表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/58

第2部・第10話:『恐怖の健康診断! 大家さんの筋肉が!?』

市民センターの健康診断会場。


普段なら、地域の人々がのんびり列を作り、「今年も来たねぇ」なんて言いながら血圧を測る、


あの平和な空間である。


――しかし今日は違った。


201号室の住人たちが来ただけで、空気がピリつく。


受付の看護師さんは、


「なんか……嫌な予感がする……」


と、まだ何も起きていないのに肩を震わせていた。


そんな中、大家さんは問診票と向き合っていた。


「えーっと、名前は……轟。……職業は『大家(及び筋肉の守護者)』、と。

……最近気になる症状……『上腕三頭筋が夜中に喜びの歌を歌うこと』。

……これ、正直に書いて大丈夫かな」


その顔は真剣そのもの。


筋肉の歌を“症状”として扱うかどうかで悩む男は、世界でも彼だけだろう。


カズマは隣でそれを見て、そっと目を逸らした。


(……スルーしなければ、この時点で検診が中止になるレベルだ……)



一方その頃、未来の科学者・白雪は、身長測定の機械を前にしていた。


もちろん、普通に測る気などない。


「ちょっとカズマ! この機械、誤差が0.1ミリもあるわよ!

私が今、重力波干渉式の超精密センサーに付け替えてあげるから、じっとしてて!」


「白雪さん、やめて!

それじゃみんなの身長が“原子レベル”で測定されちゃうでしょ!」


カズマが止める間もなく、白雪は手際よくパネルを外し、謎の青白い装置を内部にねじ込んだ。


次の瞬間――



ピシャァァァァッ!!



身長計から青白いレーザーが照射され、測定されたおじいさんの身長は、


「165.000000004センチ」という、


無駄に高精度なデジタル表示を叩き出した。


「な、なんだこの桁数……?


わし、そんなに細かい存在だったのか……?」


おじいさんは震え、

看護師さんは顔を引き攣らせる。


「え、えっと……これは……誤差……?いや、誤差って何……?」


現場の医療スタッフの脳が、すでに限界を迎えつつあった。


その横では、長官が問診票を提出していた。


「……あの、お客様。この『前回の検診場所』の欄にある

『西暦3025年・火星第一病院』というのは……書き間違いですよね?」


「……。……。……ああ、忘れてくれ。……ただの“未来への希望”だ」


長官は冷や汗を流しながら眼鏡をクイッと上げ、視力検査のコーナーへ逃げ込んだ。


しかし、彼の瞳はナノマシンで強化されている。


「……一番下、右。……その裏に書かれた……検品担当者の名前は……田中だ」


「ええっ!? そんなの書いてないわよ!?ていうか裏って何!?」


現代医療という名の“普通の物差し”が、201号室の住人たちの前で、次々とバキバキに折れていく音が聞こえた。


健康診断会場の空気は、すでに限界ギリギリだった。


看護師さんたちは互いに目を合わせ、


「今日……無事に終われるのかな……」


と、まだ午前中だというのに疲労の色を浮かべている。


だが、ここからが本当の地獄の始まりだった。


「次は血圧ですね。……はい、轟さん。腕をこの装置の中に入れてください」


白髪のベテラン医師が、“普通の患者”に向けるような穏やかな声で促す。


しかし、彼は知らなかった。


目の前の男が“普通”という概念から最も遠い存在であることを。


大家さんの右腕は、もはや“腕”ではない。


丸太の彫刻のように密度が詰まり、皮膚の下で筋繊維が生き物のように蠢いている。


「ヌンッ!! いざ、測定!!」


大家さんが腕を突っ込んだ瞬間――


血圧計のカフが、まるで悲鳴を上げるように震えた。



――バチバチッ! メキメキッ!



「お、おい! 何をしている!


加圧に抗って、上腕二頭筋を膨らませるんじゃない!!」


医師が叫ぶが、大家さんは“筋肉の本能”に従ってしまっていた。


「む……?

これは……私を試しているのか……?

ならば応えねばなるまい!!」


ブワッ!!


筋肉が膨張した。


次の瞬間――



ドォォォォォン!!



血圧計は爆発四散した。


千切れたカフが、輪ゴムのように大家さんの腕に巻き付いている。


「……ふぅ。いい負荷だった。

現代の医療機器も、なかなか私を“追い込んで”くれるではないか」


「追い込まれてるのは機械の方ですよ!!」


カズマのツッコミは、爆発音にかき消された。


その隣では、セツナが採血に挑んでいた。


しかし、彼女の身体は“暗殺者の本能”により、外部からの異物(針)を細胞レベルで拒絶していた。


「……無駄。……私の皮膚は、意思を持って……針を弾く」


「お客様! お願いですから力を抜いてください!針が三本も曲がっちゃいましたよ!!」


看護師さんは半泣きである。


セツナは淡々とした声で続けた。


「……。……。……敵の刃を通さない身体。……それが……私の……生存戦略」


「ここ病院だからね!? 戦場じゃないからね!?」


ついには白雪が、未来の「非接触型採血器」を取り出した。


「大丈夫よ! これは皮膚に触れずに血液を吸い上げる最新式だから!」


「白雪さん、それ絶対ろくなことにならないやつ!!」


案の定――



ボンッ!!



採血器は火を吹いた。


「ぎゃああああああ!!」


看護師さんが逃げ惑い、会場は混乱の極致へ。


長官は額に手を当て、深いため息をついた。


「……佐藤、逃げるぞ。これ以上ここにいると、機動隊が来る」


「なんで健康診断で機動隊が来るんですか!?」


「未来の医療基準では、これは“災害レベル3”だ」


「未来どうなってんの!!」


尿検査コーナーでは、

バブル・マネーが黄金色の液体をコップに注ぎながら、

医師に語りかけていた。


「ドクター。

この私の“黄金の聖杯”を解析すれば、不老長寿の薬が作れるぞ。

ライセンス料は一滴につき1万バブル・クレジットだ」


「いいから普通に提出してください!!」




医師の悲鳴が会場に響く。


その時――


会場の奥から警報音が鳴り響いた。


――ビィ。ビィ。ビィ。


白雪が勝手に魔改造したレントゲン車が、

暴走を始めたのだ。


白雪がレントゲン車にしがみつきながら叫んでいた。


「カズマ! 大家さんの骨密度が高すぎて、ナノマシンが“鉱山”だと勘違いしてるのよ!止まらないの!!」


「だから大家さんの骨を掘り起こさないで!!」


レオンは震えながらカズマの背中に隠れる。


「おにぃさん……ここ、病院じゃなくて……戦場だよ……」


セツナは、曲がった注射針を見つめながら呟いた。


「……。……。……医療とは……戦い……」


「違うよセツナちゃん!!」


長官は額を押さえながら、カズマの袖を引いた。


「……佐藤、そろそろ限界だ。

これ以上ここにいると、未来の医療ギルドが介入してくる」


「未来の医療ギルドって何!?」


「“異常者の健康診断”を専門にする組織だ。

ここは……彼らの管轄外だ」


「未来どうなってんの!!」



白雪の魔改造レントゲン車は暴走し、

採血器は火を吹き、

血圧計は爆発し、

尿検査は黄金色に輝き、

看護師さんたちは半泣きで逃げ惑う。


医療スタッフの誰もが、

「今日の出来事は夢であってほしい」

と心の底から願っていた。


そんな中――


唯一、模範的な患者として淡々と検査を終えていたのが、カズマだった。


「佐藤さん、次はレントゲンです。こちらへどうぞ」


「はい、お願いします」


カズマは普通に歩き、普通に座り、普通に撮影を終えた。


その“普通”が、逆に恐ろしい。


レントゲン車の暴走を止めようと白雪が格闘している横で、

カズマだけが静かに検査を終えていく光景は、

まるで嵐の中で一人だけ無風地帯にいるようだった。


医師たちは、カズマの検査結果を見て震え上がった。


「……信じられん。……何なんだ、この数値は」


医師がレントゲン写真と血液検査の結果を交互に見て、

頭を抱える。


「先生、何か悪いところでもありましたか?」


カズマが心配そうに尋ねると、


医師は叫んだ。


「悪いどころか、良すぎるんだよ!!」


医師は震える指で結果を指し示す。


「ストレス値が“完全なゼロ”!?現代社会で、そんなことがあり得るか!?


血液もさらさらすぎて、もはや“聖水”の領域だ。


骨密度は正常なのに、衝撃吸収率が異常に高い……。


君、本当にこの化け物みたいな連中と一緒に住んでいるのか?」


「ええ、まあ。……毎日が賑やかで、楽しいですよ?」


カズマのその笑顔こそが、医師にとって最大の怪奇現象だった。


「……この男……精神が……強すぎる……」


医師は震えながらカルテを閉じた。



会場は、現代医療の限界を超え、もはや“災害現場”と化していた。


会場は、もはや“健康診断”という言葉の意味を完全に失っていた。


爆発した血圧計の破片が床に散らばり、


曲がった注射針が無数に転がり、


白雪の魔改造レントゲン車は壁に突き刺さったまま、


「発掘モード継続中……」と不気味に呟いている。

看護師さんたちは、


「今日は……帰ったら絶対ビール飲む……」


と、魂の抜けた声でつぶやいていた。


そんな地獄絵図の中、


白衣の医師が市民センターの入り口で膝を抱えていた。


「もう……めちゃくちゃだ……。

私の30年の医者人生は、一体何だったんだ……」


その姿は、

まるで世界の全てを失った哲学者のようだった。


周囲には、

なぜか“マッスルポーズ”で固まった大家さんのレントゲン写真が散乱している。


筋肉の陰影が妙にリアルで、逆に怖い。


そこへ、静かに歩み寄る影があった。


セツナだ。


彼女は、カズマからもらっていた“よし江の梅干し”を一粒取り出し、


無言で医師の口に放り込んだ。



――パクッ。

――キュゥゥゥゥン!!



「…………はっ!!」


医師の瞳に、突然輝きが戻った。


「酸っぱい……!」


「いや、この酸味の奥にある“ま、いいか”という圧倒的な肯定感……!

……そうだ、数値なんてどうでもいいんだ……

みんなが笑って、筋肉を弾けさせていれば、それが健康なんだ……!!」


医師は立ち上がり、拳を握りしめた。


「私は……新しい医療を始める!


名付けて――“マッスル・クリニック”!!」


「ヌンッ!! よくぞ気づいたな、医師よ!!

筋肉こそ、生命の源!!」


大家さんと医師は、

まるで戦友のように固い握手を交わした。


その光景を見て、カズマは苦笑しながら言った。


「よかったね、先生。……さて、みんな。

お腹も空いたし、帰っておじやにしようか。

今日は“胃に優しい特製おでん出汁おじや”だよ」


「ヌンッ!! 健康診断の後のメシは、細胞が歓喜するぞ!!」


「……おじや。……おかわり、三回まで可」


レオンはすでに涎を垂らしている。


その時、カズマの肩に乗った未来の俺(猫)が、小さくため息をついた。


『……ニャア。(カズマ。

……お前、気づいてねぇだろ。

お前の健康診断の結果、“人類の進化の最終形態”として、

未来の医療ギルドに極秘送信されたぞ。

明日から、お前の血液を狙う“未来の製薬会社”が刺客を送ってくるかもな)』



「え? 何か言った?」


『ニャア。(なんでもねぇよ。……スルーしてろ)』


猫は、健康診断でもらった“よくできましたシール”をペロリと舐めた。


異常が日常。

不健康が超健康。

災害が平和。

201号室の住人たちは、今日も現代医療の基準を軽々とスルーしながら、騒がしくも健やかに生きていくのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ