた。


「……落ち着け。 これは……文化的事象だ」


「文化的……事象……?」


職員たちがざわつく。


プロトコルはリンゴをかじった。 無表情のまま、淡々と。


「……悪くない。 この酸味……冷却効率が上がる」


白雪が叫ぶ。


「査察官が味覚に目覚めてるううう!!」


プロトコルは静かに宣言した。


「白雪麗奈監察官の行為は、 “文化交流の必要経費”として認定する」


職員たちが一斉にどよめいた。


「文化交流……?」 「必要経費……?」 「梅干しが……文化……?」


プロトコルは続ける。


「未来法第88条に、 “お裾分け免責条項”を追加する」


白雪が耳を疑った。


「……免責条項……?」


「そうだ。 過去から未来への味覚サンプルの持ち込みは、 文化的価値を有する場合に限り、免責とする」


職員たちがざわざわと騒ぎ始める。


「そんな条項、前例が……!」 「未来法に穴が……!」 「いや、文化交流なら……」

「でも梅干し……?」


プロトコルは静かに言い切った。


「これは業務だ。 決して、私が食べたいわけではない」


白雪が吹き出した。


「絶対食べたいだけでしょ!!」


カズマは肩をすくめた。


「まあ、いいか」


白雪が叫ぶ。


「その“まあいいか”が未来を壊したのよ!!」


セツナがぼそりと呟く。


「……壊してない。 ……未来が……ちょっと……柔らかくなっただけ」


轟さんが背筋を鳴らす。


「ヌンッ!! 未来に筋肉の余裕が生まれたのだ!!」


白雪は頭を抱えた。


「筋肉の余裕って何よ……!」


プロトコルは白雪に向き直った。


「白雪。 君の任務に、新たな項目を追加する」


白雪が身構える。


「……な、何を……?」


「“現代の味覚サンプルの定期的送付”。 これは業務だ。 決して、私が食べたいわけではない」


「二回言った!!」


カズマは笑った。


「白雪さん、良かったじゃん。 親孝行が未来任務になったんだし」


白雪は呆れながらも、 どこかホッとした表情を浮かべた。


「……もう……本当に…… あなたって人は……」


帰還の時空渦が開く。


猫がぼそりと呟いた。


『……カズマ。 お前が管理局のシステムをバグらせたせいで、 未来法に“お裾分け免責条項”っていう、 とんでもない穴が空いたぞ』


「へぇ……まあ、いいか」


『よくねぇよ!!』


白雪は笑いながら渦に飛び込んだ。


こうして白雪の“親孝行”は、 正式な未来任務として認められ、 201号室の日常はさらに未来を巻き込んで賑やかになっていく。


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