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第2部 第14話:『マッスルマート、VS 巨大ネット通販「ゼウス」!』

その日の朝、マッスルマートの店長・松井は、店の前で呆然と空を見上げていた。


商店街の空を埋め尽くしていたのは、渡り鳥でも白雪の実験失敗作でもない。 黄金に輝く、洗練されたデザインの無人ドローンの大群だった。


「……佐藤君。……見てくれ。あいつら、うちの『筋肉おでん』の匂いを、上空から消臭スプレーで打ち消しながら飛んでいくんだ……」


ドローンの側面には、一文字の雷光を模したロゴ――未来の超巨大ネット通販、 『ゼウス・エクスプレス』 の紋章が刻まれていた。


彼らが提唱するのは「欲望の即時完結」。


スマホで念じるだけで(実際には最新の脳波キャッチ機能で)、わずか10秒後に玄関先へ商品がテレポート、あるいは超音速ドローンで届けられるという、買い物という概念を破壊するサービスだった。


「便利ですねぇ、店長。……あ、ほら。隣の八百屋の隠居さんが、ドローンから直接『全自動・皮剥きリンゴ』を受け取って、そのまま家の中に引きこもっちゃった」


カズマはいつもの「スルー・視力」で状況を分析する。


「便利すぎるんだよ! このままじゃ、商店街に誰も歩かなくなる。……人が歩かなければ、私の自慢のレジ接客スマイル(筋肉込み)を誰に見せればいいんだ!!」


そこへ、未来の警察長官が顔を青くして駆け込んできた。


「……佐藤! 逃げろ! ……いや、店を閉めろ! あの『ゼウス』のCEOは、未来で『物理店舗撲滅委員会』の会長を務めていた男、ヘルメス・スピードだ。……彼は、人間の『歩く』という動作を『エネルギーの無駄』として法律で禁止しようとした狂信者だぞ!」


ドローンの群れの中から、一台の巨大な黄金ドローンが降下してきた。 ホログラムで投影されたのは、完璧な七三分けと、時計の針のように正確な動きをする男、ヘルメス。


「……無駄だねぇ、マッスルマート。……店まで歩き、商品を手に取り、レジで無駄な会話を交わす。……その120秒で、人類はどれだけの生産性を失っているか理解しているのかい?」


「……。……。……ヘルメス。……あなたの運ぶ荷物には、……おじやの温かさが、……入っていない。」


セツナが、物陰からドローンに向かって割り箸(武器)を構えた。


「……フフフ、感情論は結構。……では、勝負といこうか。……この街の注文の9割を、我が『ゼウス』が独占してみせよう。……1分でも配送が遅れたら、私の負けでいいよ」


ヘルメスの宣戦布告と同時に、街中の住民のスマホ(KAZUMA IDの残滓が残っているもの)に、「全品0円、配送10秒」という悪魔のような通知が届いた。


商店街の入り口に、一斉にドローンが急降下し始める。


「ヌンッ!! 速度で負けるなど、筋肉の誇りが許さん!! 店長、佐藤! 注文をこちらに回せ!! 私がこの足で、ドローンよりも速く届けてやるッッ!!」


大家・轟さんが、真っ赤な配達用リュック(バブル・マネーが特注した、空気抵抗を極限まで減らしたカーボン製)を背負って立ち上がった。


「鉄子師匠! 加勢を!!」


「ええ、坊や。……筋肉の爆発力を、地面への推進力に変えるのよ! ……秘技、『大腿四頭筋・ニトロ噴射』!!」


鉄子さんが大家さんの背中を渾身の力で押した瞬間、大家さんの足元のアスファルトが爆裂。 大家さんは音速に近い速度で商店街を駆け抜けた。


「……あ、大家さん。お届け先の住所、それ隣の町……」


カズマの声が届く前に、大家さんは衝撃波でドローンを数台叩き落としながら、地平線の彼方へと消えていった。


一方、白雪はマッスルマートの屋根に「配送妨害用・ジャミング電波塔」を建設し始めていた。


「ヘルメスなんて怖くないわ! 奴のドローンのOSを書き換えて、全部『マッスルマートのチラシ』を配る宣伝用バルーンに変えてあげる!」


「白雪さん、それも営業妨害になっちゃうからダメだってば!」


カズマが止めに入るが、空ではドローンと白雪の迎撃ミサイル(中身はハズレのアイス棒)が交差し、商店街はもはや物流の戦場と化していた。


戦いは、圧倒的に『ゼウス』が優勢だった。


大家さんは速すぎて家を通り越し、白雪の電波は近所のテレビを全部「店長のマッスルポーズ」に書き換えて苦情が殺到。 人々は、あまりの便利さに、スマホをタップし続けていた。


「……見てごらん、カズマ君。これが『最適化』された世界だ。……君の言う『お裾分け』は、届くまでに時間がかかりすぎるんだよ」


ヘルメスのホログラムが、勝利を確信して嘲笑う。


カズマは、静かにレジ横の「おでん鍋」を見つめた。 そこには、昨晩から煮込まれた、よし江から届いた「意志を持つ大根」と、大家さんの気合が入った「ちくわ」が、黄金色の出汁の中で静かに踊っていた。


「……ヘルメスさん。……便利なのはいい事ですけど。……このおでんの『匂い』だけは、ドローンじゃ届けられないんですよね」


カズマは、店の換気扇の出力を「最大(白雪が以前に改造した、気象操作レベルの吸引力)」に設定した。 そして、おでんの鍋の中に、隠し味として「よし江の秘伝・時空を超えて届く味噌」をひと匙、投入した。



――フワァァァァァァン……。



その瞬間、商店街全域に、形容しがたい「懐かしくて、お腹が空いて、誰かに会いたくなる匂い」が爆散した。


「……ん? ……なんだろう、この匂い。……お母さんが、昔作ってくれた夕飯の匂いがする……」


スマホをタップしていた住人たちが、一人、また一人と顔を上げた。


「10秒で届くおにぎりより、……あの店長の、暑苦しい『ありがとうございましたぁぁ!!』っていう声を聞きながら食べるおでんの方が……美味しい気がしてきた……」


カズマの「お裾分けの匂い」は、便利さによって麻痺していた人々の「心の空腹」にダイレクトに届いた。


住人たちはスマホをポケットにしまい、吸い寄せられるようにマッスルマートへと歩き始めた。


「……な、何だ、この非効率な現象は!? 0円で即配される商品より、120円で1分待たされるおでんを選ぶというのか!? 人類は退化したのか!?」


ヘルメスが絶叫する。


「退化じゃないですよ。……みんな、たまには『歩きたかった』だけなんです。……ね、店長?」


「ああ……!! 佐藤君!! お客様が……お客様が、自分の足で店に来てくれている!! ……これこそが、商売の筋肉マッスルだぁぁぁ!!」


店長は涙を流しながら、来店する客一人ひとりと熱い握手を(プロレス並みの強度で)交わした。


ヘルメスのドローン群は、カズマの放った「お裾分けの匂い成分」がエンジンに詰まり、次々とマッスルマートの駐車場に不時着。 白雪がそれを手際よく回収し、「これ、新しい電子レンジの部品に使えるわね!」と解体ショーを始めた。


「……負けだよ。……この座標の『ノイズ』は、私の計算式には入っていなかった……」


ヘルメスのホログラムが消滅し、空には再び、夕暮れの穏やかな太陽が戻ってきた。


夜。 201号室では、ボロボロになって帰ってきた大家さん(地球を半周して戻ってきた)を囲んで、おでんパーティーが開かれた。


「ヌンッ!! 佐藤よ……配送は、……自分の足で届けるからこそ、……大腿筋が喜ぶのだな……。……ドローンなど、……邪道だ……」


「……。……。……カズマのおでん。……。……待っている時間も、……スパイス。……。……ヘルメス、……分かってない。」


セツナは、ちくわを大事そうにハムハムと噛み締めた。


『……ニャア。(カズマ。……お前、気づいてねぇだろ。……お前のあの「匂い」、……今、気流に乗って未来の「ゼウス本社」まで届いてるぞ。……未来の役員たちが今、全員仕事放り出して「おでん食べたい」ってデモを起こしてるぜ)』


猫――未来の俺は、カズマの膝で、便利すぎる未来よりも、少し不便で温かいこの四畳半の方が、ずっと「効率的」であることを知っていた。




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