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第2部・第8話:『新入りは暗黒レジ打ち師! 接客スマイルは「死の宣告」!?』

「……納得がいかん。なぜ私が、このような『非合理的極まりない色使い』の制服を着なければならないのだ。」


マッスルマートのバックヤード。


鏡の前で、暗黒レジ打ち師・クロウが、オレンジと緑のストライプが眩しい店員シャツを羽織り、絶望に満ちた声を漏らしていた。


かつて未来の経済を支配しようとした男のプライドが、ポリエステル100%の生地と激しく拒絶反応を起こしている。


「似合ってますよ、クロウさん。……あ、でもその胸のネームプレート、自分で『暗黒神ダークネス・ゴッド』って書き直すのは禁止です。店長が泣いちゃいますから」


カズマはいつもの「スルー・スマイル」で、クロウの襟元を整えた。


「フン、佐藤カズマ……。勘違いするな。私はあくまで、貴様の『お裾分け』という非科学的な力の正体を暴くために、この『収容施設コンビニ』に潜入したに過ぎない。」


「はいはい。じゃあ、まずは『接客用語』の練習からですね。クロウさん、お客様が来たらなんて言いますか?」


クロウは眼鏡を冷たく光らせ、背後にどす黒いオーラを背負いながら、レジカウンターを指先でなぞった。


「……『愚かなる迷い子(客)よ。……この供物おにぎりを捧げ、引き換えに貴様の生体エナジー(小銭)を差し出すがいい。……さもなくば、永遠の静寂(品切れ)を贈ろう』……これでいいか?」


「……0点です。というか、警察呼ばれちゃいます。……普通に『いらっしゃいませ』でいいんですよ」


「……『いらっしゃいませ』……? ……フッ、そんな軟弱な呪文を、この私が……」


そこへ、自動ドア(筋肉式)が勢いよく開いた。


「ヌンッ!! 佐藤! クロウ! 朝の筋肉への給水、バナナプロテインを買いに来たぞ!!」  最初のお客様は、大家・轟さんだった。上半身は当然のように裸だ。


「……ッ!? ……出たな、特異点・マッスル……。……いいだろう、修行の成果を見せてやる。……『地獄のレジへようこそ、筋肉の塊め。……貴様の命運、このレジスターで清算してやる』」


「ヌォォォォッ!? なんだ、クロウ!! 貴様のその接客、……まるで高重量のベンチプレスに押し潰されるような、心地よい圧迫感ではないか!! 気に入ったぞ!!」


大家さんはなぜか大喜びで、クロウのレジにバナナを叩きつけた。カズマはそれを見て、「……あ、意外と相性いいのかな」と、早くも教育を諦めかけた。


「店長、ちょっと見てください。……あんなに不機嫌だったクロウさんが、今、めちゃくちゃな速度でバーコードをスキャンしてます」


カズマの指差す先では、クロウが残像が見えるほどの速度で商品を捌いていた。未来の「暗黒レジ打ち」の技術は伊達ではない。


しかし、その動作の合間に、彼は謎のコマンドを入力し続けていた。


「ピッ、ピッ……。……ハッ、この角度、このタイミング。……時空の歪みを検知。……白雪、今だ!」


いつの間にかレジカウンターの下に潜り込んでいた白雪が、ハイテクな半田ごてを握って飛び出してきた。


「オッケー、クロウ! レジの内部回路を、未来の『ワープ航法演算機』に直結したわよ! これで、お釣りの計算速度が光速を超えるわ!」


「「「ちょっと待って!!」」」  カズマとレオンが同時に叫んだ。


「白雪さん、レジにワープ航法なんていらないよ! 1円のお釣りを光速で出されても、お客様の指が摩擦熱で燃えちゃうでしょ!」


「甘いわよ、レオン君! スピードこそが最大のサービスなのよ! ほら見て、今お会計をしたハスハラ君が……!」


「……えっ、あ、あれ?」


レジでお茶を買ったハスハラが、お釣りを受け取った瞬間に、その場から「シュンッ!」という音と共に消失した。


「……ハスハラ君!? ……どこに行ったの!?」


カズマが慌てて店内を見回すと、ハスハラは店から10メートル離れたゴミ捨て場の前に、呆然と立っていた。


「……さ、佐藤さん……。……今、お釣りを受け取った瞬間に、……僕の体、次元をショートカットしました……」


「……素晴らしい。……0.0001秒の接客。……これこそが、ダーク・マートが目指した『究極の効率』だ」


クロウが自慢げに胸を張る。


「効率の使い方が間違ってるよ! クロウさん、白雪さん! 今すぐレジを元に戻して! このままだとお客さんがみんな、お釣りをもらうたびに異次元に飛ばされちゃう!」


カズマの「スルー能力」も、物理的な時空移動には追いつかない。


コンビニ店員としての矜持(?)を傷つけられたカズマは、ついに奥義の発動を決意した。


「……仕方ないなぁ。……みんな、ちょっとそこに座って。……お母さんから届いた『反重力ジャガイモ』の煮っころがし、食べる?」


「……。……。……食べる」


セツナが、お皿を持ってどこからともなく現れた。このアパートの住人にとって、「カズマの煮物」は、いかなるオーバーテクノロジーをも沈黙させる最強の和平交渉手段だった。


「……フン。食べ物で私の『暗黒計算魂』が揺らぐと思うな。……どれ、毒見してやろう」


クロウは、白雪が勝手に改造した「光る箸」を手に取り、カズマの作ったジャガイモの煮っころがしを口に運んだ。


ジャガイモは、母親・よし江の「反重力農法」のおかげで、口の中に入れた瞬間にフワリと浮き上がり、そのまま舌の上でトロリと溶けていった。


「…………ッッ!?!? ……こ、これは……!!」  クロウの眼鏡が、衝撃のあまりパリンと割れた(自力で再生した)。


「……この、……口の中で重力から解放されるような感覚。……そして、後から追いかけてくる、醤油と砂糖の『圧倒的な安心感』……。……私の論理回路が、……計算を拒否している……! ……なぜ、……ただの煮物が、未来のフルコースより『効率的』に多幸感を分泌させるのだ……!」


「それはね、クロウさん。……お母さんが、ジャガイモ一つ一つに『ま、いいか』って言いながら土をかけてたからだよ」  カズマが優しく解説する。


「『ま、いいか』だと……!? ……そんな非効率な呪文で、これほどの旨味が……!? ……馬鹿な。……私の歩んできた『完全合理』の道は、この一口の煮っころがしに敗北したというのか……」


クロウは、レジカウンターに突っ伏して震え始めた。  未来の暗黒レジ打ち師が、現代の「実家の味」に精神を汚染(浄化)されていく。



『……ニャア。(カズマ。……こいつ、完全に落ちたな。……ほら見ろ、あの大根みたいな真っ白な顔。……母さんの野菜は、もはや「精神操作系サイコキネシス」のレベルに達してやがるぞ)』


猫――未来の俺は、クロウの足元で、彼が落とした煮っころがしの一片を器用に食べながら、勝ち誇ったように鳴いた。


その時、店の外から不穏な音が響いてきた。



――ズ、ズズ……。ズシン……。



「……何かしら、この地響き。……大家さんのスクワットにしては、リズムが遅いわね」  


白雪が、窓の外を見て顔を青くした。


そこには、昨日の「スーパー・ダーク・マート」の跡地から這い出してきた、売れ残った1円の商品たちが合体して巨大化した、**『在庫処分の巨人ストック・ゴーレム』**が立ち上がっていたのである。


「……あれは、私の『負の遺産』。

……売れ残った商品たちの、安売りされた悲しみが……具現化したものだ……」


クロウが、ふらつきながら立ち上がった。


巨大な在庫ゴーレムは、半額シールの触手を振り回し、マッスルマートの看板を掴もうとしている。


「ヌンッ!! 筋肉への侮辱だ!! 廃棄寸前のチキンフィレの怨念など、私のプロテインで浄化してやる!!」


大家さんが突撃するが、ゴーレムの「1円バリア」に弾き飛ばされてしまう。


「……カズマ。……私の、……出番? ……あの巨人の核、……賞味期限のラベルを……切り裂けばいい?」


セツナが、冷たく光るナイフを構えた。


「ううん、セツナちゃん。……それじゃ、根本的な解決にならないよ」


カズマは、レジ横にある「お裾分け用・特製タッパー」を手に取った。中には、まだたっぷりとジャガイモの煮っころがしが入っている。


「クロウさん。……これを持って、あの巨人を『接客』してきてください」


「……私に、あんな怪物を接客しろというのか!? ……正気か、カズマ!」


「クロウさんの『死の接客』なら、できるはずです。……ただし、最後には必ず『お裾分けです』って言ってくださいね」


クロウは、カズマの瞳に宿る、抗いようのない「スルーの圧力」に押され、タッパーを抱えて巨人の足元へ駆け出した。


「……いいだろう! ……これこそが、私の……新生・暗黒レジ打ちの極致!! ……『お客様ぁ! 返品は受け付けませんよ! ……お釣りの代わりに、……この慈悲深い煮物を、……お裾分けですッッ!!』」


クロウが放った「煮っころがし(物理)」が、巨人の胸元、賞味期限のラベルに命中した。  その瞬間。


巨人の全身を包んでいた悲しみと安売りの怨念が、よし江さんの「ま、いいか」の波動によって中和され、柔らかな光へと変わっていった。


「……キュゥゥゥン……(……美味しかった……)」


巨人は満足げな鳴き声を上げ、そのまま大量の「新鮮な野菜」へと姿を変えて、商店街の道端に降り注いだ。


静かになった商店街。


クロウは、空になったタッパーを抱え、荒い息を吐きながらカズマの元へ戻ってきた。


「……カズマ。……言われた通りにしたぞ。……これで、満足か。」


「はい。最高の接客でしたよ、クロウさん。……あ、店長が『明日から時給を10円上げる』って言ってますよ」


「……10円か。……非合理的だが、……悪くない響きだ。」


クロウの口角が、ほんの少しだけ上がった。それは、暗黒の支配者ではなく、一人の「コンビニ店員」としての、初めての笑顔だった。



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